またまた未来の山百合会シリーズ。
「ふんふんふ〜ん♪」
休日の朝も早くから、妙にノリノリなのは白薔薇のつぼみ、野上純子。
紅薔薇のつぼみ・瀬戸山智子のようなぶっとんだセレブでもなければ、黄薔薇のつぼみ・大橋さゆみのようにひたすら刺激がほしいタイプでもない。
強烈な山百合会メンバーの中で、唯一といっていい穏健派であろう。
そんな彼女の最近のマイブームはお菓子作り。
今日も今日とて、台所には甘い香りが漂っている。
「さあ、もうすぐ焼けるかな〜、メープルシフォンケーキvv」
今彼女はメープルシフォンケーキに凝っていて、もうこれで10個目の試作である。
傍らのテーブルには、あと一歩ケーキになりきれなかった小麦粉と卵とその他諸々の成れの果てが、所在なげにたたずんでいる。
「わお!大成功vv」
ちなみに今は朝7時。
いったいいつからケーキを焼いていたのか。
純子の家族はあからさまにうんざりした表情を見せるが、まったく意に介さない。
「純子…ケーキを焼くのはいいけど、後始末は自分でしてちょうだいね」
「分かってますよ〜だ」
(うふふ…自分のケーキを食べたみんなの喜ぶ顔が、目に浮かぶようだわ)
台所とわが身を小麦粉まみれにしつつも、純子は幸せでしかたなかった。
翌日。
純子の妹、小野寺涼子はなんとなく嫌な予感がしていた。
「どうしたの?小野ちゃん。どっか具合でも悪いの?」
紅薔薇のつぼみの妹、美咲が聞いてきた。
「いや…ほら、前の金曜日に言ってたじゃん、お姉さまが。
『来週はお菓子作ってくるからね〜』って」
「うん、確かに言ってたけど、何か?」
涼子の眉間のしわが、1本増えた。
「一度お姉さまのお菓子をほめると、その後1ヶ月毎日延々と食べさせられるんだよね…」
「そういえば…」
山百合会が今の体制になった4月のある日。
純子はクッキーを作ってきた。
確かに大好評だったのだが、それに気を良くした純子は延々と同じクッキーを手作りしてきて、
ついには薔薇さま方からクッキー禁止令が出るまでになってしまった。
それでも懲りていないのか、
「じゃあ今度はメープルシフォンケーキにしますからvv」
「お姉さま、そういう問題じゃありません…」
涼子のツッコミもどこ吹く風。
とにかく何かにハマると、まわりがいくら止めても聞かないのだ。
「とにかく、あまりお姉さまのお菓子をほめちゃだめだよ。
たとえおいしくても、ごく普通にしてなよ」
「…分かった」
つぼみの妹たちは、これから始まるスイーツ地獄を思ってため息をつくのだった。
そしてとうとう、そのときはやってきた。
「ごきげんよう皆さん、今日のお菓子はメープルシフォンケーキですよ〜」
箱を開けるとほのかに漂う、メープルシロップの香り。
「うわ、おいしそ〜」
さゆみのそのセリフが、開けてはいけない扉を開けるカギとなってしまった。
「はい皆さんどうぞ〜」
うれしそうにケーキを切り分ける純子。
そんな彼女とは裏腹に、だんだん気持ちが萎えてゆく、さゆみ以外のメンバー。
「純子さん、おいしいよこれ〜」
その瞬間、純子のとろけるような笑顔と、他のメンバーの突き刺さるような視線が、
さゆみに向けられた。
(こら!さゆみ!余計なこと言わないの!)
(クッキーのときもあんたのせいで、1ヶ月毎日食べることになったんだから)
「きゃはっ♪さっすがさゆみさん!分かってるじゃない」
(あんたは一番分かってない…)
涼子は心の中で突っ込んだが、それは純子に届くはずもなかった。
それから1ヶ月間、薔薇の館の住人たちはシフォンケーキ責め。
それだけではない。
純子はなんと、自分の失敗作をうまくごまかして、まんまと薔薇さまや妹たちに押し付けてしまったのだ。
そしてこれが、予想もしていなかった悲劇を呼ぶことになる。
「ねえ、最近山百合会の方々、お見かけしないわね」
「なんでも噂では、全員胃潰瘍で入院なさったとか…」
「何か悪いものでも召し上がったのかしら…」
「そういえば、山百合会のメンバーで今学校にいらしているのは、白薔薇のつぼみだけみたいよ?」
「まさかあの方が何か…」
確かに間違ってはいない。
あの小麦粉と卵の成れの果てを、毎日毎日食べさせられたのだから。
何も知らないのは純子だけだった…。
「さあ、みんなが退院したら、何作ろうかな〜」
暴走パティシエ、野上純子。
「おいしいね」は禁句である…。
(あとがきという名の言い訳)
ごきげんよう、若杉です。
次世代山百合会シリーズ(いつの間に?)また性懲りもなく登場です。
実は私、朝からチーズケーキ6個を完食したことがあります。
(ナゴヤドーム前の某大手ショッピングセンター内にある、
某お菓子のテーマパーク…
お菓子大好きな友人と一緒に行って、開店直後に食べるはめに…)