【1346】 この思いは笑顔の力  (クゥ〜 2006-04-16 19:39:21)


   ARIAクロスの【1328】→【1342】の続きになります。
     お目目汚しですが読んでもらえると嬉しいです。


 現、ARIAカンパニー新人見習いの福沢祐巳は今までになく緊張していた。ここ数日の練習でどうにかゴンドラを前に漕げるようになった祐巳に与えられた次なる試練は、運河─カナレッジョでゴンドラを操ることだった。
 勿論、祐巳もウンディーネの仕事を理解しているが、カレナッジョはゴンドラなどの舟が行きかうネオ・ヴェネツィアの交通の中心。否応にも緊張してしまうのは仕方がない。
 「おはようございます。祐巳さん」
 「ごきげんよう。アリスさん」
 カナレッジョの入り口側の船着場で祐巳はアリスさんと待ち合わせをしていたのだ。
 アリスさんと祐巳は同じ歳だが、アリスさんは既にプリマ目前のシングル。一方の祐巳はペアしかも完全ぺーぺーの初心者。立場が違う上に、祐巳はARIAカンパニー。アリスさんはオレンジぷらねっとと会社も違う。
 祐巳なんかは違う会社の人に練習を見てもらって良いのかなぁなどと思うが、昨日ARIAカンパニーにそろった面々からは大丈夫と笑われた。
 聞けばアリシアさん、晃さん、アテナさんも見習い時代はよく三人で合同練習をしていて、灯里さん、藍華さん、アリスさんもついこの間までは三人で練習していたとのことだった。
 ただ、灯里さん、藍華さんはプリマに成ったため今ではアリスさんだけが一人で練習しているらしく。アリシアさんはついでと言っていたが、祐巳とアリスさん両方のことを考えての判断だとは祐巳にでもわかった。
 ……だけどさ。
 合同練習というよりは、祐巳がアリスさんに練習を見てもらうというのが正しいだろう。
 「それでは行きますが、祐巳さんはゴンドラで運河に入るのは初めてなんですよね?」
 「う、うん」
 「それでは、行きながら運河での交通ルールを説明しますから覚えてください」
 「は、はい!!」
 「ついでに観光名所も説明しますから覚えてください」
 「は、はい」
 「では、でっかく行きます」
 ……うぅ、大丈夫でしょうか?
 ゆっくりと祐巳が漕ぐゴンドラがカレナッジョに進んでいく。海側から見る入り口はとても狭くドキドキものだ。
 祐巳はひそかに対向舟が来ませんようにと願いながら、建物にぶつからないように気をつけながらゴンドラを進める。
 うっかりするとオールが建物にあたってしまう。
 「曲がり角です。祐巳さん合図を出して」
 「はい!ゴンドラ通りまーす!!」
 水路が交差する場所ではお互いに対向舟が来ないか確認するために声をかけ合うルールがある。他にもスピード制限があるが今の祐巳にそんな速度は出ない。
 それにしても、修学旅行で楽しんだゴンドラを今自分自身が漕いでいると思うと、何だかくすぐったいような気分に成る。
 アリスさんは祐巳が漕ぎやすいルートを選択してくれているのか、祐巳のゴンドラは遅い速度ながらもどうにかカレナッジョを進んでいき。
 「あっ!」
 祐巳の頭の中に、今ゴンドラで進む景色がすっぽりと当てはまる。
 「これってリアルト橋に向かうルート?」
 「そうですが、何か?」
 「ううん!何でもない!!」
 頭の中にある景色と目の前の景色が重なり合い。祐巳は緊張ではないドキドキを感じていた。
 なんでもないと言いながら、顔が赤く奇妙な高揚感を感じている祐巳を不思議そうにアリスさんは見つめていた。
 「ゴンドラ通りまーす!!」
 祐巳は声を上げながら水路ではなく迫ってきたリアルト橋を見ていた。
 「由乃さんたち元気かなぁ」
 フッとそんな呟きも出る。今、あの時代がどれほどの騒ぎに成っているのか祐巳に知るすべはないが、祐巳自身も何百年もの未来の火星でゴンドラ漕ぎの練習をしているなど由乃さんたちでも予想外だろう。
 リアルト橋は今も観光地らしく橋の上には深緑色の制服を着た女の子たちが祐巳の方を見ていた。
 「……えっ?」
 祐巳は慌ててもう一度橋の上を見るが、橋に隠れてしまってもう彼女たちは見えない。橋を過ぎ確認しなおすが、今度は彼女たちを見つけることは出来なかった。
 「アリスさん!!ここから一番近いゴンドラ乗り場はどこですか?!」
 「えっ?でっかいびっくりです。どうしたんです?」
 「えぇと、なんて説明したら!うう、ああ!!」
 「よくわかりませんが、なんとなく急いでいるのは分かりました」
 アリスさんはそう言って祐巳の手からオールを取るとゴンドラに立つ。
 「案内します」
 祐巳からアリスさんに渡されたゴンドラは今までとは違い滑るようにカレナッジョを進む。いくつかの水路を進み、その先に溜め息橋が見えてきた。
 ……溜め息橋。
 修学旅行のときは、由乃さん、真美さん、蔦子さんと一緒にこの溜め息橋を見上げ。あの時はたしかゴンドラ漕ぎの人に次に来るときは恋人とおいでとか言われたのだが、そのゴンドラ漕ぎになって戻ってきてしまった。
 「あっ!」
 溜め息橋を過ぎ、大運河─カルナグランデに出るとゴンドラ乗り場が見えてくる。ウンディーネ用のゴンドラ乗り場には白いゴンドラが多く停泊してお客さんたちを待っている。そのお客さんたちの中に祐巳はよく知った制服を見つけていた。
 アリスさんが漕ぐゴンドラは、お客を取らないので本来の場所よりも少しは離れたところに停泊した。
 祐巳はアリスさんに少し待っていてくれるように頼むと、急いで彼女たちに向かって走る。それは間違いなく、変わらないリリアン女学園の制服だった。
 だが、祐巳の足は突然止まった。間違えないリリアンの制服。それが逆に祐巳に冷静さを取り戻させる。
 彼女たちに話しかけどうしようというのか?
 今のリリアンの事を聞く?パソコンで見たロサ・カニーナの事とか?それでどうしようというのか?
 「ふぅ……まぁ、いいか」
 小さく息を吐いた祐巳は顔を上げる。その顔はすっきりしてた笑顔だった。見ればリリアンの制服を着た少女たちは今着いたゴンドラに乗った同じリリアンの生徒たちと合流して祐巳のほうに歩いてくる。
 「せっかくだしね」
 祐巳はそう呟くと今度は別の気持ちで彼女たちのほうに歩き、すれ違う瞬間。
 「ごきげんよう」
 「「「ごきげんよう」」」
 彼女たちはリリアンの生徒らしくしっかりと挨拶を返してきたが、何が起こったのかわかった瞬間後方でキャーキャー騒ぐ声が聞こえた。
 「何をしたかったのか、意味がでっかく分かりません」
 彼女たちをからかって戻った祐巳をアリスさんは冷たい視線で迎えていたが、祐巳は気にすることもなく笑顔で応えた。
 その後は祐巳がオールを持ちゴンドラの練習再開となった。


 「ねぇ、アリスさん」
 「何ですか?」
 祐巳とアリスさんはカレナッジョの側にあった小さなカフェで昼食を取っていた。普段ならARIAカンパニーに戻って、昼食を取るところだが初めての祐巳の実地練習であるから戻れない場合が考えられるので最初から何処かで昼食は取ることになっていたのだ。
 「AQUAの春ってもう終わりですか?」
 「……そうですね。もう少ししたらアクア・アルタがくれば春も終わりですね」
 「アクア・アルタ?」
 「春の終わりに起こる大潮のことです。知りません?」
 「あはは、うん。知らなかった、でも、春が終わりだというのは分かるかな」
 祐巳は空を見上げる。サラマンダーと呼ばれる、AQUAの暖め屋さんの住む浮き島に咲く桜の花びらが空の風に吹かれて散っていく。
 祐巳は和風パスタをお箸で弄りながら、散っていく桜を見ていた。
 そんな祐巳をアリスさんはきのこパスタを食べながら見ていたが。突然その平穏を打ち破られる。
 「素敵です!!あっあぁ、何だろう。なんだか撮らないといけないそんな脅迫観念が出てきてしまう〜!!!」
 突如現れ、祐巳とアリスさんの写真を撮りまくる一人の少女。見ればリリアンの制服を着て、手にはカメラを持っていた。
 「あ〜ん、ウンディーネさん!最高!!」
 ウンディーネ家業はサービス業だ。どんなときも笑顔で対応、突然の写真にも笑顔でと晃さんは言っていたがこの場合も笑顔なのか?そう思いつつも祐巳は一応笑顔を向ける。
 「もう、何しているのよ!!ツちゃん!!」
 「げっ!まこっち!!」
 ツちゃんと呼ばれたカメラちゃんは彼女を探していただろう同じリリアン生の少女に捕まって小さくなっている。何だか大事な友人たちを思い出させる二人を見て、祐巳は自然と笑った。
 「あっ、その笑顔もらい!」
 パシャ!
 「もう、何しているのよ!!」
 「だって、なんだかこのウンディーネさんを撮れって誰かが頭の中で囁くのよ〜」
 「囁くって……もう、いいから謝る!!」
 しゅんと小さくなって頭を下げる二人の少女。なんだかそれが微笑ましく。
 「それじゃぁ、一緒に写真とりましょう」
 などと提案する。だが、この提案に意外にもカメラの少女のほうは困った顔をしていた。
 「もう、なに言っているのよ。ツちゃんたら!!」
 「さっ、アリスさんも」
 嫌がるツちゃんに何だか不機嫌そうなアリスさん、祐巳ともう一人の少女とで二人を抑え写真に写った。
 「ふふふ」
 二人の少女と別れ、祐巳はツちゃんがくれた写真を見ながら笑っていた。写真といってもプラスチックの薄い板に写真の映像が映るものだが。
 「行ってみよう……アリスさん、少しいいですか」
 祐巳は写真をしまうとアリスさんに一つのお願いをした。


 次の日、祐巳は灯里さんとアリシアさん、アリスさんにアリア社長と一緒にネオ・アドリア海に浮かぶ無人島の一つにやってきていた。その無人島こそ祐巳が最初このAQUAにたどり着いた場所だった。
 「はふぅぅぅ」
 「あらあら」
 「でっかい、お疲れさんです」
 昨夜、桜が散る前にもう一度ここに来たいと祐巳がいうとそれならとピクニック兼祐巳の練習をかねて来る事に成ったのだ。勿論、祐巳のゴンドラの練習を兼ねているのでARIAカンパニーからこの無人島まで祐巳一人がゴンドラを漕いできた。
 「だいじょうぶ?」
 「はい、何とか」
 「大丈夫です。祐巳さんは意外にウンディーネの才能があるようですから」
 褒めてくれたのか貶されたのかわからない言い方をするアリスさん。まぁ、褒めてくれているのだろう。今回の遠出唯一のARIAカンパニー以外の参加者であるアリスさん、他の参加者、晃さんや藍華さん、アテナさんは会社の仕事で参加出来ずに怒っていた。特にアリスさんから今朝参加できないことにアテナさんが怒って、ふて寝していたと聞いて少し笑った。
 「ここからは不肖、水無灯里!ガイドを勤めさせていただきます!!」
 「おお、でっかい頼もしいです」
 「うふふ」
 「お願いします」
 祐巳はここから先は暗かったこともあり道が分からない。灯里さんたちに任せるしかないのだ。
 「出発ー!!」
 「ぷいにゅう!!」
 灯里さん、アリア社長を先頭にアリシアさん、アリスさん、祐巳と続く。
 「ふぇ〜、こんなに綺麗な場所だったのか」
 昼の光の中でたどる道筋は、あの夜とはぜんぜん違った。
 森を抜けると廃線になった駅の跡に出る。
 「こんな場所があったのかぁ」
 ちょっと新鮮な驚きがある。廃墟になった駅だが、なんだかそれだけでも素敵だなと思うのは廃墟の中に咲く花々のせいか。
 「ここですか?」
 目的地を知らないアリスさんが聞いてくるが、目的地はここではない。
 「まだまだ先よ。夕暮れには着けるかしら?」
 「あぁ、それで外泊許可ですね」
 「そのとおりだよ、アリスちゃん。さっ、行こう!!」
 「ぷいにゅう!!」
 元気な灯里さんとアリア社長の声が響き、祐巳も「おー」と手を上げた。
 廃線を灯里さんとアリア社長の元気な歌を聞きながら進んでいく。何時しか祐巳も一緒に歌い、横にいたアリスさんも歌い。アリシアさんも歌って大合唱で歌っていく。
 途中、分かれ道でも迷わず灯里さんは進んでいく。それでも目的の桜のところにたどり着いたのは夕暮れ前の空が夕焼けに染まったころだった。
 夕焼けに生える桜はほとんど花を残してはいない。青々と茂る葉の中にわずかに桜の花が見え、代わりに桜のしたの捨てられた電車は桜の衣を纏っているみたいに見えた。
 「わぁ〜、これが目的地ですか」
 アリスさんは驚きに目を見開いているが、祐巳も改めて見て驚いていた。
 「……綺麗」
 祐巳たちは駆け足で捨てられた電車に近づく。
 桜の衣を纏い夕日に染まる電車はなんとも幻想的だ。
 祐巳は皆から少し離れ電車の周囲を歩く。
 ……あっ、ここはガラスが残っているんだ。
 「えっ!!」
 捨てられた車両のガラスはただ一箇所を覗いてもう無くなっていたが、ただ一箇所だけ残っているのを祐巳は見つけた。少し曇ったガラスに夕日が反射してキラキラ光っていた。そして、祐巳はその曇りガラスの中に今一番見たく同時に見たくない風景を見つけていた。
 「ど、どうして」
 祐巳は呟く。最初、自分が見たいと思ったから見えた幻だと思った。だが、夕日の光の中その風景はまだ見えていた。
 最初、祐巳の異変に気が付いたのはアリスさんだった。
 「祐巳さん、でっかい大丈夫ですか?」
 心配そうに声をかけてくるが、祐巳は応えない。いや、応えられないのだ目の前に映る風景に目を奪われていたから。
 アリスさんは様子の変な祐巳の側に立ち肩越しに夕日を反射するガラスを見て、声を出さずにアリシアさんたちを呼ぶ。まるで声を出せば夕日の魔法が解けてしまうかもしれないと心配するように。
 夕日が反射するガラスの中、祐巳が見つめていたのは懐かしい薔薇の館。その二階のサロン。
 そこには親友の由乃さん、志摩子さん、蔦子さん、真美さん。
 大事な後輩の、乃梨子ちゃん、笙子ちゃん。
 既にご卒業されたはずの容子さま、江利子さま、聖さま。
 現黄薔薇の令さま。
 そして、誰よりも大事なお姉さまである祥子さまと……瞳子ちゃん!!
 薔薇の館に信じられない人の姿を見つけ祐巳の鼓動は高まっていく。心から妹に望みながら祐巳の隣に立ってくれなかった大事な少女。
 少し勝気に笑う笑顔が好きだった瞳子ちゃんも表情は暗く。
 皆、暗く沈みこんでいるようだった。何も会話はされていないようだ。向こうから祐巳が消えてどのくらいたったのか分からないが、少なくとも祐巳がいなくなった事自体は知られているようだ。
 「お姉さま、瞳子ちゃん、皆……」
 「お姉さま!瞳子ちゃん!皆!」
 「お姉さま!!!瞳子ちゃん!!皆!!!!」
 祐巳の絶叫が響く。だが、誰も祐巳に気が付かない。
 「祐巳さん!!祐巳!!」
 アリスさんが祐巳にしがみつく。このままだと祐巳がガラスにぶつかりそうだったからだ。
 「……お姉さま……皆……瞳子ちゃん」
 祐巳が流す涙を誰も止められない。ただ、アリスさんのように抱きしめるだけ。祐巳は涙を流す目でもう一度ガラスを見る。
 「!!」
 祐巳はハッとした。ガラスの中に映る乃梨子ちゃんが祐巳をまっすぐに見つめていたからだ。その目は信じられないものを見るように驚愕に見開かれ、乃梨子ちゃんの様子に気が付いたのか容子さま、聖さま、江利子さまが祐巳のほうを見て固まる。
 こんな場面で思うことではないが、そんな御三方の様子など祐巳は始めてみた。乃梨子ちゃん、元薔薇さま方に続き笙子ちゃん、蔦子さん、真美さんが気がつき。どうやら笙子ちゃんが叫んだらしく。いっせいに志摩子さん、由乃さん、令さま、祥子さまが祐巳を見つめ。瞳子ちゃんが立ち上がる。
 祐巳の笑顔は涙でグチョグチョに汚れていたが、それでも祐巳は精一杯の笑顔をガラスに向け。その笑顔に応えるように祥子さまが立ち上がりまっすぐ手を伸ばす。
 祐巳も呼応するように手を伸ばし、ガラスの中の風景は突然消えた。
 「えっ」
 ガラスは夕日を反射してただキラキラと光っていた。
 「どうして」
 「何があったの?」
 呆然とする祐巳の代わりに、アリスさんや灯里さんが呟く。祐巳は差し出した手を握り締め膝をつく。
 「こんな、こんなのって」
 祐巳はARIAカンパニーの制服の下にかかるロザリオを握り締める。
 「……マリアさま……こんなのって、ひどいよぉ、ひどいよぉ」
 「祐巳」
 「お姉さまぁ……瞳子ちゃん、ロザリオ渡したかったよぉ…………」
 ギュッと祐巳を掴むアリスさんの手が強まった。
 祐巳が泣いている。だが、誰も止めるものはいない。何時しか日も落ち、ガラスを輝かせていた夕日も消えてしまった。
 「あと……あと少し、お姉さま方に会えたら伝えられるのに」
 祐巳は泣くのを止め、灯里さんとアリシアさんが持つランタンの明かりの中で顔を上げる。その瞳には何かを決意した強い感情が見て取れる。
 「ぷいにゅう!!」
 その目を見たアリア社長が突然立ち上がり、祐巳の頭をポンポンと叩き電車の裏側に隠れた。
 「アリア社長?」
 ザッン!!
 「ぷい、ぷい、ぷいにゅう!!」
 電車の陰から現れたアリア社長は覆面に長いマフラーをひるがえして登場した。
 「えっと……アリア社長?」
 「ぷいにゅ」
 アリア社長は指をたてチッチッと振る。
 アリア社長ではないと言いたいのだろうか?
 「にゃんにゃんぷうさんですね」
 アリア社長改めにゃんにゃんぷうさんは、ビシッと肉球を正解を言い当てたアリシアさんに向け。ぽてんぽてんと今度は廃線のほうに走っていく。
 「にゃんにゃんぷうさーん」
 灯里さんの声が響く。その直後、バッシィィィと電線が弾けた。
 「アリア社長!!」
 思わず叫んだ瞬間、真っ暗だった電車が明かりに包まれ。残ったガラス窓に、あの懐かしい風景が映っていた。
 ガラスの中には祥子さまと瞳子ちゃんが前に立ち、その後ろに皆が勢ぞろいして祐巳を見ていた。
 祐巳は背筋を正し、横で心配そうに見ているアリスさんがギュッと手を掴んでくれていた。
 「ありがとう、アリスさん」
 祐巳は何も言わずガラスに映る皆の姿を見つめ続ける。
 祥子さまが何か叫んで、容子さま、聖さまが祥子さまを抑えているが、お二人も泣いておられるのか目が赤い。
 祐巳は自分はどうだろうと思う。きっと同じように目が真っ赤だろう。
 聖さまの隣には由乃さん、令さまを江利子さまが抱きしめながら祐巳を見ている。由乃さんが時々怒ったように怒鳴っているように見え。
 その隣にいる志摩子さんが由乃さんをなだめていた。二人とは三年生に成ったら一緒に薔薇さまとしてがんばっていこうと言ったのは祐巳だというのに、その約束は祐巳が破ってしまった。由乃さんをなだめる志摩子さんをその隣で分からないように支えているのは乃梨子ちゃん。本当にしっかり者だ。
 薔薇の館の面々の後ろには蔦子さん、笙子ちゃん、真美さん。真美さんの妹である日出美ちゃんはいないようだ。いつもメモを取っている真美さんだが今はただ呆然と祐巳を見ていた。一方の蔦子さんと笙子ちゃんは懸命にカメラを構え写真を撮っている。
 こんな場面でも写真かと思うが、何だか蔦子さんらしい。本当、昨日あったあのカメラちゃんにそっくりだが、蔦子さんのことだ何か考えがあっての行動だろう。笙子ちゃんまで同じとは少しおかしいが。
 その蔦子さんが呆然とする真美さんに何か声をかけ、慌てて真美さんが手にしていたノートに「祐巳さん大丈夫?」とか「そこはどこなの」とか書いて祐巳に見せる。どうやら、筆談で会話しようとしているようだが祐巳は静かに首を振った。
 祐巳としてはただ皆を見ていたいのだ。
 そして、誰よりも見ていたいのは、祐巳をまっすぐ何も言わずジッと睨んでいる瞳子ちゃんだ。その目はなんだか非難しているようにも見えるが、その目は赤く、祐巳を心配してくれているのだろう。
 「本当、瞳子ちゃん、ロザリオ渡したかったよ」
 祐巳は瞳子ちゃんを優しく見つめ。卑怯かなと思いつつ首からロザリオを取り出すと輪を作って瞳子ちゃんに差し出す。
 瞳子ちゃんの怒っていた顔が驚きに変わる。
 ピッシ!
 嫌な音が響いた。
 電車の明かりが消える。
 祐巳の最後の願いを映すことなく、ガラスは何も映さなくなり。
 古びて風化していたガラス窓は奇跡を終えて、ゆっくりと割れてしまう。もう、奇跡は起こらない。
 祐巳の大事な人たちとももう会えない。
 それでも祐巳はこのほんの一時の奇跡に感謝して笑った。今、この場で祐巳を支えてくれる新しく出来た大事な人たちに向けて。
 アリスさんも灯里さんもアリシアさんも笑い、そっと抱きしめてくれた。


 あっ、アリア社長!忘れていた。
 二つの月明かりの中、少し暗い手元をランタンで照らしながら古びた電車の中でランチにしようとして一番の功労者を祐巳は思い出す。
 「ぷいにゅう!!」
 が、心配はいらなかったように、にゃんにゃんぷのコスプレを脱いだアリア社長は満足そうに古びた電車の壊れた屋根の上で胸を張って「ぷいにゅ!」と肉球でピースサインを作っていた。
 そのアリア社長の上で、月明かりに照らされながら最後の桜が散っていった。


 すみません呼んでくださった方。瞳子ちゃんの件で大幅修正してしまいました。そうしないと薔薇の館で大きなミスが起きそうなので、ごめんなさい。『クゥ〜』


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