【1476】 切ないほど疲れ果てて  (いぬいぬ 2006-05-16 01:59:43)


 このSSは、二条乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の第二話となります。
 できれば第一話である【No:1475】から先にお読み下さい。





「 ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ くそっ! どこへ隠れた? 」
 暗い建物の中、彼女は全神経を集中し、ターゲットを探していた。
 物陰に隠れ、暴れる心臓をなんとか押さえ込み、はずむ息を無理矢理押し殺す。そうしながらも、意識は常にターゲットを探している。
 呼吸が整ったことを確認した彼女は、闇の中へ呼びかける。
「 出てきなさい! 鬼ごっこはもう終わりよ! 」
 呼びかけながら、わざとターゲットの気配とは反対側へと歩き出す。すると、遮蔽物を縫うように走る影が、彼女の背後へと走り抜けようとする。その瞬間。
「 そこだ! 」
 彼女は手にしていたロープを引く。
「 おわ?! 」
 影が悲鳴をあげる。彼女の引いたロープは、逃げ出そうとしていた影の前にあるテーブルを引き倒したのだ。影も思わず足が止まる。
「 逃がすかぁ!! 」
 ロープを投げ捨て、影に襲い掛かると、意外にも影はあっさりと捕獲できた。
「 あははははは、捕まっちゃった 」
「 笑うとこじゃない! 」
 乃梨子は思わず、とらの後頭部へ突っ込みを入れた。




☆ 前回のおさらい☆ 
 スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡のために足音を消そうと靴を脱いだ
    ↓
 靴をどこに脱いできたか忘れた。
    ↓
 あちこち探し回ったが見つからない(この時点で足が泥だらけになった)
    ↓
 そうだ! 高いところから見れば見つかるかも!
    ↓
 桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
    ↓
 乃梨子と仲良くなる
    ↓
 ゴロンタ再発見、追跡再開    ( ← 第一話ココまで )
    ↓
 途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
    ↓
 乃梨子、とらを捕獲   ( ← 今ココ )




「 ・・・で、なんで私から逃げたのかな? 」
「 面白そうだったからたたたたたたた痛い痛い痛い! 耳引っ張るのやー! 」
「 まったくもう。 偶然、薔薇の館の方向へ向かったから良いようなものの、私はあんたとの鬼ごっこなんて醜態をリリアン中に晒す気は無いんだからね! 」
 そう、とらの逃走劇( 途中までは確かとらのゴロンタ追跡劇 )は、偶然にも薔薇の館でフィナーレを向かえていた。
 館では地の利がある乃梨子が、とらを捕まえたのは必然でもあったのだ。
「 ほら! アンタの履けそうな靴探すんだから、ちゃっちゃと起きる! 」
 乃梨子は、裸足のとらに靴を与えるという当初の目的を果たそうと、床に転がるとらに激を飛ばした。
 が、反応が無い。
「 ん? あ、コラ! 何寝てんのよ! 起きろー! 」
 恐らく、はしゃぎまわった疲れが一気に出たのであろう。とらは安らかな寝息をたてながら眠っていた。
「 幼児かオマエは! 突然電池切れたみたいに寝るなー!! 」
 とらは、乃梨子の声などおかまい無しにすやすやと眠っている。
「 ああ、もう、声枯れちゃうわホントに。 ・・・いいや、とっとと靴探して履かせてやろう。起きたら一緒に靴探しに行けばいいや 」
 もはや突っ込み疲れで体力の限界を感じつつある乃梨子は、とらを床の上に放置して、ひとりで靴を探し始めた。
「 え〜と・・・ 確かこの辺に・・・ ああ、あったあった 」
 探し物はすぐに見つかった。誰の物かは判らないが、この白い運動靴は乃梨子が1年のときからこの倉庫にあるのだから、持ち主もその存在を忘れていることであろう。
 乃梨子は、その白い靴をとらの足に履かせてみた。
「 うん、ちょっととらには大きいけど、紐をきつめに縛ればなんとかなるわね 」
 そう言いつつ、乃梨子はなんとなくとらの足首を掴んでみた。
「 ・・・細いなぁ。この細い足でよくあれだけ派手に暴れまわれるもんよね 」
 人種の違いのせいか、ロシア人と日本人のハーフとはいえ、とらの身体的特徴は、白人種のそれであった。細く、長い足。
「 なんか不公平よね。ここまで容姿に違いがあるなんて 」
 純日本人体系&モンゴロイド顔の乃梨子は、ふぅと溜息をつく。床の上に眠っているとらの姿は、まるで精巧なビスクドールのように綺麗だったから。
 乃梨子はとらの足を見ながら、自分のスカートを少しめくり上げ、自分の足と見比べてみる。
「 うっ・・・ ふ、太・・・・・・・ いや、気にしちゃダメよ二条乃梨子。気にしたら負けよ。人種が違うんだから仕方ないわ。そもそも人間は見た目だけじゃなくて・・・・・・ 」
 なにやら小声でブツブツと自己弁護を始める乃梨子。
 自分が志摩子と初めて出会ったときに、その外見の美しさに魅かれた事実は、心の棚の一番奥へと投げ込まれているらしい。
 乃梨子がスタイルの不公平に負けないように自分に暗示をかけていると、倉庫の扉ががちゃりと開いた。乃梨子は扉に目を向ける。
「 ・・・あ、瞳子。祐巳さまも。 ごきげんよう 」
 何気なく挨拶をした乃梨子だったが、扉の向こうからは何故か返事が無い。
「 どうしたの? 瞳子。黙り込んじゃって 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・乃梨子さん 」
「 何? 」
 気のせいか、やけに瞳子の声が冷たい。
「 お姉さまとふたり、ヒマだったので薔薇の館で紅茶でも飲もうと思って来てみたのですが・・・ 」
「 あ、そうなんだ 」
「 なにやら人気の無い倉庫の中から“きつめに縛る”なんて声が聞こえてきたから、何かと思って扉を開けてみたら・・・ 」
「 え? 」
「 そんな小さな子を連れ込んで・・・ 見損ないましたわ 」
「 はあ? 」
 声だけでなく、視線も冷たかった。
 瞳子が何を言っているのか判らない乃梨子は、ふと、自分の置かれた状況を分析してみた。
 人気の無い倉庫で、床の上に力なく横たわる美少女の足を掴み、自分もスカートを少したくし上げている。
 しかも、“きつめに縛る”とか呟きながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え〜と 」
 己の置かれた状況に、ちょっと冷や汗のでる乃梨子。
「 まさか乃梨子さんが小さい女の子に興味があったなんて・・・ 」
「 !! ち、違! そんな趣味は断じて・・・ 」
「 しかも、眠らせたところを縛ろうとするなんて・・・ 」
「 そんな趣味も無い! 」
 乃梨子の弁解には耳を貸さず、いたたまれない表情で一歩下がる瞳子。なんか「 恐ろしい・・・ 」とか呟きながら。
「 違うってば! 断じてそんな趣味は持ち合わせて無いから!! 」
「 言い訳は見苦しいですわ、乃梨子さん 」
「 言い訳じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 」
 思わず絶叫する乃梨子。
「 違うんだって! この子は小さいけど高等部で・・・ 」
「 信じられませんわ。 そんな小さな高校生なんて。何か証拠でもないことには信じ『 瞳子、その子が高等部なのは本当だよ 』 ・・・・・・疑ってごめんなさい乃梨子さん 」
 背後からかけられた祐巳の言葉を、証拠など無しに信じる瞳子。
「 変わり身速っ! つーか祐巳さまの半分でも良いから私のことも信用しようよ・・・ 」
「 それは無理な相談ですわ 」
「 うわ、無理とか言い切りやがった・・・ 」
「 私のお姉さまへの信頼を仮に100キネンシスとすると・・・ 」
「 何? その変な単位 」
「 乃梨子さんへの信頼は、36キネンシスくらいでしょうか 」
「 少なっ! ・・・・・・ああ、もういいや。 あんたが祐巳さまと他人を比べるだけでも良しとするわよ 」
「 まあ、何を落ち込んでらっしゃるんですか。由乃さまより14キネンシスも多いんですのよ? 」
「 ・・・・・・・・ああ、そうなんだ・・・ 」
 なんだか勝った気がしないし、勝っても別に嬉しくないなぁなどと思う乃梨子だった。
 さり気なく由乃に喧嘩を売るようなことを言っている瞳子の横を通り、祐巳が倉庫に入ってきた。
「 何組かは忘れちゃったけど、私がおメダイ渡したからね、覚えてるよ 」
 とらの顔を見ながら、そんなことを言う祐巳。さすがは食肉目イヌ科でも薔薇さま。新入生の顔を覚えていたらしい。
 ・・・まあ、とらのこれだけ目立つ外見を忘れていたら、それはそれで問題だが。
「 祐巳さま、ありがとうございます。おかげであらぬ疑いを『 でも、未成年者略取誘拐は三月以上五年以下の懲役だよ 』・・・って、アンタも疑ってんのかい! 」
 真顔でヒドい指摘をする祐巳。ある意味瞳子よりも容赦が無い。
「 ちなみにこの見成年者略取誘拐、わいせつ目的の場合は一年以上十年以下の懲役なんだって 」
「 まあ、では乃梨子さんは? 」
「 当然、わいせつ目て 『 違あぁぁぁぁぁぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!! 』 え〜? 違うの? 」
 乃梨子の全身全霊をかけた否定に、何故か残念そうな声をあげる祐巳。実は乃梨子のことが嫌いなんじゃなかろうか?
「 わいせつ目的違う! じゃなくて、そもそも誘拐じゃない! 」
「 ・・・・・・・・・う〜。 乃梨子うるさい〜 」
 ここでやっととらのお目覚めである。
 ぐしぐしと目をこすりながら起き上がるとらが、乃梨子にはこのときばかりは救いの神に見えていた。
「 とら! 」
『 とら? 』
 不思議そうにハモる紅薔薇姉妹に、乃梨子は「 本名スヴェトラーナ、略して“とら”です 」と律儀に説明してから、再びとらに向き直った。
「 とら、この二人に説明してあげて。なんでアンタがここにいるのか、その訳を! 」
 期待に満ちた顔の乃梨子にうながされ、紅薔薇姉妹を見るとら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰〜? このタヌキとドリル〜 」
 寝ぼけまなこで、そんな触れてはならないようなことを言い出した。
 ドリル呼ばわりされた瞳子が、とらに一言言おうと一歩近付こうとするが、それを制して祐巳が前にでる。
 それを見て、乃梨子は慌てて祐巳ととらの間に割り込んでとりなそうとしたが、祐巳と目が合った瞬間、その瞳に何を見たのか、慌てて視線をそらすと、そのままガタガタと震え出した。
「 とらちゃん? 」
「 はい 」
 にっこりと優しく語りかける祐巳の笑顔を見て、とらは何故か一気に目が覚めたようだ。正座して静かに返事をしている。
「 私の名前は福沢祐巳 」
「 はい。記憶しました 」
「 間違ってもタヌキなんて呼んじゃダメよ? 」
「 はい、理解しました。以後注意します福沢祐巳さま 」
 一見、祐巳は優しく微笑んでいるだけにしか見えないのだが、とらの野生の感は、その内面に何を見たのか、一秒たりとも祐巳から目を離さずに、祐巳の言葉を復唱している。敬語で。
 固まっている乃梨子ととらの様子に満足したらしい祐巳は、「 判ってくれれば良いのよ 」と、笑顔でうなずいた。瞳子はそんな祐巳に「 素敵・・・ 」などと呟きつつ、熱い視線を送っている。
「 さて、いつまでも乃梨子ちゃん達からかっててもしょうがないから帰ろうか? 瞳子 」
「 そうですわね、お姉さま 」
「 全部判っててやってたのかよ! この腹黒タヌキ姉妹が!! 」と、乃梨子は心の中で全力で突っ込んでいた。声に出すと、どんな反撃が飛んでくるか解らなかったから。
「 それじゃあ、ごきげんよう、乃梨子ちゃん 」
「 ごきげんよう、乃梨子さん 」
「 ・・・・・・・・・・ごきげんよう 」
 力無く答える乃梨子の背中には、祐巳に怯えきったとらがしがみついていた。
 今年はあの化け物がいるから無理として、来年はなんとしてでも瞳子を押さえ込まなくては。白薔薇の未来のために。
 乃梨子は閉じられた扉に向かい、かたく心に誓うのだった。
「 くっそ〜・・・ 今に見てろよ、紅薔薇姉妹め・・・ ( 怖いので小声 ) 」
「 ( ガチャッ )あ、そうそう乃梨子ちゃん 」
「 ひぃっ! な・な・な・な・な・なんですか祐巳さま! 」
 いきなり扉を開けて戻ってきた祐巳に、乃梨子が自分の呟きを聞かれたのかと恐怖していると、祐巳はにっこりと微笑みながらこう言った。
「 ロリコンもほどほどにね♪ ( バタンッ ) 」
 言いたいことだけ言って満足したらしい祐巳が扉の向こうに消えると、極度の緊張感から解放された乃梨子は、その場にばったりと倒れ込んでしまう。
「 乃梨子! 」
「 うう・・・ とら、私はもうダメかもしれない 」
「 乃梨子! 死ぬな! 」
「 ・・・・・・・死なねぇよ 」
 思わず突っ込みつつも、心配そうなとらの顔に、乃梨子はほんの少しだけ、満足感を覚える。
「 死ぬなら飲み物用意してからにしろ? 私はのどが渇いたぞ? 」
 ・・・・・・まず、こいつから何とかせなアカンな。
 薄れゆく意識の中、乃梨子はそう思ったのだった。
 


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