無機質な黒いボディの全身に、不可視のエネルギーが満たされ、沈黙が静かに破られた。
凄まじい遠心力を発生させつつ、目にも止まらぬスピードで回転するアクリルの円盤。
反射する光線は、全ての情報をよどみなく読み込み、完全に失われていた記憶を確実に再生させていった。
光に匹敵するスピードで、一千万を越す色彩が目を焦がす。
そう、祐麒は今、PS2を起動した直後だった。
話は数時間前に遡る。
今日の授業が終わり、いつものお勉めとして生徒会役員室、俗称“ガラクタ小屋”に向かった祐麒。
扉に手をかけ、今まさに入ろうとした途端、中から漏れ聞こえる悪友同僚の声に、思わず動きが止まる。
何故なら彼等の会話には、“ユミ”という単語が含まれていたからだ。
花寺学院生徒会会長福沢祐麒には、隣のリリアン女学園生徒会、通称山百合会の役員を務める、実の姉福沢祐巳がいる。
双方の学園祭で、互いの生徒会が協力し合うというしきたりがあるため、当然ながら花寺生徒会と山百合会の面々には面識がある。
つまり、彼等が口にする“ユミ”は、芸能人やアニメのキャラクターといった、ほとんど手が出せない者を除いては、福沢祐巳以外では有り得ないと判断できるのだ。
後を通りかかる生徒たちの奇異な視線に気付かず、扉に張り付くようにして聞き耳を立てる祐麒。
『ユミったらさぁ、可愛い顔してスゴイんだから』
『オレのユミだって、何人でも相手にできるぜ』
『また、ツインテールが可愛いんだユミったらさぁ』
いつの間にか、拳を思いっきり握り締めていた祐麒、引き剥がすように指を伸ばせば、手の平が少し血で滲んでいた。
怒りで体がワナワナと震えだす。
(畜生コイツ等、“俺様”の祐巳を散々呼び捨てにしやがって…)
ドバン。
渾身の力で扉を開け、ズカズカと乗り込んだ祐麒の表情は、かなり恐かった。
「おいお前等! さっきから聞いてりゃ、ユミユミと馴れ馴れしいにも程があるぞ!?」
「よー、ユキチ…って、何の話だ?」
「トボケルんじゃない! “俺”の祐巳を…」
「なんだ、また始まったのかシスコン野郎」
「な!?」
絶句する祐麒だがさもありなん。
花寺生徒会内部では、祐麒の姉想いは修復不可能という認識で満たされているのだから。
「よく聞けユキチ。確かに俺たちはユミユミと言ってたが、それはお前の姉の祐巳ちゃんじゃない」
「…じゃぁ、誰なんだよ」
「コレだよ」
それは、某ゲームのパッケージ。
「これのエディットキャラのことだ」
で、話は現在に戻る。
つまり祐麒の同僚たちは、K○EIのPS2用ゲーム“真・○國無双4猛将伝”で、武将をエディットし、それを使ってプレイしていたのだ。
これまで祐麒は、全キャラコンプリートと全シナリオ攻略を優先していたため、エディットの存在は当然知ってはいたのだが、手を出すまでには至らなかった。
それゆえ、こんなキャラクターを作成できるとは知らなかったのだ。
早速エディットモードに入り、新キャラ作成を行う。
「えーと、名前はやっぱりこうだよな」
漢字で、“福沢祐巳”と入力する。
「性別は女で、髪型は当然四つ目のツインテールだな。そして顔だけど…」
祐巳っぽい顔は、三つ目と五つ目だが、どっちかって言うと、五つ目の方が『はにゃん』とした表情だ。
「やっぱ五つ目だな」
確かに、“カッコイイ顔”よりは“はにゃん顔”の方が、雰囲気は合っている。
「次は体型か…。もちろん、一番細くて一番低いだな」
どうやら祐麒には、シスコン属性だけでなく、若干のロリ属性があるらしい。
「次は防具か…。頭は赤の“女官衣”だな」
よく見れば花飾りっぽいのだが、遠目ではリボンにも見えるので問題なし。
「胴は武闘衣で腰は女官衣、どちらも色は緑だ」
ロングスカートなので、リリアンの制服に見えないこともない。
「最後にモーションか…。攻撃力と移動力を考えれば、馬超だよなぁ。“絶影”に乗せれば、ほぼ無敵になるし」
そして、馬超モーションを選択。
「最後は音声か。イメージなら無邪気だよな」
そしてエディットが終了し、無事“福沢祐巳”が完成した。
とりあえず適当なシナリオを選び、当然キャラ選択は“福沢祐巳”だ。
「ふふふ、さぁ祐巳。二人でイイコトしような…」
テレビに向かって含み笑いする祐麒は、ひたすら不気味だ。
それからは、ひたすら“福沢祐巳”でプレイしまくり、あっと言う間にフルパラメータ。
最終的な装備アイテムは、“絶影鐙”、“陽玉”、“青龍胆”、“活丹”、“乱舞極書”、“白虎牙”、“真空書”、それにユニーク武器“龍騎尖”を装備すれば、最強キャラの完成だ。
9999人KOも実現してしまった。
薄暗い部屋でただ一人、最強最高“福沢祐巳”でプレイしまくりながら、
「祐巳ー! 強いよー!」
「さすが俺の祐巳ー!」
などと、ハァハァ言ってる祐麒は、いろんな意味でとても恐かったのだった。
なんせ大きな声で叫ぶものだから、隣の部屋に丸聞こえ。
それからしばらくは、祐巳の機嫌が悪かったのだが、原因が自分にあろうとは思いもしなかった祐麒だった。
「へへ、俺のユミ、大喬モーションなんだけど、動きが可愛いよ」
「俺のユミは、呂布モーションでがっさ強いぜ」
「私のユミさん、周泰モーションでザクザク斬りまくりよ」
相変らず花寺の面々は、マイユミ自慢花盛りだった。
「どうしたユキチ、元気ないぞ」
「そりゃ、元気もなくなるよ」
「何があったんだ?」
「実はさぁ、エディット武将が全部、祐巳に消されちまった…」
「変な衣装着せたんじゃないのか?南方衣とか…」
「いや、そりゃ妖姫衣とか着せ替えて遊んではいたけど、それだけじゃない」
「じゃぁ何だ?」
「エディットキャラで“山百合会”を作ったんだが、どうやら祐巳のやつ、他のキャラクターを使われるのが嫌らしい。せっかく“志摩子”や“支倉令”を作って鍛えてたのになぁ…」
『………』
さすがにそこまでやるのはどうかと思うぞ、と口には出さないが心で呟く同僚たちだった。
一方、祐巳のメモリカードには、アフロで髭面の“福沢祐麒”が登録されているのだが、それはここだけの話ということで…。