【No:1492】【No:1500】と同じ世界でのお話。
寒い。
手がかじかむ。
もはや頬を叩く風も感じぬほどに顔は凍てついている。
それでも、この場所を立ち去ることはできなかった。
「聖」
かけられた声は、ずっと待ち望んでいたものではなかった。だが、私が世界で一番美しいと信じている声だった。
そして、此処で聞くはずのない声。
「お姉……さま……?」
振り返って視界に入ったのは、見紛う事なき自らの姉だった。
「どうして……」
「栞さんの代わりに、貴女を迎えに来たのよ」
その言葉に、全身に血が巡る。
そう――
「栞……栞は?!」
「栞さんは、貴女とは一緒に行けない、って」
だが、その一瞬体温を戻した血は、次の瞬間に凍てついた。
「嘘……」
お姉さまは私の言葉にはなんら答えず、ポケットからメモ帳のような紙切れを取り出し私に渡した。
私は思考することを忘れてそれを受け取り、目を落とした。
「栞さんは一度、この駅に来たそうよ。でも、貴女には会えなかった――」
「どうして……来たのなら、せめて直接」
「会えなかったのよ。会えば決心が鈍る……事実、遠目にホームにいる貴女を見ただけでも心が揺らいだ」
栞……
「大人びて見えても、まだ16歳の女の子よ。こうして手紙を書くのが精一杯だったのよ」
……私は、その16歳の女の子に何を強いたのだろうか……
「帰りましょう」
差し出された手を握って、まるで動かない身体をゆっくりと持ち上げた。
「栞は、これからどうするの……?」
「転校するそうよ。遠い、遠いところに」
なぜ。
どうして。
頭の中をかき回す疑問は、やがて一つの答えを導き出した。
「私の、せいだ……。私が……!」
続く言葉を発することはできなかった。
お姉さまにしっかりと抱きかかえられてることに、しばらくしてから気付いた。
「何も悪いことなんてないわ。出会いも、別れも、何一つ無駄なんてないのよ。全てが貴女の未来のためにあるの」
「そんな……未来なんて……」
来ない、という言葉も、お姉さまによって阻まれた。
「今はわからなくていいわ。いつかその傷が癒えたときに、きっと理解する。それまでは、私たちに寄りかかって休んでいいから」
「でも、お姉さまはもう……」
「あら、貴女を支えてくれる人は、私だけじゃないわよ?」
改札から続く階段の方へ視線を上げたお姉さまに釣られ、そちらへ目を移すと、鍋を持った祐巳がやってきていた。
……鍋?
思考が追いつかず、思わずお姉さまの顔を振り返ると、少し引きつっていた。
「聖?」
「あ、祐巳……その、えっと、心配かけてごめん?」
何故か疑問系になってしまった。
「心配するのは友達の特権だよ。はい、令特製お鍋」
呆けてぽっかり開いていた口に、白菜が放られた。
キムチ鍋だ。少し辛い。
そして――
「冷たい……」
「あはは、ずっと外にあったからね。温めればまた美味しく食べれるよ」
そこはあんまり問題じゃないと思う。
この友人は、ずっと鍋を持って外にいたと言うのだろうか。
「祐巳ちゃん……」
「はい?静さまもお食べになりますか?」
「食べないわよ。……少しばかり江利子に毒されすぎじゃないかしら?」
「発案はお姉さまですから。それに、この為にイタリアから飛んできた静さまも十分無茶してますよ」
「妹のためだもの。姉はいくらでも無理できるわ」
「妹だって姉のためなら何でもできますよ」
「あなたたち黄薔薇姉妹はやることが人とずれ過ぎてるのよ」
「っは、あはは、あははははははははは……」
親友は薔薇の館から鍋を持って、姉は遠い異国から、私のために来てくれたのだという。
私はこの日、生まれて初めて笑って涙を流した。
あとがきかもしれない
えーっと、色々とごめんなさい。
このタイトルからこんなお話が生まれるあたり、江利子さまの力は絶大です。
実はいばらの森が手元にないので、某動画サイトでアニメ11話を見てから書きました。
前半はまんまだったりします。
まだメインキャストが揃いませんね……次はどんなお話にしましょう。
おまけNG
「日付が変わったわね」
「Happy birthday!」
「Buon compleanno!」
「……声合わせましょうよ」
「ごめん、つい癖で……」