※注意 色々と設定を弄っています。というか……。
春。
私がリリアンに入って初めての桜の季節。
私は二年生になった。
学年が一つ上がったので『紅薔薇のつぼみの妹』から『紅薔薇のつぼみ』と呼ばれるようになり、
でも、それに慣れなくて『紅薔薇のつぼみ』と呼ばれても、自分の事だと気が付かない事が多々ある。
まぁ、いつか慣れると思う。
思えば、本当に色々な出来事があった。
マリア像の前で出会って、薔薇の館ですれ違い、仲直りして、後夜祭で姉妹になった、
お姉さまである祥子さまとの出会い。
黄薔薇革命とか、いばらの森。
生徒会役員選挙やバレンタインデーのイベント。
そして、蓉子さま、江利子さま、聖さまの前薔薇さま方との別れ。
「祐巳さん、最近どうしたの?」
考え事をしている私に尋ねてきたのは、二つの長い三つ編みがトレードマークの島津由乃さん。
薔薇の館の仲間の一人にして、クラスメートで私の親友。
でも、いきなりそんな事を言われてもワケが分からない。
だから、私は聞き返した。
「どうしたのって、何が?」
「心ここにあらず、って顔してた」
なるほど、由乃さんの言いたい事はよく分かった。
確かに最近、考え事をしている事が多い。
「ついでに言わせてもらえば、今朝、ここに来る前に一年生の教室に顔を出してたようだけど?」
なんでそれを知ってるんだろう?
由乃さん、侮りがたし。
「それ、間違えて行っただけなのよ。ついうっかり一年生の時の教室に行ったの」
私がそう答えると由乃さんが呆れたような顔をした。
「もう、祐巳さん。しっかりしてよね」
と言われても……。
「紅薔薇のつぼみって呼ばれるのと同じでまだ慣れないのよ。こっちに来てから、
一学期分が丸々飛んでるから、二年生になった気がしないし」
「祐巳さん。それは言っても仕方ない事でしょ?」
まぁ、一年生の時の二学期に転校してきたんだから、一学期分が丸々飛んでるのは当たり前なんだけど。
「それは、そうなんだけど……」
「ともかく、何かあったってワケじゃないのね?」
「うん。心配した?」
「祐巳さんが変だと、祥子さまもおかしくなるもの」
ああ、なるほど。
確かに、それは度々ある。
でも、それは去年にあんなすれ違いがあったから仕方がないと思う。
私が変に誤解したせいなんだけど……。
「そうなると私や令ちゃんの仕事が大変になるのよ」
「えー?私の心配は?」
「してたけど。でも、大丈夫なんでしょ?」
そう確認してきた由乃さんに私は頷いた。
ここ最近の考え事。
それが、なんの事だかよく分かってる。
とても大切な事。
お姉さまと同じくらい大切な事。
昼休み、廊下の窓から外を眺めている志摩子さんを見かけた。
志摩子さんとは残念ながら二年生になってクラスが別になってしまった。
だからというワケではないけれど、用も無いのに思わず名前を呼んでしまっていた。
けれど、志摩子さんは私に気が付かない。
志摩子さんも何か考え事してるのかな?
どうしようか。
志摩子さんはずっと外を眺めている。
でも、その目に映っているのは本当に外の景色だろうか?
何故かそれは違うような気がする。
志摩子さんの事は気になるけれど、なんだか話し掛け辛い雰囲気を感じて私はその場を後にした。
志摩子さんの所から離れて、しばらく歩いていると桂さんを見かけた。
志摩子さんと同じく、桂さんともクラスが別になってしまった。
思えば、転校したての頃はよく桂さんに助けて貰っていた。
せっかく仲良くなれたのに寂しいなぁ。
私が名前を呼ぼうとした所で桂さんがこちらに気付いて声を掛けてくる。
「祐巳さん」
私の名前を呼んで、それから何故かじっと私の顔を見てくる。
「どうしたの桂さん、何か顔に付いてる?」
少し恥ずかしくなってきて、どうしたのか尋ねてみた。
「心配してたけど、そうでもないみたいね」
「心配?」
「そう、心配。祐巳さんが変だって噂を聞いたから」
う、噂になっていたのか。
しかも変って……、今度から気を付けよう。
「ただでさえ目立つんだから、あんまり皆の興味を惹くようなマネをしちゃだめよ」
「別に好きで目立ってるわけじゃないんだけど」
目立つ……、とは紅薔薇の妹というのもあるだろう。
けど、桂さんの言った『目立つ』は、今回の場合は私の容姿の事のようだ。
去年なんか、それについての様々な対策を教室で桂さん、薔薇の館では由乃さんに叩き込まれたし。
でも、結局あんまり変わってない。
そんな事よりも、聞きたい事がある。
桂さんは志摩子さんと同じクラスの藤組。
という事は、何か知っているかもしれない。
「桂さん」
「なに?」
「ええっと、志摩子さんって最近どう?」
「どう、とは?」
もう少し、頭の中を整理してから言うべきだった。
どうやら言葉が足りなかったようで、聞き返されてしまった。
「悩んでるとか落ち込んでるとか、そんな様子はない?」
言い直した私に、桂さんは納得したような表情を見せた。
「そういえば最近、変ね」
「やっぱり」
「少し前に、志摩子さんが一人で桜を観てるのを見かけたわ」
ん?それ位だったら別におかしくないような気がする。
「桜くらい観ててもおかしくはないと思うけど」
「普通だったらね」
という事は、普通ではなかった?
「桜を観てるのに、桜を観ていない。そんな気がした」
そう言われて、先程の志摩子さんの様子を思い出した。
確かにそんな感じを私も受けた。
それにしても、
「桂さんって、色々と見てるね」
私がそう言うと、何故か桂さんが私から目を逸らした。
そして、ボソボソと呟くように小さな声で言う。
「祐巳さ……関係ある……よ」
「え?」
桂さんらしくない、本当に小さな声だったので、何を言われたのかよく聞き取れなかった。
何を言ったのか聞き返そうとすると、
「なんでもない。もう行かなくちゃ。じゃあね、祐巳さん」
桂さんが誤魔化すようにそう言って、慌てた様子で足早に去っていく。
「か、桂さん?」
私はそんな桂さんの後姿を、どうする事も出来ずに見送ってしまった。
「なんだったんだろう?」
考える事がまた一つ増えてしまった。
放課後になってしまった。
さて、どうしようか。
すぐに薔薇の館に行くか、それとも……。
ううん、決まってる。
私はもう決めている。
鞄を持って席を立ち、箒を手にしている由乃さんに話し掛けた。
「ちょっと行く所があるから、遅くなるってお姉さまに伝えて貰えないかな?」
「その位いいわよ。で、どこへ行くのか聞いてもいい?」
どこへ行くのか聞かれるのは考えていたけど、その言葉に含まれている意味は考えていたものと違った。
どうやら私の表情のせいらしい。
そんなに思い詰めた表情をしていたのだろうか?
「今はちょっと……」
そう、今はまだ言えない。
由乃さんが私をじっと見つめながら問う。
「後でちゃんと教えてくれるんでしょうね?」
私は答えた。
「うん、必ず」
私は、一年生の下駄箱の前で待っていた。
私の姿を見て、知らない一年生達が騒いでいる。
中には挨拶してくる生徒もいたけれど、大半は遠巻きにこちらを見ているだけ。
でも、あまり気にならなかった。
私には目的があったから。
それ以外、気にするほどの余裕はなかった。
気付いてくれるだろうか?
覚えているだろうか?
ううん、覚えてなくてもいい。
そもそも、覚えてる筈がない。
ほんの数分の出会いの事なんて。
それならそれで、新しい関係を始めればいいだけの事。
三十分くらい待っていただろうか。
下駄箱に来る生徒の数が少なくなってきた頃に、私は『あの子』の姿を見つけた。
間違いなく『あの子』だ。
一目で分かった。
あの頃と同じ髪型。
見たこともない髪型。
『あの子』はこちらに気が付いて、驚いたような表情を浮かべた。
覚えていてくれたのだろうか?
それとも、私が紅薔薇のつぼみだから?
驚いていた表情から元の澄ました表情に戻して、こちらへと歩み寄ってくる。
そして、私の前で立ち止まって挨拶をしてきた。
「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ」
「……ごきげんよう」
やっぱり覚えてないか。
考えてはいたけど、やはり寂しいと思う。
でも、お姉さまだって覚えてない事だし前向きに考えよう。
そんなことを考えていたから、
「それと、お久しぶりですね。祐巳さま」
「へ?」
くすくすと笑っている『あの子』の前で、今度は私が驚く番だった。
靴を履き替えて、私達は第二体育館に行く途中にある古びた温室へとやってきた。
教室よりも少し小さな温室で、ここにある植物のほとんどが薔薇。
話をするなら、ここがちょうどいいと思っていた。
何故かは分からない。
ただ、なんとなく、ここがいいと思っただけ。
周りに人がいない事を確認してから、『あの子』に話し掛ける。
「覚えてるとは思わなかった」
「それだけあの時の祐巳さまの印象が強かったんです」
それは、私もなんだけど。
返ってきた答えに思わず苦笑した。
あの時と性格はあんまり変わってないみたい。
「人の顔を見て苦笑するのは失礼だと思いますが?」
「ごめんなさい」
確かにそうだと思ったので私は素直に謝る。
そんな私を見て、『あの子』が言う。
「変わりましたね、祐巳さま」
「うん。変わったというか、変えたというか。あの時の私ってイヤな子だったでしょ?」
「仰る通り、あの時の祐巳さまは確かに礼儀知らずでした」
う、痛いところを突いてくる。
でも、その通りだったし仕方がない。
「でも、そんなにイヤという程でもありませんでした」
「そう?」
「ええ。それにしても、よく私がここに通っている事が分かりましたね」
「うん。それも覚えていたから」
あの時、自己紹介した時に、二人とも私と同じ学園に通っていたことを知ったから。
私を良い方向に変えてくれた人達の事を忘れるなんて事はなかった。
この街で、最後に出来た友達の事を忘れられる筈がなかった。
「それで、私に何かご用ですか?」
「うん。えっと、その前に、瞳子ちゃんって呼んでいい?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ瞳子ちゃんで。それで、用というのはお話がしたかっただけなんだけど……」
私がそう言うと、瞳子ちゃんが首を傾げた。
それに合わせて左右の見事な縦ロールが揺れる。
私、変な事を言ったかな?
「それだけですか?」
「うん、そう。今のところは」
「今のところは?」
「あ!そ、それ以上はまだ内緒!」
瞳子ちゃんが、すっと目を細めた。
「なにか企んでいたりしませんよね?」
「?」
「違うのならいいんです。あの時の祐巳さまでしたら、なんとなくそういう事をしそうな気がして」
私に向けていた疑いの眼差しを元に戻す瞳子ちゃん。
「あー、確かに色々してた気がする」
当時の私は、性根が曲がって捻くれてて意地悪だったから。
よくここまで変われたなぁって自分でも感心するもの。
これというのも、お姉さま達に出会ったお陰。
「本当に変わりましたね。実は別人なのではないですか?」
「間違いなく本人だから。それに、それを言うならお姉さま……、祥子さまだって」
「確かにそうですわね」
お姉さまとマリア像の前で再会した時には本当に驚いた。
面影はあったけど、昔と口調が正反対なんだもの。
人の事は言えないけれど、姉妹になってからも実は別人なのかもと疑ったくらい。
「瞳子ちゃんはあんまり変わってないね」
「当然です」
そう簡単に変わってたまるものですか、と言わんばかりに瞳子ちゃん。
普通はそうだろうねぇ。
「でも、前よりずっと可愛くなってる」
「い、いきなり何を仰るんですか!」
「あの時も可愛かったけどね」
頬を紅く染めて、チラチラと私を見ていた瞳子ちゃんを思い出す。
「からかうのは止めて下さい!」
別にからかってる訳じゃないんだけど。
ふと視線を落とすと、腕時計が視界に入った。
「あ!」
思っていたよりも、かなりの時間が経っていた。
きっと、みんなが私を待っている。
「どうしました?」
「そろそろ館に行かなきゃ」
「そういえば、結構な時間が経っていますわね」
「うん」
温室に差し込む光は、何時の間にか赤みを帯びていた。
夕日に照らされた温室は赤く染まりどこか物悲しい。
「もっとお話したいけど……」
「別に今でなくてもいいのではないですか?」
それはそうなんだけど。やっぱり名残惜しい。
でも、確かにお話ならいつでも出来る。
「じゃあ、行こっか」
二人で温室の出入り口へ向かう。
その途中、私は自分の想いを言葉にして伝える事にした。
「瞳子ちゃん」
「なんですか?」
「あなたと再会できて私は嬉しい」
「……私もです」
そう応えた瞳子ちゃんの顔は真っ赤だった。
それは夕焼けだからそう見えたのではないと思う。
だって、あの時の瞳子ちゃんの姿と重なって見えたもの。
「ふんふんふふーん」
「機嫌良さそうね、祐巳さん」
瞳子ちゃんと別れた後、薔薇の館で待っていた皆に挨拶をして、私は遅れていた仕事を片付けていた。
しばらくして、少し休憩しましょう、とお姉さまの一言。
それなら私が、とお茶の準備をしている時に、手伝ってくれている由乃さんが小声で話し掛けてきた。
「そう?」
分かってる。自分でもよ〜っく分かってる。
あれから、もうずっと頬が緩みっぱなし。
すごくだらしのない表情をしてると思う。
「うん。ただ、あんまりそんな顔をしない方がいいと思う」
「?」
「祐巳さん、ずっと笑顔なんだもの。祥子さまがさっきから見惚れてて仕事になってなかったわよ」
「へ?お姉さまが?」
言われてお姉さまの方を見ると、確かにお姉さまがこちらをぽーっと見ていた。
「まぁ、祥子さまに限った事ではないんだけど」
視線を戻して由乃さんがそう続ける。
「うん?」
「祐巳さん、そうやって小首を傾げると妙に可愛く見えるわね」
あ、またやってしまった……。
子供っぽく見えるからこの癖は直さないと、と思って気を付けているけどついうっかりやってしまう。
よし、いま一度、気合を入れ直して頑張ってみよう。
ぐっ、と両手を握っところで、
「そこまで気合を入れて直そうとしなくてもいいんじゃない?似合ってると思うし」
と、考えていたことを読まれて慌てた。
「な、なんで……」
「分かったの?」
しかも言いたい事の続きまで言われてしまう。
こくこくと首を縦に振って、由乃さんに続きを促す。
由乃さん、実はエスパーとか?
「顔に出てたのよ」
「出てましたか……」
返ってきた言葉にちょっと落ち込んだ。
ムリだとは思うけど、直るのなら先にこの落ち着きのない表情から直したいと思う。
「それで、話してくれるんでしょ」
「え、何を?」
「祐巳さん、忘れてる?」
呆れた表情で私を見てくる由乃さん。
そう言われても、何のことか本当に分からな……、あっ!思い出した。
うーん。話してもいいけど、もう少し待ってもらおう。
「ええっと、もうちょっと待ってもらえる?」
「良い事だったみたいだし、それは別に構わないけど」
「けど?」
「気になるから、出来るだけ早くお願い」
なるほど、由乃さんらしい。
「分かった」
瞳子ちゃんと再会した次の日。
授業と授業の合間の休み時間に、私は自分の席で考え事をしていた。
やっぱり志摩子さんの様子がおかしい。
昨日の薔薇の館でもそうだった。
仕事をしていても上の空で、お姉さまが呼びかけても返事をしない時もあったし。
でも、理由がさっぱり分からない。
お姉さまか、由乃さんのどちらかに相談してみようかな……。
「うー」
思わず妙な唸り声を出してしまう。
「どうしたの、その唸り声」
まさか聞かれているとは思わなかったから、ビクっと肩を震わせてしまった。
気付けば、何時の間にか由乃さんが隣に立っていた。
「な、なんでもない」
そう言ったけど、ものすごく恥ずかしかった。
由乃さんは大して気にした様子もなく会話を続ける。
「それで、また何か悩んでるの?」
あ、やっぱりすぐに分かるんだ。
そんなに分かり易い表情してるのかな、私って。
「自分の事じゃないんだけどね」
「そうなの?」
「そうなの」
「では、その悩みを私が聞いてあげるわ」
そう言いながら、横から由乃さんとの会話に割り込んで来たのは真美さん。
「うわっ!いいです、いいです。遠慮しときますっ」
驚いた後に両手を振りながら断る私。
わざわざ新聞部に情報を提供する気はない。
しかも、志摩子さんのことだし。
「それは残念ね」
そういい残して去っていく真美さん。
その後姿を見送ってほっとしたのも束の間、今度は、
「その表情いただきっ」
シャッター音と同時にそんな声。
それを聞いて、全身の力が抜けた。
「勘弁してよ」
誰よ、真美さんと蔦子さんを一緒のクラスにしたのは?
「うまく撮れてたら、学園祭で展示させて貰うからね」
二年松組はプライバシーなんて、あって無いようなものらしい。
「話は後で聞くから」
先程から会話の止まっていた由乃さんが、そう耳打ちして私から離れていく。
確かに、こんなところで話す内容ではない。
誰に聞かれるか分からないし。
それに、次の授業の先生が廊下を歩いてくるのが見えた。
生活指導担当の結構うるさい先生。
皆、反応が早い。
蔦子さんなんて、もうカメラを隠して自分の席に戻っている。
まだ半日も授業が残っているのに、私は早くも疲れてしまった。
昼休み。
「あ、瞳子ちゃん」
昨日も来ていた温室で待っていると、扉を開けて瞳子ちゃんが入ってきた。
実は昨日、私が薔薇の館に戻る前に、ここで会う事を約束を交わしていた。
「ごきげんよう、祐巳さま。挨拶を忘れていますわ」
「あ、あはははは。ごきげんよう」
乾いた笑いで誤魔化した後に挨拶を返す。
瞳子ちゃんが溜息をついた後に私を見てきた。
「しっかりして下さい。紅薔薇のつぼみなんですから」
「だよねぇ……。私としても、しっかりしたいんだけど」
でも、こんな性格だからムリじゃないかと少し諦めている。
と、瞳子ちゃんが呟くように何か言った。
「はぁ、どうして私はこんな方に……」
「うん?何か言った?」
「な、なんでもありません!」
聞こえなかったので尋ねると、怒ったように声を大きくしてそう返してくる瞳子ちゃん。
何故かはよく分からないけど、そう言うのならきっとなんでもないのだろう。
「ところで、祐巳さま」
「うん?」
「それ、それです。その小首を傾げる仕草。昨日も、それに先程もしていましたけど」
「え、またしてた?」
少し前に、由乃さんに言われたばかりなのに、またやってしまっていたらしい。
「やっぱり子供っぽく見えるよね、これ。直そうとしてるんだけど、なかなか直らないのよ、この癖」
言いながらもう一度、首を傾げてみる。
「うぁ……い、いえ。似合ってはいるのですが、や、止めた方がいいと思います」
「???」
「紅薔薇のつぼみが子供っぽく見えるのは、やはりどうかと思います」
一年生の瞳子ちゃんにまで言われるとは……。
事態は思っていたよりも深刻なのかもしれない。
そうだ、子供っぽく見えると言えば、この髪型も原因の一つかも。
「この際、髪型も変えて普通に下ろしてみようかな」
「それは絶対に駄目です」
「な、なんで?」
ストレートにしたら、大人っぽく見せられる自信はあるよ?
半年前、演劇で使う仮縫いの衣装を試着した時に、みんなに大人っぽく見えるって言われたもの。
「只でさえ人目を惹いているのに、それ以上、目立ってどうするんですか」
「……そのうち慣れるかもしれないじゃない」
「ムリです。あの時の祐巳さまからなんとなく想像が付きます」
言われてみれば、初めて瞳子ちゃん達に会った時、私はリボンを解いていた。
そこから想像するとは、瞳子ちゃんはかなり想像力が豊かなようだ。
「いいですか?少しは自覚して下さい。祐巳さまは普通にしていても目立つんです」
「自分で言うのもどうかと思うけど。一応、自覚してるつもりなんだけど……」
「それなら尚更、悪いです。自覚が足りてません。中等部と今の一年生の間で、
祐巳さまがなんて言われているのか知っていますか?」
知ってるはずがない。
一年生には瞳子ちゃんしか知り合いがいないもの。
私が首を左右に振ると、間髪入れずに瞳子ちゃんが答えた。
「お姫様です」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
「……は?」
今、お姫様って言われた気がする。
お父さんが、実はどこかの国の王様だったとか、そんな話は聞いた事ないし、ありえない。
お母さんだって、お姫様なんて産んだ覚えはないと思う。
「去年の山百合会の演劇を観ての事だと思います」
チケットがあれば、中等部の生徒でも学園祭に来れますから、と瞳子ちゃんは続けた。
「えっと」
それって、やっぱり。
「祥子おねえさまと祐巳さまの事です」
「もうヤだ。何よそれ、お姫様って」
お姉さまはともかく、私なんて中身がこんなだし。
「確かに外見はそうですものね」
ひ、ヒドイ……。
「瞳子ちゃん。ひょっとして私のこと嫌い?」
「そっ……」
何かを言いかけて口を閉じる瞳子ちゃん。
そうです?
それとも、そんな事はない?
じっと見つめていると、瞳子ちゃんの頬が段々と桜色に染まってきた。
それで分かってしまった。
瞳子ちゃんも私と同じように、じっと見つめてくる。
今はこの視線を逸らしたくない、そう思う。
頬が、熱を帯びたように熱くなってきた。
動悸もやたらと激しい。
まさか、聞こえてはいないと思うけど、でも、そう思うと急に恥ずかしくなってきた。
先に視線を外したのはどっちだっただろう。
「じ、時間がなくなっちゃうし、先にお弁当を食べよっか」
「そ、そうですわね」
視線が合わない様に意識しながら会話する。
袋からお弁当を取り出そうとしたけど、手が震えて指がうまく動いてくれない。
チラリと瞳子ちゃんの方を見ると、私と同じようにお弁当を袋から取り出そうとして四苦八苦している。
瞳子ちゃんも一緒。
そう思うと嬉しかった。
祐巳さん。浮気よ、それは浮気!
頭の奥の方で、いつかの時と同じように由乃さんの声が響く。
でも、浮気とかそんなつもりじゃなかったから、
ただ、嬉しくて浮かれていた私はそんな事を全く気にしてなくて、
だから、まさか今の私達を見て誤解した人がいるなんて、ちっとも思ってなかった。
掃除の時間中に由乃さんに志摩子さんの事を相談した。
それで分かった事は、志摩子さんとそのお姉さまである聖さまの出会いに桜が関係している事。
もしかしたら、聖さまが卒業していなくなってしまったので、
志摩子さんの心にぽっかりと穴が開いてしまったのかもしれない。
結局、しばらく様子を見る事で話は終わってしまった。
ゴミを纏めたビニール袋を、ゴミ置き場へ置いて帰ってくる途中、志摩子さんを見かけた。
志摩子さんはふらふらと、桜の木の下を歩いていた。
散ってくる花びらを手に受け、全身に受けながら志摩子さんは目を閉じる。
声を掛けるなんて、そんな事は私の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
まるで、映画のワンシーンのようだった。
ただ、綺麗だった。
まるで桜の精。
でも、それは見ていて悲しかった。
一人ぼっちで、とても悲しく見えた。
あ!
志摩子さんの姿が誰かの面影と重なる。
ようやく私は気が付いた。
なんとか気が付く事ができた。
由乃さんに相談して、聞いていたからだと思う。
志摩子さんと重なった面影、それは聖さまだった。
ああ、そうか。
志摩子さんが桜に見ていたのは聖さまだったのか。
それなら、私の向かうべき場所は決まった。
私は、志摩子さんに気付かれないように、そっとその場を離れた。
あれから、聖さまに相談しに大学の敷地内まで行って、けれど結局どうにもならずに現状維持のまま。
聖さまの言い分は分かる。
志摩子さんの危機を救いたい、と一人で考えてしまうのは確かに御節介かもしれない。
でも、それでもやはり気になってしまう。
私では、私達では駄目なのかな?
志摩子さんを助ける事ができるのは、私達の知らない誰かなのかな?
もし、そうなら早くその人が現れてくれればいいのに……。
聖さまの所に行ってたから、薔薇の館には遅れてやって来たんだけど。
今、お姉さまが怖い。
明らかにこちらに非があるのに、怒ってないお姉さまがこんなに怖いとは思わなかった。
ビスケットのような扉を開いた私を最初に迎えたのは、力無く立っていたお姉さまだった。
でも、その力の無さが逆に異様な怖さを醸し出している。
「どこに行っていたのかしら?」
「ええっと、ゴミ捨ての帰りに、クラスの離れてしまった友達と会ってしまって……」
「つい、話し込んでしまった、と?」
「そ、そうです。そうなんです」
思わず二度も同じ事を繰り返した私に、お姉さまが疑いの目を向けてくる。
けれど、それ以上は何も言われなかった。
もっとネチネチ嫌味を言われるかと思ったけど……。
それにしても、ここまで元気が無いのはおかしい。
桜のせいかな?
よく分からないけど、とりあえず私は今の季節と桜に感謝した。
くすっ。
不意に不可思議な笑い声が聞こえた。
あれ?
くすくす。くすくす。
知らない人が聞けば、不快に感じるかもしれない笑い声。
そんな笑い声は部屋中に響いた。
「瞳子ちゃん」
お姉さまが声の主の方をチラリと見て嗜める。
え?
ここで、ようやく気が付いた。
椅子に座っている人間の後姿、それが薔薇の館では見たことのない後姿だという事に。
「だって、祥子お姉さま。おっかしいのだもの、その方」
そう言いながら振り返ったのは、お昼休みを私と一緒に過ごした瞳子ちゃんだった。
な、なんでここにいるの!?
驚いて声を上げようとした私に、瞳子ちゃんが自分の唇に人差し指を当て、静かに、と合図してくる。
お姉さまは瞳子ちゃんに背を向けたままなので、それに気付いてはいない。
「瞳子ちゃん、その呼び方もね」
お姉さまが瞳子ちゃんの呼び方を注意する。
「だってー。ずーっとそう呼んでいたのに、急に変えろって言われても瞳子困るぅ」
だよねぇ、私でも困る。
そう思ったことが表情に表れてしまったのだろうか。
瞳子ちゃんが厳しい目をして私を睨んでくる。
危ない、危ない。
それにしても、なぜ私がこんな苦労をしているのだろう?
「せめて学園内だけでも『祥子さま』もしくは『紅薔薇さま』とお呼びなさい」
私は、お姉さまと瞳子ちゃんの関係を知っているから、あまり気にならないんだけど……。
お姉さまが瞳子ちゃんの方に振り返って紹介する。
「紹介するわ。こちら松平瞳子ちゃん。新入生よ。薔薇の館を見たいって訪ねてきたの」
それならそうと、先に言っておいてくれれば驚かなくてすんだのに。
そんな想いを込めて瞳子ちゃんを睨んだ。
でも、瞳子ちゃんは知らん振り。
まぁ、ともかく挨拶しないわけにはいかない。
「……よろしく」
「こちらこそよろしくお願い致しますわ、祐巳さま」
にっこりと笑って握手。
……したのも束の間、すぐにその手を離して、
「ところで、祥子お姉さま。親戚の、って付け加えて頂けないのですか?」
そう甘えた声で言って、お姉さまの腕に纏わりつく。
あくまで初対面でいくわけ?
まぁ、そうじゃないと私が非常に困るんだけど。
「ああ、そうね。実は、瞳子ちゃんは父方の親戚にあたるの」
「親戚ってどれくらいの距離なのかしら?」
お姉さまが付け加えると、由乃さんの声がした。
あ、いたんだ。
ごめん由乃さん。瞳子ちゃんに気を取られていて全く気付かなかった。
「祥子お姉さまの、お父さまのお姉さまの旦那さまの妹の娘が私ですわ」
「つまり、お二人に血の繋がりはないんじゃない」
由乃さんは私の為に言ってくれているんだろうけど……。
でも、ごめん。それはもう知ってる。
「それにしても、この館居心地いいですよねー。瞳子気に入っちゃった。また遊びに来ちゃおっかな」
それはちょっとヤだ。
私の情けない所をあまり見せたくないし。
あぁ、でも……、まぁ今はいっか。
「祐巳さん、あの瞳子って子には気を付けた方がいいわよ」
由乃さんが私にそう囁いてきた。
「うかうかしてると、お姉さま取られちゃうから」
「あ、それは無いから」
「え?」
しまった!つい。
「な、なんでもない。うん、気を付ける」
慌ててそう誤魔化したけど、由乃さんはしばらくの間、怪訝な表情を浮かべていた。
ところで、今日の会議は中止だそうだ。
急遽、令さまが部活の方に出なければならなくなったらしい。
「祐巳さま、ごきげんよう」
最近、日課となりつつあるお昼休みの温室での瞳子ちゃんとの待ち合わせ。
「ごきげんよう瞳子ちゃん」
挨拶もそこそこに、昨日の事について尋ねてみる。
というのも、昨日はあのまま瞳子ちゃんはお姉さまと帰ってしまった。
「なんで薔薇の館に来るって言ってくれなかったの?」
「祐巳さまを驚かそうと思ったんです。ですが、少しやり過ぎました」
苦笑いを浮かべながら瞳子ちゃん。
と、急に真面目な顔になり尋ねてくる。
「それより、どうして祥子お姉さまに本当の事を言わないんです?」
「本当の事?」
「過去に会った事があるって。昨日はそのせいで話を合わせるのが大変でした」
「お姉さまが覚えてないから」
そう言うと、瞳子ちゃんが驚いた顔をした。
私より表情が豊かなのではないだろうか?
「あの、それだけですか?」
「うん、それだけ。だって、なんだか悔しいじゃない。私だけ覚えてるのって」
「悔しいって……、変なところは変わってないんですね」
結構、負けず嫌いなところがあるのは過去の私の名残というかなんというか。
「寂しいとか残念とか、そう思ったりはしないのですか?」
「再会した時にはそう思ったけど、姉妹になってからは幸せだから別にいいかなって」
「そうですか?」
瞳子ちゃんは私の言葉を聞いても納得していない様子。
「確かにこの半年間、たまに寂しいと思う時もあったけど。でも、瞳子ちゃんが私を覚えててくれた」
「あ……」
「だから、今はもういいの」
「祐巳さま……」
目を閉じて、あの時の事を思い出す。
私が初等部一年生の時。
この街から離れる前の、最後の日曜日に家族と共に行った遊園地。
そこで出会った、三人の同年代の子供達。
おとなしくて、笑顔がとても素敵だった当時の祥子さま。
小さな声で、ありがとうって言ってくれたあの頃の瞳子ちゃん。
睨むようにして見ると、やたらと慌てていた柏木さん。
とても大切な思い出。
一通り思い浮かべて目を開く。
ついでに一言。
「あと、今更言い出しにくいのもある」
「へ?」
瞳子ちゃん、それ私の。
「それは……、そうでしょうね」
呆れ顔になった瞳子ちゃんは、そう呟いて溜息を吐いた。
先日中止された会議が開かれた。
といっても、もう終わったけど。
会議の内容は、新入生歓迎会の時に私たちが胸に付ける薔薇の事。
お姉さまと令さま、志摩子さんが付けるのはそれぞれの薔薇の色の生花。
つまり、紅、黄、白。
私と由乃さん、薔薇のつぼみが付けるのはサーモンピンクの薔薇に決まった。
サーモンピンクは紅、黄、白、全てを含んだ私達の色。
それからもう一つ、志摩子さんのアシスタントを見つける事。
志摩子さんにはまだ妹がいないので、おメダイ授受の時に妹代わりになるアシスタントが必要だから。
これは、つぼみである私と由乃さんとで誰かに頼む事となった。
一昨日、お姉さまの様子が変だと思った。
私と一緒に帰っていても上の空。
桜の季節になってから、調子が悪いのは分かっているけれど、それを抜いたとしてもやはり変だ。
そもそも、様子が変なのは一昨日からではない。
ここ数日、ずっと元気が無かった。
皆の前ではそんな素振りをあんまり見せないのに、私と二人きりだと妙にそわそわして元気が無い。
口を開きかけては止める事もしばしば。
普段のお姉さまからは考えられない。
いったいどうしたのだろう?
今も試しに声を掛けてみるけれど、
「あの、お姉さま?」
「……」
返事が返ってこない。
「お姉さま?」
「……祐巳、どうしたの?」
「お姉さまこそどうしたのですか?」
「私?私は別に……」
それきり黙ってしまう。
とぼとぼ、そんな音が実際に聞こえてきそうな歩み。
お姉さまが足を止めた。
私を真っ直ぐに見つめてくる。
なんだか、その表情は疲れて見える。
「祐巳」
「はい、なんでしょう?」
「あなたは……」
また何か言いかけて止まった。
「なんでもないわ」
そう呟くように言って、私から視線を逸らすお姉さま。
そんな事ないと思うんですけど?
でも、多分そんな事を言っても今のお姉さまには届かない。
とぼとぼ、とぼとぼ。
二人でそのままバス停まで歩いた。
「祐巳さんが変」
教室にいると、由乃さんにいきなりそんな事を言われた。
「いきなり、何?」
「瞳子ちゃんの事よ」
言われてドキッとした。
「まず一つ。瞳子ちゃんが祥子さまを狙ってるようにしか見えないのに、祐巳さんが全く慌ててない」
思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「二つ目。祐巳さんと瞳子ちゃん、仲が悪いように見えるけど、実はそうではない気がする」
由乃さん、本当はエスパーなんでしょ?
「三つ目。私は見た」
「な、何を?」
「二人が仲良く温室でお弁当を食べてる所」
「え――」
由乃さんに口を押さえられた。
お陰で私の口から叫び声が出る事はなかった。
「あそこは思ったより人の目があるのよ。それで、そろそろどういう事か教えて貰える?」
「うん……」
観念するしか無かった。
過去に会った事がある云々は抜かして由乃さんに話す。
多少、嘘を付く事になったけど仕方がない。
ごめんなさい、由乃さん。
「なるほど、そういう事か。あの時、祐巳さんは瞳子ちゃんの所に行ってたわけね」
あの時とは、館に行くのが遅れる事をお姉さまに伝えておいて、と由乃さんに頼んだ時の事。
「ごめん由乃さん」
「別に謝らなくてもいいわよ。でも、うまくいくといいわね」
「うん」
由乃さんは応援してくれる。私は頑張るのみ。
と、そんな話をしていた時に、どこから現れたのか新聞部の真美さん。
「つぼみが二人して、何の内緒話?」
なんて、メモ帳片手に尋ねてくる。
そんな真美さんを見て、
「由乃さん」
「そうね、祐巳さん」
私と同じ事を思い付いたらしい由乃さん。
さすが親友。
「な、なに?」
そんな私達に気圧されている真美さん。
すごく珍しい。
それはともかく、真美さんならきっと真面目に手伝ってくれる。
今回の事を瓦版のネタにされるのは間違いないだろうけど、
それでも、滅茶苦茶な事を書いたりする人ではないから。
「新入生歓迎式の時に山百合会のアシスタントをやる気はない?」
由乃さんが尋ねると、
「いいわよ」
と、すぐに返事が返ってきた。
「取材くらいはさせて貰っていいのよね?」
真美さんが確認してくる。
「それ位なら問題ないと思うわ。後はこちらで薔薇さま達に話しておくから」
由乃さんが答えて、アシスタントの件はこれにて終了。
木曜日、放課後。
私は温室の前にやってきた。
いつものように昼休みに瞳子ちゃんと二人でいた時に、放課後にここで会う約束をしたから。
扉に手を伸ばしかけ、止めて目を瞑る。
再会してから、ううん、それより前からずっと考えていたこと。
なかなか言い出せなかったけど、私の想いが届けばいいな……。
目を開けて、大きく息を吐いてから扉を開く。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、とは言ってもお昼休みにもお会いしましたけど」
先に来ていた瞳子ちゃんがそう返してきた。
「それで、何の用ですか?」
「ええっと、今日は部活は……」
「ありません。お昼休みにもそう言ったはずです」
「だよね……」
沈黙。
か、会話が続かない。どうしよう。
何も言えずにチラチラと瞳子ちゃんを見ていると、痺れを切らせた瞳子ちゃんが言ってくる。
「言いたい事があるのでしたら、はっきりと仰ってください!」
そう言われても言いにくいのよ?
でも、言わなきゃ。
ありったけの勇気を振り絞って私は口を開いた。
「あのね、瞳子ちゃん。私、私の……」
うぅ、やっぱりダメだ。言えない。昨日も家に帰ってあんなに練習したのに。
そんな私を見て、瞳子ちゃんが溜息をついた。
けれど、どういうワケかそんな瞳子ちゃんの頬が少し赤くなっている。
「ゆっくりと落ち着いてどうぞ。その……、祐巳さまが仰りたいことは大体、予想はついていますから」
「え?」
「いつもお昼をご一緒しているのに、わざわざ放課後に呼び出されればいくらなんでも分かります!」
それなら、別に言わなくてもいいんじゃない?
「なんですか、人の顔をじっと見て?それよりも早く仰って下さい」
そっか……、瞳子ちゃんは、私の口からちゃんと聞きたいんだ。
そうだ、私はちゃんと言わなくてはならない。
私の言いたいこと、伝えたいこと、想いを言葉にして。
「わ、私の妹になって下さい」
一番大事な事を言えたら、後はすらすらと言えた。
「再会する前からずっと考えてたの。妹にするなら瞳子ちゃんしかいないって……、イヤかな?」
「イヤという事はありません。ですが少し考えさせて下さい」
即答してくれないし……。
「えっと、何時まで待てばいいのかな?」
「ええっと、そのぅ、明日?」
明日って……、先延ばしにする必要あるの?
「あの。それってなんだか早くない?えっと、延ばす意味はあるのかなーって」
「いいじゃないですか、早くて!私の答えなんて分かっているでしょう!?
ただ、私が決意を固めたいだけです!」
「う、うん。分かったから、落ち着いて」
早口で捲くし立てた瞳子ちゃんは、もう耳元まで真っ赤になっていた。
それが、たとえ夕日のせいでそう見えたのだとしてもそれでもいいと思う。
だって、私達二人はちゃんと言葉で通じ合えたから。
「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ」
マリア像の前で聞こえてきた見知らぬ生徒の声に、お姉さまの姿を探そうと辺りを見回しかけて気付く。
しまった!紅薔薇のつぼみって私の事だった!
「ごきげんよう」
心の中では慌てているけれど、それを表情に出さないように挨拶を返す。
どうやらうまくいったようで、挨拶をしてきた一年生だと思われる生徒は嬉しそうに去っていく。
ほっと一息つくと、そんな私の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「まったく情けない。それでも紅薔薇のつぼみですか?」
「……」
後ろにいたのなら普通に挨拶して欲しい。
けれど、そんな事よりも今の私が言いたい事、聞きたい事は一つだけ。
「答えを聞いてもいい?」
「はい」
瞳子ちゃんの答えを聞く為に、私は落ち着いて優雅に全身で振り返った。
「あ…………」
私の瞳に映ったのは、いつもと変わらない瞳子ちゃん。
ただ、一つだけ違うところがあった。
それは、左右の縦ロールを纏めている紅いリボン。
ずっと昔、瞳子ちゃんにあげた私のお気に入りの紅いリボン。
一目で、大切にしてくれていたのが分かった。
あの頃と同じくらい、その紅が綺麗だったから。
ずっと、持っていてくれたんだ……。
「私を妹にして頂けますか?」
瞳子ちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねてきた。
やられたなぁ……。
私は、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
当然、私の返す答えは決まっている。
浮かべていた苦笑いをとびっきりの笑顔に変えて。
その笑顔に嬉しさと『ありがとう』の気持ちを込めて。
「うん、勿論っ!」
春。
それは、お別れの季節。
それは、出会いの季節。
それは、終わりの季節。
それは、始まりの季節。
そんな季節に、私達は姉妹になった――。