【1444】 間が抜けている祐巳ちゃんへ冷たい視線  (朝生行幸 2006-05-05 00:11:28)


 取りあえずはお手伝いとして、二条乃梨子が薔薇の館に出入りして一週間ほど。
 周りの優しくはあるが、同時に探るような視線を軽く受け流しつつ、入学試験トップの成績を裏付ける記憶力と要領の良さを発揮しながら、白薔薇さま藤堂志摩子を手伝っていたその時。
「祐巳さま、消しゴムを落とされましたよ」
「…あ、ほんとだ。ありがと乃梨子ちゃん」
 礼を言いつつ、テーブルの下から消しゴムを拾い上げるのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳だった。
 そしてしばらくの後、祐巳は再び消しゴムを落っことした。
「祐巳さま、消しゴムが…」
「あ、ゴメン乃梨子ちゃん。まったく物が落ちるって困るよねぇ」
「そうですね」
 まだ祐巳の人となりを把握していない乃梨子は、普通に応じていた。
「だいたい、ニュートンが悪いんだよ」
「…はぁ?」
 思わず、素っ頓狂な声を出した乃梨子。
「ニュートンが引力なんか発見しなければ、物が落ちるなんてことがなかったことを考えると、余計なことしてくれたって話よね」
 何をスットコドッコイなことを言ってやがんだと思いつつ、辺りを見渡すも、紅薔薇さまも黄薔薇さまも、黄薔薇のつぼみも白薔薇さまも、露骨に乃梨子の視線を避けていた。
「あの…、祐巳さま?」
「乃梨子、この書類なんだけど…」
「あ、はい」
 乃梨子の気を引くことに成功した志摩子に、薔薇さまたちは、安堵の溜息を吐いたのだった。

 そのまま、何事もなかったかのように仕事を続ける山百合会関係者。
「あ、ゴメン乃梨子ちゃん、その英和辞典貸してくれるかな」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
 受け取った辞書をパラパラとめくり、若干眉を顰めつつ、単語を調べる祐巳。
 乃梨子は、先ほどのニュートン発言を忘れかけていたが、次の祐巳の一言で凍りついた。
「あれー?載ってないなぁ。この辞書壊れているよ」
「…はぁ?」
 再び、素っ頓狂な声を出した乃梨子。
 確かに、出版社やページ数によっては、当然載っている単語の数や種類?は違う。
 だからといって、載っていない=壊れているとは、いったいどんな解釈なのか。
 何をウスラトンカチなことをほざいてやがんだと思いつつ、辺りを見渡すも、紅薔薇さまも黄薔薇さまも、黄薔薇のつぼみも白薔薇さまも、露骨に乃梨子の視線を避けていた。

(なるほど、祐巳さまってこういうキャラクターだったのか)
 始めの内は、祐巳が何かをやらかすたびに、なんだコイツはと冷たい視線で見ていたのだが、祐巳の奇行を見れば見るほど、だんだんと微笑ましくなってきた。
 クラスメイトたちも、紅薔薇のつぼみは親しみ易いと公言して憚らなかったが、さもありなんと言ったところ。
 天然とは、なんとも恐ろしいものだ。
 今日も、何もないところで転んだり、階段をもう一段あると思って踏み出しつつつんのめったり、入り口の角に足の小指をぶつけたりと、見ていて厭きない祐巳を前に、そう思う乃梨子だった。


一つ戻る   一つ進む