【1416】 ひとつひとつ思い出す  (翠 2006-04-28 19:49:58)


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【No:1413】の続き




ある日の薔薇の館。
書類に書き込むボールペンの音がする中、お姉さまが仰いました。
「私三年生、瞳子二年生」
「いきなり、どうしたんです?」
お姉さまが突発的なのはいつもの事ですが。
「だから、私三年生、瞳子二年生なのよ」
「はぁ、それが?」
「妹はまだ?」
「……あっ!」
そんなモノ、すっかり忘れてましたっ!
「そういえばそうですわね。私も紅薔薇のつぼみとなった今、妹を作らなければ」
お姉さま、ありがとうございます。
最近、何か忘れている気がしていましたが、妹の事だったのですね。
ですが、私が妹を作ってもお姉さまは大丈夫なのですか?
「妹ってすごいのよ。嬉しい事や楽しい事があったら二人分。ついでに辛い事や悲しい事も二人分。
 私と瞳子が宝くじを共同で買って、もし当たってしまった日には確実に姉妹関係が壊れるわね」
壊れませんよ。お姉さまに全て差し上げますから。
というより、私の物はお姉さまの物ですわ。
それよりも、そういう事を言うって事は、
「妹を作るなって事ですか?」
というか、そういう風にしか聞こえません。
「冗談よ。妹って本当にすごいのよ。辛くても悲しくても、
 傍にいてくれるだけで癒されるんだから。私にとって瞳子がそうであるように」
お姉さまが私の頬にそっと触れる。
「お姉さま……」
私はお姉さまを見上げた。
「だからね、瞳子が妹を作って、その子ばかり可愛がったりしたら私は……」
お姉さま、私はそんな事しませんよ……。
「乃梨子ちゃんと浮気するから」
「もうしてるじゃないですか!」
ボキっ。
机を挟んで向こう側にいる白薔薇さまのボールペンが折れたようです。
安物なんて使うからです。
「あ、知ってたの?」
白薔薇さまの隣で乃梨子さんが震えています。
「お姉さま、普通に話しているじゃないですか!その度に私がどんな想いでいたかわかります?」
「仲間に入れて欲しい」
「そうです!……ではなくて。少しは想いましたが…………ええっと、そのぅ……三人で?」
「瞳子は多人数プレイに興味アリ、と」
「そうではなくて!あぁもう、さっきから私は何を言っているんでしょう?」
「うんうん、心配しないで瞳子。恥ずかしがる事はないから」
なんですか、その全てを見透かしているような目は?
「瞳子のその性癖は、一般には受け入れられ難いものなのかもしれないけれど、私は平気だから」
「性癖ゆーな!」
「まっ!乃梨子ちゃんみたいな言い方っ」
「え?まさか二番煎じですかっ!?」
その乃梨子さんは今、向こう側で白薔薇さまに首を締められています。
「ええ、残念ね」
「この私が!松平瞳子が……、なんたる不覚、なんたる屈辱」
フラフラとよろめく私の肩を、お姉さまが両手で支えてくれます。
まぁ、座っているので倒れたりはしませんが。
お姉さまは私の瞳を覗き込んで、真っ直ぐな眼差しで仰いました。
「私が憑いてるわ」
「字が違いますわ」
確かに、お姉さまには祥子お姉さまが憑いていそうですが。
「私が突いてるわ」
「その字を使ってそのセリフは非常にマズイですわ」
お姉さまは私の肩から手を離しました。
「冗談よ」
乃梨子さんと浮気するからって所は抜いてですよね?
お姉さまが私に向かって微笑みました。
誤魔化しましたね。
「まぁ、でもホントのところ、瞳子が妹を作ったら」
「作ったら?」
「私、壊れちゃう自信があるよ?」
壊れる?
皆様が興味津々にこちらに視線を向けてきます。
白薔薇さまなんて乃梨子さんの事を放って、目をキラキラさせてこちらを見ています。
「そしたら、知人友人を片っ端からこの手で血祭りに…………」
俯き加減にお姉さまがそう続けました。
この部屋にいる全員の表情が凍りつきました。
あの白薔薇さまでさえ固まってしまっています。
「い、イヤですわお姉さま。私はお姉さまを裏切ったりしませんよ」
この場所にいる皆様が『なんとかしろ』、そんな想いを込めて私に熱い眼差しを向けてきます。
「私ね、もう雨は平気なの」
は?
「でもね、梅雨の雨は大嫌いなのよ…………」
「あわわわわ、お姉さまっ!どうか正気に戻ってください!!」
「そういえばあなた、あの時に私に向かって最低って言わなかった?」
「さ、最高って言ったんです。祐巳さま最高!ほら……、ひぃっ」
物凄く冷たい目で見られました。
視線で人を殺せるのなら、私は今ので四、五回は死んでいるのではないかと。
「あとね、クリスマスも嫌いになったの……」
「あは、あはは、あははは……」
私は乾いた笑いしか出せませんでした。
ドス黒い何かがお姉さまから溢れています。
「あなた、あの時はなんて言った?」
「あぅあぅあぅあぅ……」
今のお姉さまの視線で、私は二十回くらい死んだような気がします。
皆様は少し離れた場所に避難を開始しました。
「お、お姉さまっ!お姉さまっ!お姉さまっ!」
もう必死です。
お姉さまの腕を掴んで、何度も何度も強く揺すります。
「戻ってください!お願いですから戻ってください!」
私の声が届いたのでしょうか?
「あれ?今、私?」
どうにか元に戻られたようです。
「いいんです。思い出さなくて。私がここにいますから」
私はお姉さまの腕をぎゅっと力を入れて掴みます。
あんな事、思い出されてたまるものですかっ!
「ええっと、確か瞳子に妹を作れって言ったような気が……」
「私は妹なんて作りませんわ」
「そうなの?じゃ、私が作ろうかな」
「は?」
既に私がお姉さまの妹のはずですが?
「一年ごとに妹が一人増えるシステムって面白そうだと思わない?」
「なんですかそれは?」
「紅薔薇さまが私。紅薔薇のつぼみ一号(瞳子のことね)と二号(三年生になってから増える私の妹)。
 そして、紅薔薇のつぼみ一号の妹(瞳子の妹ね)」
「ややこしいですわ」
「私が卒業した後、紅薔薇さまの座を巡って、瞳子ともう一人の私の妹が血で血を拭う争いを」
「しませんし、そんな事は認めませんから」
「瞳子は生真面目過ぎるわ」
「お姉さまは冗談が服を着て歩いているような方ですものね」
「…………」
してやったりな表情をお姉さまに向けると、
「乃梨子ちゃん!浮気しよっ!」
お姉さまがそう叫びました。
それに反応したのは乃梨子さんではなく、白薔薇さま。
「祐巳さん、冗談も程々にしないと、いい加減私も怒るわよ?」
「あら、冗談なんて言ってないけど?」
お姉さまと白薔薇さまが睨み合っています。
止めないとこのままでは大変な事になってしまいます。
「お、お姉さまっ」
「瞳子は黙ってなさい」
「はい……」
ムリです。
今のお姉さまを止める事などできません。
「祐巳さん、本気で私から乃梨子を盗る気?」
「志摩子さんも一緒に頂くつもりだから安心して」
は?
「な、何を言ってるの!?」
「志摩子さんが私に気がある事はバレバレだから」
ええっ!?
「そ、そんな事……」
「無いなんて言えないわよね」
な、何がどうなっているのですか?
白薔薇さまが?
「私の事を好きだって言ったものね」
「か、過去の話よ」
なんだか話の雲行きが怪しくなってきました。
「そう?今は本当に私の事なんてどうも思ってない?」
「それは……」
なんだか微妙な話の流れに?
「私は志摩子さんのこと好きよ」
「ゆ、祐巳さん」
「ほらほら、素直になっちゃえ」
「……く、そうよ。私は祐巳さんが好きよ!悪かったわね!」
白薔薇さまが悔しそうにしながらも、ご自分の気持ちを認めました。
なんという感動的な場面でしょうか。
「なんか、二人ともおかしくない?」
「間違った方向に進んでいるとしか思えません」
「存在自体が間違ってるような二人だもの」
「というか、仕事はしなくてもいいのですか?」
「帰るまでに出来なかったら、二人に押し付ければいいじゃない」
「そうですね」
由乃さまも菜々さんも、今は黙っていてください。
「それでも、そう簡単に祐巳さんに屈することはできないわ」
「それでこそ志摩子さんね。でも、私は必ず乃梨子ちゃんを奪ってみせる」
「そう簡単に乃梨子は渡せないわよ」
「分かってるわ」
さすがお姉さま。
これで白薔薇さまも、ほぼお姉さまの手中に収める事ができましたね。
「志摩子さんは敵よ」
は?
「好きにも色々あるって事よ。手に入れたいってのは本当だけど」
まだまだ愉しみたいって事ですか。
お姉さまを見ると、肯定の意味での微笑みを浮かべていました。
「ところで、乃梨子を手に入れたら瞳子ちゃんはどうするの?」
白薔薇さまが話し掛けてきます。
何を仰っているんです?
当然、私はいつでもお姉さまの傍に。
「志摩子さんにあげるわ」
「お・ね・え・さ・まーーーー!」
「さすがに冗談よ」
いくらなんでも酷すぎます!
「言って良い冗談と悪い冗談がある事くらい分かるでしょう!?」
「分かってるってば」
捨てたら泣きますよ?
物凄く泣きますよ?
本当に分かっているんでしょうね?
「だって、瞳子ちゃんの為に二人を手に入れるんだもの」
え?
「なんでそこで私の為なんです?」
「多人数プレイに興味があるんでしょう?」
「だ、だ、誰がですかーーーー!!」
まぁ、少しは……、ほんの少しですよっ?


とりあえず、これで一件落着?
前とあんまり変わってるようには思えませんが。
「ねぇ、瞳子ちゃんの妹の話ってどこにいったの?」
由乃さまが話し掛けてきました。
キャラが被るので、あんまり好きではありませんが答えて差し上げます。
「あれはきっと、言ってみただけだと思います」
「ええっと?」
鈍い方ですわね。
「つまり、どうでもいいんじゃないですか?」
「どうでもいいって……、瞳子ちゃんの事なのに?」
自由にしなさい、って事です。
そのままの意味で取らないで下さい。
私の事をどうでもいいなんて、お姉さまが考えるはずがありません。
「作らなくても良し。作ったとしても一緒に可愛がるって事だと思います」
「つまり、自分はもう何も言わないから、瞳子ちゃんが決めろって事?」
「はい」
「でも、それって瞳子ちゃんがそう思ってるだけかもしれないわよね?」
どんなに黒くても、お姉さまの根底にあるのはやさしさなんです。
ちゃんと私の事を考えてくれているんです。
ですから、そんな事はありません。
そう確信していますが、由乃さまに話を合わせる為、口から出す言葉は違います。
「そうかもしれませんね」
「……でも、多分、瞳子ちゃんが言うのならそうなんでしょうね」
ふふん、いまさら何を当たり前の事を。
「何がですか?」
再び由乃さまに話を合わせて差し上げます。
なんて、心の広い私。
感謝して下さい由乃さま。
「祐巳さんの事を一番よく分かっているのが瞳子ちゃんって事よ」
「当然ですわ」
姉妹なんですもの。


「瞳子」
あ、お姉さまが呼んでます。
「なんです?」
「うん、由乃さんとの会話を聞いてたんだけど」
相変わらず素晴らしい聴力をお持ちですわね。
「随分と表と裏の使い分けがうまくなったわ」
「お姉さまに鍛えられましたから」
ですが、まだまだです。
いつかお姉さまを超えてみせます。
見ていてください、お姉さま。
立派な黒薔薇さまになってみせますから!
「楽しみにしてるわね」
「ええ」
「じゃあ、紅薔薇さまは可南子ちゃんで」
「ええ!?」
「黒薔薇さまになるんでしょ?」
「言葉の綾ですっ!」
まったくお姉さまったら、本当に冗談ばかり。
「さっそく可南子ちゃんを妹にしてくるわ」
……冗談ですよね?
ねぇ?
ねぇってば……。
おーい?
お姉さま?




―ー数分後――

「皆に紹介するわ」
「祐巳さまの新しい妹の細川可南子です。よろしくお願いします。瞳子さん、仲良くしましょうね」
「うわぁぁぁぁぁぁんっ」
「あぁっ!瞳子さんっ!?」

お姉さまのバカーーーー!


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