「ふぅ……」
読み終わった本を閉じ、時計を見てみれば既に11時を過ぎていた。
(いけない、明日は朝練があるのだったわ)
可南子はつい夢中になって最後まで読んでしまった本を棚に戻して眠りについた。
「瞳子さん、今度の土曜日はどうなされるの?」
翌日、ふと思い立って可南子は瞳子さんに話しかけた。
「土曜日? ああ、剣道の交流試合がありますわね。それが何か?」
「よろしかったらご一緒しません?」
そう訊ねたら瞳子さん、ものすごく怪訝な表情で可南子のことを見つめてきた。
「一体どういう風の吹き回しですの? 可南子さんが私を誘うなんて」
「あら、一緒に山百合会のお手伝いをした仲じゃないですか」
「山百合会というなら、祐巳さま達とご一緒すればいいのでは?」
「紅薔薇姉妹に割って入るなんて無粋な真似はできませんわ。
瞳子さんだって紅薔薇さまや乃梨子さん達と一緒に行くつもりはないのでしょう?」
「それはそうですけど」
「それに私、高校受験組ですからどんな様子なのかよく分からないですし。
瞳子さんなら詳しいかなって思って」
「別に私じゃなくても……」
「あいにくながら他に誘えそうな人がいなくて」
「それは自業自得じゃありませんの?」
「それはそうですけど。それに最近、瞳子さんとお近づきになりたいなと思うようになりまして」
「はぁ?」
「そういうわけで、ご一緒しませんか?」
「……可南子さん、変わりましたね」
「ええ、色々ありまして」
「いいですわ。そこまで言うのならご一緒します」
「よかった、ありがとう」
「でも、もし何かあったら途中でも別行動させてもらいますからね」
「わかりましたわ」
何とか約束を取り付けることに成功。思いつきだけど、うまく行くといいなって思う。
思わず笑みがこぼれてしまいそうなのを瞳子さんに悟られないように早々と席に戻りながら、
今日の帰りに本屋さんに寄ることを決めた可南子だった。
まずは第一関門、突破。
その日、部活の終わった帰りに可南子は1冊の本を購入した。
それは昨日つい夢中になったあの本。
割と人気があるから売り切れていないかどうか心配だったけれど、
無事に残っていて一安心。
とにかくその本にブックカバーを掛けてもらって
可南子は家路についた。
第二関門、突破。
土曜日までの数日間。
クラスの話題はもっぱら茶話会の後日談だった。
火曜日には藍子さんが「やっぱり私では祐巳さまにふさわしくない」と言っていたとか、
水曜日はその子さんが由乃さまにクビを言い渡されたとか。
毎日薔薇の館に呼ばれた子の話題にあふれていたけれど、
可南子はきっとまだ祐巳さまに妹はできないだろうなと思っていた。
なんとなくだけれども、茶話会の前にお会いしたときの祐巳さまは戸惑っているような感じがあったし。
それに、決して周りに影響されているわけじゃないけれど、
祐巳さまの妹には瞳子さんがなるような気がする。
いや、むしろそうなってほしい。
本人に言ったらきっと怒るだろうけれど、
祐巳さまといるときの瞳子さん、とてもいい表情をしているから。
土曜日、掃除が終わったあと、瞳子さんはちゃんと可南子を待っていてくれた。
第三関門、突破。
瞳子さんに案内されながら2人で市民体育館へ。
2人で座れそうな席を見つけて、瞳子さんの手を引いて一緒に座る。
第四関門、突破。
問題はこれからだ。
瞳子さんの隣をキープしつつ、瞳子さんが席を離れるのを待たないといけない。
ちょっとした賭けだけれど、瞳子さんだってお手洗いには行くはずだから。
その間に瞳子さんの鞄にあの本をこっそり入れて、
突き返されることなくこの時間を乗り切れば可南子の作戦は成功。
直接渡せればそれに越したことはないけれど、
瞳子さんだと受け取って貰えないような気がするから。
「あら」
「まあ」
こういう場所で食べるという前提だったからかもしれないけれど。
とりあえずお昼を食べましょうとお弁当のふたを開けたら、
見事に2人とも中身がサンドイッチだった。
(なんかストーカーみたい)
第5関門を突破した可南子は、思わず自分の行為に苦笑してしまった。
学園祭の時に祐巳さまの先輩らしき人には背後霊ちゃんと言われたりもしたけれど、
あながち外れてもいないかなと思う。
決して人をつけ回したりするというわけではなくて。
可南子はきっと、影の役回りが好きなのだ。
さりげなく手回しして、それで幸せな顔が見られるならきっと幸せなことだと思うから。
第6関門も突破、つまりミッションコンプリート。
剣道の交流試合が終わって、瞳子さんともお別れして。
メッセージカードを一緒に入れておいたけれど、
瞳子さんはちゃんとあの本を読んでくれるだろうか?
できれば、読んで欲しいなと思う。
そして少しでも瞳子さんに良い変化があれば、
欲を言えば祐巳さまとうまくいくようになれば、
それは可南子にとってもとても幸せなことだから。
祐巳さまが下さった出会い。
マリア様の星の未来で繰り広げられる、優しくて素敵な物語。
小説版でも色あせていないその世界が、瞳子さんに良い変化をもたらしてくれればいいなと思う。
祐巳さまにも瞳子さんにも、幸せになってほしいから。
夜の窓から顔を出して物思いにふける可南子の表情を、
月とマリア様の星が優しく見つめていた。