【1442】 みんな君から逃げられない五歳児  (クゥ〜 2006-05-04 23:48:54)


【五歳】第八弾です。あまりに魅力的なKeyに思わず手を出して始まったSS。五歳児の祐巳に引かれここまでこんなに連続して書きましたが、付き合ってくださった方々に感謝したいと思います。
【No:1429】―【No:1430】―【No:1431】―【No:1432】―【No:1433】―【No:1435】―【No:1436】→今回


                                 『クゥ〜』




 白薔薇さまが祐巳ちゃんにホッペにキスされた瞬間、祥子が志摩子が由乃ちゃんが白薔薇さまに粛清を与えていた。
 祥子、貴女、キャラ変わっているわよ。
 志摩子、貴女も自分の姉である白薔薇さまにそこまでするの?あの、桜の出会いを思い出しなさい!!
 由乃ちゃん、心臓大丈夫?穴が開いていても毛が生えていてときどき、穴がふさがったりしているの?
 魔女っ子タヌ・キネンシス=ロサ・キネンシス―紅薔薇さまこと水野蓉子は手にした魔法のバトン=釘つきバットをそっと後ろ手に隠す。
 事態は既に粛清が終わり祐巳ちゃんが、白薔薇さまを涙目で見つめている。一方、粛清され倒れた白薔薇さまの顔は何だか嬉しそうだ。
 少し視線を動かす。そこには幸せな顔のまま金ダライを頭に載せ倒れている黄薔薇さま。
 蓉子は、祐巳ちゃんに視線を戻す。五歳児ながら高等部に編入してきた祐巳ちゃん。黄薔薇さまは趣味に走りすぎ、白薔薇さまは祐巳ちゃんを思うあまり油断していた。
 祐巳ちゃんにとって十分なチャンスを与えてしまった。いや、祐巳ちゃんはその前、魔女っ子服を着て喜んで走り回っていた段階から、祐巳ちゃんは自分でチャンスを作るための詰め将棋を始めていた。
 走り回って、はしゃいだのは祥子たちを起こすための手段。そして、祥子たちが起きた時点で聖への詰め将棋は積んでいたのだ。
 恐ろしい子。でも、だからこそ面白い。
 背中がぞくぞくする。昔、お味噌汁をストローで飲んだとき火傷をしたが、祐巳ちゃんに手を出したらどのくらいの大火傷を負うか楽しみで仕方がない。
 祐巳ちゃんが涙目で蓉子を見る。涙は溜まっていても、その目は泣いていない。
 黄薔薇さまの趣味を少し理解しながら、蓉子は祐巳ちゃんを見つめた。
 「さぁ、祐巳ちゃん。私との駆け引き付き合ってもらうわよ」
 蓉子は小さく呟くと立ち上がる。
 「祥子!!志摩子!!由乃ちゃん!!何しているの!!」
 「えっ?」
 「はい?」
 「あっ!!」
 「まったく、祐巳ちゃん?白薔薇さま大丈夫?」
 「あっ、う、うん。せいおねえちゃん、ねむってるよ」
 蓉子は祥子たちを叱りつつ、祐巳ちゃんの側による。
 「まったくもう!!貴女たち、何をしているのよもう。祐巳ちゃんをこんなに泣かせて、しかも白薔薇さまになんてことを」
 「あぁ、お姉さま!!」
 志摩子が幸せそうな顔の白薔薇さまに駆け寄る。
 「由乃ちゃんも、そこの黄薔薇さまを介抱してあげて」
 「あっ、はい!!」
 「それでは祐巳は私が……」
 「祥子は志摩子と由乃ちゃんを手伝う!!」
 蓉子は祐巳ちゃんに未練たらたらの三人を睨みつける。
 流石に蓉子に怒られ、三人は白薔薇さま、黄薔薇さまの方に着くしかなかった。
 これで祐巳ちゃんは蓉子と一対一。
 「祐巳ちゃんは、あっちで涙を拭きましょうね」
 「うん、おねえちゃん」
 「あっ、私は蓉子よ」
 「ようこおねえちゃん?」
 ようこおねえちゃんようこおねえちゃんようこおねえちゃん。
 祐巳ちゃんは涙目で蓉子を見つめて少し笑う。
 やばい、本当にこの子は自分を知っている。
 蓉子は祐巳ちゃんの手をとり、椅子に座らせ涙を拭いてあげた。本当にこうしていると可愛い。祥子たちや館の外にいる祐巳ちゃん保護者会と名乗る親衛隊が夢中になるのもよく分かる。
 「ごめんね、祐巳ちゃん。祥子たちが怖がらせて」
 「「「なっ!!」」」……「「「ひっ!!」」」
 蓉子の後ろで三人ほど声を上げるが、少し振り向いて黙らせておく。
 「ううん、さちこおねえちゃんもしまこおねえちゃんもよしのおねえちゃんもだいすきだから、こわくないの」
 「「「あ〜、ゆ〜み〜」」」……「「「ひぃぃ!!!」」」
 祐巳ちゃんの言葉にこちらに来ようとする三人を睨んでおく。蓉子に睨まれ三人は大人しくしているほかにない。
 祐巳ちゃんの可愛い顔が少し曇る。祐巳ちゃんの手駒と化した三人が封じられては次の手に打てないのだろうか?
 「はい、綺麗になったわよ。祐巳ちゃん」
 「ありがとう!!ようこおねえちゃん!!」
 祐巳ちゃんは蓉子に可愛らしい笑顔を向けてくる。本当、素敵な笑顔。祐巳ちゃんにはこの笑顔を心から出して欲しい。
 「ようこおねえちゃん!!」
 「なにかしら?」
 「ちゅ!!」
 「「「あぁぁ!!!」」」……「「「ひぃひいい!!!!!」」」
 祐巳ちゃんのホッペキス。当然、後ろの三人が手に武器を持つが蓉子は振り向いて、三人を静かにさせる。
 「ありがとう、祐巳ちゃん」
 蓉子は笑顔で祐巳ちゃんを見る。
 祐巳ちゃんは少し戸惑った顔。そんな顔も可愛いが、一度化けの皮を無理やりでも剥がしておかないと祐巳ちゃんのためにはならない。
 「祐巳ちゃん!!かわいい!!」
 「ぎゃぅ!!」
 抱きつくと、小さな怪獣のような声。
 「お、お姉さま!!」「「紅薔薇さま!!」」
 後ろで三人の声が上がるが、今度は無視。
 「ようこおねえちゃん、くるしいよぉ」
 「あっ、ごめんね。つい、祐巳ちゃんが可愛くって」
 蓉子は放すフリをしながら。
 「あぁん、やっぱり、可愛い!!」
 「ようこおねえちゃん!!」
 「お姉さま!!!」「「紅薔薇さま!!!」」
 もう一度抱きしめる。
 後ろの三人が今まで以上に騒いでいるが、まだ、抑えておけるだろう。
 「そろそろ本性出して欲しいな、祐巳ちゃん」
 囁く蓉子の声に一瞬、祐巳ちゃんの体が強張る。だが、蓉子は逃がさない。
 少し苦しそうな祐巳ちゃん。
 「お姉さま!!」
 「「紅薔薇さま!!!」」
 流石に限界か祥子たちの手が蓉子を掴む。
 「あらら」
 祥子たちの手が蓉子を引っ張ったため、蓉子の手が祐巳ちゃんから離れる。
 祐巳ちゃんは勿論このチャンスを逃さない。蓉子の手の中から逃げ出し、祥子の側に逃げ込む。
 「ようこおねちゃん!!こわい!!」
 「お姉さま!!いくらお姉さまでも、祐巳をこれ以上虐めるのはゆ……」
 「ゆ……なにかしら?」
 祐巳ちゃんの声にお姉さまのごとく蓉子の前に立ちふさがる祥子だったが、蓉子の迫力に一歩下がる。
 「だいいち、祥子。貴女、祐巳ちゃんの何なのかしら?姉妹でもないのなら少し黙っていなさい」
 「お、お姉さま!!」
 「それでしたら紅薔薇さまも!!」
 「あら、私はこの学園を預かる薔薇さまとして祐巳ちゃんとお話しようとしているのよ」
 蓉子は慌てず祥子、志摩子を黙らせる。二人が黙ったことで、一番、祐巳ちゃんと接点のなかった由乃ちゃんは黙るしかない。
 「さてと、祐巳ちゃん。ちょっといいかしら?」
 「……」
 祐巳ちゃんは役に立たない祥子たちを既に見限って、ビスケット扉の方に逃げ出した。
 「ゆ、祐巳!!」
 「「祐巳ちゃん!!」」
 祐巳ちゃんの行動に驚きを隠せない祥子たち。祐巳ちゃんはビスケット扉を開けようとするが残念開かない。
 黄薔薇さまのアイデアで即席の重石を扉の向こうに置いておいたのだが役に立ったようだ。
 「祐巳ちゃん、ごめんなさいね」
 蓉子はゆっくりと祐巳ちゃんに近づく。何だか本当に虐めているみたいで心が痛む。
 「ようこおねえちゃん、いじめるの?」
 「ううん、虐めないわよ。ただ、きちんと祐巳ちゃんを知りたいだけ」
 「それって、大きなお世話だよね」
 「「祐巳ちゃん?」」「祐巳?」
 祐巳ちゃんの様子が変わる。祥子たちは動揺しているようだ。
 「まったく、皆、役に立たないんだから!!でも、この勝負、私の勝ちだよ!!蓉子!!」
 祐巳ちゃんはダッと窓の方に走る。
 「祐巳ちゃん?……!!」
 蓉子は祐巳ちゃんの行動の理由を思いつき青ざめる。祐巳ちゃんは窓の外に助けを求める気だ。館の周りには、祐巳ちゃん保護者会や祐巳ちゃんを見ようと思って集まっている生徒たちがいる。しかも、祐巳ちゃんの格好は!!
 このままでは学園の生徒たちからエロ薔薇さまの称号が与えられるだろう。
 「志摩子!!祐巳ちゃんを止めなさい!!」
 祐巳ちゃんの走る先にいる志摩子に命令するが、祐巳ちゃんの突然の変貌に気が動転しているだろう志摩子は動きが鈍い。
 「えっ、えぁ!!」
 「邪魔!!」
 祐巳ちゃんは志摩子をよけ、窓辺に近づく。
 王手!!
 祐巳ちゃんと蓉子の詰め将棋は祐巳ちゃんの勝ち。蓉子はそう思った。
 「祐巳!!」
 だが、祐巳ちゃんの前に怒った顔の祥子が立ちはだかる。
 「上級生に対してなんて口を利くの!!上級生には『さま』をつけて話すのが礼儀なのよ!!」
 「あっ、うっ?」
 祥子、それ今怒ること?確かに礼儀としては成っていないのだろうが、今、怒ることではないだろう。
 「う、うるさい!!退け!!」
 「祐巳!!」
 祥子の怒った顔が祐巳ちゃんに迫る。あれは姉の顔だ。そう祥子は祐巳ちゃんの姉さまの顔をしていた。
 「う、うう、だって、だって、皆、私を虐めるから」
 祐巳ちゃんが動揺している?
 「虐めていないわ。ただ、本当の祐巳とお話したいだけよ」
 今度は優しい顔。
 祐巳ちゃんの顔は真っ赤。
 やれやれ、あれでは蓉子はかなわない。
 「まったく、私たちって馬鹿みたいね」
 「そうかもね」
 「私としては楽しかったからOKよ」
 いつの間にか復活した白薔薇さま、黄薔薇さまと並んで祥子に甘えるように泣きじゃくる祐巳ちゃんを見ていた。
 少しして、志摩子が用意した紅茶を飲みながら、皆でテーブルを囲んで、祐巳ちゃんの話しを聞く。
 天才と話題になり親から離されて暮らしたこと、親の優しさを知らずに大人の好奇心の中にいたこと。そして、大人たちの嫉妬の嵐。その中で身につけた処世術。まったく、こんな子供にそんなことを考えさせるように育てるなんてなどと言っていたら、今は小笠原研究所というところと契約して研究所で暮らしているとのことだった。
 これには祥子が怒り心頭。祐巳ちゃんまで手伝って一先ず怒りを抑えさせる。
 外はもう夕暮れだった。
 祐巳ちゃんとの一騒動もあとは最後の締めを残すだけ。
 「それで祥子は祐巳ちゃんをどうするの?」
 「えっ?」
 「姉妹にするのかと聞いているの?」
 蓉子の言葉に祥子は返事の代わりに立ち上がり。祐巳ちゃんの前に座る。
 「祐巳、この学園の姉妹制度のことは知っている?」
 祥子の言葉に小さく頷く祐巳ちゃん。
 「そう、なら、祐巳、わ……た、うぉぉぉぉ!!」
 突然、体を震わせピクピクする祥子。何が起こったのかと見てみれば、志摩子が薄っすらと笑っていた。
 「あぶなかったわ」
 そう言いながら志摩子はピクピク状態の祥子を押しのけ祐巳ちゃんの前に座る。
 「祐巳ちゃん、私の妹に成って欲しいの」
 「ちよっ……と、し、まこ……待ちなさい」
 「あら、しぶとい。いくら遅効性の麻酔薬でもかなり効いているはずですのに」
 そんなことしたのか志摩子。
 「……甘い…わね志摩子……私を眠らせたいのなら…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!…ふぅ、麻酔薬のプールでも用意しなさい。それよりも貴女、祐巳とは同級生でしょう!!」
 祥子、貴女、本当に怪獣だったの?!今一瞬、祥子の体から気のようなものが見えた蓉子だった。
 「そうですが祐巳ちゃんの年齢を考えれば問題ないと思いますが、ねぇ、お姉さま?」
 志摩子は白薔薇さまの方を見る。
 「う〜ん、そうだね。まぁ、祐巳ちゃんの場合はアリかな?その方が私も楽しいし」
 「ちょ!!白薔薇さま!!」
 この発言には蓉子は黙っているわけには行かない。
 「あっ、それなら、私も賛成する!」
 だが、その横から黄薔薇さまが白薔薇さまの発言に賛同の手を上げる。
 「ほら、薔薇さま方もこう!!」―ヒュン!!
 とっさに志摩子は後ろに逃げ、志摩子がいた場所に由乃ちゃんの木刀が弧を描く。
 「ちっ!!」
 「あら、何かしら由乃さん」
 「何って、簡単なこと。薔薇さまの意見が正しいなら、私が祐巳ちゃんのお姉さまに成ってもいいってことよね?」
 「うふ、そんな体が弱い人が祐巳ちゃんのお姉さまに、成れるのかしら?」
 「さぁ?試してみれば?」
 「貴女たち!!祐巳は私が妹にするのよ!!」
 睨み合う祥子、志摩子、由乃ちゃん。
 「ちょっと、白薔薇さま、黄薔薇さま、どうにかしなさいよ!!」
 「う〜ん、でも、私のところも一人足りないし、ちょうどいいんだよね。それに祐巳ちゃんの独占がかかっているならさぁ」
 「そうそう、私もひ孫までいる薔薇さまなんて、珍しいでしょう?」
 「へー、そういう態度に出るのね。貴女たち」
 ゆっくりと立ち上がる白薔薇さまに黄薔薇さま、蓉子も迎え撃つべく立ち上がった。
 三色の薔薇に火花が咲く。
 二対二対二。
 人数は互角。
 薔薇の館は今新たな戦いの舞台と化していた。



 「それで景品って私なの?まったく、この人たち、私で遊んでいるだけじゃぁないでしょうね……もう」
 楽しそうに笑いながら三色の薔薇を見つめる祐巳。
 「でも、この人たちって………ふふふふふふふふ」
 祐巳が、この後祥子のロザリオを受け取ったのはずっと後の学園祭の夜。
 傾いたマリア像だけが見ていた。


 「……た、助けて、由乃…お姉さま」
 ビスケット扉の向こうで重し代わりの影一つ。



 う〜ん。なんだろう?黒い祐巳ちゃんって難しい。こんな終わり方でいいのかなぁ?
 もっと笑いを精進せねば……。
                                  『クゥ〜』
 一応、終わりということで。美冬さま『紅いカード』と瞳子ちゃんの絡みは書くかも。


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