【1363】 遠い空に映る君にも何度でも  (亜児 2006-04-20 23:44:34)


「はぁあああ。疲れた〜〜。」

 私は部屋へ戻ってくるとベッドに倒れこんだ。柔らかい布団に顔を埋めて
しばしまどろむ。今日の最後のレッスンはかなり異常だった。最初は普段の
レッスンだったはず。しかし、途中から私たち生徒の気分がのったみたいで
気づくと、合唱する生徒とピアノ伴奏の教師との想像を絶するレッスンとなった。
集中して歌ってる時は最高に気分がいいけど、「素」に戻るとクタクタに疲れて
いることに気づく。

 そのままゴロンと寝返りをうった時、ドアがノックされた。ドンドン。
続いてドアの向こうから聞こえてくるのは寮の管理人の声。

「シズカさん〜。エアメールが届いてるわよ〜。」
「今、開けます〜。」

 重い身体をひきずってドアまで行き、管理人から手紙を受け取る。差出人の
名は<藤堂志摩子>。普通の表現をするなら1つ下のペンフレンド。妹ではないけど、
ライバルという訳でもない。とても不思議な関係。私は志摩子さんのエアメールを楽しみにしていた。
決してリリアンに未練がある訳ではない。
こうしてはるばるイタリアまで来て歌の勉強に励むことは自分の夢への近道だから。

 ペーパーナイフで封を開けて、再びベッドへ戻る。寝転んだまま便箋を取り出して
手紙を読み始める。何度見てもキレイな字だ。こないだの手紙では気になる新入生が
出来たと書いてあったけどその後はどうなったのだろうか?さっきまでの疲れは
どこかへ吹っ飛んで便箋へと目を走らせた。



「マリア祭で宗教裁判とはね・・・。」


 志摩子さんは、その新入生と一緒にマリア祭で宗教裁判にかけられたらしい。
そこで実家の秘密を告白したとある。この手紙で彼女の実家が寺であったことを初めて知った。
傍から見れば「なんだそんなことだったの?」と思えることでも、
彼女にとってはきっと一大事だったに違いない。
真面目な彼女のことだ。退学まで考えていたことは想像に難くない。
その新入生が彼女の新たな支えになるのは、手紙の文面から
簡単に想像できた。今度帰国した時には、新たな白薔薇のつぼみに会えるかも
しれない。それを考えると自然と笑みがこぼれた。
 
 今回の手紙はこれまで数回の中でもかなり興味深い内容だったので、
つい何度も繰り返して読んでしまった。ふと気づいて壁の時計に視線を移すと、
そろそろ夕食の準備にかかる時刻になっていた。今日は、久しぶりに自炊をしよう。
そして夕食の後、紅茶でも飲みながらさっそく返事を書こう。

(終わり)


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