【1477】 自分にできること  (いぬいぬ 2006-05-16 02:10:37)


 このSSは、乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の第三話となります。
 できれば【No:1475】→【No:1476】→本作品 と続けてお読み下さい。

 尚、文中のロシア語表記はネットで調べながら丸写しなんで、間違ってたら笑ってスルーして下さい(笑




 
 薔薇の館の2階では、金髪のビスクドールと黒髪の日本人形が連れ立って紅茶を入れていた。
「 紅茶はね、熱湯で淹れたほうが美味しいのよ 」
「 へ〜、玉露とかとは違うのな 」
「 沸騰したての熱湯をティーポットに注いで、熱湯が100℃から95℃くらいまで冷める最初の30秒で味が決まると言っても過言じゃないの 」
「 おお! 一発勝負だな? 」
「 ふふっ、まあそんなとこね。 どう? 少しは勉強になった? 」
「 は〜い! 」
「 そう、良かったね 」
「 でも私、紅茶嫌い。緑茶が良い 」
「 淹れる前に言えやコラァ!! (すぱぁん!!) 」
「 痛っ! も〜、乃梨子は凶暴なんだから・・・ 」
「 だから呼び捨てにするなっつーの ( すぱぁん! ) それと、私が手を出さざるをえないのは誰のせいだと思ってんのよ!! (すぱん!すぱぁん!! ) 」
「 うおぉぉぉ・・・ 2連発とは高等技を・・・ 」
 とらは、乃梨子の平手による突っ込みの直撃を頭の前後から受け、軽いパンチドランカー症状を起こしてフラついていた。
 金髪がボケて、黒髪が突っ込む。このふたりは、おおむねそんな関係だ。
「 このまま乃梨子の突っ込みを受け続けてたら・・・ 」
「 バカになるって? 大丈夫よ、それ以上バカになりようなさそうだから 」
「 いや、私の頭が衝撃に耐えられるように進化して、きっと甲羅が生えてくるな! 」
「 ・・・・・とりあえず、人類のままでいなさい 」
「 乃梨子、人は常に進化し続ける生き物だぞ? 」
「 人類に甲羅を獲得するようなユカイな未来は無ぇ!! ( すぱぁぁぁん!! ) 」




 ☆前回までのおさらい☆
 スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡のために足音を消そうと靴を脱いだ
    ↓
 靴をどこに脱いできたか忘れた。
    ↓
 あちこち探し回ったが見つからない(この時点で足が泥だらけになった)
    ↓
 そうだ! 高いところから見れば見つかるかも!
    ↓
 桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
    ↓
 乃梨子と遭遇
    ↓
 桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
    ↓
 乃梨子と仲良くなる
    ↓
 ゴロンタ再発見、追跡再開    ( ← 第一話ココまで )
    ↓
 途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
    ↓
 乃梨子、薔薇の館でとらを捕獲 
    ↓
 1階の倉庫でとらに靴を履かせる
    ↓
 その様子を紅薔薇姉妹に目撃され、未成年者略取誘拐( わいせつ目的 )と勘違いされる
    ↓
 乃梨子、慌てて違うと全力で弁解
    ↓
 しれっと「 そんなことは判ってる。判っててからかっただけ 」とのたまう紅薔薇姉妹
    ↓
 乃梨子、力尽きる    ( ← 第二話ココまで )
    ↓
 疲れたので、とりあえずお茶にする     ( ← 今ココ )




「 紅茶も美味しいな! こんな美味しい紅茶飲んだの初めてだぞ?! 」
「 そりゃ良かった。 お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ 」
「 お世辞じゃないぞ! いつもは紅茶飲むと、甘すぎてそれでいてすっぱくて、口の中がキュっとするんだ 」
「 レモンとか砂糖とか入れすぎなんじゃないの? 」
「 紅茶以外は何も入れてないぞ? 」
「 え? じゃあそんなはずは・・・ 」
「 粉も缶に書いてある分量しか入れないし 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはもしかして、名○レモンティーとかいうものじゃあ・・・ 」
「 ああ〜、そういえば○糖って書いてあったな 」
「 それは紅茶じゃない。いや、あれはあれで私は好きだし、紅茶かもしれないけど、茶葉から入れるものとは別物よ 」
「 紅茶じゃない? 」
「 そう。だからこの紅茶と一緒にしないで 」
「 騙したな!! 」
「 ・・・・・・いや、今私に怒ってもどうにも 」
「 敵か? 敵なのか? 名○!」
「 いいから落ち着け。とりあえず紅茶を 」
「 くっそ〜、許さないからな名 (すぱぁんっ! ) ふぎゃっ! 」
「 座れ。そして紅茶を飲め 」
「 ・・・・・・・・・・・・判りました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・突っ込まなくたって、口で言ってくれりゃあ判 『 何か言った? 』 ・・・・・・いえ、何も 」




 夕暮れのオレンジに染まった陽射しを受けて、とらは静かにティーカップを傾けている。
 その端整な横顔は、乃梨子が「貴族ってこんな感じなのかも」などと思うほど、気品に満ち溢れている。
 夕日を受けて鮮やかなオレンジ色に染まる髪。彫りの深さが顔に落とす陰影。ティーカップを持つ細くしなやかな指先までもが・・・

 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ・・・

「 ・・・・・・台無しだ 」
「 何が? 」
 思いっきり音をたてて紅茶をすするとらに、乃梨子は頭を抱えて呟く。
「 紅茶を飲むときは・・・ いや、飲み物を飲むときは、音をたてるんじゃありません! 」
「 あ〜、そんな風習もあったな? 」
「 風習ちがう。一般常識よ 」
 なんだか子供の躾けに手間取る母親みたいな心境で乃梨子はとらに注意してみた。
 とらは乃梨子の注意を受けて反省したのか、ティーカップに視線を落として考え込む。
「 ・・・・・・・・・じゃあ乃梨子、これを紅茶じゃなく蕎麦だと思って 『 思えるか 』 ・・・・・・・・けち 」
 間髪入れずに否定してくる乃梨子に、くちを尖らせてすねるとら。
 その顔がちょっと可愛いだなんて思ってしまったのが悔しくて、乃梨子は無視を決め込んだ。
「 ねーねー、乃梨子― 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 乃梨子さま 」
「 ・・・何よ? 」
「 お菓子無いの? 」
「 アンタ本当にずうずうしいわね 」
 そう言いながらも、確かもらい物のクッキーが残ってたはずなどと考える乃梨子。
( 私・・・ なんでこんなにムカつくやつのために色々してやってるんだろう? )
 ふと、そんな基本的なことを思った乃梨子は、そっととらの横顔を盗み見る。
「 何? 」
 乃梨子の視線に気付いたとらが問いかけてくる。
「 ・・・・・・・・・・・アンタ、顔“だけ”は綺麗よね 」
「 おう! 良く言われるぞ、それ 」
 からかったつもりが、笑顔でそう切り返され、逆に乃梨子が恥ずかしくなった。皮肉とか良く判ってないんだろうなぁと乃梨子は溜息をつく。
「 お父さんも良く言ってる。“俺に似なくて本当に・・・ 本当〜に良かった”って 」
 2回繰り返すとこに実感がこもってるななどと思い、乃梨子はクスリと笑う。
「 ・・・・・・じゃあ、お母さんが綺麗なひとなんだ 」
「 綺麗だよ! 元モデルだったって言ってるし 」
 モデルがどんな紆余曲折を経て、宗谷岬に上陸したのか・・・
 乃梨子は疑問に思ったが、危険を感じて深く追求するのをやめた。
「 そう言えば、産まれたときから日本にいるんだっけ? 」
「 うん、だからロシア語解かんない! 」
「 え? だってアンタ、ネイティブなロシア語っぽい発音で自分の名前言ってたじゃない 」
「 お母さんが言ってるロシア語だけは、聞いてて覚えちゃった。だから、他にも単語だけ知ってる言葉が少しあるよ? 」
「 へ〜・・・ 例えば? 」
「 ・・・・・・・ 」
 とらが急に気まずそうに口ごもる。
「 どうしたの? 」
「 ・・・お父さんがね? “頼むからお母さんの言葉を真似るのだけはやめてくれ ”って 」
「 あ、そうなの? 」
 お父さんはロシア語解らないから、娘には日本語を話して欲しいのかな? などと乃梨子は推測したが・・・
「 “そんな勢いで罵ったら、絶対に揉め事になるから”って 」
「 ・・・・・・そ、そうなんだ・・・ 」
 普段どんな罵詈雑言を吐いてるんだろう? 乃梨子はますますとらのお母さんが判らなくなった。
「 あ、でも、お母さんの言葉を覚えるほど聞いてるってことは・・・ 」
 言いかけて、乃梨子はしまったと思った。
 意味の解らないロシア語ですら覚えてしまうほど聞いている。しかも、それは罵詈雑言の類いだと言う。
 つまり、それほどの悪意ある言葉を母親から・・・
「 うん、お母さんにはいっぱい怒られた 」
「 ・・・とら 」
 何故か笑顔で言うとらに、乃梨子は胸が締め付けられるような気がした。とらの笑顔が急に儚いものに見えてきたから。
 この子の笑顔は、もしかしたら仮面なんじゃないだろうか? 涙を隠す、仮面なんじゃないだろうか?
 乃梨子は、親友である瞳子の顔を思い浮かべていた。
 泣く子供を親が叱るのは良くあることだ。でも、子供は子供で、どうしようもないから泣くのだ。
 そんな、どうしようもなく悲しい子供を、親は親の事情だけで叱る。
 躾けならば良い。愛情から叱るのなら良い。でも、もしそうじゃなければ?
「 とら・・・ 」
 乃梨子はふいに、とらを抱きしめてやりたい衝動にかられた。
 抱きしめてやりたい。抱きしめて、抱きしめて、抱きしめた後に、無理に笑わなくても良いんだと言って、さらに抱きしめてやりたい。
 だが、乃梨子は動けなかった。笑顔を浮かべるとらのまえで、動けなかった。
( 私はこの子をどうしようと言うんだろう )
 今日初めて会った子。もしかしたら、明日からはまた他人に戻ってしまうかも知れない子。
( 他人? )
 その単語が、乃梨子はひどく嫌な気がした。しかし、それもありえることだと、どこか冷静に考える自分もいる。
 乃梨子の心の中では、昨日までのクールな自分と、今日とらに出会ってしまった自分が口論している。
( 今日会ったばかりの子じゃない )
( そう、今日あったばかりの子 )
( そんな子に、どうしてそこまでかかわるの? この子の家庭のことでしょう? )
( ・・・・・・解らない )
( あなたが手を差し伸べなくても、この子はきっと昨日と同じように明日も生きていく )
( そうかも知れない )
( 明日になれば、また他人に戻っているわ )
( 他人? )
( そう、あの桜の樹で出会う前の、他人 )
( 他人・・・ )
( 昨日までの私が知らなかった、ただの見知らぬ1年生 )
( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌 )
( 何故? 偶然出会っただけでしょう? )
( 他人に戻るのは嫌 )
( 何故? たまたま靴を失くして困っていたから、助けてあげただけでしょう? )
( いまさらこの子と他人になるなんて嫌! )
( だったら、どうしたいの? )
( 私は・・・・・・ )
 この子に何かしてやりたい。
 この子を助けられるなら、何でもしてやりたい。
 心の奥底から溢れてくる感情のままに、乃梨子はとらの横顔にそっと手を伸ばす。
「 ・・・・・・・でも、いっぱい怒られた後に、いっぱい誉めてくれた! 」
「 え? 」
 突然、嬉しそうに言うとらの様子に、乃梨子は伸ばした手を慌てて引っ込めた。
「 いっぱい殴られた後に、いっぱい抱きしめてくれた! いっぱい我慢した後なら、いっぱいわがまま聞いてくれた! 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・そっか 」
「 だから、良いロシア語も知ってるよ? お父さんも、それなら使って良いって! 」
「 そっか 」
 良かった。この子はとても大切に愛されているんだ。
 そう気付いた乃梨子は、泣きたいような、笑いたいような、不思議な気持ちに気付く。
( 私、ひとりで焦って馬鹿みたいじゃない。まったく、コイツに付き合ってると、なんだか私まで馬鹿になりそうだな )
 自分が変わってゆきそうな予感。それが、怖くもあり、待ち遠しくもあった。
 その気持ちはきっと・・・
「 んっと・・・ Ялюблютебяとか、Дорогоймойとか・・・ 」
「 ロシア語は解からないってば。何て意味よ? 」
「Ялюблютебяは愛してる。Дорогоймойは大切な人って意味だ! 頭の悪い乃梨子にも理解できたか? 」
「 ええ、おかげさまでね。これは感謝の印しよ 」
「 あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!! いだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 乃梨子の感謝の印し、日本の伝統文化“ウメボシ”に感涙するとら。
「 まったく。アンタに頭悪いって言われたくないってのと、乃梨子さまと呼べってのを、何回言えば覚えるんだか・・・ 」
 呆れた口調で言いながら、紅茶を飲む乃梨子。
「 ううぅぅ・・・ はみ出るかと思った 」
「 出ねーよ 」
 そんな突っ込みと共に、ぱすっととらの頭をはたく乃梨子。
 とらは何故だかそこで「 てへへ 」と笑い、乃梨子もつられて笑ってしまった。
( まあ良いか )
 乃梨子は思う。今はこれくらいで良いと。
( 明日もきっと、私とコイツは他人に戻ったりはしないから )
 今はまだ、それだけで良いと。
( 焦らず行きますか。コイツはじっくり躾けないと覚えそうにないから )
 たぶん手のかかる子。そんな子の世話をしてまわる毎日。
 忙しくなりそうな予感に、乃梨子は何故だかちょっとわくわくしている自分が不思議でもあり、誇らしくもあった。


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