どこかで誰かがやったかも知れないネタかも。
『クゥ〜』
「ごきげんよう、お姉さま。早く起きてくださいませ」
「ん…ふぁ〜ぁ、おはよう。由乃」
「おはようございます。お姉さま」
令はベッドの上で背を伸ばし起き上がる。
「あぁ、もう、お姉さまったら、こんなにベッドを散らかして」
そう言いながら、由乃は令が起き上がったベッドのシーツを綺麗に直す。
「いいよ、そのくらい」
「まぁ。お姉さまったら、いくら何でもはしたないですわよ」
「そうかな〜?」
令はショートヘアーの髪を掻き毟る。
「お姉さま〜、そんな風にしたら髪がぼさぼさに成りますわ」
由乃はそう言って、令のブラシを取ると、寝癖を直していく。
「ありがとう、由乃」
「いえ、妹として当然のことですわ。お姉さま」
「そう?」
「はい、それでは玄関のほうでお待ちしていますので、お急ぎください」
由乃はそう言って令の部屋から出て行く。
令は、そんな由乃を見送り、着替えを始めた。
可愛い妹を待たせる趣味は令にはないからだ。
↑こんなのが続きます。これから先、読まれる方はお覚悟を。
『クゥ〜』
リリアン女学園。
令と由乃は幼稚舎から通っている。
「ごきげんよう、黄薔薇さま、黄薔薇の蕾」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
登校する生徒たちに挨拶を交わしながら、令と由乃は銀杏並木を歩いていく。
由乃は令よりも一歩下がって歩いていた。
「今日もいい天気だね」
「えぇ、そうですわね。お姉さま、こんな日は朝も清々しいので早起きも楽しいですわ」
「そうなの?」
「はい、お姉さまも早起きしてみればいかがですか?最近は、部活の朝練もありませんし、少々、お体が訛り気味なのではありませんか?」
「由乃、キツイこと言うねぇ」
「すみません、お姉さま。ですが、お姉さまのことが心配で」
「うん、分かっているよ。ありがとう」
「そんな、私はただ、お姉さまの…きゃぁ!!」
由乃が倒れそうになったところを、令はすかさずキャッチした。
令にとって重いとは感じられない由乃の体を支え、令は笑う。
「大丈夫、由乃」
「す、すみません!!お姉さま!!」
「あはは、いいよ。それが、お姉さまの役目だからね」
令が笑うと由乃は顔を真っ赤にして俯く。
「はい、お姉さま」
由乃の今にも消えそうな声、だが、令にははっきり聞こえていた。
……ふふ、もう、由乃ったら。
令が幸せをかみ締めた瞬間、騒がしい声が響いてくる。
「もう!!志摩子さんなんか知らない!!」
「ま、まってよ〜。乃梨子〜」
「ごきげんよう、志摩子、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、志摩子さん、乃梨子ちゃん」
「あっ!!令さま!?ごきげんよう」
「あぁ、ごきげんよう。令さま、由乃さん」
なんだか朝から怒っていた乃梨子ちゃんだったが、流石に令たちを見ると挨拶はしてくる。
「どうしたの?乃梨子ちゃん、なんだか怒っているけど?」
「聞いてください!!令さま、由乃さま!!」
「ちょ、ちょっと、乃梨子!!」
志摩子が乃梨子ちゃんの手を引いて話を止めようとする。
この二人はいつもそうだ、いつもプリプリの乃梨子ちゃんに心配性の志摩子。いつも志摩子に怒っている乃梨子ちゃんだが、その実は志摩子に甘えたい妹なのだ。だが、志摩子がいっつも失敗するので怒っているしかないらしい。
今日の原因も、大方、乃梨子ちゃんの飴玉でも志摩子が知らずに食べたというところだろうか?
「聞いてください!!志摩子さんたら、私が薔薇の館に持っていこうと思った飴玉を全部食べちゃって!!」
そのままかい!!
「そ、そう」
「しかも、一袋、全部!!」
「そ、それはお腹壊すよ。志摩子」
「すみません……甘いもの好きなものですから」
志摩子は、令と乃梨子ちゃんに怒られシュンとうなだれる。
「まぁ、まぁ。お姉さまも乃梨子ちゃんもその辺で許るしてあげてください」
由乃は穏やかな笑みで仲裁に入ってくる。
「まぁ、由乃さまがそう言うなら」
乃梨子ちゃんは渋々頷く。
「ありがとう!!由乃さん!!」
志摩子は嬉しそうに由乃に抱きつく。
「ふふふ、もう、志摩子さんたら、でも、流石に一袋は多すぎると思うの、だから、保健室に胃薬を貰いにいきましょうか?」
「あっ!!私が連れて行きます!!」
由乃の言葉にすかさず乃梨子ちゃんは手をあげ、志摩子を連れて行く。
なんだかんだ言いながら、乃梨子ちゃんは志摩子が大好きなのだ。
そんな二人を見て、由乃は嬉しそうだった。
「さぁ、行きましょうか」
「はい、お姉さま」
志摩子と乃梨子ちゃんを見送り。令と由乃はマリアさまに手を合わせ、校舎へと向かう。
「それじゃぁ、お昼に薔薇の館で」
「はい、お姉さま」
昇降口で由乃と別れ令は三年の教室へと向かった。
*注!!再び質問、今までの令×由乃が続きます。気分の悪い方、こんな由乃怖いと思われる方は遠慮なされるのがよろしいかと。
『クゥ〜』
「さて、終わった」
令は午前の授業が終わり、そうそうに教室を出る。
「あら、令さん。薔薇の館に?」
「えぇ、妹が待っていますので」
「あら、今日も妹さんの手作りのお弁当ですか?」
令が何も持たずに教室から出て行くのでクラスメイトの彼女はそう思ったらしい。
「えぇ」
令は小さく頷き薔薇の館に向かう。
由乃の作るお弁当は本当に美味しい。由乃は料理が得意で、毎日、令の体調も考えてお弁当を作ってきてくれる。
……まぁ、たまに栄養があるからといって嫌いな食材まで使うことがあるのは勘弁して欲しいけどね。
なんて、幸せなことを考えた瞬間、不意に後ろから溜め息が聞こえてくる。
「?……祥子?」
「ごきげんよう、令……はぁ」
そこには溜め息をつく、祥子がいた。
祥子とは薔薇の館に来るように成った一年の頃から親しくなった。令は黄薔薇さま、祥子は紅薔薇さまとして、この一年やってきた。
「どうしたの?」
「いえ、今の令たちの会話が聞こえたものだから、由乃ちゃんはいいわねと思ってしまって」
「あはは」
令は祥子の言葉に笑うしかない。
祥子の妹、つまり、紅薔薇の蕾である祐巳ちゃん。可愛らしい笑顔で、元気いっぱいの女の子。ただ、元気がよすぎて少しトラブルメーカーなところがある。
去年なんか、ロザリオ授受の後すぐに祥子にロザリオをつき返す騒動。いわゆる紅薔薇革命なんて騒動を引き起こし、その挙句、学園の姉妹制度を掻き乱したかと思うと今度は自分から祥子からロザリオを再び貰うなんてことまでやってのけた強者。
「でも、祐巳ちゃんは薔薇の館のムードメーカーだし、それが祐巳ちゃんの良い所でしょう?」
「まぁ、そうなのだけど」
祐巳ちゃんに関してはこれだけで話が通じてしまう。それだけ祥子はよく祐巳ちゃんの愚痴を令に話すからだ。
実際、二年の三人を見ると、大人しい由乃にドジっ子の志摩子では祐巳ちゃんが先頭に立たなければ、けん引役がいないことになる。
「でも、私もたまには祐巳の手料理が食べたいわ」
そう言って祥子は手に持った重箱を見る。
小笠原家御用達の料理人に作らせたお弁当。どう見ても量が、祥子一人分ではない。
包みを開ければ三段重ねのそれの二段は、早弁をしてしまう祐巳ちゃん用。
「ふふふ」
だが、その重箱を見る祥子の目は優しい。
「それじゃぁ、急ぎましょうか?」
「そうだね。私もお腹が空いたし、祥子の小鳥ちゃんも鳴いているでしょうから」
「令、貴女よくそんなセリフが出るわね」
「そう?普通だけど」
令と祥子は二人そろって薔薇の館に向かう。
令は、大好きな妹のお弁当のために。
祥子は、大好きな妹にお弁当を渡すために。
*注!!!!最終警告。この令に嫌悪感をもたれた方は、ここまで!!これから先は銀杏王子クラスの令が出てきます。
しかも、オチなし。
『クゥ〜』
薔薇の館の側まで来ると、最初に聞こえてきたのは元気いっぱいの祐巳ちゃんの声だった。
「おねえさま〜〜〜ぁ!!!!」
薔薇の館の二階から祐巳ちゃんが元気に手を振っている。流石、視力5.0の祐巳ちゃん。こちらが見つけるよりも早く、令たちを捉えたらしい。いや、令ではなく祥子を捉えたのだろう。
「祐巳!!はしたない!!」
祥子が令の側で怒鳴るが、残念ながらその程度の声では向こうには届かないだろう。
「早く、小鳥さんに餌を上げなきゃね」
「そ、そうね」
祥子もいつものことで無駄と分かっていながら、こんなに離れて場所で叱るのは周囲への照れ隠しだろうか?
祥子の可愛いところだ。
令はクスクスと笑うと、祥子は少し顔を赤くして膨れたような顔をする。
本当に、可愛い。
令は、祥子の可愛い膨れ顔を見て近づいてきた薔薇の館を見る。
元気に手を振っている祐巳ちゃんの隣には、祐巳ちゃんの行動にオロオロして祐巳ちゃんに手を振るのを止めさせようとする志摩子と、その様子を優しい笑顔で見ている由乃がいた。
由乃の視線が、令とあうと、由乃はさらに優しく笑ってくれる。
「さっ、急ごう」
「そう……ゆ、祐巳!!」
令が、祥子を急かすと、祥子も急いで薔薇の館に向かおうとするが、突然、声を上げる。
令が慌ててみれば、祐巳ちゃんが窓から這い出て来る所だった。
窓の中では、志摩子と由乃が祐巳ちゃんを引き止めているが、あの二人では止められない。
祐巳ちゃんは、そのまま窓の外の雨どいを掴むとスルスルと降りてくる。
「おいおい、また?」
令はちょっと呆れた感じで呟く。これは祐巳ちゃんの常習的な行動。毎日、見れるわけではないが、まぁ、一週間、薔薇の館に通えばそのうち見れる行動ではある。
「祐巳!!」
祥子が鬼のような形相で祐巳ちゃんに向かっていく。祐巳ちゃんは、雨どいつたいをやるたびに祥子に怒られるが、まったくめげることなく繰り返している。
だた、やっぱり怒られるのは嫌なのか。視力5.0の祐巳ちゃんの目は、鬼のような形相の祥子を見つけ。無謀にも雨どいを這い上がっていく。
「祐巳!!!」
さらに祥子の怒鳴り声が加わり、祐巳ちゃんは急いで逃げようとする。それが不味かった。雨どいは長時間人を支えられるほど強くない。
――ガッコン!!
雨どいが軽い音をたて外れる。
「祐巳!!」
祥子は青い顔をして叫び、令はその瞬間走り出した。
「間に合え!!」
令は叫び、そのまま滑り込む。
――どっすん!!
祐巳ちゃんは、恐る恐る目を開く。そこには令の笑顔があった。
「令さま?」
「大丈夫?祐巳ちゃん」
見上げる祐巳ちゃんに、令の笑顔。その白い歯がキッラーンと光る。
「もう、こんな危ないことをしてはダメだよ。お猿さん」
「は、はい」
祐巳ちゃんは真っ赤な顔で俯く。
「祐巳!!令!!大丈夫!?」
「あっ!お姉さま」
「お姉さまじゃぁありません!!さっさと令の上からおのきなさい!!」
「えっ?」
祐巳ちゃんはようやく自分の状態に気がついたのか、令の上から慌てて飛びのく。
「令、大丈夫だった?」
「うん、祐巳ちゃんが受身とってくれたから大丈夫だったよ」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
平謝りする祐巳ちゃん、ちょっと可哀想かな?
「祐巳!!何てことするの!!もし、今度同じことしたら貴女からロザリオを取り上げるわよ!!」
「うっ……」
「わかっているのかしら!!祐巳!!」
「まぁまぁ祥子。私なら大丈夫だから」
「令、ごめんなさいね。祐巳が馬鹿なことをするから……祐巳!!早く謝りなさい!!」
祥子に怒鳴られ祐巳ちゃんの顔が歪む。その目には今にも零れ落ちそうな涙。
「うっ、うぅ」
「祐巳!!」
「祐巳ちゃん、もういいから」
令は少し痛む体を起こし、祐巳ちゃんの落ちそうな涙を指ですくうとペロッっと嘗める。
「しょっぱいね、ふふふ」
「令さま」
令の姿を見て、祐巳ちゃんは笑顔を取り戻す。
「うん、祐巳ちゃんには笑顔が似合うよ」
「れ、令?!祐巳!!令から離れなさい!!それ以上、令に迷惑かけないのよ!!」
おや?祥子ってば、やきもち焼いている?
「うっう……」
だが、祐巳ちゃんは不満そうだ。これは少々不味いか?
「な、なによ?祐巳」
「お」
「「お?」」
「お姉さまの!!ぶわっかぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「あっ!!祐巳!!」
祐巳ちゃんは怒鳴りながら走っていく。
「祥子、こっちは大丈夫だから、祐巳ちゃんを追いなさい」
「で、でも」
「いいから」
「わかったわ。ごめんなさいね」
そう言って祥子は祐巳ちゃんを追いかける。だが、スポーツ万能の祐巳ちゃんに祥子が追いつけるか少し心配だ。
「でも、私はここまでかな?」
「お姉さま!!」
「あぁ、由乃、どうしたの?」
「どうしたのじゃ、ありません!!祐巳さんが落ちて、お姉さまが助けたのが見えたから」
「そう、それは心配かけたね。由乃」
令は心配そうな由乃を、そっと抱きしめる。
「心配したんですからね」
令の胸の中で呟く由乃。
「ごめんごめん、でも、由乃」
「はい?」
「お腹が空いたから、お昼にしない?」
「……もう、お姉さまはムードのない。でも、私の大事な親友を助けてくれたお礼ですわ。さっ、行きましょう」
「そうだね」
令は、由乃の肩を持つと薔薇の館に向かった。
由乃の今日のお弁当はなんだかいつもより美味しかった。それは令の嫌いなグリンピースを由乃が残してよいと言ったからかも知れない。
由乃の手作りお弁当を食べ、乃梨子ちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら食後の時間を楽しむ。
乃梨子ちゃんが入れてくれたお茶を志摩子も飲んでいたが「きゃ!!」と声を上げて、志摩子はお茶をこぼしてしまう。
「あぁうぅ」
「もう、志摩子さん、何をしているんですか?」
「ごめんなさい」
オロオロする志摩子を尻目に、乃梨子ちゃんは雑巾とバケツを持ってきてテキパキと掃除していく。
「まったく、天然もいい加減にしてください!!」
「ごめんなさい」
乃梨子ちゃんはツンツンしながらも、志摩子のスカートについたお茶は自分のハンカチを取り出して拭いている。
「ふふふ」
令が、そんな二人を見て笑うと、由乃も「ふふふ」と笑っていたので、令は由乃を見て二人で笑った。
令と由乃が笑っているのを見て、志摩子は不思議そうに、乃梨子ちゃんは顔を赤らめて俯いた。
「あら、お姉さま」
「ん?なに」
「スカートに綻びが」
由乃に指摘され、スカートを見ると確かに綻びが小さいながらあった。たぶん、祐巳ちゃんをキャッチするときに出来たのだろう。
「このくらいなら大丈夫だよ」
「あら、そんなことではいけません!!黄薔薇さまともあろう人が、それでは下級生に示しがつきませんわ」
「そうかなぁ?」
「えぇ、私が縫いますから、スカートをお渡しください」
「えっ?でも、スカートだよ、こんなところで」
「それこそ大丈夫ですわ」
そう言って由乃はバッグからスポーツタオルを取り出すと、令のスカートを上から隠してしまい。そのまま、令のスカートを持って鞄からソーイングセットを取り出して手際よく繕いしていく。
「本当に、由乃さまは出来た妹ですね」
乃梨子ちゃんがうんうんと頷いていた。令は、その姿が何だか可笑しくって笑ってしまう。
「な、なんで、笑うんですか?令さま!!」
「うん?乃梨子ちゃんも出来た妹よ。ねっ、志摩子」
「はい」
志摩子は小さく頷いて、乃梨子ちゃんはまた顔を真っ赤にした。
「さて、もう一人の出来た妹はどうしたかな?」
令は由乃にスカートを繕ってもらい、その出来に満足すると窓の外を見る。
まだ、祥子と祐巳ちゃんは戻ってこない。たぶん、お昼は薔薇の館に来ないかもしれない。
「もう一人の出来た妹って、祐巳さまですか?」
「そうだよ」
「あの、失礼ですが、祐巳さまの何所が出来た妹なのでしょう?窓から雨どいをつたって降りるような人ですが?」
「そうだね。でも、そこが出来ているんだよ」
乃梨子ちゃんはよく分からないって顔をする。
「ようするに言い方が悪いけど需要と供給が一致しているんだよ」
「需要と供給?」
さらに困った顔の乃梨子ちゃん。普段は勘がいいのに、こんな話になるととたんに鈍くなる。
「つまりね、乃梨子ちゃん。祥子は知っての通り教養や作法には完璧な人間よね」
「はぁ、まぁ」
はぁ…に、まぁ…か。
「それでね、祐巳ちゃんの方は元気いっぱい、多少の無茶も当たり前。まぁ、今日のは行き過ぎかと思うけどね」
「行き過ぎで済ませられるレベルではないかと」
「ふふふ、そうだね。それでそんな祐巳ちゃんが出来た妹かというと、祥子に心配させているからだよ」
「紅薔薇さまに心配させている?……あっ!つまりアレはワザとしていて紅薔薇さまに頼よっている自分を祐巳さまが演出していると?」
「そう、そんなところかな。祥子はアレで世話好きだからね。完璧な祥子には祐巳ちゃんくらいでないと、ダメなわけだ。まぁ、祐巳ちゃんのアレが素ではないと誰もいえないけどね」
「そうですね」
令がウインクしながら乃梨子ちゃんを見ると、乃梨子ちゃんもウインクで返し笑った。
「それじゃぁ、また、放課後に」
お昼休みを終え、薔薇の館から出る。そのまま校舎に向かうが、その途中の芝のはってある中庭でのんびりくつろぐ祐巳ちゃんと祥子を見つけたが令はそっとしておいた。
……祐巳ちゃんも今回のことで少し大人しくなるかもしれないな。少し、残念だけど。
まぁ、そんなに長くは持たないだろうと令は思いながら教室へと向かう。
なぜなら、祐巳ちゃんの魅力はその元気さだからだ。
放課後、令は一人剣道部を後にする。
部活は引退したものの、未だ後輩への指導をおこなっている。
「お姉さま、お疲れ様でした」
部室から出てきた令を由乃が迎えてくれる。
「鞄、お持ちしましょうか?」
「えっ、ありがとう。でも、いいよ」
「そうですか」
「それで皆は?」
「もう、薔薇の館に集まっておりますわ」
「そう、それじゃぁ、急ごうか」
「はい、お姉さま」
由乃を連れ、令は薔薇の館に向かう。
「なんだか、少し曇ってきたね」
令が空を見上げれば、朝の清々しい空はなく。どんよりと曇った空が広がっている。
「そうですわね」
「急ごうか」
「はい、お姉さま」
令は由乃の手を取り、走る。
……小さな手。私が守る可愛い手だ。
令はそう思いながら由乃のペースで走る。
「あっ!」
あと少しで薔薇の館というところで、雨がパラパラ降り始めてしまった。
「由乃、急ぐよ」
令はそう言ってヒョイッと由乃を抱え上げ。お姫様抱っこのまま、全速力で薔薇の館に飛び込んだ。
「少し濡れちゃったかな?」
「はい、でも、お姉さまのおかげでほんの少しですわ」
「令さまー、由乃さーん」
少し濡れた制服の雨をハンカチで拭こうとすると、二階の廊下から祐巳ちゃんが顔を出す。
「タオル、いま、お持ちしますね」
そういった祐巳ちゃんはタオルを持ったまま、手すりにまたがるとそのまま降りてくる。
「祐巳さん!!」
「祐巳ちゃん!!」
祐巳ちゃんは何の問題もなく手すりを滑り降りてきてしまった。
「はい、タオルです!!」
祐巳ちゃんは屈託のない笑顔でタオルを差し出す。元気なのも程があるかも。
「ありがとうね、祐巳ちゃん。でも、手すりを滑り降りるのははしたないから止めなさいね」
「はい!」
返事は良いんだけどなぁ。
「それと」
「それと?」
「祐巳さん、上を見て」
由乃は、少し申し訳なさそうに上を指差す。
「上?ひっ!!お姉さま!!」
二階の廊下には、鬼のような形相の祥子。しっかりと祐巳ちゃんの態度を見ていたようだ。
「祐巳!!ちょっと来なさい!!」
祥子の怒った声が響く。
「は〜い」
祐巳ちゃんは渋々、二階に上がっていくが階段は二段とびで上がっていった。
「祐巳ちゃん、懲りていないわね」
「祐巳さんは、ああでないと困りますから」
「そうなの?」
「はい、お姉さまもそう思われるでしょう?」
「そうだね」
令は頷くと、由乃と一緒に二階へと上がる。階段を一段ずつキチンと踏んで。
夕方振り出した雨は本格的に成り始めた。
「あ〜ぁ、どうしよう?傘持ってきていないよ」
令がそうぼやくと由乃がすかさず。
「大丈夫ですわ、お姉さま。一階の倉庫に置き傘がありますので」
などと言う。本当に出来た妹だ。
「流石、由乃ちゃんね」
「そういう祥子は?」
「私?」
祥子はそう言って鞄の中から折りたたみの傘を取り出す。祥子こそ流石だ。
「え〜ぇ、私、持って来てないよぉ」
「祐巳、いつも言っているでしょう?どんな些細な用意も忘れないようにと」
「ふーんだ、私、お姉さまみたいに成れないもん!!『祐巳!!』あっ、志摩子さんは?」
祥子の言葉を無視して志摩子に話を振る祐巳ちゃん。なんだか少し拗ねている。
「私も持ってきていないのよ。乃梨子は?」
「あっ、私もです」
「それじゃぁ、三人で濡れて帰えろう!!」
嬉しそうに提案する祐巳ちゃん。
「おやめなさい、私が入れてあげるから」
すかさず祥子が止めに入る、祐巳ちゃんは少し残念そう。
「あら、それじゃぁ、私たちだけね」
「それなら置き傘は二本あるから、一本お使いに成ってください。お姉さまもよろしいですか?」
なるほど由乃は令の分まで置き傘をしてくれていたようだ。それなら。
「うん、良いよ」
「で、でも」
遠慮する志摩子だったが、由乃が是非にと進めると乃梨子ちゃんが「ありがとうございます」とお礼を述べ。雨脚がさらに酷くなる前に帰ること成った。
「それでは、ごきげんよう」
「「「「「ごきげんよう」」」」」
バス停の側まで二人一組の相合傘で来て別れ。令と由乃はそのままバス停を通り過ぎ、家路に向かう。
「それにしても祐巳さん、本当に残念そうでしたね」
「まぁ、雨に濡れることの前科持ちだからね」
祐巳ちゃんは以前、何か古い映画を祥子の家で見たとかで影響されて雨の中、傘を持って踊っていたことがあり。気がつくとビッショリと制服を濡らし、風邪を引いた前科がある。
以来、祥子は祐巳に映画を見せるときは、影響が出ないものを選び。雨の日はわざわざ教室にまで行っているようだ。
「そうでした。ふふふ」
笑う由乃を見ると肩の辺りが少し濡れている。
「由乃、もっとこっちにおいで」
令はそっと由乃の肩を掴むと、側に近寄らせる。
「あっ」
由乃が可愛い声をあげ、頬を染める。
「ふふ、可愛いよ。由乃」
「もう、お姉さまったら」
ほんの少しからかうだけで、由乃の顔はさらに赤くなった。
そのまま由乃を家に送る。
「由乃、すぐに着替えるんだよ」
「はい、お姉さま」
「じゃ、ごきげんよう」
「ごきげんよう、お姉さま」
由乃を家に送り、令は帰宅する。
帰宅した令は、着替えを用意してお風呂場に向かう。今は受験前なので、剣道よりも受験の準備が大切だ。
令が由乃に受験することを伝えると、少し悲しそうに俯いたが最後には笑顔で賛成してくれた。
そんな由乃の期待に応えたく思う令は、お風呂から上がると部屋に戻り。夕食まで軽い復習をしておくことにした。
夕食後も勉強をするが、徐々に集中力がなくなってくる。
「ふぅ、少し休憩でも入れようかな」
そう思ったときドアをノックする音が響いた。
「はい、どうぞ」
「失礼しますわ、お姉さま」
入ってきたのは由乃の手にはクッキーや紅茶が乗ったトレイを持っていた。
「いいタイミング、ちょうど休憩を入れようと思っていたところ」
「それはよかったですわ」
令は由乃が作ってきてくれたクッキーを一口、口に入れる。
ビターのチョコチップが入ったクッキーは、甘味が抑えられ美味しかった。
紅茶も令の好み通りで、クッキーの後味を消してくれる。
「外、雨はまだ降っているの?」
雨音はしなくなっている。
「えぇ、霧雨のように成っていますけど」
「そう、それじゃぁ送るよ」
「いいえ、お姉さま。それには及びませんわ」
令の言葉を由乃は断ってくる。
「お姉さまへの差し入れは、私がやりたいのでやったまでですから。これでお姉さまの気を使わせては」
「そうかい?」
「はい」
「わかったよ。それじゃぁ、お休み」
「お休みなさいませ。お姉さま」
令は部屋から出て行く由乃を見送ると、もう一度机に向かた。
「今日も、優しい妹に支えられた一日でした……と」
令は就寝前の日記を書き終わると部屋を暗くしてベッドに潜り込む。
「明日も穏やかな一日でありますように」
令はベッドの中、眠りながらそう祈っていた。
まず、オチについて。
オチはないとありなすが、一応、オチはあります。『最後の文』と『題名』を掛け合わせたものがオチです。まぁ、いわゆる『禁断の○オチ』というやつです。
次にいいわけ。
最初、大人しい由乃を書こうとして、令さまの性格が変わり。ついには祐巳を由乃劣化バージョンプラスに、乃梨子をツンデレ系に、志摩子を完全ボケにしました。というよりも成っちゃった。祥子はそう変わっていないと思うのですが……。
一応コレ、令×由乃なんですよ。本当に。
キー挑戦第三弾でした。
『クゥ〜』