「こぼれ落ちた」からサルベージ。
【No:1251】逆行したとはなんぞや
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〆 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 選択肢(複数可)
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|>・静さまご乱心
|>・静さまは山百合会の劇に出るよう要請された
| ・聖と静が意気投合して祐巳をからかう
| ・祐巳が白薔薇姉妹と静にかまけてばかりで祥子が拗ねる
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(2つ選択)
「うふふふふふ……」
「あ、あのー」
静さまが壊れていた。
山百合会とダンス部との合同練習の翌日の放課後、音楽室の掃除の途中に、合唱部の人たちがいつもよりだいぶ早くに現れて、掃除はしておくからすぐ使わせて欲しいと言ってきたのだけど……。
なにやら異様に機嫌がいい静さまが、急に思い出し笑いをしたり、くねくねと身体を捩ったり。
「ゆーみちゃん、あなたは私の女神さまだわー」
こんなことを言ったり。
「はあ」
「福沢祐巳さん何とかしてよ、静さん朝からこれなの」
合唱部の人たちの何人かが祐巳を囲んで言った。
「昨日は白薔薇さまとダンスしたんですって?」
「え、ええ」
「祐巳さんの仕業なんでしょ?」
いや、祐巳は切っ掛けを与えただけで、静さまが勝手に思い込んで突っ走っただけなんだけど。
「責任とって何とかして」
これはいったいどういう状況なのだ。
目の前には合唱部の先輩方、後ろでは静さまがなにやらいい声でラーララと歌いだしてしまっているし。
あ、なんか静さま取り押さえられてる。
両サイドから固められてこっちに連行されてきた。
「祐巳さん、持っていってくれる? 今日は使えそうも無いから」
静さまを連行してきた先輩(「静さん」と呼んでいたので先輩であろう)は祐巳の目の前に差し出すように静さまを立たせた。
「わ、私がですか?」
「山百合会の出し物に静さんも出るのでしょう?」
「えーと、私は聞いていませんが……」
「そうなのよ。本人が言ってたわ」
「ああ、そうですか」
いつのまにか静さまも引き込まれたらしい。
確かに山百合会の劇は一人二役を強いられるような人手不足だった。
祐巳も昼休みに祥子さまがわざわざ届けてくれた台本と共に姉Bの役を授かっていた。
ちなみに前回と違い、賭けの対象ではないので姉Bだけでシンデレラまで覚える必要はない。
「とにかく、もう少し落ち着いてくれないと他の部員の邪魔になるから」
「はぁ……」
「じゃ、静さん、行っていいわよ」
「うん、行ってくる! さ、祐巳さん行きましょ!」
「あ、静さま!」
躍りだしそうな勢いで先に出て行ってしまった。
「あのー、いいんですか?」
祐巳は合唱部員の先輩に話し掛けた。
「え? いいってなにが?」
「学園祭の練習とか」
来週はもう学園祭なのだ。
合唱部がお掃除の人を追い出してまで音楽室を占拠したのだってその練習のためのはず。
「ああ、静さんは大丈夫なのよ。彼女の場合、他の部員のために所属してもらってるようなものだから」
えーっと、つまり、静さまは部活で練習するまでも無いってこと?
祐巳が頭の中で静さまの情報を整理していると、合唱部の人たちはそのまま雑談を始めた。
「でも、静さんが白薔薇さま信奉者だったなんてね」
「あら、でも去年、そういう噂もあったわよね、ほら、妹候補だって」
「ええ? そうなんですか?」
祐巳は先輩方の雑談に思わず反応してしまった。
初耳だったから。
「噂だけよ。 たしかかわら版に載ってたわ」
「でも、なにも無かったのよね」
そりゃそうだ。
だって白薔薇さまは選挙のときまで静さまのことは存在すら認識していなかったのだし。
「ゆーみさん、はーやーくー!」
「あ、はい!」
先に行ったはずなのに、何を思ったか静さまが引き返してきて扉のところで顔を出して叫んでいた。
あんた小学生か。
なんかキャラ変わってるよ。
「じゃあ、よろしくね」
合唱部の方々に見送られて、祐巳は音楽室を後にした。
一緒にいるのが恥ずかしいくらいにハイテンションな静さまを伴って。
祐巳は静さまにがっちり腕をつかまれて引きずられるようにして校舎の中を移動していた。
「静さま、そんなに急ぐのならお一人で……」
「駄目よ。祐巳さんがいないと白薔薇さまが私を構ってくれないじゃない」
「へ?」
いきなり話がぶっとんだ。
なんで白薔薇さまが静さまをかまうのに祐巳が関係しているのか?
「だから貴方も急がなくてはいけないの」
「あの、なんでですか?」
「私のためよ」
ここで、そう断言できる静さまって、なんていうか欲望に忠実というか、祐巳の周辺にいなかったタイプの人間だ。
でも、聞きたかったのはそこではなくて。
「いえ、そうではなくて、白薔薇さまはどうして私がいないと静さまをかまってくれないのですか」
「ああ、そういえば後で話すって言ったわね」
「え?」
たしかにそんなことを言ってたような気がする。
でもこの話ではなかった無かったような……。
「えっと、ダンスの時の?」
「そうよ。祐巳さん、白薔薇さまには志摩子さんがいるのにいいのか聞いたわよね」
「はい、でもそれとこれとは」
「私って祐巳さんをからかうネタなのよね」
「え?」
「今は、だけど」
静さまいわく、ダンスのときは祐巳の反応が面白いから静さまにくっついていただけなのだそうだ。
それって、白薔薇さまに憧れていた静さまには、ずいぶんと失礼な話ではないかとも思ったのだけど、それでも、静さまとしては認識して貰えたのだから大進歩なのだそうだ。
だから、いまは役得で我慢するとか。
「もちろんこのままで終わるつもりは無いわ。だから祐巳さんにばらしちゃったんだし」
「はぁ」
それはそうだ。
からかわれていると判ってれば、面白がられてなるものかって思うし。
「というわけで、まだ祐巳さんが心配するようなところまでいってないのよ」
「でも、白薔薇さまには志摩子さんがいます」
これからもっとお近づきになるっていうんなら、志摩子さんの味方って宣言した祐巳は黙っているつもりはない。
「そうなのよね。一度志摩子さんともお話してみたいわ」
「は?」
祐巳が邪魔するよって姿勢を示しているのに静さまはぜんぜいん気にしてない風だ。
「なんだか彼女、私の考えていた印象と違うみたいだし」
「違う?」
「なんか白薔薇のつぼみって、物静かで思慮深くて優等生みたいなイメージがあったんだけど、昨日の感じじゃそうじゃないみたいだから」
祐巳は概ねそれで合ってるような気がしたのだけど、静さま違うという。
じゃあ、どうなのかということになるのだけど、だから話をしてみたいということらしい。
話し込んでいるうちにいつのまにか薔薇の館に着いてしまい、今は入り口の前で立ち話をしていた。
「あら、なにをしていらっしゃるんですか?」
「あ、志摩子さん……」
噂をすれば志摩子さん。
志摩子さんはごく普通に「ごきげんよう」と祐巳と静さまに挨拶した。
「静さま、山百合会にご用事ですか?」
「あら、まだ聞いてないのかしら? 私、劇に参加することになったのよ」
静さまはにっこり。
「そうでしたか」
志摩子さんも心から歓迎するように微笑んで、なんだか薔薇の館の扉の前に花が咲き乱れてるみたいだ。
なんか嫌味も下心もなにもない。
普通に考えたら、志摩子さんにとって静さまは最愛のお姉さまにちょっかいを出す邪魔者なのだから、対立しそうなものなのに。
二人の会話に一人ではらはらしていた祐巳が馬鹿みたいだった。
薔薇の館に入らないで話し込んでいたものだから、続々とメンバーがやってきてしまい、中に入ってから志摩子さんと一緒に慌ててお茶の用意をするハメになった。
中では白薔薇さまがお待ちかねで、白薔薇さま以外が全員揃って入ってきたので、「みんなで何をしていたの?」ってちょっと拗ねていた。
会議室に入ってすぐ祐巳は志摩子さんと流しの方へ行ったが、一緒に部屋に入った静さまはまっすぐ白薔薇さまの居る窓の方へ向かったようだった。
志摩子さんはそれを気にする風も無く。
皆さんのお茶を入れ終えてから、祐巳は紅薔薇さまの隣に座る祥子さまの更に隣に収まった。
「祐巳ちゃんには祥子から話が行ってると思うけど」
とりあえず紅茶で一息ついたところで紅薔薇さまに言われた。
「え?」
「劇に出演する話よ」
「あ、はい、それならお昼に台本をいただきまして……」
昼休み、『前回』と同じように、新聞部の(今回は追加の)取材を避けるために志摩子さんと外でお弁当を広げていたのだけど、そこへ祥子さまがやってきて、祐巳は台本と共に姉Bの役を仰せつかったのだ。
もちろん今回も台本には祐巳の役のところにアンダーラインが引かれている。
「あら」
「祥子もやるわね」
祐巳が取り出した「小笠原祥子」と名前の入った台本を見て黄薔薇さまが冷やかすように言った。
「祐巳」
祥子さまはそれは気にしない様子で祐巳の名を呼んだ。
「は、はい」
「セリフはもう覚えて?」
「あ、はい、一応一通り」
「そう」
セリフは前回と同じなので一回読んだら思い出せたのだ。
祐巳の返事にすまして答えた祥子さまだけど、表情はなにやら得意げだった。
「で、そこでもの欲しそうにしているあなたにもお願いしたいんだけど」
実は静さま、さっきから白薔薇さまの隣で『早く話し掛けてくれないかしら光線』を紅薔薇さまに向かって投げかけていた。
「はい、紅薔薇さま」
予想通りというか、「来たわね」って表情で、今の静さま、なんか祐巳みたいに表情が判りやすい。
そんな様子を見た紅薔薇さま。
「……はあ、白薔薇さまから聞いたのね。判っているのならいいわ。 姉A役で良いかしら?」
「白薔薇さまと踊れるのならどんな役でも!」
「そうね、舞踏会のシーンは主役以外はその他大勢だから組み合わせを考えておくわ」
「ぜひ、お願いします」
「ああ、そうだわ。 あなたがそんな顔してるから順番が逆になったしまったじゃないの」
「なんでしょうか?」
「あなた、合唱部の方との兼ね合いは大丈夫なの?」
「全然問題ありませんわ」
祐巳はこのときの静さまの言葉は学園祭の出し物のことについていっているものとばかり思っていた。
紅薔薇さまも多分。
でも静さまは学園祭が終わっても薔薇の館に居座ったのだ。