【1495】 庶民派としては  (C.TOE 2006-05-19 21:28:27)


春四月。
新入生が入ってきた。
祐巳は紅薔薇さまになり、由乃さんは黄薔薇さまになった。

「どうぞ、紅薔薇さま」
「ありがとう」

薔薇の館の二階。
祐巳の前に紅茶を置いたのは黄薔薇のつぼみの菜々ちゃん。
入学式が終わって由乃さん、薔薇の館に集合をかけたと思ったら、早速菜々ちゃんを改めて紹介した。驚いたことに入学式が始まる前、校門で待ち伏せして学校にやって来たばかりの菜々ちゃんを捕まえてロザリオを渡したのだそうだ。思いこんだら青信号の由乃さんらしいといえばらしいけど。
たしか由乃さんが令さまの妹になったのは令さまが家に帰ってからだからそれより早い最速記録だね、と由乃さんに言ったら、「そんな事どうだっていいのよ。私の妹居ない期間が1秒でも短くなれば」と返された。由乃さん、妹が居ないのをかなり気にしていたらしい。それでも、「理論上絶対破られない最速記録は、江利子さまには有効かも・・・」などとつぶやいていた。卒業されてから一年経ったというのに、江利子さまの影が見え隠れする。

菜々ちゃんと由乃さんを見ている白薔薇さまの志摩子さん。
由乃さんは菜々ちゃんを初日から薔薇の館に連れ込んで、あれこれ指導している。
志摩子さんはそんな二人を温かく見守っている、といったところだろうか。

その隣で乃梨子ちゃんが珍しいものでも見るかのような目。豹変してからの由乃さんしか知らない乃梨子ちゃんにとっては、甲斐甲斐しく後輩の面倒を見る由乃さんというのは新鮮に映るのかもしれない。

私の隣の席で静かに紅茶を飲む瞳子ちゃん。
いろいろあって、姉妹になったのは年が明けてからになってしまったけど、祐巳の可愛い妹。

ようやく祐巳にも妹ができたという噂をどこからか聞きつけた聖さまがふらっと遊びに来た時、祐巳達を見て、「祥子が飼い主なら、電動ドリルちゃんは世話係だね」などとのたまった。
紅薔薇家以外のメンバーにはうけたが、祥子さまと瞳子ちゃんは怒っていた。祐巳は不覚にも全くそのとおりだと納得してしまった。
不機嫌そうに祥子さまが「それなら聖さまはなんですの?」という問いに、「紅薔薇家の子犬を可愛がる隣の白薔薇家の元住人」と悪びれた様子も無く堂々と答えると、身構えた祐巳ではなく無防備だった乃梨子ちゃんを抱きしめて、乃梨子ちゃんが無反応なのにがっかりすると、帰られてしまった。


祐巳はティーカップを置くと、傍に置いてあったリリアンかわら版新年度号を見た。
新聞部は入学式に既に新号を発行しているのだ。
といっても、実際には昨日までにほとんど準備しておいて、新入生が登校してくる写真を朝一で撮影すると、入学式の間に印刷していただけだが。

そのリリアンかわら版新年度号、表は“新入生歓迎”と題して、学園長のコメント等ありがちな記事。
その下には“リリダス”という、高等部から入学した人向けの欄。姉妹(スール)制度、ロザリオなどの説明がある。それらに混じって白ポンチョまで載っている。おそらく乃梨子ちゃんの提案だろう。

そして裏には山百合会の紹介が載っている。
もちろん祐巳たち三人の薔薇さま、そして二人のつぼみのことが載っている。さすがに菜々ちゃんは載っていなかった。

紹介文に、メンバーを一言で表すと、という欄がある。
これは祥子さま達の学年が卒業する前、1・2月のうちにアンケートで集めておいたものらしい。

白薔薇さまの志摩子さん。
“ほんわか”“ふんわり”“ミス・プリンセス”といった単語。どれも志摩子さんを表現しているが、表現しきれていない。祥子さまとは全然違うが、志摩子さんも超がつくほどの美人だから。そしてそれらに混じって“小寓寺の娘”とある。真美さんは「多面的に捕らえるため」と言っていたけど、こうやって並べられると事情を知らない新入生は混乱するだけじゃないだろうか。

黄薔薇さまの由乃さん。
“妹にしたいナンバーワン”“コートはAライン”。昔、祐巳も由乃さんの事を知る前なら並べそうな言葉だが、最後に“青信号”。まだまだ猫をかぶった由乃さんしか知らない人が大半とはいえ、これはある意味危険な単語ではなかろうか。地雷かもしれない。

白薔薇のつぼみの乃梨子ちゃん。
“冷静で面倒見が良い”。瞳子ちゃんや可南子ちゃんによると、高等部から入ったということで、根本的な雰囲気が違うせいか、お世辞にもクラスに溶けこんでるとはいいにくい乃梨子ちゃんだが、面倒見が良くて処理能力に優れているのでクラスで人望があるという。そして“趣味仏像鑑賞”。いや、だからなぜ必ず一つずつ地雷が仕込んであるかな。真美さんの真意がわかりかねる記事内容だ。

紅薔薇のつぼみの瞳子ちゃん。
“演劇部の女優”。瞳子ちゃんを表すならまずこれだろう。
“電動ドリルちゃん”。アンケートに聖さまは答えてないはずだけど・・・?

そして祐巳。
“のほほん”。志摩子さんの“ほんわか”に似ているが、何か違う。辞書とジーパンぐらい違うと思われる。
“百面相”。やっぱり聖さま、答えてるのかな。
そして一つだけわからない単語がある。祐巳の知らない単語。漢字三文字。・・・ウラ?一文字目からいきなり読み方がわからない。三文字をそのまま読んでもわからない。祐巳の知らない単語なのか、特殊な読み方があるのか。


黄薔薇姉妹を温かく見守っている志摩子さんに聞いてみた。

「ねえ、志摩子さん。これ、なにか知ってる?」
「ああ、それね。私も気になっていたのだけれど、わからないわ。最後が『公』の字だから、公爵のような貴族だと思うのだけれど。今のイギリス王家は昔“ハノーバー朝”と呼ばれていたけど、それは元は“ハノーバー公”、つまりハノーバーの領主様だったから。実際、ハーノーバーの領主とイギリスの国王を兼任してた時期もあるわ」

そういえば世界史の授業でそんな事習ったなーなどと祐巳は思いながら、席に戻ってきた由乃さんにも聞いてみる。

「私もわからないわ。私も志摩子さんと同じ意見だけど、前二文字が漢字だから、中国の地名じゃないかと思うの。漢王朝最後の皇帝・献帝が魏王に譲位した後、“山陽公”という役職を貰うのだけど、それは山陽の領主という意味。実際には名前だけで軟禁されてたけど」

由乃さん、忍者モノに続いて三国志にも手を出したらしい。
とりあえず貴族っぽいって事で、祐巳は余計に悩んだ。お姉さまの祥子さまならともかく、祐巳は庶民代表みたいなものだ。○○公なんて称号、貰えるとは思えない。
などと考えていたら、ティーカップを置いた瞳子ちゃんと目があった。

「ねぇ瞳子ちゃん―」
「私もこの単語は知りません。でも、真美さまに誤植でないか確認したほうがいいと思います」
「え、瞳子ちゃん、心当たりがあるの?」
「間違い無く祐巳さまの事ですわ。でも、まず確認してください。そうでないと、はっきり言えませんわ」

それを聞いた乃梨子ちゃんが「ひょっとして・・・」と小さな声で言った。

「あ、乃梨子ちゃん、知ってるの?」
「たぶん―」
「乃梨子さん」

乃梨子ちゃんの発言を遮る瞳子ちゃん。

「祐巳さま、そんなだから、お花が頭に咲いてる、おめでたい方なんて言われるんです。少しは自力で調べてくださいませ」
「そんな事言わずに、教えてよ」
「祐巳さま、もっと薔薇さまらしくしてくださいませ」

とっても厳しい瞳子ちゃん。他の四人を見たが、白薔薇、黄薔薇各家で何かぼそぼそ言ってる。どうやら祐巳以外はわかったようだ。
祐巳は仕方なく新聞部に確認に行くことにした。
薔薇の館を出て、新聞部の部室に向かう途中で、幸運にも祐巳は真美さんに遭う事が出来た。


「真美さん。これなんだけど・・・」
「あ、ごめんなさい。それ、誤植なの。二文字目と三文字目が逆なの」

なるほど、瞳子ちゃんの言ってたとおり、誤植だったんだ。でもそうすると、最後が“公”ではなくなるので、貴族ではないということだ。でも最後が“英”って、どういうことだろう・・・?
やっぱり祐巳には意味がわからないので、真美さんに聞いてみた。

「それで、意味は?」

くるっと周りを見渡す真美さん。

「あそこに咲いてるわ」

真美さんが指差した先には。



黄色い花が咲いていた。





おまけ


「瞳子ちゃん、ひどいよー、私のこと“たんぽぽ”って・・・たしかに自分でもそう思うけど、真美さんに教えてもらった時、恥ずかしかったんだから」
「どうして恥ずかしいのです?」
「だって、たんぽぽだよ?薔薇じゃなくて」
「祐巳さまはそれでいいのです。瞳子は薔薇さまの祐巳さまの妹になったのではなく、たんぽぽの祐巳さまの妹になったのですから」


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