「うわー、可愛い」
「ごきげんよう、みなさま。」
由乃さんの挨拶抜きの第一声に、怯む事無く冷静に返す乃梨子。
一同うち揃ってのお出迎えに、軽く会釈をする。
「ど、ど、ど、ど、どうしたの。これ。乃梨子ちゃんが生んだの?」
おいおい、そんな訳有るかい。と言う内心の速攻突っ込みはおくびにも出さず…。
「祐巳さん、"コレ"は無いんじゃない。"コレ"は。」
「祐巳ったら。また、顔が賑やかに成っているわよ。もう少し落ち着きなさい。」
「あ、はい。お姉さま。」
おくびにも出さず、切り返し…。
「あら、そう言えば、なんとなく乃梨子に似ているような。」
「だよね、だよね。似てるよね〜。」
いやだから。
「と、言う事は、白薔薇のつぼみにはすでに、そういう関係の相手がいると?」(スクーーープ)
「うーん。いい構図だ。」 バシャバシャ。
だから、お願い。しゃべらせて。
「ほらほら」 パンパン。手を打ち鳴らして みなの注目を集めると、事態の収拾を図る黄薔薇さま。
「みんな玄関で、何時までもワイワイやらないの。 乃梨子ちゃん、立たせっ放しじゃ辛いでしょう。」
乃梨子の肩から、さっと、道具の入ったスポーツバックを取り去る。 かなり重かったはずなのに、小揺るぎもせずにすたすた奥へ歩いていく。 それに釣られて、他の面々も一、二歩下がり、ようやく上りかまちに足を置くスペースが出来る。
さすが黄薔薇さま。由乃さまが絡んでいないときには、クールだ。
「続きは、奥でね。」 と、捨て台詞なのか、本気の予告なのかをかけて由乃さまが歩き出すと、全員が移動をはじめる。
「はい、乃梨子。 どうぞ」
一人残った志摩子さんが、まるでどこぞの旅館の女将のように、するりと膝を着いてスリッパを用意してくれる。
既に、パーティは始まって居たらしく、淡い色合いの浴衣のうなじや、簪一本でゆるく纏め上げた髪からは、仄かに石鹸の匂いがする。
「有難う。」 御礼を言って、スリッパを使い、振り向いたときにはもう乃梨子のスニーカは始末されていた。
「あ、有難う。」 もう一度御礼を言う。
「いいのよ。 そんなに大きなものを胸元に抱えていると、屈むのも大変でしょう。あいては生きているから、気を使うでしょうし。」
「それでも、志摩子さんが気遣ってくれるのが嬉しくて。」
「まあ。」
「おーい、そこの二人。ラブラブするのも良いけど、寒いでしょー。早くきなさいよー。」
黄薔薇さまに連れて行かれたはずの由乃さまが、廊下の角からひょっこり顔を出して呼んでいる。 その下でひょこひょこ揺れている影は、祐巳さまの髪だろう。
『由乃さん。 お行儀悪いよ』
『なによ。玄関は寒いんだから、突然乃梨子ちゃんが倒れた時のために、レスキュー要員が待機しているべきなのよ』
『由乃さ〜ん』
と、言ったところかな。 定番のやり取りが、容易に想像できる辺り熟年カップルと言え無くも無い。
「行きましょう、乃梨子。 由乃さんが暴走し始めたら大変。」
志摩子さんが、するりと手を繋いで、すたすた歩き出す。 もちろん異論は無いが、なんとなく心の準備をする時間が欲しかったと、思わないでもなかった。 たぶん、何がしかの騒ぎは起こるのだろうと言う予感があったから。
「くぷぷ。」 それまでの喧騒の中、ずっと静かだったのに、胸元から初めて寝言らしきものが漏れた。
「おまえにも予感があるの?」と、呟きながら。 それにしてもよく寝る赤ん坊だ。大物だな。と頭の片隅で思う乃梨子だった。
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いや、予感は有ったんだけど、まさかこんな騒ぎになるとは。
祐巳さま、もっと自分の影響力を自覚して、不用意な発言は避けて下さいよ。 はあ。
「可愛いな〜。私も赤ちゃん欲しいな。」
この一言から全ては始まった。
「え、祐巳さん。だれか意中の人がいるの? 祐麒君はダメよ。私のだから。」
「由乃おおおお。」 号泣。
「え、居ない居ない。相手が祥子様なら別だけど。 でも、祐麒だなんて。何所が良いの?」
「女同士じゃ無理でしょう。祐巳も可笑しなことを言わないの。」 顔が真赤です。
「祐麒君は良いよ。 何より祐巳さんにそっくりな所が良いわね。」
「由乃おおおおおお。」 由乃さまに足で邪険にされて、嬉しそうにも見え…。
ここで、あんな事を言うんじゃなかった。
山百合会合宿。パジャマパーティ。お泊り会。 呼び方はいろいろ有るが、結局みな何時になくハイテンションなのは同じ。
私も、外面はクールに保っていたが、内心はかなり茹だっていたらしい。 …だって、志摩子さんが あんなことやこんなことや、ああ、そんな事までっ、 するんだもの。
「同性間で子供を作る事は、不可能では有りませんよ。 男性同士ではかなり難しいですが。女性同士の場合はもう少し楽です。 お互いに卵子を持っていますから。 ただ、4倍体になるので、生まれてくる子供は100%女の子になってしまいますが。」
酔っていたんです。お酒こそ飲んでいなかったけど。雰囲気に酔っていたんです。そういう事にして置いてください。
その瞬間、なにやら空気が張り詰めた。
いままで私を玩んでいた志摩子さんの両手が、片手になり。触れていないほうの手を頬に添えてなにやら考え込んでいる。
他の面々も、さして変わらない。 祐巳さまだけは相変わらずで。
「ふーん。そうなんだ。科学の進歩?ってすごいね。」などとのたもうて、赤ん坊をぷにぷにしているけど。
なにやら、座敷の中が突然、食事時のサバンナにでもなったような。
「麺食のラーメン券 20枚。」 と、おもむろに切り出したのは志摩子さん。
「紅茶セット 5箱。」 切り替えしたのは祥子さま。
「フルーツゼリー詰め合わせ 12箱」 と、由乃さま。
いったい何が。
「あら、乃梨子は参加しないのね。 祐巳さんと子供を作る権利の入札。」
耳元でささやく、志摩子さんの目が怖い。
「私は、志摩子さん一筋だから。」
「そう、それなら良いわ。 所で、あなたのマタニティ姿は可愛いでしょうね。」
必殺、天使の微笑のせいなのか、自分のお腹の中に志摩子さんの子供がいることを想像してしまったせいなのか。 意識がとんだ。
気絶して正解だったらしい。
あの後、祐巳さまは興奮した一同に、イロイロと、そう、色々とされて大変だったとか。
わたし? いや、私も大分志摩子さんにされたらしいけど。(妊娠してなくって良かった。ほっ)