【1482】 夢を見る月のない夜に帰りたい  (クリス・ベノワっち 2006-05-17 01:55:50)


 あれから、もう2年。

 私は今でも彼女の夢を見る。
 
 回数こそ減ったものの、その想い・記憶は決して色褪せる事はない。

 今では、私の隣には大好きな友人がいて、それを幸せに思うし。

 彼女との別れすら、決して間違いではなかったとも思うのだ。

 それでも、私は夢を見る。

 彼女の声。彼女のぬくもり。彼女の眼差し。

 夢の中の彼女はいつも、儚げに微笑んでいる。

 私は彼女に触れたくて、夢中で手を伸ばす。

 けれど、その手は空を掴むばかりで、決して彼女には届かない。

 私は叫び声をあげ、必死に彼女に近づこうとする。一歩。もう一歩と。

 彼女が目前に迫り、やっと触れられると思った刹那。彼女は悲しそうな顔を見せ、涙を流す。

 そして・・・

 

 私は目を覚ます。

 きっと私は泣いているんだろうな。

 水が欲しいけれど、体がだるくて立ち上がる気力もない。

 しばらくの間、その気だるさに身を任せていると。ドアノブが静かな音を立てて回った。

 「大丈夫?聖。」

 相変わらず気が利く。蓉子の右手には水の入ったグラスが見えた。

 「うなされていたけれど、何か夢でも見ていたの?」

 コップを渡しつつ問い掛ける蓉子に、私は無言で首を振る。

 「何でもない。」

 蓉子は不満気に、まだ何か問いたい様子を見せるが、思い直したのだろうか私を黙って見つめる。

 「・・・蓉子。」

 「何?」

 「・・・愛してるよ。」

 軽口に真っ赤になった蓉子が無言で枕を投げつけてくる。そのままプリプリと怒りながら自分の布団に入り私に背をむける。

 私は笑い声をあげ「ごめんごめん」と繰り返し自分の布団に戻る。

 それからしばらくして、隣から蓉子の寝息が聞こえ始めた頃、私は一つ寝返りを打ち窓を見やる。

 満月から少し欠けた月が、ぼんやりとした光を部屋に投げかける。

 そして私はまた思い出すのだ。”月”という希望すら射すことのなかった、けれど泣きたい位に幸せだった日々の事を。

 もしもマリア様が願いを叶えてくれるのならば、一日だけあの日々に私を戻して欲しい。

 そして彼女に伝えるのだ。

 『愛してるよ、栞。あなたに逢えて、私は本当に幸せだった。』と。


一つ戻る   一つ進む