志摩子さんとふたりっきりの薔薇の館。
響くのはペンを走らせる音や紙をめくる音だけ。
会話も無く静かに仕事をこなしていく。ふたりだけならこれが普通だ。
会話が無くても伝わる信頼関係。
阿吽の呼吸、そういったものが志摩子さんとわたしの間にもあったらいいなと思う。
ふと横をみると、志摩子さんと目が合った。
「少し休憩しましょうか」
「うん、志摩子さん」
お互いに微笑みあう。
偶然かも知れないけどちょっとうれしくなる。
「ありがとう、乃梨子」
志摩子さんのために紅茶を入れる。さっきまでの仕事と同様かそれ以上に大仕事だ。
志摩子さんはもちろん、祐巳さま、由乃さま、はたまた黄薔薇様、紅薔薇様にまで聞き倒して
教わった技術を細心の注意を払いながら駆使して最高の紅茶を入れれるよう努力する。
ようやく慣れてきたところといったその作業はひどく疲れもするが、それでも
「おいしいわ」
その一言を聞くたびに、もっとおいしくいれたいと思うのだ。
我ながら単純だなぁとは思うけど。
幾分照れながら自分で淹れた紅茶を一口。
上出来上出来。
満足感に浸りながらほっと一息。
休憩時間は話も進む。
と、言ってもわたしが喋ることの方が多いのだが。
でも志摩子さんの「そうなの」とか「まあ」とか反応してくれるたびにこちらも楽しくなってくる。
昨日見たテレビやHP、チェックした仏像展のことから今日のドリル観察日記まで調子に乗って話していたら、
そうだわと今思いついたとばかりにパンと手を合わせ志摩子さんがこう言ってきたのだ。
「そういえば、乃梨子はガチなのかしら」
ぶっ!
危うく紅茶を吹くとこだった。
「も、もう一度言ってくれる?」
「乃梨子はガチなのかしら?」
今度は首を傾げながら、そう呟くその姿はとてもかわいかったが、今はそれどころではないのだ。
(ガチなのかしらって……)
そういう趣味があると思われては困る。
同性愛者がどうというわけではないが、世間にはやっぱり受け入れがたいものだし。
なにより志摩子さんに『勘違い』でちょっと引かれるのは耐え難い。
そう思って即座に否定しようとしたのだが。
(何で志摩子さんはそんなことを?)
ふと、そこがひっかかった。
(第一、面と向かってそんなことを聞くか?)
あのマリア様のような弥勒様のような志摩子さんが。
そっと志摩子さんの表情を伺うが、いつものふわりとした微笑み。
特に真剣でもからかっている様子も心配してる様子も見えない。
(真剣だったりしたらまだ話は見えるんだけど……)
つまり、志摩子さんは普通の調子でわたしがガチかどうか聞いてきてるわけだ。
(って、どんな状況だよ!)
いきなりのこの展開に思わず突っ込む。
(落ち着きなさい二条乃梨子。聞いてきた意図はわからないけど答えは何も変わらないじゃない)
そう、答えはノーだ。ノーなんだけど……
(普通の調子で聞いているって事は、本当にガチだと思っていて気遣ってくれてるってこと?……へこむなぁ)
いろいろ考えたがその可能性が高いのではないか。
重い告白をしやすいようにわざと軽めに……つまり、こういうことか。
「……うん、わたし、そうなのかも」
「そう……でも乃梨子だったらわたし……」
紅く頬を染めた志摩子さんも素敵……うわ、ちょっとくらっと……
いや!わたしはノーマルのはずだから!
でも、ちょっとこんな展開だったらありかな……って違う!
勘違いしてるんだったら早くきっぱりと違うって言わなきゃ!
「ど、どうしてそんなこと聞くの?」
と、わたしはそう言い切ったのだ。
……日和ったとか言うな。
少しどきどきしながら答えを待っていると、
「今日廊下で『乃梨子さんは絶対ガチですわ!』って話し声が聞こえてきたから」
とりあえず聞いてみようと思って、そう変わらずに微笑みながら言ってくれました。
はは、考えすぎってこと?
まあ、現実はこんなものよねー、ちょっと期待した自分が恥ずかしい……って
期待なんてしてないからっ!
……誰に弁解してるんだ?
この方向に思考を向けると何か墓穴を掘る気がするので、とりあえず思考を変えて。
この話の元凶について。乃梨子さんという呼び方。私の会話から思いついたという証拠から類推すると奴しかいない。
(瞳子め……明日絶対あのドリル伸ばしてやるっ!)
八つ当たり気味に復讐を心に誓っていると、志摩子さんは最後にこうおっしゃったのだ。
「ところで、ガチってなんなのかしらね?」
ああ、知らなかったのね……そりゃ普通に聞くよねー
首を傾げる志摩子さんがまぶしすぎて、ヨゴレなわたしは正視できないのでした。