「いばら咲く道」第4章。
これで一区切りと致します。
少し長くなりますが、どうかお許しください。
それからというもの、私たちは一緒に過ごす時間が増えた。
ロザリオをみきさまから渡されるのも、ごく自然ななりゆきだった。
「本当は姉妹以上に近いけれど…誰にも邪魔されないで一緒にいるには仕方ないわ」
その瞳を見たとき、私は不思議にあきらめがついた。
これがリリアンなのだ。
姉妹制度の中で一緒にいるなら問題ないけれど、一歩柵を越えた羊には、
もはや何らの保護も与えない。
ならば、他のどの姉妹より濃密な関係を築いてやろうじゃないか。
表面は姉妹でも、中身はそれ以上。
それも悪くないじゃないか。
私はなんとなく、笑い出したい気分になった。
もちろん、私を妹にしたいと思っていた先輩方は数多く、その中には文字通りの美人でお金持ちな方だっている。
成績優秀な優等生だっている。
バレー部のエースアタッカーからも申し込まれた。
しかし私は、それらをすべて断った。
「真実」が感じられなかったから。
「学校一の美女を妹にした姉」という肩書きが欲しいだけだったから。
私にとって、みきさまこそが真実のすべてだから。
みきさま…いや、今はお姉さまの隣にいると、私の人生の道に、薔薇の花が咲き乱れてくるような気がした。
少なくとも、姉妹になったことで、綾さんが干渉してくることは減ったし、私自身もなんとなく落ち着いている。
いつにもましてまじめに授業を受けるようになったし、まわりの人とも少しずつではあるけど、話をするようになった。
だからそれが起こったとき、この道に咲いているのは薔薇じゃなくていばらなんだと
分かった。
その日もいつものように、私たちは温室で待ち合わせをしていた。
校舎から少し離れたところにある、古ぼけた温室。
私たちはそこに咲く、数々の花をながめて過ごすのが好きだった。
「これがすずらん…花言葉は『幸せが戻ってくる』、これがカモミール…かわいいでしょ?これで花言葉は『逆境における力』なんですって」
「へえ、お姉さま詳しいですね」
やがてひとしきり花を愛でて楽しんだあと、私たちは校門の前で別れた。
みきさまのお宅は、うちとは方向が正反対なのだ。
帰りの電車の中、私はお姉さまとの余韻に浸っていた。
倉橋理都子、自分史上最高の瞬間。
しかし家に帰り着いたとき、それはもろくも崩れ去ることになる。
「お姉ちゃん、黒崎さんから電話」
由紀子が呼んでいる。
それまで座っていたリビングの床から立ち上がり、受話器をとった私に、
綾さんは信じられないことを言ってきた。
「理都子さん、今すぐきて!みきさまが…」
「お姉さまがどうかなさったの!?」
ただならぬ口調から、お姉さまの身に何かあったのだとは察しがついたが、
そのあとに聞いたセリフに、打ちのめされてしまった。
「みきさまが、さらわれて…人質にされてしまったの!」
「なんですって!?」
そういえば…思い当たるふしはいくつかある。
私を妹にしたことで、みきさまのクラスは祝福する派と、認めない派ができてしまったと聞いたことがある。
認めない派は、一般庶民である上に、ルックスも成績もごく普通の人が、
恋人にしたい生徒第1位らしい私を妹にするなどもってのほかという考えらしい。
まったくもってばかげている。
私だって、盛岡の時計屋の娘なのに。
それに、私が誰を姉に選ぼうが、私の自由じゃないか。
自分からは何のアプローチもしなかったくせに、いざ決まってしまうとそれをねたんであれこれと言ったりしてくる。
私は自分が女であることを、このときほど恥じたことはない。
「2年松組に行くときは、気をつけたほうがいいよ」
綾さんがいつか言っていた。
あれはこのことだったのか。
つまりは、ごく平凡な人の妹になった私を逆恨みする連中がいるから。
犯人は…2年松組の認めない派の誰か。
私があの人の妹になったのを、恨んでいる誰か。
「とにかく今から言う場所へ早くきて!」
向かった先は、なんと同じ市営住宅内の見知らぬ家だった。
現場の前は、すでに警察や報道関係者、近所の人や野次馬でごった返している。
私はその人波を掻き分け、やっとのことでたどりついた。
とにかく今は、お姉さまの無事な姿を見たい。
そして…犯人が誰なのかも。
「来たわね、倉橋理都子!」
この声は…あのとき断ったバレー部のエースアタッカー、前田信代だ!
こんな近くに犯人が住んでいたなんて。
2年松組だったことも、認めない派の人間だったことも、
知らなかった自分が悔やまれた。
「信代さま…お姉さまは無事なんですか!?」
「ご心配なく理都子さん…ちゃんと返してあげるわよ。
私の妹になってくれたらね」
お姉さまの喉元に、包丁が突きつけられているのが見える。
なんて卑怯な女だ。
全身の血が、音をたてて逆流する。
「以前にもお断りしたはずです!あなた自分が何をやってるか、わかってるんですか!?」
「ええすべて分かっているわよ…私はもう、怖いものは何もないの。
あなたに振られてしまった以上、生きている価値などない。
だからこの女を殺して、私も一緒に死のうと思っている」
「冗談じゃない!あんたが死のうが何しようが、そんなのあんたの勝手だ。
だがな…その人は何の関係もない!
あんたは私が憎いんでしょ!自分の妹にならなかった、私が憎いんでしょ!だったらさっさと私を殺しなさい!
その代わり、その人は無傷で返してもらうわよ」
この命に賭けてでも、お姉さまを守り抜く。
私は、マリア様に初めて本気の祈りをささげた。
(マリア様…どうかお願いします。お姉さまを守る力を、私に下さい!)
信代は多少顔を引きつらせていたが、相変わらず強気の態度を崩さない。
こうなりゃ、一世一代の大勝負に出てやる。
死を覚悟した人間は強い。
でもそれ以上に強いのは…守るべきものがある人間なんだ!
「信代さま…あんた、こんなことして楽しいの?今更かも知れないけどね、
私はあんたのこと、結構尊敬していたんだよ。
ほら、覚えてないかしら?バレー部の部活見学のとき。
あのときのあんた、先生にこてんぱんにやられながらも、一滴も涙を見せなかったじゃないか…
私あのとき、本気ですごいと思ったんだ。
こんなヤツが高校にはいるんだって…だからあんたに妹になってと言われたとき、
私は少し揺れ動いたよ…だってあんた、タイミングが遅かったんだもん」
このあたりかなりハッタリも多く含まれるが、半分程度は事実。
信代さまが動揺し始めているのが、手に取るように分かる。
「タイミング、ですって…?」
「そう。あのときすでに、私はみきさまの妹になろうと決めていたの。
他の誰の妹にもならないってね…でもあんたの気持ちはよく分かったし、別にうちらが出会ったことを、
悔やむ必要なんてないんじゃない?あんたも私も、そのときにできる限りのことをした。それだけの話だもの」
気づくと、信代さまの頬を涙が伝っている。
「もういいでしょ…?ちょっとやり方があれだったけど、あんたは私への気持ちをちゃんと伝えたんだ。
だから、お姉さまを放して…そして、自首して。
私も一緒についてってあげるから」
信代さまは手にした包丁を落し、泣き崩れた。
「理都子…」
「お姉さま、理都子はここにいますよ」
私はお姉さまを抱きかかえ、家の前にいる人たちに無事を知らせた。
人々の間から、拍手と歓声が沸き起こっていた。
(マリア様…ありがとうございます!)
私たちの祈りは、無事に天に届いたのだった。
それから長い年月が過ぎた。
信代さまはその場で逮捕され、刑に服したあと釈放されたが、その後行方は分からない。
お姉さまは今福沢みきとなって、かわいらしい女の子と素敵な男の子の母親となっている。
その女の子…祐巳ちゃんが、今の私の娘…佐藤聖と結婚することに決めたのだ。
くしくも聖も、私とよく似た道を歩んで、ようやく今の幸せに至った。
あまり母親らしいこともしてあげられなかったし、自分と同じような騒ぎを起こすことになるなんて、
私自身夢にも思わず、受け止めるのに苦労した。
でも…祐巳ちゃんになら、私は聖を託してもいい。
栞さんとの騒動のときには私も気が狂いそうだったが、今はとても穏やかな気持ち。
「私たちの、そしてあの子たちの、セカンドステージね」
「はい…お姉さま」
「よくがんばったわ、理都子…」
初めて会ったときと、何も変わらない暖かさで。
私たちはお互いを抱きしめあった。
(あとがき…らしきもの)
いつになく長く、重いお話になりましたが、最後までお読みいただき、
まことにありがとうございます。
皆様に感謝しつつ、失礼致します。