ARIAクロスの続きです。ユルユルゆっくりと読んでもらえれば幸いかと。
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】
少し遊んでいますがご容赦を……。
『クゥ〜』
ぴっ!ぴぴ!!ぴぴぴ!!!ぴ『カッチャ!!』
「んっ、ふぁぁぁ……ひっ!!」
祐巳は枕もとの目覚ましを止め目を覚ます。ゆっくりと欠伸をしながら、寝ぼけ眼の目を開く。と、祐巳の目の前数センチにARIA社長のもちもちぽんぽんがあった。
祐巳は『がっば!!』と慌てて起き上がると、ARIA社長の向こう側には灯里さんまで寝ている。
「あ、灯里さん!!何しているんですか!!」
祐巳は朝から騒がしい。祐巳の声にARIA社長と灯里さんは寝ぼけながらも目を覚ます。
「おはよう、祐巳ちゃん」
「ぷいにゅ〜う」
「あっ、ごきげんよう。灯里さん、ARIA社長って!!そうではないでしょう!!どうして毎日毎日、人のベッドにいるのですか!!ARIA社長はともかく灯里さんのベッドはアッチでしょう!!!!」
祐巳が指差した方には、大きな二つの窓の下に昔アリシアさんが買ったというベッドがあった。
「えぇ〜、ARIA社長だけ良いのぉ?!ヒイキだよぅ祐巳ちゃ〜ん。この前まで一緒に寝ていたのにぃ、寂しいんだもん!!」
「怪しい言い方しないでくださいよぉ……はぁ」
拗ねる灯里さんを見ながら祐巳は溜め息をつき、いま祐巳たちが寝ている真新しい白いベッドを見る。
祐巳がARIAカンパニーにお世話になるようになって一月あまり、祐巳はついこの間まで灯里さんのベッドで一緒に寝起きしていたが、いつまでもそのままとはいかないので、始めてもらったお給料を使い。アリシアさんの通販を利用してベッドを購入した。
そのとき少し大きめのベッドを購入したのだが、それがいけなかった。毎朝、灯里さんが目を覚ますと祐巳のベッドに潜り込んでいるのだ。
だから、朝起きると目の前にARIA社長の白いお腹や灯里さんの後頭部があるのは良い方、時にはキス寸前まで灯里さんの顔が近づいていることもあった。これでは何のためにベッドを購入したのかわからない。
祐巳は自分のベッドと灯里さんのベッドの位置を何度も見る。祐巳のベッドは灯里さんのベッドの向かい側、元の小さな机のあった小窓の側に置いてある。
プライベートルームの使い勝手を考えてここに置いたのだが……。
「はぁ、分かりました。灯里さんの言うように、灯里さんのベッドの横に場所を代えましょう」
祐巳は折れることにした。
「やりましたよ!!ARIA社長!!祐巳ちゃんがまた一緒に寝てくれるそうです!!」
「ぷいにゅ!!」
祐巳のベッドの上でがっしりと握手する灯里さんとARIA社長。
「まったく、もう」
呆れ顔の祐巳だったが、その顔は笑っている。祐巳としても夜のお喋りが出来なくなったことは、とても寂しいことだったから。
「あっ、祐巳ちゃん笑った」
「えへへへ」
灯里さんに祐巳が笑ったところを見られ、祐巳は灯里さんとARIA社長に照れ笑いを向けた。
「それにしても灯里さんはイタズラ好きですよねぇ」
祐巳のことをいろいろ気にかけてくれているのだろう。祐巳は一階のオフィスを掃除しながら、手伝ってくれている?ARIA社長に話す。
「ぷいにゅう」
灯里さんのイタズラの片割れであるARIA社長はその通りというように頷いていたりする。
「あははは」
祐巳はそんなARIA社長が可笑しくて笑う。
「さっ、掃除を終わらせましょう。アリシアさんがそろそろ来る時間ですから」
「ぷいにゅう!」
祐巳は一階のオフィスの掃除、灯里さんは二階のリビングルームでお湯を沸かしたり朝食の準備。祐巳と灯里さんの先輩であるアリシアさんが出勤してきたら朝食だ。
アリシアさんの買ってくる朝出来立てのパンは日によって代わるが、どれもおいしく。祐巳は気に入っている。
そんなことを考えながら掃除をしていると『ぴんぽーん』と呼び鈴が鳴る。
「はーい、いま、あけまーす」
祐巳は一瞬アリシアさんかなと思ったが、よく考えればアリシアさんが呼び鈴を鳴らすはずはなく。
祐巳は「はーい」と言いながらドアを開けた。
「ごきげんよう、灯里さん!!」
「ごきげんよう」
思わず祐巳は挨拶を交わしてしまう。そこにいたのはリリアン中等部の制服を着た女の子だった。
「あれ?」
「あっ!?」
ここでようやく祐巳と女の子は相手を確認した。
「えっ……と……」
「……あっ!もしかして祐巳さんですか?」
「えっ、はい、そうですけど」
相手の女の子は祐巳のことを知っているようだ。
「あっ、ARIA社長!!お久しぶりです」
「ぷいにゅう!!」
「相変わらずまるいですねぇ、わぁ、おもーい」
女の子とARIA社長は知り合いなのか、ARIA社長は女の子に抱っこされてご満悦気味だ。
「えっと」
祐巳は誰だろうと聞こうとしたとき、その答えは祐巳の後ろから聞こえてきた。
「わぁ、アイちゃん!!」
「……アイちゃん?」
「あっ、灯里さん!!」
女の子―アイちゃんと灯里さんも知り合いのようだ。
「あらあら、アイちゃん?」
「あっ、アリシアさん」
アリシアさんとも?……あっ!
「もしかして灯里さんのメール相手?」
「はい!当たりです!!祐巳さま」
「「さま?」」
「「あっ、ふふ、ふふふふ!!」」
アイちゃんの言葉に反応する灯里さんとアリシアさんのキョトンとした顔が何だか可笑しくって、アイちゃんと祐巳は一緒に笑った。
ひとしきり笑った後、アイちゃんを入れて朝食兼朝のミーティングとなった。アリシアさんの今朝のパンは少し大きめのクロワッサンだ。
祐巳たちはミーティングはそこそこにアイちゃんの話で盛り上がる。
話によるとアイちゃんは今朝一番のマンホームからの船便で到着したらしい。灯里さんたちを驚かせたくって今日来ることを連絡せずに来たのだが、最初に会ったのが祐巳だったせいでアイちゃんの方が驚いたらしい。一方、祐巳たちはこんな近くの知り合いにリリアンに関係のある人物がいたことに驚いていた。
「それじゃぁ、私は予約のお客さまの所、灯里ちゃんは藍華ちゃんとゴンドラ乗り場ね。祐巳ちゃんはアリスちゃんと練習、アイちゃんはどうする?何時ものように灯里ちゃんと一緒?」
食事も終わり、そろそろ仕事の開始。やる事は何時もと変わらないが、今日はアイちゃんがいる。アリシアさんにどうするか聞かれ、アイちゃんは少し考えた後。祐巳の方を見た。
「へっ?」
「あの、祐巳さんと一緒に行っていいですか?」
アイちゃんには「さま」ではなく「さん」で呼んでくれるように頼んだ。同じリリアンでも何だか祐巳には恥ずかしいのだ。
「えぇ?私と?!」
「はい、ダメですか?」
「え〜と、良いけど。私のほうは練習だしつまらないよ?」
「あっ、大丈夫です。私、灯里さんの練習にも付き合っていましたから、多少のトラブルは経験済みですよ」
「アイちゃ〜ん」
アイちゃんの言葉に灯里さんが何だか落ち込んでいた。
「「それじゃぁ、行ってきます」」
「「いってらっしゃ〜い」」
祐巳とアイちゃんは灯里さんとアリシアさんを見送る。
「あっ、そうだ、祐巳ちゃん」
「はい?」
白いゴンドラで漕ぎ出そうとしていたアリシアさんが突然ゴンドラを止め、祐巳を呼ぶ。
「祐巳ちゃん、申し訳ないけどアクア・アルタに備えて買出しをお願いしたいの、いいかしら?」
「……アクア・アルタ?」
「うっわぁ!!本当ですか、アリシアさん!!」
「ア、アイちゃん?」
アイちゃんはアリシアさんの言葉に祐巳以上に反応する。
アクア・アルタ……確か高潮現象?
「祐巳さん!!」
「えっ?」
「アクア・アルタですよ!!アクア・アルタ!!」
「う、うん」
アイちゃんは興奮して、祐巳は戸惑ってしまう。
「あらあら、アイちゃん。アクア・アルタは初めてだったかしら?」
「はい、灯里さんのメールで何時も楽しみにしていたのになかなか体験できなくて!!あぁ、楽しみ」
「あらあら、アイちゃんたら」
「あの、アクア・アルタって高潮現象と聞いたのですが、そんなに楽しいことなの?」
「あらあら、それは実際に体験してみたほうが楽しいかもね。ねっ、アイちゃん」
「えっ、あっ、はい、そうですね」
笑いあうアイちゃんとアリシアさん。結局、祐巳は教えてもらうことは出来ないまま、必要な買い物のメモをアリシアさんから受け取るしかなかった。
「まぁ、アリシアさんとアイちゃんが楽しみにと言うのなら、楽しみに待っていますか」
祐巳は去っていくアリシアさんの白いゴンドラを見つめながら呟く。
「それが良いですよ、祐巳さん」
祐巳の言葉に楽しそうに頷くアイちゃん。
「さてと、それじゃぁ、私たちも行きますか」
「はーい」
「ぷいにゅう」
祐巳はアイちゃんとARIA社長を練習用の黒いゴンドラに乗せ、ARIAカンパニーを出る。
「へぇ〜、祐巳さん。思ったより上手い」
「えへへ、ありがとう」
社交辞令かも知れないが何だか嬉しい。
「祐巳さん」
「なに?」
「祐巳さんは何時も何しているんですか?」
「何って、う〜ん、会社の電話番とか掃除とか、予約のお客さんの相手とか、後はやっぱりゴンドラの練習かな?」
祐巳はまだまだ新米見習いの水先案内人―ウンディーネだ。覚えることも、練習することも多い。ゴンドラを操るのも、アイちゃんは褒めてくれたがまだまだ覚束ない。
「大変じゃぁないですか?」
「うん?」
「だって、祐巳さんは昔のリリアンから来たのでしょう?いきなりこんな知らない土地でゴンドラを漕ぐことになって」
「う〜ん、そうだね。でも、灯里さんやアリシアさん、アリスさん、皆良い人だし。まだ、ペアだから灯里さんたちのゴンドラに乗ってお客さまの相手は出来ないけど、お店に来るお客さんたちと話すのも楽しいから」
「……」
「それに、ゴンドラでこのネオ・ヴェネチア……ううん、AQUAを巡るのって楽しいよ」
祐巳が笑顔で答えると、アイちゃんは黙ってしまった。
「あっ、アイちゃん。アリスさんだよ」
「えっ」
何か考え事をしていたようなアイちゃんは祐巳に言われて、岸辺に祐巳を待つアリスさんを見つけた。
祐巳はゆっくりとゴンドラを岸辺に近づける。
「祐巳さん、ゆっく……」
――ぶい!ぶい!ぶい!ぶい!!がぶりんちょ!!
「ぷいにゅーう!!!!!」
アイちゃんがゴンドラを誘導しようとしたとき、岸に近づいたゴンドラにアリスさんの影から小さく黒い物体が飛び出しARIA社長のもちもちぽんぽんに噛み付いた。
「あっ、まぁ社長」
それは斑模様の小さな火星猫で、アリスさんが所属するオレンジ・ぷらねっとのまぁ社長だった。まぁ社長はARIA社長のもちもちぽんぽんが好きで出会うたびに挨拶のように噛み付いている。聞いた話では愛情表現らしいが……。
「まぁくんです」
「まぁ」
アイちゃんがまぁ社長を抱き上げる。
「ごきげんよう、アリスさん」
「でっかい驚きです。祐巳のゴンドラにアイちゃんが乗っています。しかも、祐巳の口癖が感染しています」
「だれが口癖ですか?ごきげんよう、アリスさん」
「おはようございます。祐巳、アイちゃん」
祐巳とアイちゃんにアリスさんが合流し、練習再開。祐巳が漕ぐゴンドラが運河―カナレッジョを進んでいく。その間にアイちゃんがリリアンのことを話してくれる。
「それじゃぁ、アイちゃんは祐巳の後輩ちゃんですか?」
「後輩といっても、何百年も後の後輩だし………子孫?」
「それは確かに後輩というよりも、子孫です」
「……あの、祐巳さん。そんな言い方なんだか恥ずかしいですよ」
「あははは、ごめん、ごめん」
照れるアイちゃんを見て、祐巳はつい笑ってしまう。
「あっ、それなら祐巳のことが分かるのでは?」
「流石に何百年も前のことだから伝わっていないと……思うけど?」
「あの、祐巳さん。そのことなのですが……」
「えっ?祐巳のことなにか知っているの?」
「いえ、あの、その」
祐巳が言ったように何百年も前のことなのだから、もう何も分からないだろうと思っていた
だが、どうやらアイちゃんは何かを知っているようだ。
「アイちゃん、何でもいいから話してくれないかな?」
実際、祐巳としてはあまり過去のリリアンのことを知りたくはなかった。逃げたくないと思っても、知ることが怖いとは感じてしまうからだ。
祐巳とアリスさんが、アイちゃんを見つめる。
「いや、あのですね。そんなに期待されるほどでは……灯里さんからメールで聞いて勝手に調べてみただけですし、流石に何百年も前の記録は……」
「……そう」
「あっ、それでも少しだけ」
アイちゃんの言葉に祐巳が少し残念そうに呟くと、アイちゃんは慌てて話を続ける。実際は少しホッとしてしまったのだが。
「高等部の二年に全学年で一つだけ、桜組と呼ばれるクラスをご存知ですか?」
「う、うん。私たちの時代にもあったよ」
「えっ!?そ、そうですか。祐巳さんがいた時代でもあったのなら、これは本当にただの噂かも知れません。それでも良いですか?」
噂?噂って何だろう。祐巳はそう思いながら、アイちゃんに先を促す。
「それでは、噂はこうです」
「……昔、一人のリリアンの生徒が今はどこにあるのかも分からない桜の木に誘われ、何処かに姿を消したそうです。その当時の生徒たちは、彼女の行方を気にし、彼女の無事の祈りを込め。彼女のいたクラスの名を桜に変え、彼女の無事を祈ったそうです。でも、彼女は帰る事はなく。逆に全校生徒に不安が蔓延していった。たった一人の生徒の行方、それが全校生徒を不安に陥れたのは彼女がただの生徒ではなく。当時の薔薇さまの妹だったためだと、そこで彼女の姉である薔薇さまが、全校生徒の不安を取り除く目的と同時に彼女のことを伝えるために桜薔薇―ロサ・カニーナを名乗ったらしいです。これは桜組伝説と呼ばれ……あの、祐巳さん?」
「祐巳?」
祐巳はアイちゃんの話を聞いて心臓が締め付けられるような苦しみを感じていた。
「祐巳さん!!これはただのお話です。数限りなくある桜組伝説と呼ばれるものの一つに過ぎません!!」
「そうかも知れない、でも……」
祐巳の声は重い。
「第一、そのロサ・カニーナ以前の薔薇さまの呼び方も伝わっていないのですから!!」
「ロサ・キネンシス―紅薔薇さま。それが以前の薔薇の名……私は、その蕾だったの」
「ゆ、祐巳さん?」
「祐巳……でっかい油断していない。角、掛け声を出して」
「えっ?」
思い込みすぎて暗くなりかけていた祐巳を、アリスさんは横から無理やり現実に引き戻してしまう。
「わ、わわわ、ゴンドラ通りまーす!!」
祐巳は慌て掛け声を出し、ゆっくりとゴンドラをカレナッジョの交差を通り抜けていく。
楽しい会話や忙しい仕事は暗くなる考えをしなくなる。アリスさんは祐巳の心が分かっているように、祐巳にはまだ難しいとしか思えない小さなカレナッジョや角を進ませていく。
「ア、アリスさ〜ん」
「もう少しです。その角を左」
「は、はい」
祐巳はゆっくりとゴンドラを操っていく。
「はぁはぁ、ふぅぅぅぅ」
「大丈夫ですか?祐巳さん」
「ん、何とか」
ようやくアリスさんの指示でゴンドラを岸に寄せる。
「祐巳、左へ曲がるときがもたつき気味。せめてもう少し早く」
「はーい……ありがとうね。アリスさん」
「……アイちゃんの言葉はただの話です。それはあの桜の下で見た祐巳の大事な人たちの笑顔を知っていれば、確信できます」
「そうだね」
ちょっとぶっきらぼうな言い方のアリスさんの言葉に祐巳は頷く。その顔は少し赤い。祐巳は、本当にアリスさんの言葉の通りとは思えないが、今はアリスさんの言葉が祐巳に力をくれる。そして、アイちゃんも同じだ。
「アイちゃん、もう少しお話良いかな?」
「えっ、でも」
アイちゃんは戸惑っているようだ、当然か。
「今度は大丈夫だから」
祐巳は、もう少しだけアイちゃんから今のリリアンの話を聞いた。今度は祐巳自身が言ったように大丈夫だった。それは、アイちゃんの話が本当に楽しいものだったからかもしれない。
「それじゃぁ、いくよ」
「「はい」」
「「「いーち、にーい、三!!」」」
夜、一日の仕事を終え。祐巳とアリシアさんが作った夕食を皆でわいわいがやがやお喋りしながら楽しみ。桃のカクテルを祐巳も少しだけいただいた。
夕食後も灯里さん、アリシアさん、祐巳、アイちゃん、ARIA社長とアリシアさんから頼まれた買い物ついでに買ったチョコレートを摘みながら雑談を楽しむ。アリシアさんが帰って、泊まるというアイちゃんと一緒に三階のプライベートルームに向かい。
アイちゃんの手も借りて、朝、灯里さんと約束したように祐巳のベッドを動かす。
祐巳は一度分解してと考えていたが、灯里さんは三人いるのだからとそのままベッドを運ぶことになったのだが、大きめのベッドは三人いてもかなり重く。
休み休み運びながらも、最後は少し引きずりながらようやく移動させ。三人で寝れるようにベッドを引っ付ける。
「よし!」
「はひ〜」
「疲れたぁ〜」
元気なアイちゃんは満足するように頷いているが、祐巳と灯里さんはそのままベッドに横になる。
「ぷいにゅ〜」
横で応援していたARIA社長も、祐巳の横に寝そべっている。
「うぅ、私も!!」
明らかに余裕のあるアイちゃんもARIA社長の横に寝そべる。
「ふふふ」
祐巳はそんなアイちゃんを可愛いなと思い見ていると、灯里さんは祐巳とアイちゃんを見て笑っていた。
笑って、眠りながらの他愛無いお喋りは続く。二つの大きな窓の外は夕方から広がった雨雲が覆い、部屋を茶色にして、夜遅く小雨が振り出すまで話は尽きなかった。
ぴっ!ぴぴっ!!ぴぴ『カッチャ』
「んっ……ふぁぁぁ」
祐巳はゆっくりと目を覚ます。
隣にはアイちゃんがまだ眠っていたが、灯里さんはもぞもぞ動いているところから起きようとしているのだろう。
「灯里さん、アイちゃんお願いしますね」
祐巳は寝ぼけ眼のまま、灯里さんに声をかけると「うん」と小さな声が聞こえた。
祐巳は先に起き上がり、仕度を済ませる。髪をクシですき、アリシアさんからもらったリボンで髪を左右に束ね。ARIAカンパニーの青いラインを配した白い制服にブーツ。ARIAカンパニーのロゴ入りの帽子をかぶり、壁にかかったリリアンの制服からロザリオを取って首からかける。
祐巳は首からかけたロザリオを見ながら、アイちゃんの言葉を思い出す。
『綺麗なロザリオ、これ祐巳さんのお姉さまからいただいたものですか?祐巳さんの妹になれる人はこんな綺麗なロザリオを貰えるのですね』
そうその通り。だが、もう渡す相手はいない。アイちゃんは慌てて謝っていた。アイちゃんもリリアンの生徒ならやっぱり姉妹―スールやロザリオの授受に興味があるのだろう。
祐巳がベッドを見るとようやく灯里さんがアイちゃんを起こしているところだった。やっぱり、昨夜の夜更かしが効いているのかなかなかアイちゃんは起きないようだった。そんな二人を見ながら祐巳は先にリビングルームに向かい、手早く朝の準備を進める。お湯を沸かし、窓を開いて朝のすがすがしい空気と室内の空気を入れ替える。
「あー、いい天気」
昨夜の小雨も止んで空は快晴。少し暑い日になりそうだ。
祐巳はお湯をポットに移し、三階の灯里さんたちに声をかけ、掃除をしに一階へと向かう。ポンポンと階段をリズムよく下りていくが、その足が『じゃぼ』と音を立て冷たい感覚が足から上がってくる。祐巳は慌てて壁のスイッチをいれ明かりをつける。
一階のオフィスが水浸し、と、言うよりも床上浸水状態だ。
「な、な、な、なにコレ?!」
祐巳は驚くもののアッと気がつく。
「これが、アクア・アルタ?!」
祐巳は靴を脱ぎ『ジャボジャボ』と外に出る。
「わぁぁぁぁ」
そこには今まで見たことのないネオ・ヴェネツィアが広がっていた。
「うっわぁぁ、凄い!!」
アイちゃんも下りてきたようで、祐巳同様に驚いている。アイちゃんもARIAカンパニーの制服だった。
「これがアクア・アルタなんですね」
「そうだよ。今日はゴンドラは危ないから乗るのは禁止ね」
「「はーい」」
灯里さんの言葉に、祐巳もアイちゃんも返事をする。それから出勤してきたアリシアさんと朝食を取ってのんびりと時間を潰す。が、祐巳もアイちゃんもソワソワしていた。
それは朝食のときの灯里さんの言葉が離れないからだ。アクア・アルタは普段見慣れないネオ・ヴェネツィアがいっぱいあると。
「あらあら、二人とものんびり出来ないって顔ね」
「本当ですね」
のんびりしているアリシアさんと灯里さんだが、よく見れば灯里さんも落ち着かない様子だ。
「あらあら、灯里ちゃんまで」
「えへへへ」
「しょうがないわね。どうせ今日は開店休業状態だから灯里ちゃん二人を連れて散策しに行ってらっしゃい」
「い、いいんですか?」
「あっ、でも、アリシアさんは?」
「私はゴンドラ協会の会合があるからいいわ」
そう言ってアリシアさんは手にした書類を祐巳たちに見せる。
祐巳たちはどうしようか迷ったが、アクア・アルタのネオ、ヴェネツィアの誘惑に勝てなかった。
「「「いってきまーす」」」
ARIA社長を小さなゴンドラに乗せ、祐巳命名『ARIAカンパニー、アクア・アルタ探検隊』は出発した。
足元は『ジャボジャボ』
目の前はどこまでも水。
それだけで心が躍る。
「あんまり端によると落ちちゃうから」
灯里さんは流石によく分かっているらしく、ついつい好きなほうに歩いていく祐巳とアイちゃんを注意する。
「それじゃぁ、手をつなぎましょう!!」
「ほぇ?」
「はい?」
怪訝な顔をするアイちゃんと灯里さんの手をとる。
「これで大丈夫!!」
「おお」
「うん、いいよねぇ」
「よくない!!」
祐巳が二人と手をつなぎ歩き出そうとすると、突然後ろから聞き覚えのある声が響く。
「あれ〜、藍華ちゃん」
「「ごきげんよう、藍華さん!!」」
「あれ〜じゃない!!それとそこ二人、ハモらない!!」
「こんな日に出歩いて、しかも横に並んで歩くと、でっかい邪魔です」
「あれ?アリスさんまで」
「ごきげんよう、祐巳」
藍華さんの後ろにはアリスさんまでいた。それだけでなく藍華さんの肩にはヒメ社長にアリスさんの大きな鞄にはまぁ社長もいた。
「ど、どうしたの?」
灯里さんが驚いている。まぁ、当然だろう。地元民の二人は幼い頃からアクア・アルタを経験しているのだから慣れっこだし、珍しくもないのかもしれない。
「どうしたのって、アイちゃんまで来ているのにアクア・アルタを大人しく灯里たちが休んでいるとは思えないから、こうして出てきたのよ!」
「おお、流石は灯里さんの親友ですね。よく灯里さんの事をご存知」
「って!!貴女もよ!!祐巳ちゃん!!」
「うう」
「まぁまぁ、そのくらいで、でも本当に三人も並ぶとでっかい邪魔ですからその先でゴンドラに乗りましょう」
「えっ?でも、ゴンドラは禁止じゃぁ」
祐巳の言葉に灯里さんも頷く。
「それは街中でしょう?せっかくのアクア・アルタなんだから灯里も知らない。アクア・アルタを見せてあげるわよ」
藍華さんは自信たっぷり。祐巳たちは顔を見合わせ頷いた。
祐巳たちは藍華さんの言った灯里さんも知らないアクア・アルタを見るために、藍華さんが用意した大型のゴンドラに乗る。
「ほい、祐巳ちゃん」
「はい?」
ゴンドラに乗り込んだ瞬間、藍華さんにオールを渡される祐巳。
「あの」
「これも練習よ!!」
何だか練習がいい様に使われている気がするが、何より大型のゴンドラなんて祐巳は操ったことはない。
「「がんばれー」」
「祐巳ならでっかい大丈夫です」
「祐巳さーん、がんばってください」
完全に四面楚歌。誰も祐巳の味方をしようとはしてくれない。なんだか以前同じようなことがあったような……祐巳は仕方なくゆっくりとゴンドラを岸から離す。
「おもーい」
何時も以上に力を入れないとゴンドラは進まない。
それでもどうにか岸を離れ、ゴンドラはネオ・ヴェネツィアを離れていく。
「がんばれー、遅いぞー」
「そんなことを言われても」
大きなゴンドラはそれだけでも難しいのに、今のこのゴンドラには祐巳も含め五人も乗っているのだ。
しかも大きいゴンドラは潮の影響を受けやすい。だが、漕いでいるうちに大きいゴンドラの方が潮の流れを掴みやすいことに気がつく。
潮のことに気がついて藍華さんを見ると、グッと合図を送ってきた。どうやら知っていてワザと祐巳にオールを持たせたらしい。
敵わないなぁと思いつつ、ゴンドラを進める。潮の流れを掴むと今まで以上にゴンドラの速度が上がり。潮風を感じる。
「祐巳、その調子」
どうもアリスさんも知っているようだ。
祐巳の漕ぐゴンドラは順調にネオ・ヴェネツィアから離れていく。
「よーし、ここら辺でいいかな。灯里!アイちゃん!!祐巳ちゃん!!振り返って御覧なさい。これがアクア・アルタのネオ・ヴェネツィアよ!!」
藍華さんの言葉に祐巳は振り向く。
「「「わぁぁぁぁぁ」」」
祐巳たち三人の驚きの声が重なる。
どこまでも広がる海面がキラキラと空の光を反射させ、建物のガラスがやっぱりキラキラと輝いて、ネオ・ヴェネツィアの建物が鏡のように海面に映りこんだまま光と水の中に浮かんでいた。
「綺麗、まるで天空に浮かぶお城みたい」
「あっ、ぐ!!」
灯里さんの言葉に何故か悶える藍華さん、たぶん、灯里さんのセリフに突っ込みをいれたいのだろうが自分が連れてきた手前言い出せないのだろう。
難儀な人だ。
「キラキラ、ピッカピカ」
「……はぁはぁ、ふぅ、どう?これが外からしか見れないネオ・ヴェネツィアのアクア・アルタなのよ」
藍華さんは息を整え、実に自慢そうにアクア・アルタのネオ・ヴェネツィアを見る。確かにこれは街中にいたのでは見えない光景、藍華さんが自慢するだけある。
祐巳はその光景にしばらく見入っていた。きらきら、ぴっかぴか。
光の反射は徐々に輝きを増していく。何時しか周囲の海面も輝きに包まれ、光の中に浮かぶネオ・ヴェネツィア。
「?」
不意に、祐巳は自分の横に大きな影を感じ。ゆっくりと光の中を振り返る。
「……あっ」
いつの間にか祐巳の横には、祐巳よりも大きな姿の服を着た猫がいた。普通なら驚くようなことなのに、祐巳は驚くことも怖いとも思わなかった。
「あっ、猫の王さま」
「こんにちは〜」
光の中には祐巳と灯里さんにアイちゃんと猫の王さま。
祐巳は猫の王さまを見る。怖さはやっぱりない、むしろ懐かしい感じのする猫の王さま。
「……ゴロンタ?」
祐巳の口からは自然とその名が出てきた。
猫の王様は祐巳の方を見て一礼する。
「ぷいにゅー!!」「まぁぁぁ!!」「にゃ〜ん」
社長たち猫の声が響き、周囲から光が消える。
「ん、どうした?」
藍華さんが不思議そうに祐巳たちを見ていた。藍華さんもアリスさんも猫の王様の姿もARIA社長たちの声も知らないようだ。祐巳たちは三人顔を見合わせ笑うと「「「なんでもなーい」」」と視線をアクア・アルタに浮かぶネオ・ヴェネツィアに向ける。
ピッカピカの光は消えていたが、それでもその光景は少しも色あせず素敵だった。
「おお、帰ってきたかぁ」
「灯里ちゃーん、祐巳ちゃーん、アイちゃーん」
夕暮れの中、アクア・アルタの高潮が引いていく。一日中、楽しませてくれたアクア・アルタももう終わり。祐巳たちはARIAカンパニーにゴンドラで戻っていく。アクア・アルタの水が引いたARIAカンパニーにはアリシアさん、晃さん、アテナさんが待っていた。
明日はアイちゃんがマンホームに帰る日。今日も遅くまで、お喋り。お喋りのネタも今日一日で沢山仕入れ。
楽しい仲間が集まった。きっと、夜遅くまで楽しめることだろう。
祐巳はそう思い空を見上げる。
今日の明日には新しい楽しさがあることだろう。と……。
ARIAでの祐巳の日常とアクア・アルタ。それにTVのオリキャラであるアイちゃん。まぁ社長にヒメ社長。そして、猫の王さま―ケット・シー=ゴロンタは【1373】の感想ケテル・ウィスパーさまと砂森 月さまからいただきました。最初、ケット・シーは無視しようかと考えていたんです本当。ですが、感想を書いてくださった方々のおかげで出せました!!ありがとうございます!!
あと少しで何とか終わりますのでお付き合いください。
『クゥ〜』