【1497】 水野祐巳  (クゥ〜 2006-05-20 01:42:12)


 お姉ちゃんに妹が出来たらしい。
 妹と言っても、血のつながった実の姉妹ではなく。リリアン女学園の高等部にだけある姉妹制度の妹だ。
 新学年度が始まったばっかりだというのに、まぁ、なんて早いことだ。
 流石はお姉ちゃんと思うが、ちょっと妹に成った人に嫉妬みたいなものを感じる。
 「はぁ〜、逃げようかなぁ」
 その妹を紹介するからと、今日連れてくるらしい。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんの妹に成った人を見たいといっていたが、残念なことに二人ともお仕事。
 そのかわり、実の妹である祐巳と弟の祐麒が会うことに成っていた。
 「くっそう!!祐麒の奴、逃げたな!!」
 祐巳の年子の弟で、リリアンのお隣の花寺に通っている。が!!部活もしていないくせにまだ帰らない。
 「祐麒がどうしたの?祐巳」
 「あ!お姉ちゃん。帰っていたんだ」
 振り向けば、ダイニングの入り口にはお姉ちゃんがいた。祐巳の実の姉である。蓉子はリリアン女学園高等部の二年で、紅薔薇の蕾なんて称号を持つ。
 お姉ちゃんは、幼稚舎からリリアンの祐巳とは違い。中学からリリアンに入学したが、頭もよく、顔も祐巳とは違いお母さん似で、美人だ。
 ときどき羨ましいを通りこして、嫉妬さえ覚えるが、祐巳の自慢の姉である。
 「祐麒は、まだ帰ってきてないのよ。それで、連れて来たの妹?」
 「えぇ、玄関で待たせているわ」
 「それじゃ、どうしよう?お父さんたちもいないし祐麒も帰っていない。私だけ合うとわけにもいかないしさぁ」
 祐巳はどうにか誤魔化して、お姉ちゃんの妹に会わないようにしようと考えるが、お姉ちゃんは明確だった。
 「なに言っているの、祥子を連れてきたのは祐巳に紹介するのが主目的なのよ。ようは祐巳に紹介すれば、それでいいのよ」
 「うぇぇ」
 祐巳はお姉ちゃんの言葉に顔をしかめる。
 「また、そんな顔をする。いい、今、連れて来るからそこで待っていなさい」
 「はーい」
 祐巳はしぶしぶ返事をして、お姉ちゃんは玄関に向かう。
 玄関の方からは、お姉ちゃんともう一人知らない声がした。
 「はぁ、覚悟を決めるか」
 祐巳は仕方ないと諦めて、お姉ちゃんの妹と会うことに決めた。会うと決めたからには、お姉ちゃんに絶対恥ずかしくない妹を演じなければいけない。
 立ち上がり。
 背筋を伸ばし。
 入ってきた相手に笑顔で「ごきげんよう」
 よし!これだ。
 祐巳は考えた通りにダイニングの入り口を見て準備する。
 「ごめんなさい。妹しかいないのよ」
 お姉ちゃんの声。
 「いえ、それよりも私なんかがお邪魔してよろしかったのでしょうか?」
 これは知らない人の声。
 どんな人だろう?お姉ちゃんがあんなに心引かれたのは?
 「つまらない人だったらどうしよう?」
 祐巳が嫌がっても、お姉ちゃんが選んだ妹だから祐巳がとやかく言うことは出来ない、それでも心配してしまうのは、お姉ちゃんが大切だから。
 「こちらよ」
 「お邪魔しますわ」
 お姉ちゃんの後に続いて髪の長い女性が入ってくる。
 祐巳は挨拶も忘れ、その女性に見とれてしまった。
 ……この人が、お姉ちゃんのあの綺麗なロザリオを受け取った妹。
 「祐巳?どうしたの?」
 「あ!ご、ごきげんよう」
 「ごきげんよう。祐巳ちゃんね」
 「は、はい!!」
 自己紹介もしていないのに、祐巳の名前を知っていた。まぁ、お姉ちゃんが話したのだろうが、いきなり「ちゃん」付けとは思わなかった。
 「それじゃ、改めて紹介するわ。祥子、これが私の下の妹の祐巳」
 「リリアン女学園中等部三年の水野祐巳です。これからお姉ちゃんをよろしくお願いしますね」
 「いえ、こちらこそ」
 祐巳が頭を下げると、祥子さまも頭を下げる。
 「それで、この子が私の妹に成った小笠原祥子」
 「小笠原祥子といいます。この度、蓉子さまの妹に成りました。これからよろしくね。祐巳ちゃん」
 「こちらこそ」
 もう一度、挨拶をする、それにしてもこの祥子さまって人は、なんて綺麗な女性なのだろう。
 お姉ちゃんやお姉ちゃんの友人の聖さまや江利子さまも美人だが、この祥子さまの前では、霞んでしまうように思える。
 「祐巳、さきほどからどうしたの?」
 「え?ううん、なんでもない……それにしても、お姉ちゃんがこんなに面食いだとは知らなかった」
 「う!なに言っているのよ。祐巳!!」
 祐巳の一言にお姉ちゃんは顔を真っ赤にする。何もそこまで照れなくてもいいと思うが、こんなお姉ちゃんはそう見られることではない。
 祐麒に話したら残念がるだろう。
 「あはは、さっ、どうぞ、祥子さま。いまお茶を用意しますので」
 祐巳は笑いながら、キッチンに向かう。
 後ろでは、お姉ちゃんが「ごめんなさいね」と、祥子さまに謝っていた。
 祐巳は、祥子さまの好みを知らないので、無難に紅茶とクッキーを用意する。
 「どうぞ、お待たせしました」
 「すみません」
 「ありがとう、祐巳」
 なんだか大人しい人だなぁ。
 綺麗で大人しい、それが祐巳が祥子さまに持った印象だった。
 まぁ、まだ、お姉ちゃんと祥子さまは姉妹に成ったばっかりなので、こんなものかもしれないとも思うのだが。
 お姉ちゃんと祥子さまの会話が少ない。
 ……もしかしなくても私お邪魔?
 祐巳はそう思い。この場を離れることにした。
 「それじゃ、私、部屋に行くから」
 「あ、祐巳?」
 「あの、祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう。お姉ちゃん、祥子さま」
 祐巳がそう言ってダイニングを出ると、後ろからは「ごめんなさいね」とか「気をつかわせてしまって」とか聞こえてきた。
 祥子さまは初対面の相手が苦手なのか?それとも大好きなお姉さまの妹相手にどう接していいのか分からなかったのか?分からないが、祐巳は少し、祥子さまと話せなくって残念な気持ちが残っていた。
 祐巳は部屋に戻り、ノートを広げ復習を始める。
 いくらリリアンのエスカレーターを使って高等部に上がるとはいえ、祐巳はこれでも受験生なのだ。
 復習をしていると下の方からは笑い声が聞こえてきた。
 どうやら出てきて正解だったようだ。


 しばらくして下の方から祐巳を呼ぶ声が聞こえた。
 「祐巳ー!!祥子が帰るそうだから、下りて来なさい」
 「はーい」
 お姉ちゃんの声が聞こえたので、祐巳はノートを閉じて部屋を出る。
 一階に下りて玄関に向かうと、もう、祥子さまは帰られるところだった。
 「祐巳ちゃん、今日は気を使わせてしまってごめんなさいね」
 「いえ、こちらこそたいした御もてなしも出来ずに、すみません」
 「それでね。祐巳ちゃん、今度の機会にはキチンとお話しましょう」
 そう言った祥子さまの笑顔はとても素敵で、思わず見とれてしまう。
 「祐巳ちゃん?」
 「あ!はい、そうですね」
 祐巳はそう言ったが話す機会はないだろうと思っていた。祐巳はまだ中等部なのだし、祥子さまはお姉ちゃんの妹になった以上は山百合会のお仕事が大変になるはずだから。
 たまには、お姉ちゃんの関係で会うかも知れないが、その程度だろう。
 「それじゃ、祥子を送ってくるから」
 「うん、わかった」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう、祥子さま」
 祐巳は、お姉ちゃんと祥子さまを見送ると「あ〜ぁ」とぼやく。
 あんな素敵な人が、お姉ちゃんの妹に成ったなんて思わなかった。そして、同時に残念だなとも感じていた。
 来年、高等部に上がったら、あんな素敵なお姉さまが出来たら最高だとは思う。でも、無理だ。
 祐巳は成績も運動も並程度。お姉ちゃんみたいに完璧にはなれない。
 それに、祥子さまを挟んでお姉ちゃんと対峙するなんて真っ平ごめんだ。
 祐巳は、お姉ちゃんの妹として祥子さまと二言三言の会話だけでも楽しかったから、それでいいと思っていた。



 これが祥子さまとの出会い。そして、祐巳が祥子さまのロザリオを受け取る一年前の出来事だった。






 もう、言い訳はしません!!題名そのままです。ありきたりですね……とほほ。
 誰か書いているかもしれませんので、ネタが重なったらごめんなさい。
 キー挑戦第四弾でした。
                              『クゥ〜』


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