春。新入生達も学園に慣れ始めた頃、薔薇の館は仕事の忙しさも無く、ゆるやかな空気に包まれていた。
書類仕事も早くに終わってしまい、薔薇の館の住人達は、優雅にお茶の時間を楽しんでいる。
「・・・・・・ヒマですねぇ」
真っ先にそうもらしたのは黄薔薇の蕾、菜々だった。
アドベンチャー好きを公言する彼女は、常に刺激を求めてやまない。
「菜々、のんびりとお茶を楽しむのも良いじゃない。人間、たまには落ち着くことも必要よ」
由乃がそう言って菜々をたしなめる。
「・・・そう言うお姉さまだって、さっきからテーブルの下で折り紙を折り続けているじゃありませんか」
「うっ・・・ 」
密かに3羽目の鶴を折っていた由乃の手が、思わず止まる。
「とても落ち着いてお茶を楽しんでいるようには見えませんが? 」
「い・・・良いじゃない! 退屈なものは退屈なのよ! 」
先ほど「落ち着くことも必要」と言ったばかりの口で、子供のように拗ねたセリフを吐く由乃。そんな由乃を見て満足したのか、菜々はクスクスと笑っている。
「な、何がおかしいのよ! 」
逆ギレする由乃を、今度は菜々がたしなめる。
「お姉さま。人間、たまには落ち着くことも必要ですよ? 」
「ぐっ!・・・ 菜々、あんたって子はホントにもう・・・・・・ 」
自分のセリフをそのまま返されて固まる由乃。
とても満足そうに紅茶を飲んでいる菜々に反論したいのだが、上手い言葉が見つからず、悔しそうに菜々をにらむばかりだ。
「でも、本当にヒマだよねぇ」
そう言って黄薔薇姉妹の会話に割り込んできたのは、祐巳だった。
「よろしいじゃありませんかお姉さま。今まで忙しかったのですし、夏になればまた忙しくなります。ちょうど良い中休みですわ」
すました顔で、瞳子も会話に混ざる。
「そうだねぇ・・・ 山百合会の仕事の他にも、瞳子を妹にするためにずいぶん苦労したしね」
「お姉さま! 」
思わず顔を赤くして叫ぶ瞳子を見て、祐巳が笑う。
最近、瞳子のあしらい方が堂に入ってきた祐巳と、未だに祐巳の前ではペースを崩される瞳子。そんな紅薔薇姉妹のコミュニケーションに、菜々をにらんでいた由乃までもが怒りを忘れて微笑む。
しばらくは、紅薔薇家の姉妹漫才で和やかな空気が流れていたが、すぐにまた館の中は静かでゆるやかな空気に染まった。
「それにしても、本当にヒマね。菜々、なんか面白いこと無いの? 」
「・・・・・・あったら私が『ヒマだ』なんて不平を口にすると思いますか? 」
「それもそうか。・・・・・・あ〜、何かおもしろいこと無いかなぁ」
「そう言えば、1階の倉庫にトランプがあったわよね? 乃梨子」
退屈そうな黄薔薇姉妹に気を利かせたのか、志摩子がそんなことを言い出す。
「ああ、そういえば。昨日、資料を置きにいった時に見ましたね」
「トランプかぁ・・・ 」
だが、由乃の反応はイマイチだ。菜々も菜々で「現金を賭けるわけにもいかないしなぁ」などと、リリアンの生徒にあるまじきことをつぶやいていた。
「あ、トランプなんてあったの? やろうよトランプ! 」
そう言って志摩子の発言に食いついてきたのは祐巳だった。
「祐巳さん、そんなにトランプ好きなの? 」
不思議そうな由乃に祐巳は笑顔で答えた。
「うん、好きだよ。罰ゲームとか付けると燃えるし」
『罰ゲーム?!』
キラキラした笑顔で、黄薔薇姉妹の声がハモった。
この瞬間、「第1回山百合会トランプ大会with罰ゲーム」の開催が決定したのだった。
「トランプの内容はババ抜きで良いんじゃないかな? 勝敗がはっきり判るし、勝負にそんなに時間もかからないし」
『異議無し! 』
祐巳の提案に、まるで獲物を前にした猫のような軽い興奮状態で、黄薔薇姉妹が賛成する。
「罰ゲームは、『一番だった人がビリの人に何か一つ命令できる』とかどうかな? 」
「良いんじゃない? 勝者と敗者の明暗がくっきり分かれてオモシロそうだわ」
「で、紅薔薇さま。罰ゲームの内容は? 」
菜々の言葉に、祐巳はしばし考えてから答える。
「そうだねぇ・・・ やっぱり罰なんだから、それなりに厳しいもののほうがオモシロイよね? まあ、すぐに実行できるようなもので、あんまり禍根を残さない程度にね」
『らじゃー! 』
「それなりに厳しい罰」という単語に燃える黄薔薇姉妹。志摩子、乃梨子、瞳子の3人も反対しないということは、それなりに楽しもうという気があるのだろう。
だがしかし。祐巳が発案したルールが、かなりアバウトなもので、ぶっちゃけ「敗者は勝者の言いなり」とも言えるものであることに、この時はまだ、誰も気付いてなかった。
☆1回戦☆
「それじゃあ、罰ゲームを決めてもらおうじゃない! 」
なかばヤケになりながらそう言ったのは、1回戦の敗者、乃梨子だった。
「そうですねぇ・・・ 」
1回戦の勝者瞳子は、しばらく考えた末に良いアイディアが浮かんだらしく、ニンマリと笑った。
「それじゃあ乃梨子さん。これからマリア様の像のところへ行って・・・ 」
部活組と帰宅組の下校の間にあたる時刻。人気もまばらなマリア様の前に、乃梨子はずんずんと足早でたどり着いた。
たまたま居合わせた数人の生徒達は、突然現れた白薔薇の蕾に驚きつつも喜び、挨拶をするために乃梨子に近付こうとした。
・・・が。赤い顔をして、なにやら緊張感に満ちた乃梨子の様子に、思わず足を止める。
数人の子羊達が見守る中、乃梨子は深呼吸をしたかと思うと、マリア像の前に仁王立ちになり、いきなり叫んだ。
「し・・・・・・・・・ 志摩子さんが大好きだ────!!! 」
あっけにとられる子羊達を残し、乃梨子はプリーツが乱れるのもかまわずに、全力疾走で薔薇の館へと逃げ帰ったのだった。
泣きそうになりながら。
「あっはっはっはっは!! き、聞こえた! ここまで聞こえた! 」
「さ、さすが乃梨子さま。・・・ぶふっ!・・・やる時はやりますね」
館の中では、黄薔薇姉妹が文字どおり腹を抱えて笑っていた。
「うわぁ・・・ 鬼のよーな顔で帰ってくるよ? 」
「・・・・・・少しやりすぎたでしょうか? 」
何故か1階の倉庫にあったオペラグラスを覗きながら、冷静なやりとりをする紅薔薇姉妹。
「い、良いのよ瞳子ちゃん。罰ゲームはこのくらいでなくちゃ! 」
「むしろグッジョブです。瞳子さま」
目に涙まで浮かべて瞳子に賞賛の声を送る黄薔薇姉妹。二人ともびしっ!と瞳子に向かって親指を立てて、笑顔でサムアップだ。
それを見て、まんざらでもなかった瞳子だが、ふと志摩子の様子が気になり、振り返ってみた。
「・・・・・・もう、乃梨子ったら」
志摩子は何故か嬉しそうに頬を赤らめていた。
瞳子が「やっぱり志摩子さまって計り知れない人ですわね」などと思っていると、どばむ! と派手な音を立ててビスケット扉が開いた。
「ふ・・・ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
扉の向こうには、禍々しい微笑みを浮かべた乃梨子が立っていた。
「さあ、2回戦といきましょうか? 」
ニタリと笑う乃梨子に、少し恐怖を覚えた瞳子だった。
☆2回戦☆
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。と〜う〜こ〜、どんな罰が欲しい〜? 」
妖しく笑う、勝者乃梨子。一方、敗者瞳子は「ど、どんな罰でもかまいませんわ」などと強がって見せた。
・・・まあ、すぐに後悔することになるのだが。
乃梨子はニヤニヤ笑いながら、瞳子に告げる。
「そうね・・・ たしか1階の倉庫に・・・ 」
銀杏並木で談笑する数人の子羊達。1年生である彼女らの顔には、ようやく高等部に慣れてきた者特有の、初々しい微笑みが浮かんでいた。
そこへ、ふらふらとした足取りで近付く人影がひとつ。
「あ・・・ 紅薔薇の蕾。ごきげんよう」
『ごきげんよう』
瞳子の存在に気付き、全員が嬉しそうに挨拶をする。
「・・・・・・・・・・・・・ごきげんよう」
だが、挨拶を返した瞳子の顔は、明らかにごきげんよろしくない。てゆーか目が泳いでいる。
『 ? 』
瞳子の様子がおかしいことに気付き、子羊達の顔に、いっせいに疑問符が浮かぶ。
しばらくは目を泳がせ棒立ちだった瞳子だが、盛大にひとつ溜息をつくと、意を決したかのように、子羊達に向き直る。
「・・・・・・・・・・こ」
『こ? 』
「・・・・・・・コンセントはどこかしら? 」
『・・・は? 』
ピクピクと口元の引きつる笑顔で問いかける瞳子の手には、100ボルト用の差し込みプラグが握られていた。しかも、プラグから伸びるコードは、ご丁寧にも後頭部の髪に編みこまれている。まるで、頭から電源コードが伸びているかのように。
事態が飲み込めず固まる子羊達に、瞳子はなおも語りかける。うつろな目で。
「・・・・・・・・・で」
『で? 』
「電気が無いと・・・・・・・・・ドリルが回せないの」
『・・・・・・・・・・・・』
ようやく瞳子の言いたいことが理解できた子羊達だが、理解できたからこそ、返答できなかった。
何か答えたら、自分が瞳子の髪型をドリルみたいだと認めたことにならないか? それは1年生である子羊達の行動としては、紅薔薇の蕾に対して失礼にあたるのではないか?
いや、そもそもこんなおかしな言動の人にかかわってはいけないのではないか?
蛇ににらまれた蛙のごとく固まる子羊達の中で、機転の利く一人がようやく言葉を発した。
「わ、私、まだ高等部に不慣れなもので! こ、こ、コンセントがどこにあるかは存じませんわ! ご、ごきげんよう! 」
瞳子の返答を待たず、その子羊はくるりと振り向き、プリーツの乱れない限界の速度で遠ざかってゆく。
『ご、ごきげんよう! 』
最初に脱出に成功した一人の行動を見て、残りの子羊達も、我先に逃げ出したのだった。うつろな目でプラグを握り締める瞳子を一人残して。
「あははははははははは!! の、乃梨子ちゃん、サイコー!!」
「ふふふふふ。ありがとうございます」
「ど、ドリル・・・・・・・ぷふっ! 瞳子さまの髪は電動ドリルだったんですか」
どうやら1階の倉庫から人数分のオペラグラスを発掘したらしく、薔薇の館では、全員が瞳子の一人舞台を堪能していた。
「あら。瞳子ちゃんたら、コードをむしり取っちゃったわ。せっかく似合ってたのに・・・ 」
「いいのよ志摩子さん。復讐は十分に果たされたから」
「あらあら。コードを地面に叩きつけて、げしげし踏みつけてるわ」
「ふふふふふふふふふふふふふふふ。さすがにこたえたみたいね、瞳子」
悔しそうな瞳子の様子に大満足な乃梨子だったが、先ほどから一言も発しない祐巳の様子に、「ちょっとやりすぎたかな? 」などと思っていたが・・・
「額に押しボタンとかあれば完璧だったよねー 」
などとつぶやく祐巳。どうやら、いらぬ心配だったようだ。
しばらくすると、普段あれだけ完璧に足音を消して階段を上がってくる瞳子とは思えないような足音が響き、どばむ! とビスケット扉が開け放たれた。
「さあ!! 次のイケニエを決めましょうか!! 」
先ほどの乃梨子と同種の笑みを浮かべ、瞳子が叫ぶ。
もはやこの時点で、「イケニエ」という単語に反論する者などいなかった。
☆3回戦☆
「仕方ないわね・・・ 菜々、罰ゲームは何?」
「そうですねぇ・・・・・・ 」
憮然とした顔の由乃と、悩みつつも嬉しそうな菜々。3回戦の結果、黄薔薇姉妹が罰ゲームの主役を務めることになった。
しばらく考えていた菜々は、ぽんと手を打つと、由乃に笑顔で指令を出した。
「じゃあ、この書類を職員室に持っていって下さい」
「・・・・・・それだけ? 」
「それだけです」
由乃もここまでの罰ゲームを見て、ある程度覚悟を決めていただけに、肩透かしを食った顔をしている。
その後ろでは、乃梨子と瞳子も「え〜? その程度なの? 」と顔で表現している。
「・・・・・・いくら私でも、お姉さまにあまり酷いことはできませんよ」
「菜々・・・ 」
微笑み合う黄薔薇姉妹に、親指を下に向けて無言でブーイングする乃梨子&瞳子。
だがしかし、そんな乃梨子&瞳子と目が合った瞬間、菜々がニヤリと笑うのを見て、二人は何かを感じ取り、ブーイングをやめた。
「じゃあ、さっさと終わらせてくるわ」
書類を持って部屋を出ようとする由乃の肩を、菜々が「いってらっしゃい」と言いながらポンと叩いて送り出す。
その様子を、半笑いで見送る残りの4人。
彼女達は確認したのだ。菜々が、由乃を送り出す瞬間、由乃の肩に張り紙をしたのを。
そこには、こう書かれていた。
『私の胸はAAカップからいっこうに成長しません。マリア様、どうすれば良いのでしょうか? 』
由乃が階段を降り、館の扉がばたんと閉まった瞬間、5人は爆笑したのだった。
「な、菜々ちゃん、あんたサイコー! 」
「ありがとうございます、乃梨子さま」
「え、AAカップって・・・ぶふっ!・・・ほ、本当に? 」
「いいえ瞳子さま。い、いくらなんでもAはあると思いますよ?・・・ぷふっ!・・・でも、だからこそAAと書いたんですけどね」
『グッジョブ!!』
サムアップで笑いあう蕾達。
その後ろでは薔薇さま達が・・・
「・・・『ロサ・平地(へいち)だ』ってどうかな? 志摩子さん」
「由乃さんの称号としては、的確すぎて笑えないわ祐巳さん」
そんな由乃に関する失礼極まりない会話を、真顔で展開してたりした。
「いや〜、いつ気付くかな? あの張り紙」
「意外とそのまま帰ってくるかもしれませんわよ? 」
「いえ、誰かが・・・よいしょ・・・・・お姉さまに教えると思います」
乃梨子と瞳子の後ろで、菜々は何故かカーテンを外し始めた。
「・・・何してるの? 」
不思議そうに聞く乃梨子に、菜々は「カーテンレールでは強度が足りないもので」などと、意味不明な答えを返す。
4人が不思議そうに見ていると、菜々はもう一つカーテンを外し、それらを互いにぎっちりと結び合わせた。
「ちょっとテーブルを運ぶのを手伝ってもらえますか? 」
菜々の行動の意味は判らなかったが、4人はとりあえずテーブルを菜々の指示どおり窓際まで運んだ。すると、菜々は先ほどのカーテンの端を、今度はテーブルの足にぎっちりと結びつけた。
「・・・・・・で、何をする気ですの? 」
「そろそろ帰ってくる頃だと思いますので」
瞳子の質問に答えながら、菜々はカーテンのもう片方の端を自分の胴にくくりつけ、窓枠から身を乗り出した。
「それではごきげんよう。お姉さまによろしくお伝え下さい」
菜々は、あっけにとられる4人を残し、笑顔で窓から飛び出し、カーテンをザイル代わりに特殊部隊並の速度で館の外へと降下していった。
菜々が地面に着地し、自分の体からカーテンを外した瞬間、館の階段を破壊しかねない足音とともに、ビスケット扉がどばむ! と開き、由乃が駆け込んできた。
「誰がAAカップだコラァ!!! ・・・・・・って、菜々はどこよ?!」
由乃の剣幕に、4人は無言で窓の外を指差す。
由乃が窓の下を覗き込むと、菜々はまだそこにいた。
「菜々!! アンタ、そこを動くんじゃないわよ!! 」
由乃の鬼の形相にも怯まず、菜々はにこやかに由乃に呼びかけた。
「お姉さまー! 」
「何よ! 」
「私はCカップですけど、お姉さまを見下したりしませんからー! 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ殺す」
不気味な微笑みを浮かべる由乃。
由乃は窓から菜々を追おうとしたが、さすがにカーテンを伝って降りるのはためらう。
「あれー? 怖くて降りられないんですかー? お姉さまー 」
由乃が降りられないのを判っているのに、しらじらしく聞いてくる菜々。
「うるさい!! そこを動くなぁ!! 」
カーテンでの降下を諦め、由乃は雄叫びとともにビスケット扉をくぐって飛び出していった。しかし・・・
どがらたたたたたたたた!! ごきゃっ!
何かが転げ落ちる、やたらと重い音がした。ついでに派手な激突音も。
残された4人も思わず階段に向かおうとしたが、「がちゃ・・・ぱたむ!」と、由乃が扉を開閉する音が聞こえたので、とりあえず黄薔薇姉妹はほっておくことにした。
瞳子が何気なく窓の外を見ると、やけに嬉しそうに走り去る菜々と、よろよろと追う由乃の姿が見えた。
「由乃さま、案外タフですわね」
「Aカップだからね」
「・・・祐巳さま、それ関係ありません」
そんな会話の後ろで、志摩子はすでにトランプを切り始めていた。
「次は4回戦ね。・・・そう言えば、祐巳さんはまだ罰ゲームを受けていなかったわね? 」
「そう言う志摩子さんだって」
後に乃梨子と瞳子はこう述懐する。この時、確かに志摩子と祐巳の背後の空間に、竜と虎が舞うのが見えた、と。
決してタヌキとウサギとかではなく。
☆4回戦☆
「さ〜て、と。何をしてもらおうかな〜? 」
笑顔の祐巳。その後ろでは、敗者志摩子がガックリと膝をついていた。
「し、志摩子さん、気を確かに! 」
「乃梨子・・・ もう何もかもが遅いわ」
沈む白薔薇姉妹を気にかける様子も無く、祐巳は志摩子に指令を出したのだった。
銀杏並木に1本だけある桜の木。この時期ではもう、花は散ってしまったのだが、今、新たな花が咲き誇っていた。志摩子という名の花が・・・
志摩子は、桜の木の下で、優雅に日舞を舞っていた。その姿は、まさに花と呼ぶに相応しい優美さをそなえていた。ただ、BGMのラジオ体操と、手に持った扇子に書かれたヤケに達筆な「志摩子だにゃん♪」という文字が、全てをブチ壊していたが。
ラジオ体操第一で舞う志摩子の目には、鬼火のような光りが灯っていた。しかも「ふふふふふふふふふ」と、不気味に笑い続けていたりもする。恐らく、志摩子の心の中では怒りの炎がメラメラと燃え盛っているのだろう。
「うわ〜、想像以上にシュールな画だなぁ・・・ 」
「扇子に『にゃん♪』と書かれているのに、猫耳が無かったのが悔やまれますわ」
「あああああああああぁ、志摩子さぁん・・・ 」
冷静に観察する紅薔薇姉妹と、泣き崩れる乃梨子。
「ああっ! こらっ! 今の志摩子さんをジロジロ見るんじゃない! シッ!シッ! 」
オペラグラスの向こうに声が届くはずもないのに、必死に追い払う仕草を繰り返す乃梨子。
「乃梨子ちゃんて、意外とテンパるタイプだね」
オペラグラスですぐ隣りの乃梨子を観察し始める祐巳。
「志摩子さまが絡むと、回りが見えなくなるのですわ」
志摩子と乃梨子を交互にビデオで撮影する瞳子。
「と、瞳子! あんた何でビデオカメラなんか持ってんのよ!? 」
「1階の倉庫にありました」
至極当然といった調子で答える瞳子。
「と、撮るな! 志摩子さんのあんな姿を撮るなぁ!! 」
「ほらほら乃梨子さん、志摩子さまの回りに人垣ができ始めましたわよ? 」
「うわあああぁぁぁ! 囲むなぁぁぁぁ!! 」
手当たり次第に銀杏並木の方角へ物を投げ始める乃梨子。届くはずもないのだが、やはり志摩子が絡むと冷静な判断は無理なようだ。
そうこうしているうちに、ラジオ体操第二までが終わり、志摩子がもの凄いスピードでこちらに帰ってきた。
だだだだだだだだだだだだ!! どばむ!!
「志摩子さん! 」
罰ゲームから解放された志摩子を向かえ、泣き笑いの乃梨子。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふ・・・ さあ、次のイケニエ・・・ 」
発狂一歩手前のような笑いかたの志摩子だったが、扉の前で何故か立ち尽くしている。
「・・・どうしたの? 志摩子さん」
「・・・・・・・・・・乃梨子。あの二人は? 」
「え? 」
言われて部屋の中を見回した乃梨子だったが、すでに部屋の中に紅薔薇姉妹の姿は無かった。
「逃げた?! 」
「うふふふふふふふふふふふ・・・ 勝ち逃げとは良い度胸ね、祐巳さん」
どうやら乃梨子が志摩子に気を取られていた隙に逃亡したらしい。
テーブルの上にはこんな書置きがあった。
『堪能したから帰るね 祐巳
PS ドリルもお持ち帰りします』
その文章を見た瞬間、白薔薇姉妹の笑い声が薔薇の館に響き渡った。
『ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ・・・ 勝ち逃げは許さないわよ、紅薔薇さま! 』
翌日から、山百合会幹部同士の壮絶な罰ゲーム合戦が展開されることになった。
その戦いは、たまたま薔薇の館に書類を届けにきた可南子が、熾烈な罰ゲームに巻き込まれ、髪を前に垂らした貞子スタイルで「あの・・・ 私の井戸はどこでしょう? 」と言わされマジ泣きしているのを学園長が目撃し、山百合会が3日間の活動停止を喰らうまで続いたのだった。