【No:1512】の続き・・・
「さすがだね、瞳子はあんな高そうなジュエリーのお店に知り合いがいるんだ」
「まぁ、お母様が時々買っていらっしゃいますので、自然と私もお付き合いするようになっただけですわ。親の力です、私の力ではありません」
「いいじゃない。何も知らないよりは、知ってることが多い方が良いわ」
「ま、まぁ、そういう考え方もできますわね」
能天気と紙一重のポジティブな思考、羨ましすぎます祐巳さま。
「ところで、そろそろお昼にしない?お腹空いちゃった。瞳子は何処のお店が良いか考えて来た?」
「それなのですが、予算が限られていますのでハンバーガーショップくらいしか・・・。他に知ってるお店はどれも予算オーバーですの」
新聞部が出してきた予算三千円は少なすぎます。私の知っているお店では一皿食べたら終わりではありませんか。
「瞳子もお姉さまと一緒でハンバーガーをナイフとフォークで食べたりするのかな?」
「祥子さまはそのようなことを?まったく世間知らずというのは困ったものですわね。私は演劇部の友人たちと参りますので、一般常識を持ち合わせておりますわ」
「ふーん・・・。んじゃ、そこの店にしよう」
と指さされたのは・・・牛丼の芳野屋??祐巳さまはさっさと店に入ると、先にカウンターの席について手招きで私を呼んでいる。仕方なく横に並ぶと祐巳さまがカウンターの中の店員さんに声をかけられた。
「えーっと、私は並盛つゆだくネギ多め、それとみそ汁ね。瞳子は?」
「えぇ?!あの・・・お姉さま・・・このお店は初めてでして・・・」
「ん?仕方ないわね、こっちは並盛、みそ汁、それからお新香もね」
「はい、並つゆだくネギと並、みそ汁2つ入ります」
きょろきょろと見回した後、カウンターの上のメニューを見つけた。牛鮭定食?豚丼?ここは牛丼屋さんではないのですか?
「お姉さまはよくこのお店に来られるのですか?慣れていらっしゃるようですが」
「うーん、祐麒に連れられて何回かね。ここは安いし量はあるしで花寺の生徒はよく来るそうよ。育ち盛りの男の子は安くて量があるお店に詳しいわね」
なるほど。たしかに、ほとんど男の方ばかりのようで、女性は・・・私達だけ?
「お嬢様な瞳子には余計な知識かもしれないけど、私は庶民の子、肩が凝るお店よりはこっちの方が気楽なのよ」
はぁ・・・ですが、牛丼屋に出入りする紅薔薇さま、リリアンの生徒が泣かないと良いのですが・・・。
「ねぇ、瞳子、ちょっと個人的な買い物したいんだけど、デートとは別会計で良いよね?」
「そうですね、個人的なものであれば別にした方がよろしいかと思います」
「ん!この間見つけた雑貨屋さんで欲しいものがあったんだけど持ち合わせがなくてね。今日なら買えるから寄って行こうと思って」
そうおっしゃられて入ったファッションビルの中にある雑貨屋、いえ可愛らしい小間物屋さんですか。髪どめやリボン、ピアスやネイルグッズなど女の子なら誰でも好きなものばかり。
ただ・・・殆どのデザインが花をモチーフにしたものばかり。いえ、全部と言っても良いでしょう。非常に偏った品揃えのようですが、これでお店が成り立つのでしょうか?
「瞳子、これ、どうかな?似合う?」
そう言って祐巳さまが手に取られたのは深い緑地に溶込むように紅薔薇が配されたシックなリボン。
「落ち着いたイメージですがよくお似合いだと思います。ただ、その紅薔薇は次代の紅薔薇さまの象徴のおつもりですの?」
「くすっ・・・そうね、そうかもね。貴女にもよく似合うでしょうね」
意味ありげに微笑まれると祐巳さまはリボンを手に店の奥に向かわれた。いつもはぼんやりした方なのに、突然キリリとされる時があり、そんな時は逆らえなくなってしまう。奥の深い方だ・・・。
「さ、行きましょうか。おいしいケーキとお茶を出してくれるお店があるのよ。去年、お姉さまとのファーストデートでも行った所だけど、瞳子にも知っていていて欲しいから」
「もしかして一昨年末にかわら版で取り上げられて、高等部で流行ったというお店ですか?楽しみですわお姉さま」
祥子さまの次というのは残念だけど、姉妹の時間の長さが違うのだから仕方ない。
「それと、これ、明日着けてきてね。お姉さま命令よ」
「は?なんですの?」
突然、小さな紙袋を渡された。着けて来いとは何なのでしょうか?と袋の中を覗き込むと、先ほどのリボンが二本!
「・・・どういうことですのお姉さま?ご自分のために買われたのではないのですか?」
「そうだよ」
「そうだよ・・・って、それではなぜ私に渡されるのですか?受け取ることは出来ません」
「言ったでしょう、お姉さま命令だと。ほら、私も同じリボンを持ってるの。私は瞳子と一緒のリボンがしたいのよ。だから、それを着けなさい、いいわね?」
祐巳さまはズルイ。祐巳さまと一緒の物を身に着けるなんて、そんな誘惑に・・・勝てる訳がないではありませんか。
「・・・はい・・・お姉さま」
「よしよし、瞳子はいい子だね。さ、行こう!」
そう言って私の手を握り歩いて行かれる祐巳さま。嫌々付き合って差し上げるのです。嬉しいなんて絶対に言ってあげませんからね、祐巳さま。
「瞳子ちゃん!祐巳と手をつなぐなんて100年早くてよ!」
「ど、どうどう、祥子!落ち着いて!見つかっちゃうってば」
「松平家潰してやろうかしら・・・あぁ、でも祐巳は優しいから逆効果だわ・・・」
「物騒なこと言わないの。まったく、祐巳ちゃんのことになると見境ないんだから・・・あ、由乃!?」
「あ、由乃さん」
「え?祐巳さん?どうして?」
「どうしてって、去年行ったあのお店に行こうと思って」
「えー?私達もだよ」
「あら、祐巳さん、由乃さん」
「ほえ?志摩子さん?・・・もしかしてこの先のお店でお茶?」
「えぇ、お姉さまに勧められて」
うわー!薔薇ファミリー勢揃い?あ、令さまと紅薔薇さまが居ないか。・・・その方が緊張しなくて良いけどね。
でもこれで祐巳さんや志摩子さんともお近づきになれるの?
「いいなぁ、私達は映画でお金使い果たしちゃったから、ちさとさんに場所を教えるだけなんだよ」
あー!そうだった。こんなことならもう少し計画的に使うんだった。
「うーん、私と瞳子もケーキセットぎりぎりの金額しか残してないからなぁ」
「そうだわ、それなら私達が由乃さん達の分を持てば良いのよ。それなら6人で楽しめるわ、ねぇ乃梨子」
「そうですね、予算まるまる残ってますから大丈夫かと」
どうして?お昼を食べなかったのかしら?由乃さんも「どうしてよ?」って訊ねてる。
「レストランでお姉さまとご一緒して、お話したら奢って下さったの。それで使っていなかったのだけれど、こんな形で役に立つとは思わなかったわ」
先代白薔薇さま太っ腹!やっぱり大学生になると余裕が出るのかなぁ。
それじゃあ皆で一緒に、と話していると、祐巳さんの妹の・・・えーっと、瞳子さんだっけ?が近くのビルに向かってつかつかと駆け寄ると「祥子さま、令さま、何をなさっておいでなのですか!?」と大声をあげた。
しばらくシーンと妙な間が漂ったあと柱の陰から祥子さまと令さまが顔を出した。
「そ、そのね、・・・そうそう、本を探しに出てきたのだけど、あなた達の姿が見えたのでちょっと様子を見にきたのよ。ね、令、そうでしょ?」
「そうそう、そうだよ、偶然見つけてさ。決して後をつけてたわけじゃなぐふっ」
「余計なことは言わなくても良いの!・・・おほほほ、そういうわけだから後はあなた達で楽しんでいらしゃい。ごきげんよ」
なんだか慌ててる祥子さまと令さま、話を打ち切って立ち去ろうとした時。
「令ちゃん・・・」
「由乃・・・さん・・・な、なにか?」
由乃さんはつかつかと令さまに近づくと、下から見上げるように令さまを睨み付ける。
「・・・・・・・・・・・・ストーカー」
「な!?よ、由乃!私は」
「え?なに?やっぱり一緒に来る?えー!?しかも私とちさとさんの分まで奢ってくれるの?嬉しいなぁ」
「由乃!?」
「良かったわ。リリアンかわら版に黄薔薇さまの優しい一面をレポートしますね。・・・・・・ストーカーじゃない、って」
「・・・はい、喜んで奢らさせて頂きます」
えーっと、令さまは由乃さんが心配で後をつけていた??もしかして祥子さまも??
「まぁ、祥子さまもいらっしゃるんですの?」
「え?あの、瞳子ちゃん?」
「えぇっ?瞳子とお姉さまにケーキセットを奢りたいだなんて。もったいないお言葉ですわ。折角ですのでご馳走になりますね、祥子さま」
瞳子さん、妙に芝居がかっているのは何故でしょう?
「瞳子ったら祥子さまがお姉さまを心配するあまりに尾行でもされていたのかと邪推してしまいましたわ」
「ダメだよ瞳子、お姉さまがそんな情けないまねをなさる訳が無いじゃない。そうですよね、お姉さま」
うわっ!祐巳さんこの状況でそんな無垢な笑顔は・・・。
「そ、そうよ。私がここに居るのはあくまで偶然なのよ。その偶然をお祝いして奢ってあげましょう」
「まぁ、白薔薇さまや乃梨子さんの分まで!?さすが祥子さま本当に心が広くていらっしゃいますわ」
「え?あの?瞳子ちゃん?」
「本当ですか?ありがとうございます、お姉さま。良かったね志摩子さん、乃梨子ちゃん」
「祐巳、あのね「ストーカー」
瞳子さん、祥子さまを一言で黙らせちゃったよ。っていうか、祥子さまや令さまってそういう人だったんだ・・・。
「さぁ、お姉さま参りましょう。瞳子楽しみですわ」
祐巳さんの手を引いて行く瞳子さん、とビリィ!という布を引き裂く音が。祥子さまが持っているハンカチが真っ二つになっていた。し、嫉妬の鬼がいる!
「由乃ぉ・・・私も今月はお小遣い厳しいんだよ・・・」
「瞳子ちゃん、あなたとは卒業前に決着をつけなければいけないようね・・・」