【152】 背中ごしに  (琴吹 邑 2005-07-04 02:41:30)


がちゃSレイニーシリーズです。

このお話はくま一号さんが書かれた「【No:132】筋書きのない人生の変わり目」の続きとしてかかれています。



 あのあと、気がつくと私は古い温室の中にいた。
 人気のないところといって思いつくのはやはりここだからだろう。
 温室の中をとぼとぼと歩き、ロサ・キネンシスの前で立ち止まる。
 四季咲きのこの花は、この寒い冬の時期でさえつぼみがいくつも付いている。

「私は祥子お姉さまにはなれないよ」

 先ほどの祐巳さまの言葉が私の中でぐるぐると回る。

「そっちに行ってもいいかしら」

 ぼんやりとロサ・キネンシスを見つめる私に、不意に声が掛かった。

「白薔薇さま……」

 その人物は、白薔薇さまだった。
 白薔薇様は私がその返事をする前に、こっちに向かってやってきた。
 そして、にっこり笑って私の前を通り過ぎると、突然後から抱きついてきた。

「な、な、な」

 先代白薔薇さまが、祐巳さまによく抱きついていたというのは話として聞いたことあるが、現白薔薇さまがこういう事をするのは見たことも聞いたこともなかった。

「ちから、抜きなさい」

 私が混乱して、身体を硬くしていると、白薔薇様は耳元で囁くそうにそう言った。

「え?」
「何もしないから、ちからを抜きなさい」
「何で、いきなりこんなことを?」
「あなたが落ち込んでいるように見えたから。普通に話しても良いのだけど、あなたはきっと、落ち込んでいる顔をあまりほかの人に見られたくないと思ったの。こうやって話していれば、私からあなたの顔はあまり見えないから、ゆっくり話せるだろうし、例え祐巳さんの話をしたとしても、いきなり振り切っては逃げないでしょ?」

 白薔薇さまの祐巳さんという言葉に、思わず身体がぴくんと震えた。
 悔しいけど、白薔薇さまは私のことをよくわかっている。もしかしたら祐巳さまよりも。
 きっと今の私はひどい顔をしているだろうし、そんなところを薔薇の館の住人に見せたいと思わない。
 そして、ここで普通に祐巳さまの話をしたら、確かにわたしは逃げ出してしまうだろう。

 白薔薇さまは私の様子をうかがうように、少し沈黙なさってから、話を続けた。

「そして、多分、今のあなたには誰か必要なの。私はそう思ったから、こうやってこうしてるのよ」
「白薔薇さま……」

 その言葉は、本当に優しい響きをしていて、私の身体からすっと力が抜けていった。

「何があったかは聞かないわ。私が言いたいことは一つだけ。今この瞬間は、あなたが女優だと言うことを忘れなさい」
「それはどういう……?」
「本当に悲しいときは泣いても良いの。少なくても今は、いつも強気な松平瞳子である必要はないわ」
「白薔薇さま……」

 その言葉に、私の抑えていた心は決壊した。

「うぅ、うぅ………」

 ぽたぽたとこぼれ落ちた涙が、温室の土を濡らす。
 そうやって声を殺して無く私を、白薔薇さまはずっと後から抱きしめていてくれた。
 背中越しに感じる白薔薇さまの体温は、とても優しく、とても暖かかった。


【No:156】へ続く


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