【1483】 聖が  (まつのめ 2006-05-17 11:42:29)


 番外です

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※起点は『【No:314】真説逆行でGO』です。[HomePage]→「がちゃS投稿リスト」に一覧があります。



 ある日の昼休み、紅薔薇さまこと水野蓉子は薔薇の館に向かっていた。
 リリアンのお庭と言えばタイは翻さぬよう、スカートのプリーツは乱さないようにお淑やかに歩くのが嗜みだ。
 全生徒の代表たる薔薇さまともなるとそこは完璧な淑女を演じてしかるべきところだが、今日の紅薔薇さまこと水野蓉子はそんなことより優先事項がある様子。
 それでもぎりぎり法定速度は守っている宅配トラックのように、タイは翻る直前、スカートのプリーツの秩序はかろうじて保たれているあたりは水野蓉子の水野蓉子たるところなのかもしれない。そんな蓉子が向かうのは中庭にこじんまりと佇まう古風な装飾を施された洋館、薔薇の館なる大仰な名前が付与された山百合会の本拠地である。
 蓉子は、そのプチクラシカルな建物に到着し、古びてぎしぎしと小気味良い音を立てる階段を上るのももどかしく、ようやく会議室に至ると、ビスケットと比喩された茶色い扉を開けるなり、そこでのんびり昼食をとっていた薔薇さま三角形の頂点の一つ白薔薇さまと呼ばれたその端正なマスクを持つ一人の女生徒に噛み付いた。噛み付いたと言ってもこれは比喩であって、実際にそのまっすぐな黒髪麗しい水野蓉子が、そんな趣好をお持ちの読者諸氏を悦ばすような行為に走ったわけではない。
 要は声を荒げて白薔薇さまに迫ったのである。
「どういうつもり?」
「どういうって?」
 蓉子の多少慳ある言い方に動じた様子も無く白薔薇さまである佐藤聖は飄々とした様子でそれに応じた。
「朝、あなた祐巳ちゃんと話してたでしょ?」
「見てたの?」
「あんなところで話をしていればいやでも見えるわ」
 今朝、HR開始まぎわの時間のことだ。中庭で聖とあの福沢祐巳が一緒にいるのを目撃したのは。
 蓉子が今一番心を痛めているのは、今の状況の原因である数ヶ月前の『あの事件』からずっと、福沢祐巳と藤堂志摩子という一年生の助っ人と白薔薇さまである聖が仲違いをしているという事実だった。
 なのに、今朝突然、何事もなかったように二人寄り添ってなにやら平和そうに話をしているではないか。
 佐藤聖という人間はいつでもこうなのか? 蓉子が心配して何とかしたいと遁走しても全く変わらず、かと思うと蓉子の知らないところでいつのまにか状況が変わってしまっている。その度に蓉子は歯がゆい思いや、果ては嫉妬まで感じる始末なのである。
 聖は本当になんでもないことのように「そう?」と答えた。
「で、どうなの?」
「どうなのって?」
「祐巳ちゃんよ」
「別に。 仔猫の話をしただけだから」
「なによそれ」
「あの子に聞けば。 喜んで話してくれると思うわ」
 逸(はや)る蓉子に、聖は面倒くさそうにそう答えた。

 結局、蓉子は、祐巳達が手伝いに来た時、我慢できずに福沢祐巳を連れ出してその辺を問い質した。
 聞いてみれば先日カラスに襲われた仔猫の手当てを聖が手伝ったとか。
 それが縁で今日も話をしたのだそうだ。
 悲しげに「彼女には会えない」と洩らした、いつぞやの聖の言葉は何処へやら。
 今でも避けてはいるが、会えば聖は彼女と普通に話が出来ることが判明した。

 翌日の昼、薔薇の館に現れた聖に蓉子は言った。
「祐巳ちゃんたちを避けるのもう止めるのね」
「たまたまよ」
「どういうこと?」
「仔猫のことがあったから普通に話せただけだわ」
 おそらく仔猫という共通の話題を話すことで聖は彼女との『距離』を保つことが出来た、ということなのであろう。
「それで良いんじゃないの?」
「それで良いって?」
「聖はなにか祐巳ちゃんとの間に特別なものを求めてるの?」
 最初から視線を合わそうとしていない聖は、返事はせず、テーブルにある自分のカップを見つめていた。
「私は普通でいいと思ってるんだけど」
「普通?」
「そうよ。普通に先輩後輩の関係から始めれば」
「……少し考えさせて」
「もうあの子たちは毎日来るのよ? 今後、放課後はずっと来ないつもりなの?」
「仕事はちゃんとするわよ」
 聖はそう言った。
 まだ、聖は彼女を避けつづけるつもりなのか。
 白薔薇さまのために一人で出来る仕事を都合するのは蓉子の仕事だった。





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 短いです。
 テキストに残っていた短い会話を無理やりSSにしたようなもの。


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