マリみてifストーリー。
「聖さまのお母さんが、もしもリリアンにいたなら…お姉さまは?」という話。
軽〜い気持ちでお読み頂ければ嬉しく思います。
長くなりそうなので、連載という形にさせていただきます。
ジリジリジリジリ。
枕元でけたたましく鳴るそれが、私の起床時間を告げる。
(まったく…起こしてくれって頼んだわけじゃないわ)
ただ時間を合わせただけなのに。
目覚まし時計のくせして律儀すぎる。
朝7時。
しかも月曜日。
この物憂さを、どうにかしてほしいといつも思う。
毎晩毎晩、私は願う。
朝などこなければいいと。
でもこんな顔、伯母には見せられない。
家庭の中に居場所のなかった私が、唯一心許せる身内である彼女に。
だから私は、鏡に向かって、精一杯の笑顔を作る。
「がんばれ、倉橋理都子」
私は毎朝しているように、鏡の中の自分に向かって呼びかけた。
もともと私は、東京の人間ではない。
生まれたのは確かに東京だが、私が3歳のときに実母は亡くなった。
父に連れられてやってきた、盛岡という場所。
そこにいたのは父の連れ合い、つまり義母。
父と母は正式な夫婦ではなかったのだ。
もっとも、それを知るのはだいぶたってからなのだが。
義母は通り一遍の世話はしたが、私への愛情などまるでなかった。
それはのちに自分が父との間に生んだ娘に対しても同じだったらしく、
妹はよくこぼしていた。
「あの人は、母親になるべきじゃなかったのよ」
まさに妹の言うとおり。
夫や子どもを愛することを知らない、石みたいに冷め切った心。
もう、人間であることをやめてしまったかのような、あるいは悟りきった果てにある、
無の境地にでもたどりついたかのような心。
そんな妻を、父ももてあましてか、夫婦の会話はほとんどない。
もちろん私も妹も、そんな母とは話をしたくない。
まあ虐待しなかっただけ、ほめてやってもいいところだが。
(さっさとこんな家出て行きたい…)
私は父に切り出した。
「父さん…私、もう我慢できないの。ここを出て、1人暮らしをしたい」
父はただ一言。
「東京の伯母さんのところへ行け」
それが、父と交わした最後の言葉だった。
中学の担任に、私は告げた。
「リリアン女学園高等部を受けます」
担任は顔色を変えて、東京はこわいぞとか、そんなところ受かるわけがないとか言っていたが、まともに聞く気なんてなかった。
あそこなら伯母の家から歩いて行ける距離だ。
それに、自分で言うのもなんだが、私の成績はけっこう上位。
それはひとえに、いつか盛岡を出て、都会で自由な暮らしがしたいからという、
今考えれば笑ってしまうような理由からだった。
(これでおおっぴらに東京に行ける…)
少しだけ、この家に残していく妹に申し訳なさがあったが、今は自分の人生の方が先だった。
晴れてリリアンに合格して、私は伯母の家にたどりついた。
「理っちゃん、よくあんなところで頑張ったねえ…由紀ちゃんは元気なのかい?」
由紀ちゃんこと、由紀子は先ほど出てきた妹の名だ。
「ええ伯母さん…今のところ元気みたいだけど、いずれあの子も呼び寄せたいの」
「そう、それがいい。あんな夫婦のところにいたんじゃ、寿命が縮んじゃうよ。
わが弟ながら、情けなくて涙が出るね、わたしゃ」
伯母は子どもがなかったせいか、私をまるで実の娘のようにかわいがってくれた。
私が来てから半年ほどして、こんどは由紀子もここにきた。
どうやら私を頼って、自分でここにやってきたらしい。
「これでようやく、まともな暮らしができるわね」
由紀子の顔には、すべての重荷を取り去った後の、あの充実した輝きがあった。
学校にも、とりたてて私の興味をひくものはなかった。
噂じゃずいぶん厳しいとか、時代がかった学校だとか聞いていたけど、
なんのことはない。
古い学校によくある話じゃないか。
マリア様なんてはなから信じちゃいなかったが、まわりのみんながするから、
とりあえず手を合わせていた。
(いいことマリア、誤解してもらっちゃ困るのよ。私はあんたなんか信じてない。
ただみんなに合わせてるだけなんだから)
そう心でつぶやいて、立ち上がろうとしたときだった。
私の右腕側の空気が、明らかに暖かみを帯びている。
そう、隣に人がいるときの、あの暖かみだ。
思わず横を見ると、そこにいたのは、私と同じ制服をまとった天使…
いや、正確には、天使のような人だった。