【1492】 黄色い薔薇に今衝撃告白  (臣潟 2006-05-19 00:08:19)


 彼女に目を奪われたのは仕方のないことだったと思う。
 そりゃあまじまじと見つめてしまって、その姿をお姉さまに見られてしまったのは不覚としか言いようがないけれど。
 ベリーショートの髪をかすかに揺らして颯爽と歩く彼女はそれくらい格好よかったのだ。
 でも。
 それでも、だ。

「祐巳、あの子を妹にしなさい」
「へ?」

 何でそうなるんですかお姉さま。


 5月初旬。
 すでに桜も散り、時折思い出したようにやってくる肌寒い日も大分少なくなってきた。
 窓からのぞくマリア様の空から流れ込む風はすがすがしく、マリア祭の準備も捗ろうというものだ。
「現実逃避はそれくらいにしておきなさいな」
 そんな風に乗って届くのは親友の声。
 もっとも、2人しかいない薔薇の館に響くその声には呆れや疲れが多分に含まれてはいたが。
「祥子さん」
「なに?」
「お姉さま交換しない?」
「いやよ」
 無理、ではなく、いや、と答えるあたりが親友の親友たるゆえんだろうか。
 窓から室内へ、そして親友小笠原祥子へと目を移す。
 頼りになる親友はその誰もが羨み私も羨む容姿を惜しげもなく晒しながら、手元の書類へと視線を落としていた。
「祥子さんてさ」
「なに?」
「割と容赦ないよね」
「お姉さま方ほどではないわ」
 それは比べる対象が間違ってる、と心の底から思ったが、詮無きことと首を振って仕事を再開することにした。
 マリア祭まであと10日ほどと言ったところ。ここにはいない薔薇さま方も、それぞれ校舎内を忙しく回っているのだ。

「祐巳!あの子のことわかったわ!」
 おそらく私たちを常に見ていらっしゃるマリア様ですら数度しか見たことがないであろう満面の笑みで、お姉さまがビスケットを粉々に砕きそうな勢いで扉から現れた。
 ああ、お姉さま。祐巳はその笑顔が怖くてなりません。
 隣の祥子さんは、ごきげんようの「ご」の字も出てきてないではありませんか。
 先ほど帰ってこられた紅薔薇さまですら驚愕の表情で固まっておられますよ。ああ、これはレアだ。今年入学したというカメラ小僧ならぬカメラ少女が見たら光の速さでシャッターを押すに違いない。それでも、笑顔満天のお姉さまほどではないが。
「ごきげんよう、お姉さま。それで、誰のことがわかったのですか?」
「名前は支倉令、クラスは1年菊組、部活は剣道部。有段者ですでにホープと呼ばれているそうよ」
 ああ、お姉さま。マリア祭の仕事へ行っておられたのではなかったのですか。
「安心して。もう山百合会の手伝いを頼んできたから」
「ちょ、ちょっと黄薔薇さま?何の話をしてらっしゃるのかしら?」
 ようやく再起動を果たした紅薔薇さまが声をかける。
「支倉令さんの」
 お姉さま、そうじゃないと思います。
 と、ようやく周囲の空気を読んだのか、ポンと手を打って言い直した。
「ああ、そういうこと。つまりね……」
 何故かそこで一息置き、何かを考えるしぐさをする。
 ああ、お姉さま。悪い予感が確信に変わろうとしています。


「祐巳に妹ができたのよ」


「できてません!」
「祐巳ちゃん、意外と手が早いのね……」
「蓉子様あっさり信じないで!」
「ゆ、祐巳、いつの間に……」
「祥子さんも!」
「令ちゃんは来年ロザリオを渡す相手がもう決まってるそうよ。一気にひ孫までできて嬉しいわ」
「もういやーーーーー!!」


 鳥居江利子さまの妹になって1年。
 落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。




あとがきっぽい何か
 お初お目にかかります、臣潟と申します。
 世にパラレル再構成数あれど、祐巳が黄薔薇一家は少なしと思いここに一筆。
 深く考えずに書いてしまいましたが、楽しんで頂けたら之幸い也。
 それではこれにて。


一つ戻る   一つ進む