【1338】 志摩子さんの居場所永遠に変わらない  (亜児 2006-04-15 09:37:29)


「ごきげんよう。祐巳さん。」
「ごきげんよう。白薔薇さま。」
「志摩子さん、ごきげんよう。」

 ビスケット扉を開けると、祐巳さんと妹の瞳子ちゃんが出迎えてくれた。
瞳子ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みながら雑談していると、階段を駆け上がる
足音が2人分。バターン!!ビスケット扉を破壊しないかと勢いで部屋へ駆け込んで
きたのは、黄薔薇のつぼみの菜々ちゃん。そして、少し遅れて由乃さん。

「ハァハァ・・・・。今日も私の勝ちですね♪お姉さま。」
「はぁはぁ・・・・・・。次こそは・・・勝って・・・みせるからね!」

 妹の菜々ちゃんに指を指して宣言する由乃さん。黄薔薇姉妹は、待ち合わせて
薔薇の館まで勝負するのが日課となっているみたい。まだ由乃さんが勝ってるところは
見たことないけど。初々しい2人を眺めながら、空いている私の隣の席に
視線を落とす。姉妹になってもうすぐで1年。現在の山百合会メンバーの中では
私たち白薔薇姉妹が一番の姉妹歴が長い。姉妹の形は人それぞれだから、
長い=いい姉妹って訳でもないけど、乃梨子は自慢できる妹であることには
間違いない。きっと私たちの代が卒業した後は、中心になって山百合会を
引っ張ってくれるに違いない。そんな未来を想像して私は笑みをこぼした。

「どうしたの?志摩子さん。」
「いえ、何でもないわ。それにしても乃梨子遅いわね。」

 私の言葉に祐巳さんは戸惑いの色を見せる。もしかして体調を崩して
早退したとか、そんなことを思っていた私だったけど祐巳さんの言葉で
奈落の底へ突き落とされる。

「乃梨子ちゃん・・・?誰、その子。」
「祐巳さんてば、何を言っているの。冗談でしょう。」
「瞳子、知ってる?」
「いえ、全くわかりませんわ。」

 どうして?誰も私の妹の乃梨子を覚えていないの?これでは乃梨子の
存在だけがキレイになくなっている。こんなの絶対におかしい!
おかしい!おかしい!おかしい!おかしい!

「きっと志摩子さんは疲れてるんだね。今日は早めに
 終わらせて帰ろうよ。」
「・・・・乃梨子。私が卒業するまで離れないって
 約束したのに・・・・。」

 気づくと私は涙を流していた。どうしようもなくって、止められなくって。
祐巳さんは、私の頭に手をのせて優しく言ってくれた。

「志摩子さん。自分の気持ちに素直になって。」
「・・・・・・?」
「今、志摩子さんが思ってることを言えばいいの。」

 私の気持ち・・・。乃梨子に側にいて欲しい。ただ、それだけ。それ以上は
何も望まない。お願い。これが悪い夢だと言うなら今すぐ醒めて!叫ぶことで、
この悪夢から逃れられると思った私は、大声で叫んだ。

「乃梨子!お願い!今すぐ私の側に来て!」

 薔薇の館に私の声だけが響き渡る。叫び終えても私の心臓は高鳴ったまま。
本当に、乃梨子は私の側からいなくなってしまったの?そんな不安で胸が
押し潰されそうになった頃、ギギギと掃除道具のロッカーが開いて、
乃梨子が姿を見せた。

「乃梨子!!」

 私は駆け寄って思い切り、乃梨子を抱き締めた。幻なんかじゃない。私の
可愛い妹・乃梨子。ふと顔を上げるとそこには「してやったり」って表情を
浮かべた祐巳さんと由乃さん。

「志摩子さんてば、仕事をがんばるのはいいけど、たまには
 自分の妹も可愛がってあげなきゃダメよ。」

 落ち着きを取り戻した私が聞かされたのは、こんな話。新入生が入って
白薔薇さまとしての職務に没頭するあまりに、乃梨子の面倒を見ていなかった。
乃梨子なら1人でもうまくやるし、大丈夫と決め付けていた所があった。悩んだ
乃梨子は、祐巳さんと由乃さんに相談して、こんなドッキリを仕掛けた
という訳なのだ。

「お見事な演技でしたわ。お姉さま。」
「えへへへ。ありがと。」

 ハイタッチする紅薔薇姉妹。百面相全開な祐巳さんが
途中で笑い出さなかったのは、瞳子ちゃんが一枚かんでたらしい。

「お姉さま。何でも1人でやろうとしないで下さい。
 そのために私はいるのですから。」
「そうよね。ごめんね。乃梨子。」

 乃梨子が両腕を広げて私を包み込む。
私にしか聞こえない声でそっと囁いた。

「お姉さまの居場所は、ずっとここですよ。」

 乃梨子の言葉に私はただしっかりと深く頷いた。


(終わり)


 



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