【1493】 由乃は見た大事件  (朝生行幸 2006-05-19 15:08:13)


 薔薇の館での仕事が終わり、最後まで残っていた黄薔薇のつぼみ島津由乃。
 最近はめっきり寒くなり、十分注意してはいたが、もともと健康には程遠い身体だったので、やはり風邪でもひいたのだろうか、喉の奥がすこしイガラっぽい。
 土日と休みなので、戸締りをしっかりと確認し、早く帰ろうと館を後にして数歩進んだその時。
 薔薇の館の裏手、中庭の方から、なにやら眩い光が発せられた。
「?」
 不信に思いつつも好奇心を抑えられず、足音を殺して館の裏手に回ったところ、なんとそこには、三つのボールの上に、灰皿をひっくり返して乗せたような形の、いわゆるアダムスキー型と呼ばれる円盤が着陸していた。
「…な、なんでこんな物が?」
 驚きのあまり、警戒するのも忘れて円盤に近づく由乃だったが。
 ガサリ。
 背後から聞こえた音に、飛び上がらんばかりに驚いた。
 振り向けばそこには、どこかで見たことがあるような二人の人物が立っていた。
 ただしその服装は、銀色っぽいツヤがある密着型。
 由乃の思考は、当然ながらと言うべきか短絡と言うべきか、彼等は『宇宙人』、または『地球外知的生命体』という結論に到達していた。
「あ、あなた達は誰?」
 言葉が通じるかどうかは疑問だが、聞かずにはいられない由乃。
「コニーチワ、ハジメマーシテ」
 まるで片言でしか喋られない外国人のような口調だが、とにかく返って来た言葉は、紛れもなく日本語だった。
「ワターシノナマエハ、ジョーンズトイイマース」
 答えたのは、まるで映画俳優のトミー・リー・ジョーンズに瓜二つの人物。
「ソシテコチーラハ、スミストイイマース」
 自称ジョーンズ氏の傍らに立つのは、同じく映画俳優のウィル・スミスにそっくりな人物。
「ジョーンズさんにスミスさんね。いかにもウソくさい名前ではあるけれど初めまして」
 確かにアメリカ辺りでは、ごまんとある名前であろう。
「私は、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンの島津由乃よ」
「オウ、ズイブーントナガイナマエデースネ。フェチトヨバセテモライマース」
「って、誰がフェチよ! 私のことはヨシノって呼ぶこと。いいわね?」
「リョウカーイシマーシタ。ヨシーノサン」
「まぁ良いけど。それで、あなた達は何者なの?」
 すっかり毒気が抜かれたのか、やたらデカイ態度で二人?に対する由乃。
「ジツハワターシタチ、カトウトハイエ、アルテイドイジョウノブンメイヲキヅイタジンルイデアルトコロノアナタガタチキュウジント、ユーコーヲムスブタメニヤッテキマーシタ」
「地球人が下等ですって?」
「ハイー、オイカリハゴモットモーデスガ、ワガホシノカガクリョクニクラベタラ、チキュウナンテ、ヘメヘメノスペペペペデース」
 本人にはその気はあまり無いのだろうが、由乃にしてみれば、侮辱にしか聞こえなかった。
「アンタたち、バカでしょ?」
「ハイー? バカッテナンデショウ?」
「頭が悪いって言ってんの!」
「オウ、カトウセイブツニアタマガワルイトイワレテシマイマシタ。デスガドウシテ、ワターシタチ、キンセイデウマレテモクセイデソダッタカセイジンノアタマガワルイトイワレマースカ?」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を出す由乃だが、その気持ちは分からんでもない。
 誰が、金星生まれで木星で育った火星人などという戯言を信じるのだろうか。
「あのねぇ、割とあっさり地球人を下等呼ばわりするけど、太陽系に、地球以外で生命が存在する星が無いのはわかっているのよ? 酸の大気で覆われた金星なんかに生命がいるわけないし、火星もかつては水があったらしいけど、パスファインダーもグローバルサーベイヤーも生命の痕跡を見つけることはできなかったわ。木星だって、主成分がヘリウムと水素のガス惑星。生命が住める大地は存在しないことぐらい知ってるんだから。まぁ、木星の核は、地球大のダイヤモンドでできているらしいって話は聞いたことあるけど、それが地面とは言い難いし」
「ソレハチガイマース。ダイセキハンハ、カザントソノフンエンデデキテマース。カザンガアルトイウコトハ、ジメンガアルトイウコトデース」
「アンタらは、あ○かあ○おの本でも読んでるのか!?」
 そういう由乃も読んでるようだ。
「モクセイノエイセイニスンデイタトシタラドウデショウ?」
「それなら素直に木星の衛星に住んでいたって言いなさいよ。月で生まれ育ったのに地球人って言うようなものよ」
 正しくは月で生まれ育った地球人なので、地球人であることにはかわりないのだが、さすがの由乃も少々混乱しているようだ。
「カセイニセイメイガソンザイスルショウコアリマース。シドニアノジンメンセキ、アレワレワレガツクッタデース」
「自然造形による光と影のイタズラだってことは、とうの昔に判明しているわよ。未だにあれが建造物だって言い張るのは、コ○ノケン○チぐらいだわよ。だいたいアンタたち、こんな夕暮れの女子高なんかに来て、友好もクソもないでしょ? どうして、国会議事堂とか首相官邸とか、いや日本である必要はないわね、アメリカ大統領とかのところに直接行かないのよ。どう考えても、来る所間違えてるわよ」
「ソレハシカタガアリマセーン」
「どうして?」
「ワレワレニハムカシッカラ、ジュウヨウジンブツトセッショクシテハイケナイトイウキマリガアルノデース」
 確かに、職を転々としていたアメリカ移民や、自動車ジャーナリスト等、地球レベルで考えればさして重要でない人物ばかりに、友好や世界平和、核兵器の恐怖などを訴えたという例は多い。
「デスカラ、トリアエズテキトウナトコロデアイテヲミツクロイ、コンランシテイルトコロデムリヤリアイテヲウナヅカセラレレバ、コチラノモクテキハタッセイシタコトニナリマース。ソシテ、ジブンノホシニカエール。カンタンナハナーシ」
「悪徳業者の手口ね。で、もし、その相手やらが頷かなかったらどうなるのよ」
「ムリヤリニデモ、ウナヅカセマース。ダカラヨーシノサンニハ、カクゴシテイタダキターイ」
 ジョーンズ氏とスミス氏の二人は、剣呑な雰囲気の銃っぽい物を取り出すと、由乃に向けて構えた。
「ワタシターチトユーコーヲムスーブ。オウカイナカ?」
「だから、そんなひょっとしたら重要かもしれないこと、一介の女子高生に決められるワケないでしょ!?」
「ワレワレガエランダノガチキュウノダイヒョウ、タダソレダーケ。サイゴノチャンスデス。ハイカイエースカ?」
 島津由乃、人生で2番目か3番目の、絶体絶命のピンチ。
「は…」
 ジョーンズ氏、由乃が『はい』と言うと思い、銃口を下げて身を乗り出したその時。
「ハックショイ!」
 由乃は、盛大なクシャミを放ったのだった。

「という話があったのよ。ま、信じる信じないはあなた達に任せるけど」
 月曜日の昼休み、松組の教室にて、クラスメイトに金曜日の話をする由乃。
「で、その後どうなったの?」
 事実かどうかは無関係といった風情で、嬉々として訊ねてくる紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
 その両脇には、苦笑いしている武嶋蔦子と山口真美がいた。
「くしゃみの時に飛び散った唾液が触れたらしくて、銃みたいな物も円盤も、ついでに二人の宇宙服も、あっと言う間に溶けてしまったのよ。火星人はインフルエンザに弱いって聞いたことあるけど、話が違うわよね」
 呆れたような口調の由乃。
「で、そのジョーンズ氏とスミス氏のその後は?」
 蔦子が、由乃に問う。
「スミス氏は知らないけど、ジョーンズ氏なら、街の工場で働いているのを見たわ。きっと今頃、缶コーヒーでも飲みながら休憩しているんじゃないかしら」

 一方その頃、当のジョーンズ氏は、吉○家で昼ご飯を食べている真っ最中なのは、また別の話…。


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