このSSは、乃梨子とオリジナルキャラ(妹候補)の交流を描いた四部作の完結編となります。
できれば、【No:1475】→【No:1476】→【No:1477】→本作品と、順にお読み下さい。
「 ところでアンタ、いつからリリアンに通ってるの? 」
中等部、つまり去年から通っていたとしたら、いくら敷地が違うとは言え、こんなに目立つ顔のとらを知らなかったのはおかしい。そんなふうに思い、乃梨子はとらに聞いてみた。
「 今年からだよ 」
「 ふ〜ん・・・ 」
やっぱり私と同じで高等部からか。乃梨子はなんとなく仲間意識のようなものを感じる。
「 何でリリアンに通おうと思ったの? 」
「 ・・・・・・さっきから質問ばっかりだな? 乃梨子 」
「 乃梨子“さま”でしょ (すぱん!) 」
乃梨子も、こんなにとらのことを知りたがる自分に驚いていたが、とらに指摘されたのが恥ずかしくて、突っ込むことで誤魔化したりしていた。
「 リリアンに通う気はなかったんだけど・・・ 」
突っ込まれたところをさすりつつ、とらがそんなことを言う。
そんなところまで一緒なのかと驚く乃梨子。
「 そうなの? 」
「 うん・・・ いや、はい 」
すうっと上がる乃梨子の手を見て、慌てて言いなおすとら。どうやら徐々に調教は進んでいるようだ。
「 じゃあ、なんでまたリリアンに? 」
「 お父さんとお母さんが、“このままじゃあ貴方、色々とマズいから”って・・・ 」
「 ・・・何よ? 色々とって 」
「 何だろうな? 」
「 自分のことでしょうが! 」
思わず突っ込む乃梨子をよそに、とらは回想モードに入る。
「 中学校の頃は、なんも考えなくても済んでたのに・・・ 」
「 いや、今もあんまり考えてるようには・・・ 」
「 千葉の田舎でタヌキとかキジとか色々追い掛け回すのが楽しかったなぁ・・・ 」
「 ・・・・・・それでゴロンタのことも追いかけてたのね。」
もはや習性だな、などと思う乃梨子。
「 タヌキ・・・ キジ・・・ 鹿・・・ カラス・・・ 」
「 やけに種類が豊富ね 」
「 ・・・・・・みんな美味しかったなぁ 」
「 喰ったのかよ!! 」
うっとりした顔で呟くとらに、おもわず全力で突っ込む乃梨子だった。
☆前回までのおさらい☆
スヴェトラーナ( 通称とら@乃梨子命名 )は、ゴロンタ追跡中に自分の靴を見失う
↓
高いところから見れば見つかると思い、桜に登る(銀杏より登りやすかったらしい)
↓
乃梨子と遭遇
↓
桜の上から笑顔で乃梨子へとフリー・フォール
↓
乃梨子と仲良くなる
↓
ゴロンタ再発見、追跡再開 ( ← 第一話ココまで )
↓
途中で目的を見失い、乃梨子と鬼ごっこ開始
↓
乃梨子、薔薇の館でとらを捕獲
↓
1階の倉庫でとらに靴を履かせる
↓
その様子を紅薔薇姉妹に目撃され、未成年者略取誘拐( わいせつ目的 )と勘違いされる
↓
乃梨子、慌てて違うと全力で弁解
↓
しれっと「 そんなことは判ってる。判っててからかっただけ 」とのたまう紅薔薇姉妹
↓
乃梨子、力尽きる ( ← 第二話ココまで )
↓
疲れたので、とりあえずお茶にする
↓
乃梨子、とらと雑談するうちに、とらと他人になりたくない自分に気付く ( ← 第三話ココまで )
↓
乃梨子、とら自体に興味を抱き、色々と探りを入れてみる ( ← 今ココ )
「 アンタねぇ・・・ リリアンでいきなり獲物を捕獲したり、それを食べたりしちゃダメだからね? 」
「 何で? 」
「 何でって・・・ 」
確かにとらのご両親の言うとおり、コイツはこのままだと色々とマズいかも知れない。
「 ご両親の心配も判るわ・・・ てゆーかアンタ、どんな育ち方したのよ? 」
「 どんなって・・・ お父さんとお母さんに育てられたよ? 」
「 いや、そうじゃなくて 」
「 ちなみに言葉使いが荒いのは、お父さんの日本語を受け継いだかららしいぞ? 」
「 ああ、日本での生活長いクセに何か変だと思ったら、そういうことか・・・ 」
「 あと、“私たちの技は、全てお前に叩き込んだ。もう、どこへ行っても生き残れるサバイバル能力はあるな!”って誇らしげに言ってたぞ 」
「 原因、全部両親じゃねえかよ!! 」
「 あ〜、何かそんなことも言ってたな。“調子に乗って色々教えた私たちにも原因はあるが、まさかここまで野生化するとは・・・”とかなんとか 」
「 それで慌ててリリアンに放り込んだと 」
「 うん。“あの伝統と格式の権化みたいなとこなら、なんとかしてくれるだろう”って 」
「 丸投げかよ・・・ 」
「 迷惑な話しだよな? 」
「 ・・・色々な意味でね 」
やはりリリアンが嫌なのか、ちょっと憤慨しているとら。
それをを眺める乃梨子は、「でも、試験に受かって高等部に入れたってことはコイツ、記憶力はそれなりに高いんだろうなぁ・・・ バカだけど 」などと思っていた。
乃梨子はふと、一番気になったことを聞いてみた。
「 ・・・・・・リリアンそんなに嫌い? 」
すると、とらは少し考え込んだ後で、笑いながらこんなことを言い出す。
「 今は結構好き。意外と広くて気持ち良いし、菜々とか面白いし・・・ 」
「 そう 」
「 お父さんもお母さんも一緒に東京に出て来てるから、家ん中は千葉とそんなに変わらないし・・・ 」
「 そうなんだ 」
そこでとらは乃梨子を見る。
「 乃梨子も優しいし 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばーか。おだてても何も出ないわよ? 」
苦笑しながら、とらを軽く小突くと、とらも照れ臭そうに「 てへへ 」と笑う。そんなとらを見て、なんだか暖かい気持ちになる乃梨子。
乃梨子がそんな暖かい気持ちに浸っていると、薔薇の館の階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
( 誰だろう? )
紅薔薇姉妹は乃梨子イジリに満足して帰ったし、黄薔薇姉妹はきっと、仕事が無いのを良いことに、どこかで大暴れだろう。
とすると・・・
「 志摩子さん、ごきげんよう 」
現れたのは、志摩子だった。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
「 どうしたの? 」
何故か無言で立ち尽くす志摩子。
「 ・・・・・・・・・ああ、ごきげんよう乃梨子 」
なんだか落ち着きの無い様子で、取り繕うように挨拶を返す志摩子。だが、いつまでたっても部屋の中に入ってこようとしない。
乃梨子が志摩子の様子を不思議に思っていると、志摩子がおずおずと口を開いた。
「 あの・・・ そちらはどなたかしら? 」
とらのほうを目で示しながらそう聞いてくる志摩子に、乃梨子は「あれ?」と思う。
志摩子さんて、こんなに人見知りしたっけ?そう思いながらとらを見たとき、何故志摩子がオロオロした様子なのかに思い当たった。
とらの座っている席は、いつも志摩子が座っている席だったのだ。乃梨子の隣りの、志摩子の指定席。
「 あ・・・ ちょっととら 」
「 とら? 」
不思議そうな顔の志摩子。
「 あ、ちょっと待っててね志摩子さん。とら、こっちの席に移って 」
「 え〜、何で〜? 」
「 良いから移りなさい 」
「 あの・・・ 私は別に・・・ 」
「 乃梨子はわがままなんだから・・・ 」
「 呼び捨てにすんな! 」
「 その席でなくても・・・ 」
「 痛っ! も〜、判ったよ〜 」
「 判りましたでしょ? 」
「 かまわない・・・ のだけど・・・ 」
乃梨子ととらの漫才に混じれずに、だんだん声が小さくなる志摩子。
なんだか寂しそうな志摩子に気付かずに、乃梨子はとらを追い立てる。
「 ほら、自己紹介しなさい 」
「 ・・・・・・・・・これ誰? 」
「 これって言うな!( すぱん! ) 私のお姉さまの藤堂志摩子さまよ 」
そう乃梨子に紹介され、なんだかちょっとだけ胸を張った様子で部屋に入ってくる志摩子。
いっぽうとらは、乃梨子にはたかれた頭をさすりつつ、何故か警戒した様子で志摩子を見つめていた。
「 何で私の後ろに隠れてんのよ? ほらほら、前に出てご挨拶! 」
乃梨子に押され、とらはやっと一歩前に出る。でも、小さな手で、乃梨子の制服の袖口を掴んだままだった。
どうやら志摩子のことを、乃梨子が大切に扱う人物だと理解したらしく、なんとなく防衛本能のようなものが働き始めたらしい。まるで、小さい子がお気に入りのオモチャを決して手放さないような感じで。
「 ・・・・・スヴェトラーナ虎原・・・です 」
( コイツ、苗字までとらだったのか )
乃梨子はここで初めてとらの苗字を知ったが、姓、名、どちらにしても“とら”で正解だったようだ。
「 呼びにくいから“とら”で良いからね、志摩子さん。あと、こんなナリだけど、日本語で大丈夫だから 」
「 そう・・・ よろしくね? とらちゃん 」
どこかぎこちなく微笑む志摩子。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・よろしく 」
「 どうしたのよとら? さっきまで無駄に元気だったのに・・・・・・ って何で私をにらむのよ? 」
急に静かになったのは、乃梨子を取られそうな気がしたからで・・・
乃梨子をにらむのは、そんな気持ちに乃梨子が気付いてくれないからで・・・
気付いてくれない乃梨子にとらは・・・
「 ・・・・・・何でもない 」
上手く自分の気持ちを言葉にできないとらは、そっぽを向くことで、無言の抗議をすることにしたようだ。
「 それで・・・ 」
「 え? 」
「 とらちゃんは今日は何故薔薇の館に? 」
「 ああ、それは・・・ 」
乃梨子は、今日一日の自分ととらの行動を、かいつまんで志摩子に説明した。
「 そう、靴を・・・ 」
志摩子は何か言いたそうだったが、それっきり口を閉ざす。
何故乃梨子がそこまでとらの面倒を見るのか、聞いてみたいような、聞きたくないような、そんな感じ。
「 志摩子さん、とりあえず座ってよ、今日はもう環境整備委員の仕事は終わりなんでしょ? 」
「 ええ 」
「 じゃあ、お茶淹れるね。何が良い? 」
そこで志摩子はとらに牽制球。
「 昨日と同じものを 」
「 判った。緑茶ね 」
私はあなたよりも長く乃梨子と過ごしているのよ? とでも言いたげな志摩子のセリフに、とらはますます不機嫌になる。ぶつぶつと小声で「 乃梨子だって“さま”つけてないじゃん・・・ 」などと呟きながら。
乃梨子がお茶を淹れに行ってしまったので、無言で席に着くふたり。
席に着いても無言のままで、ときおりチラチラと互いの様子をうかがっている。どこかピリピリした空気で。
そんなふたりに気付かない乃梨子は、鼻歌なんか歌いながらお茶を入れている。徐々に緊張感の高まってきたふたりはやがて、のん気な様子の乃梨子にも尖った視線を向け始めた。
この場に築山三奈子女史でもいれば、この場面にこんなふうにキャプションを付けてくれただろう。
『 きーっ! この女誰よ?! あなたの何なのよ?! 』と。
「 はい、志摩子さん。おまちどうさま 」
ふたりの間に流れる微妙な空気に気付かぬまま、乃梨子は自分の席に戻る。とらと志摩子に挟まれた席に。
「 ありがとう乃梨子 」
笑顔でお茶を受け取った志摩子は、再びとらに牽制球。
「 うふふふ。乃梨子の淹れてくれるお茶は、いつ飲んでも美味しいわ 」
「 そ、そう? 」
突然志摩子に誉められ、照れる乃梨子。
だが、とらは気付いていた。志摩子のセリフに込められた意味を。
つまり、「私はいつでも乃梨子の淹れてくれるお茶を飲んでいるのよ」と。
志摩子もとらが言葉の意味に気付いたことに気付き、余裕の笑みでとらを見た。それで益々むくれるとら。
しばらくうつむいていたとらだったが、やがてニヤリと笑うと、急に乃梨子に甘えだした。
「 ね〜、乃梨子・・・さま。靴紐がきつい 」
「 緩めなさいよ 」
「 やって〜、乃梨子・・・さまやって〜。私、紐結ぶの苦手〜 」
足をバタバタとさせてそう言うと、乃梨子は「仕方ないわね」などと言いながら、とらの足元にひざまずく。
すると、今度はとらが余裕の笑みで志摩子にニヤリと笑いかける。
志摩子はあからさまにムっとした顔で乃梨子の背中を見つめている。「私ですらそんなことしてもらったこと無いのに・・・ 」などと呟きながら。
「 これくらいで良い? 」
「 うん・・・ じゃなかった、はい! 」
「 はい、じゃあちゃんと座りなさい 」
「 ありがとー! 」
そう言いながら、乃梨子の腕に抱きつくとら。
「 こ、こら! ちゃんと座りなさいってば! 」
「 は〜い 」
ここでもう一度とらは志摩子を見てニヤリ。
しかも、怒りながらもとらの手を振り解かない乃梨子に、志摩子はますます表情が険しくなる。
普段、それほどスキンシップをはかるほうではない志摩子にはできない行動なだけに、その怒りもひとしおだった。
そして、とらは更にもうひと押し。
「 乃梨子・・・さまは優しいな? 」
「 誉めたって何も出ないって言ったでしょ? 」
「 優しいから優しいって言っただけだもん。今日初めて会った私に、こんなに優しいんだから! 」
とらは、志摩子にこう伝えたかったのだ。「 過ごした時間の長さなんか関係無いもんね! 私たち、今日初めて会ったのに、こんなに仲良しだぞ!」と。
ぷ つ ん
「 ん? 」
何かが切れた音を聞いたような気がした乃梨子は、辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。
( 気のせいかな? )
いや、気のせいではなかった。
確かに切れていたのだ。
志摩子の理性の糸が。
「 乃梨子 」
「 え? 」
志摩子によばれて乃梨子が振り向くと、そこにはやけに晴れやかな笑顔の志摩子がいた。
クッキーを右手に掲げた志摩子は、満面の笑みで乃梨子に近付き、こう言い放った。
「 はい、あ〜ん 」
「 し・し・し・し・し・志摩子さん?! 」
いきなりな志摩子の行動に慌てる乃梨子。
「 ど、どうしたの? 急に 」
乃梨子の戸惑いに、志摩子は答えた
「 あ〜ん・・・ 」
いや、答えていなかった。てゆーかむしろ聞いちゃいなかった。
「 し、志摩子さん、そんないきなり・・・ 」
「 あ〜んして?乃梨子 」
「 いや、そんな急に・・・ 」
「 あ〜ん 」
「 は、恥ずかしいし・・・ 」
「 あ〜ん 」
「 ・・・・・・・・・ 」
あ〜ん。もぐもぐもぐ・・・ ゴクン。
普段からは想像もつかないような強引な志摩子に、乃梨子はついに「あ〜ん」してしまう。
乃梨子も乃梨子で、普段からこんなダダ甘なスキンシップには慣れていなかったので、真っ赤になって黙り込んでしまった。
いや、実はメチャメチャ嬉しかったのだけれども。
志摩子の大技を呆然と見送るしかなかったとらに、志摩子は「フッ」と微笑む。普段は絶対しないような、高慢に見下ろす感じの笑みで。
ぷ つ ん
「 ん? 」
乃梨子はまた、何かが切れた音を聞いた。が、またしても回りにはそれらしき物は見当たらない。
言うまでもないが、こんどはとらだった。
「 あ〜ん 」
今度はコイツか・・・ そう思った乃梨子は、二度目なので、いくぶんか余裕を持ってとらのほうへ振り向いた。
「 ・・・・・・・・・・へ? 」
が、しかし。乃梨子の予想とは裏腹に、とらはクッキーなど持っていなかった。
「 あ〜ん・・・ 」
そこには、そう言いながら口を開けて待つとらの姿があった。まるで親鳥からエサをもらうのを待つ雛鳥のようだ。
「 ・・・いきなり何してんのよアンタは 」
そう言いつつ、自分が「あ〜ん」されるんではないことにほっとした乃梨子は、クッキーを数枚掴み、「ほら」ととらの口に捻じ込んだ。
はたから見れば、フォアグラ用のガチョウに餌を捻じ込んでいるような色気も何も無い光景だったが、それでもとらとしては満足だったらしく、ボリボリとクッキーを咀嚼しながらも無理矢理ニヤリと笑い、志摩子に挑戦的な視線を投げつけた。
「 まったく何考えてんだか・・・ ねえ? 志摩子さ・・・ うお?! 」
はたから見たらフォアグラ農場のような光景だろうが何だろうが、すでに乃梨子の姉であり、「乃梨子の妹として甘える」ことのできない志摩子には、とても容認できない光景だったようだ。乃梨子の背後には、見たこともないような恐ろしい眼光で、鬼のようにとらをにらみつける志摩子がいた。
「 し、志摩子さん? ・・・あの、いったい・・・・・・ 」
初めて見る「鬼気迫る志摩子」に、乃梨子は怯えている。
志摩子はそんな乃梨子を見て、急に優しく微笑んだ。
「 乃梨子、今日の帰りにウチに寄って行かない? 」
「 はい? 」
「 腕によりを掛けて夕食をご馳走するわよ? 」
そう言いながら、腕を絡めてくる志摩子。
「 い、いや、あの、え? う、うん・・・ 」
想像以上に大きいし柔らかい。そんなことを考えてしまい、パニくる乃梨子。
ちなみに、何が大きいかは言うまでも無く。
「 乃梨子! 今度、千葉に行こう! 獲物の取り方から上手な干し肉の作り方まで教えるぞ? 」
そう言って、乃梨子の首に後ろからしがみつくとら。
「 いや・・・ 私、血を見るのはちょっと・・・ 」
「 大丈夫! 私が全部やったげるから、安心して何日でも山に潜伏できるぞ! 」
乃梨子が引いてるのにもお構いないしに、興奮した顔でまくし立てるとら。
迷惑そうにしながらも、首筋にしがみつかれているので、すぐ横にとらの顔があり、「うわ、やっぱり綺麗だなコイツ」などと、少し見惚れる乃梨子。
「 ・・・・・・・・・・・・・とらちゃん。ちょっと馴れ馴れしいのではなくて? 」
乃梨子の視線を奪っているとらに嫉妬した志摩子が、とうとう直接攻撃に出る。
「 志摩子こそ遠慮しろー! 乃梨子の独り占め反対! 」
とらも負けずに反撃に出る。志摩子のこともついでに呼び捨てだ。
乃梨子は、ここでやっと事の重大さに気付いた。
( こ、これは・・・ もしかして、私の奪い合い? )
予想外のことに、泣き笑いの顔になる乃梨子。
もしかしたら、幸せに慣れていないのかも知れない。
( いやでも・・・ え〜? いや、そんな・・・ あ、志摩子さんの胸が・・・ いやいや、そんな場合じゃなくて! う・・・ とらって意外と良い匂い・・・ でもなくて!! )
もはやまともに考えることもできない乃梨子をよそに、志摩子ととらの直接対決は続く。
「 乃梨子、こっちを見て 」
志摩子が乃梨子の顔を両手で包み、無理矢理自分のほうへ向ければ・・・
「 乃梨子! ロシア仕込みのちゅーしてやるぞ? 」
とらが横から乃梨子の唇を狙う。
「 乃梨子・・・ 」
「いや、あの・・・ 」
「 乃梨子! 」
「 えっと・・・ その・・・ 」
ふたりに詰め寄られ、完全に硬直する乃梨子。
「 乃梨子。私のこと、好き? 」
「 え? う、うん。す、好きだよ? 」
志摩子に問われ、思わず本音を告白する乃梨子。
真っ赤になっている乃梨子と、そんな乃梨子を見て微笑んでいる志摩子を見て、なにやら泣きそうになっているとら。
「 Безтебяжитьнемогу・・・・・・ 」
「 え? 何? 」
囁いた言葉が乃梨子に伝わらず、益々泣きそうなとら。日本語では上手く伝える言葉にならないらしく、「う〜 」とうなりながら、乃梨子を引き寄せようとするばかりだ。
そうこうしているうちに、志摩子が実力行使に出た。乃梨子の首筋にしがみつくとらの頭をがっしと掴み、むりやり引き剥がそうとしている。
「 ちょっと?! 志摩子さん?! 」
とらも負けじと志摩子の顔をグイグイ押し始める
「 と、とら! よしなさいって! 」
押された志摩子の顔が、なにやらユカイなことになっているが、さすがに今笑ったらヤバいと思い、乃梨子の表情も引きつっていた。
( 誰か・・・ 誰でも良い! 助けて! )
天国のような。地獄のような。
( もうマリア様でもサタン様でも誰でも良いから!! )
そんな、愛の嵐に巻き込まれ、乃梨子は溺れそうになるのであった。
「 ・・・・・・・・・・・ね? 入らなくて正解だったでしょう? お姉さま 」
「 くっくっくっくっ・・・ ほんとにね 」
「 スヴェータがいるから、何かおもしろいことになると思ったんですよ 」
「 いやぁ、おもしろいモノ見せてもらったわ。まさか志摩子さんが、あんなに感情をムキ出しにするなんてね 」
乃梨子が愛の嵐にもみくちゃにされていたとき、ビスケット扉の前には、ヒマを持て余して薔薇の館に来ていた黄薔薇姉妹の姿があった。
どうやら志摩子の後にここへ来たらしいが、菜々の機転のおかげで白薔薇家のお家騒動を特等席で観察することに成功したようだ。
「 それにしても逸材ね、とらちゃんて。あの子なら、乃梨子ちゃんの妹として大歓迎よ 」
「 おもしろくなりそうですものね 」
そんな会話を交わし、ニヤリと悪人風の笑みを浮かべる黄薔薇姉妹。
おもしろそうなことをトコトン追求するその姿は、もはや(令を除いた)黄薔薇家のお家芸とも言えるかも知れない。
「 ところで菜々。あんた何でビデオカメラなんか持ってんのよ・・・ 」
「 乙女の必需品ですから 」
「 ・・・・・・校則違反だっつーの 」
「 あら、じゃあお姉さまは見たくないんですか? このビデオ 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たい 」
「 ふふふ。 あとでダビングしますね 」
由乃の反応まで予想済みだったらしい菜々の堂々とした様子に、由乃も呆れ気味だった。
「 ところでお姉さま 」
「 うん? 」
「 私、スヴェータと知り合ってから、簡単なロシア語をいくつか教えてもらったんですよ。スヴェータ本人から。 」
「 へ〜 」
「 で。さっき、揉み合いになったときに、スヴェータが何かロシア語を呟いてたでしょう? 」
「 ああ、そういえばそうね。・・・で、そんなこと言うってことは、意味が判ったんでしょう? 何て言ってたの? 」
「 うふふふふふふふ・・・ それはですねぇ 」
菜々はニンマリと笑いながら、由乃に教えてあげた。
『Безтебяжитьнемогу』
貴方がいなければ、生きてゆけない。