【No:1168】→【No:1177】→【No:1203】→【No:1215】→【No:1310】→五話(2/3)と(3/3)
(※これは『新世紀エ○ァンゲリオン』とのクロスです。 クロスオーバーとかGAINA×とかが苦手な方や、この手のSSはもうたくさんな方はご注意ください)
「具合はどう? 作戦部長さまとは上手くいってる?」
「うん、まあまあかな」
箱根駅の一件があってから、蔦子さんとのそんなやりとりは挨拶みたいなものになっていた。
今は体育の授業。
順番待ちで端っこで一休みしている祐巳に蔦子さんが話しかけてきたのだ。
「祐巳さん、なに見てるの?」
「あ、うん……」
蔦子さんは祐巳の視線を追った。
「志摩子さん?」
「うん、そう」
反対側で休んでいる志摩子さんは、もう包帯も取れて普通に体育の授業にも参加していた。
祐巳は学校に来るたびに「今日こそは」なんて思っているのだけど、制服も出来、元来人当たりの良い祐巳はもう孤立なんかしてなくて回りの子たちの雑談に付き合ったり、襲来する蔦子さんと真美さんの相手をしたりでなかなかきっかけが掴めずにいた。
「蔦子さんは志摩子さんと話とかするの?」
「んー、写真の許可を聞きにいく位かな」
「そうなんだ。 で、どう?」
「うん、ちょっとぶっきらぼう」
「どっちかな?」
『記憶』のある人かない人か。
蔦子さんにしか通じない問いかけ。
「『ない』んじゃない? 全然違うし」
「そうか……」
ちょっと寂しい。
でも志摩子さんはあんなアニメみてないだろうし。
これは蔦子さんの説なのだけど、この世界で前の記憶を持って行動できる条件の一つにあのアニメを見て記憶していることがあるらしいのだ。
「ところで、授業は出たほうがいいと思うよ?」
「何を言うの、水泳の授業でこの蔦子さまが大人しく授業をうけるなんて。 スク水なのよ、スク水っっ!」
夢と判ってても欲望に忠実な蔦子さん。
今日は見学を装ってクラスメイトの撮影に余念がない。
本当に困った人だ。
〜 〜 〜
午後から祐巳はネ○フ本部に赴き、調整やらテストやらでエ○ァの中の人だった。
ちなみにこちらの用事で授業を休む場合、公休扱いで単位を減らされることはないとか。
いや義務教育で公休も単位もないのではないかと思うのだけど、要はこちらの方が優先なのだそうだ。
だから先生も行き先を告げれば文句はいわない。
テスト中は機械が起動されてるので操縦席の中から格納されている空間の様子がよく見える。
初号機のお隣にはオレンジ色の零号機があって祐巳はその横顔を見ることが出来た。
あちらは、いま志摩子さんが乗り込んで、再起動実験に向けていろいろな調整を行っているそうだ。
再起動試験は重要なことらしく、視察のためなのか総司令の柏木さんも来ていた。
柏木さんは今さっきパイロットが乗り込むためのタラップのところを歩いて来て祐巳の見えるところで零号機を見上げていた。
『祐巳ちゃんあと少しだから。 今日は一緒に帰りましょう』
聖さまのそんな声が聞こえた時、零号機から志摩子さんが出てくるのが見えた。
志摩子さんは身体にフィットしたプラグスーツと呼ばれる服を着ている。
これは祐巳も着ているのだが、プロテクターのように所々固い部分があるものの基本は全身タイツのような有様で、人前に出るのが恥ずかしい代物だった。
祐巳はスタッフが殆ど女性でよかったと思っていたわけだけど……。
志摩子さんはそんな姿で恥ずかしげもなく柏木さんの前に立つとなにやら会話をはじめた。
見ていると柏木さんが爽やかに笑ったりして本当に親しげに話してるように見えた。
(いやだな)
それは、柏木さんに負けたみたいで祐巳の気持ちを暗くさせた。
祐巳はまだ学校で志摩子さんに話しかけるのに成功していないのだ。
祐巳の仕事は終わり、初号機の中の人から開放された。
祐巳は先に上がって着替えてから聖さまが来るのを待っていたが、その待ち合わせの休憩所に現れたのは聖さまだけでなく蓉子さまもだった。
なんでも起動実験の準備は順調で、今日は定時に帰るとのこと。
聖さまはこういう機会に一度、蓉子さまを夕食に招待する約束をしていたのだそうだ。
〜 〜 〜
「何よこれ?」
カレーを一口食べて蓉子さまが言った。
食事の支度は交代制で、今日は聖さまの当番だった。
聖さまはあまり手の込んだ料理はしないので、聖さまが夕食の用意をする日はおかずが買ってきた調理済み惣菜とか、最悪、出来合いのお弁当になることもあった。
でも今日は何故か奮発してカレー。
いや、具はカット野菜とか切る必要の無いものばかり使って全然手間かけてなかったみたいだけど……。
「カレーよ」
「それは判ってるわ」
祐巳はまだ口をつけていないけど匂いはちゃんとカレーだった。
でも蓉子さまの表情を見て持ち上げていたスプーンを口に運ぶのをやめた。
ここは様子を見たほうがよさそう。
「なに入れたのよ?」
「え? 食べられないものは入れてないわよ」
「あたりまえでしょ? 何?」
「えーと、お野菜でしょ、果物でしょ、あとタンパク質……」
「「果物!?」」
思わず祐巳も叫んでしまった。
「祐巳ちゃん甘党だって聞いたから」
「わ、私のせいですか!?」
「あら結構美味しいのよ?」
まあシチューにパイナップルとかあるし、あとはナッツ類ならありの気もする。
実際何を入れたのかちょっと心配だけど。
「あとタンパク質ってなによ?」
「いろいろよ」
「だから! 色々って?」
「お肉とかエビとかホタテとか適当に……」
「適当って……、なんでも放り込めばいってものじゃないのよ!」
どうやら蓉子さまは最初の一口で予想外の具に当たってダメージをうけたらしい。
聖さまの話からすると食べられないものではなさそうだけど、海産物と果物が一緒なのってどうなんだろう……。
祐巳も勇気を出して一口食べてみた。
「うっ……」
意表を突かれたが、意外と何とかなりそうな味だった。
ただ、カレーに対する概念を多少修正する必要があるかもしれない。
「祐巳ちゃん、やっぱり引越しなさい。 ガサツな同居人の影響で一生台無しにする事無いわよ」
蓉子さまがそんなことを言ってきた。
「はあ。 もう慣れましたから」
一応、そう答えたけど、がさつはポーズ。 聖さまは実は結構繊細なのだ。
まあ蓉子さまの方がその辺はよくわかってらっしゃるだろうけど。
聖さま特製の謎カレーは具の種類が豊富なこともあって量が多く、三人で平らげることは出来なかった。
「2日目がおいしいのよねー」とか言う聖さまは明日の夕食もカレーにするつもりらしい。
祐巳としては当番が楽になるから良いのだけど、これを理由に次の聖さまの当番を代わってくれと要求されそうで心配だった。(実際そうなった)
「そうだわ。 忘れるとこだった。 祐巳ちゃん頼みがあるの」
さてそろそろ帰ろうかというときになって蓉子さまが思い出したように言った。
「何ですか?」
「志摩子の更新カード渡しそびれてしまって、悪いんだけど明日本部に行く前に彼女のところに届けてもらえないかしら?」
「はい……」
祐巳は差し出されたカードを受け取った。
祐巳のもそうだが、カードには当人の顔写真が貼られている。
そこには祐巳を見つめる志摩子さんの無表情があった。
「どうしちゃったの、志摩子の写真をジーと見ちゃったりして?」
「え、いえその……」
「なあに?」
「私、同じパイロットなのに志摩子さんのこと良く分からないから」
「良い子よとても。 とても不器用だけど……、そうね、聖に似てるかしら。そういう所」
「私?」
テーブルから離れて向こうで寛いでいた聖さまの声が後ろから聞こえてきた。
「不器用って?」
「生きることが」
祐巳は聖さまの方に振り返ってみたが、聖さまはそっぽを向いていた。
〜 〜 〜 〜 〜 〜
祐巳は再開発地区と呼ばれるマンションばかりが立ち並ぶ地区に来ていた。
昨日、蓉子さまに言われたとおり、志摩子さんに更新カードを届けに来たのだ。
(暑い……)
陽炎が立つ道路の脇の歩道を歩く祐巳。
道路の向こう側の森では蝉の声が大合唱。
そして現場は見えないが何処からか工事の音が鳴り響いていた。
(ここか)
ようやく志摩子さんの部屋がある棟に辿りつき、祐巳は建物を見上げた。
結局、学校では志摩子さんに一度も話しかけることが出来なかった。
だから、こうして会うためのオフィシャルな口実が出来たことは祐巳にはありがたかったのだ。
(それにしても……)
こうしてそばで見ると廃墟のようなマンションだった。
コンクリにはひび割れや、折れた雨どいから雨水が流れた跡。
入り口の所には砂が溜まり、誰も掃除などしていないことが明らかだった。
本当に住所はここであってるのだろうか? という思いが祐巳の脳裏をかすめた。
(とにかく行ってみよう)
メモした住所を頼りに目的の階に上がり、廊下を進む。
(……あった)
ちゃんと表札には『藤堂志摩子』という文字が書かれていた。
祐巳は早速、呼び出しベルを押した。
しかし、数回押してみたが、鳴った気配が無い。
(壊れてるのかな?)
ドアに手をかけてみる。
鍵は掛かっていなかった。
「志摩子さーん」
ドアを少し開けて、遠慮がちに呼んでみた。
返事は無い。
玄関のところに郵便物が散らかっているのが目に入った。
(居ない? というか実は住んでないとか?)
不安になった祐巳は玄関に入り込んでもう一度声を出した。
「こめんくださーい、志摩子さん? 入るよ?」
返事が無かった。
祐巳は靴を脱いで中に上がりこんだ。
「……うわっ、これが志摩子さんの部屋!?」
打ちっぱなしのコンクリ剥き出しの壁。
味も素っ気無いパイプベッドの上には脱ぎ散らかされた制服。
小さなテーブルの上には……。
「ロザリオ?」
それは見たことのあるロザリオだった。
聖さまから志摩子さんに渡り、乃梨子ちゃんが持っている筈の物だ。
祐巳は志摩子さんが乃梨子ちゃんを妹にする前に一度志摩子さんの腕に巻かれたそれを見たことがある。
祐巳はロザリオをテーブルから取り上げた。
そういえば祐巳も今、ロザリオを首にかけている。
こちらはお姉さまから貰ったロザリオ。 この世界で気付いた時、すでに首にかかっていたのだ。
その時。
「……ひっ!?」
突然、祐巳の視界に白い物が進入してきた。
びっくりして振り向くと、髪をタオルでまとめた志摩子さんの顔がすぐ近くにあった。
工事の音に紛れたのか、祐巳は足音に気付かなかった。
その白くみえたのは志摩子さんの手だった。
志摩子さんは祐巳の手からロザリオを取り上げていた。
「志摩子さ……んっ!?」
祐巳はテーブルと志摩子さんに挟まれた状態で慌てて振り向こうとしたため、足をもつれさせてバランスを崩した。
そして、咄嗟に志摩子さんにつかまろうとして、そのまま抱きつくように倒れこんでしまった。
志摩子さんの髪を包んでいたタオルが外れて、ふわふわの巻き毛がフロアに広がった。
「っむぐぅ……」
祐巳は、むにゅってな感じに、柔らかいものに顔を埋めていた。
そして、すぐに身体を起こしたのだけど、その時目に入ってきたのは床に横たわった志摩子さんの裸体。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて立ち上がり、ドキドキと胸の動悸を感じつつ志摩子さんに背中を向けた。
(び、びっくりした)
だって、他人の豊満な胸に顔をうずめる機会なんてそうそうあるわけないし、それに、ここは二人きりだし、相手は西洋人形と形容されるような美少女だし……。
同性だって惹かれる人には惹かれるしドキドキだってする。
それはお姉さまで証明済みだったけど、こういうのはちょっと勘弁して欲しかった。
いや、悪いのは転んだ祐巳の方なんだけど。
祐巳は後ろを向いたまま話しかけた。
「あ、あのねっ、志摩子さん?」
返事は無い。
「その……」
なんだっけ。
「そうだ、更新カード。 志摩子さんの預かってて、届に来たんだけど……志摩子さん?」
もう下着は着けただろうと思い、振り返ると、
「あ!」
もう着替え終わっていて、志摩子さんは玄関の所にいた。
先にすたすたと歩いていってしまう志摩子さんを祐巳は追いかけた。
通勤時間から外れていることもあり、また行き先も校外のネ○フ本部なので、電車はガラガラに空いていた。
祐巳は一人分くらい間を空けて志摩子さんの隣に座った。
(さっきのこと怒ってないのかな?)
ちらりと志摩子さんの表情を伺うと、特に怒っている風も無い。
というか、無表情だった。 祐巳を認識すらしていないように見える。
でも話をするって決めてたので祐巳は頑張った。
「あの」
「……」
「さっきはごめんね」
「……」
(困ったな。 なんか話題は……)
祐巳が、なんて話し掛けようか考えているうちに電車は降りる駅に着いてしまった。
そして、志摩子さんが本部入り口ゲートの機械にカードを通そうとしてエラーで返されたところで祐巳は再び話しかけるきっかけを得た。
「志摩子さん、これ、更新したカード、私が預かってたから」
祐巳が差し出したカードを志摩子さんは黙って受け取った。
長い下りエスカレーターを降りる間も二人に会話はなかった。
そして、エレベータに乗り換えてから、祐巳はみたび話しかけてみた。
「あの、志摩子さん?」
「なに?」
今度は狭い個室なせいか、返事をしてくれた。
「あ、えーっと今日、再起動実験だよね?」
「……」
返事は沈黙。
相手が返事をしてくれないのがこんなに辛いとは思わなかった。
でも頑張る。
たしか、前は実験は失敗したんだ。
「あのね、今度は上手くいくといいね?」
志摩子さんがちょっと頷いたように見えた。
それに気を良くした祐巳は続けて聞いた。
「あのさ、志摩子さんは怖くない? またあの、零号機? に乗るのって」
「どうして?」
「え、だってこの前は失敗して大変だったんでしょ? 閉じ込められたって聞いたけど……怖くないの?」
「あなたは、怖いの?」
「え?」
いままでそっけない返事だったのでここで聞き返されるとは思わなかった。
「……」
志摩子さんは返事を待っている。
「怖いよ。だってあんな……」
「あなた、柏木司令の子供でしょ?」
「違うよ!」
あ、思わず即答しちゃったけど、よかったのかな?
志摩子さんは普通に続けた。
「信じられないの? 司令の仕事が」
「あ、当たり前でしょ、信じられるわけ無いじゃない、柏木さんなんて!」
その次の瞬間、エレベータの中に祐巳の頬を張る音が響いた。
志摩子さんに叩かれたのだ。
でも祐巳は何が起こったのか理解するのに時間を要した。
その間に志摩子さんは、階に到着して開いた扉から出て行ってしまった。
じんじんと余韻を引く頬を抑えながら祐巳はそれを唖然して見送った。
そんなに痛かったわけではない。
叩かれたことより祐巳は、志摩子さんが柏木さんを信頼していることの方がショックだったのだ。
祥子さまとのことがあって祐巳が柏木さんの事を色眼鏡で見ていることはうすうす判っていた。
でも、それでもだった。
〜 〜 〜
再起動試験が始まっていた。
聖さまは、試験は技術部の仕事だから具体的なお仕事はないのよ、と言って祐巳と一緒に見学をしていた。
『これより零号機の再起動実験を行う。 第一次接続開始』
実験の総指揮を執っているのは柏木さん。
『主電源コンタクト』
『稼動電圧臨界点を突破……』
祐巳は押し黙ったまま厚いガラスごしに見えているオレンジ色の零号機を見つめていた。
前回失敗したと聞いたから緊張してる、という訳ではない。
先ほどのことでちょっとブルーになっていたのだ。
試験はつつがなく進行し、しばらくしたら「零号機起動しました」なんて声が聞こえてきた。
「上手くいったようね」
「……良かった」
前回は大変だったって聞いていたので、少々拍子抜けした、その時だった。
「未確認飛行物体が接近中だ。 恐らく第五の使徒」
祐麒の声が聞こえたので振り返ると、柏木さんに報告しているところだった。
「テスト中断。 総員第一種警戒態勢」
柏木さんがよく通る声で宣言した。
「零号機はこのまま使わないのか?」
「まだ戦闘には耐えん。 初号機は?」
「380秒で準備できます」
「出撃だ」
技術部主導の起動実験から作戦部主導の戦闘態勢へ。
人が慌しく動きだした。
「祐巳ちゃん、準備して」
「あ、はい」
祐巳も更衣室に走った。
暗くなっていた気持ちを振り払うようにいつもより大股で。
ここはリリアンじゃないからスカートの裾を乱さないようになんて気にしない。
――悔しかった。
なんていうか、聖さまも柏木さんも仲が悪いといいながら、しっかり大人として一緒に仕事をしているってことが。
そして志摩子さんに信頼されて。
祐巳はなんだか置いていかれたみたいに感じていた。
(わたしだって……)
祐巳は焦っていた。
だからだと思う。
不意をうたれたとはいえ、シナリオを知っていたはずなのに回避策をとれなかったのは。