【1521】 水野祐巳両手を広げ  (クゥ〜 2006-05-23 02:15:28)


パラレル設定、水野祐巳。第三弾。

【No:1497】―【No:1507】―今回





 雨のリリアン学園中等部学園祭が終わった翌日。
 「……くちゅん!!」
 「まったくもう!貴女って子は、あの雨の中、学園祭のかたづけをしていたそうじゃない!!」
 「う〜ん、だって……私、生徒会委員だし。あの雨で皆忙しくなったから」
 学園祭の途中で一時間ほど降った雨に濡れた祐巳は、しっかりと風邪をひいた。
 「まったく、せっかくの振り替え休日が台無しじゃない」
 「いいもん!!どうせ寝ているだけだし」
 ベッドの中で拗ねる祐巳を、お姉ちゃんは優しく見つめている。
 「はいはい、それじゃ、お姉ちゃんは学校に行くから、しっかり寝て風邪治しなさいよ」
 「はーい」
 祐巳の実の姉である蓉子は、自分の鞄を持ち立ち上がる。
 「あっ、そうそう祐巳、昨日はごめんなさいね。約束十時だったのに」
 昨日の約束、祐巳は結局一時間以上も探し回り。最後にはあのシーンを見てしまった。
 「ん?別にいいよ。演劇を見るために講堂の先頭にいたんじゃ、出るに出れなかったのでしょう?」
 「知っていたの?」
 「うん、最後の方で見つけたから」
 「なら、声をかければよかったのに、そうしたら一緒に午後から学園祭一緒に楽しめたのよ。祥子だって楽しみにしていたのに」
 !!……お姉ちゃんの言葉に、祐巳はドキッとする。
 祥子さまが楽しみに……だが。
 祐巳はゆっくりと目を閉じる。
 「無理だよ、雨が降ってきたし」
 「そ、そうだったわね」
 祐巳は目を瞑ったまま、お姉ちゃんと会話を続ける。
 「うん、それよりも時間いいの?」
 「え?あぁ!!それじゃ、お姉ちゃん行くから!!」
 お姉ちゃんは今度こそ祐巳の部屋を出て行った。祐巳はそっとベッドから抜け出し、窓から出かけていくお姉ちゃんを見送る。
 不思議だった。あんな光景を見たのにもかかわらず、祐巳は普通にお姉ちゃんと話せるのだから。
 「……よい機会かもね」
 祐巳はそう呟いて窓から、勉強机に視線を移す。
 そこには『リリアン女学園高等部案内書』と書かれた大きな封筒が置かれていた。



 学園祭からしばらくすると、中等部は学園祭から、体育祭へと準備を始めていた。
 そんな中、祐巳は祥子さまとの図書館通いを止め。図書館に近づかなく成ったばかりか、意図してお姉ちゃんとの登校も避け、祥子さまと距離を置く。
 もとより、中等部と高等部。距離を置くのは簡単なことだった。
 「祐巳さま」
 だが、もう一人はそうは行かない。
 「ごきげんよう、瞳子さん」
 「ごきげんよう」
 祐巳に声をかけてたのは、祥子さまに抱きついた松平瞳子さん。
 あの衝撃的な光景はなかなか頭から離れない。
 「どうしたの?」
 少しぶっきらぼうに言ってしまい、祐巳は不味いと思った。
 「いえ、お見かけしたので挨拶を……それと、最近中庭に来られないのでお誘いに」
 だが、瞳子さんは祐巳の態度に気がついていないようだ。
 祐巳は少しだけホッとする。
 「あぁ、そうだったの。今は、体育祭の準備に時間を取られていてさ。なかなか行けないんだよね」
 学園祭が終わって、確かに体育祭の準備に入ってはいた。だが、祐巳の言葉はただの言い訳でしかない。
 実際は、それほど忙しくはないのだ。
 「そうですか……ところで、学園祭の演劇部の公演見てもらえました?」
 瞳子さんの言葉に、祐巳はドキッとする。
 「ごめんなさい。突然の雨の対応に追われてしまって、見ていなかったの」
 これも言い訳。
 「……そうですね。祐巳さまは生徒会でお忙しいから無理を言いましたわね」
 瞳子さんは何故か俯いてしまう。
 「あっ!!でも、最後の方は少し見たよ。瞳子さん、祥子さまと知り合いだったんだね……もしかして、以前言っていたロザリオを貰いたいと言っていた相手って、祥子さま?」
 祐巳の言葉に、一瞬明るい笑顔を見せた瞳子さんだったが、続いた祐巳の言葉に何だかまた俯いてしまった。
 「まぁ……そうですわね。祥子さまとは従姉妹にあたりますので……」
 瞳子さんは小さな声で呟く。なるほど、従姉妹だったのか。それなら、瞳子さんに取ってみれば祐巳こそがお邪魔虫になるわけだ。
 だとすれば、祐巳の噂を聞いたときに、瞳子さんはどんな気持ちに成っただろう?
 祐巳は、瞳子さんにその気持ちを確かめたいと思いつつも、聞くことはない。なぜなら、祐巳もまた同じような気持ちを持ったから。
 「ねぇ、瞳子さん。よければ今日一緒に、お昼食べない?」
 「え?ですが、生徒会は……」
 「あ、あぁ、うん。たまには息抜きも大事だと思うしさ」
 少し誤魔化しながら、笑顔を向ける。
 「祐巳さまはいつも息抜きをなさっていると思いますが、そういうことなら付き合いますわ」
 「瞳子さん、何気に酷いなぁ……ふふ、ふふふ」
 いつものツンとした表情、でも何だか可愛いなぁと思うとつい笑ってしまった。
 「ど、どうして笑うのですか!?」
 瞳子さんの少し怒った声が廊下に響いた。



 「はい、お姉ちゃん、祐麒も」
 いつもと変わらない夜。祐巳はリビングでTVを見ている二人に体育祭のチケットを渡す。
 「なんだ?」
 「あら、体育祭のチケットね」
 「うん、二人とも来るでしょう?」
 祐巳の言葉に二人の反応はまったく逆だった。
 「勿論、行くわよ」
 「俺はパス」
 「何でよ、祐麒?」
 祐巳が聞くと祐麒は「その日は用事がある」とだけ言って手にしたチケットをお姉ちゃんに渡す。
 「なんで、お姉ちゃんに渡すのよ?」
 「あら、でも祐巳。お姉ちゃんは一枚しかないけど?」
 「仕方ないじゃない、申告したの四枚だもん」
 学園祭と違って、体育祭は収容人数が限られてしまう。そのために上限五枚とし格生徒が必要な枚数を申告し見学に来る父兄やOGの数を少しでも制限しようとしているのだ。
 だから、祐巳は家族の分、四枚を申告した。
 「一枚では祥子の分がないわよ?」
 お姉ちゃんの一言に、祐巳は心が痛む。瞳子さんの事もあって、祥子さまのことを吹っ切ろうとしているのに、その名を聞いただけでドキドキしてしまう。
 「うん、でも、数が」
 「なら、それ渡しなよ。ちょうどいいじゃん」
 祐麒が余計なことを言う。
 「でも、祥子さまには、瞳子さんからチケットが行っていると思うし」
 「なに?祐巳、瞳子ちゃんのこと知っていたの?」
 「う、うん」
 と、言うことは、お姉ちゃんも瞳子さんのことを知っているわけだ。まぁ、学園祭のときに紹介されたのかも知れないが。
 「でもまぁ、渡しておいてもいいのではない?」
 「それは、そうだけど」
 「それに祥子が、ぼやいていたわよ。最近、祐巳が図書館に来ないって」
 「祥子さまが?!」
 お姉ちゃんの言葉を聞いて、祐巳は驚くと共に何だか嬉しくなる。
 「し、仕方ないよ。最近は体育祭のことで忙しいから」
 「それなら良いのだけど……で、これは祥子に渡していいの?」
 お姉ちゃんは手にした二枚目のチケットを祐巳に見せて笑っている。
 「……うん、お願い」
 祐巳は、小声でお願いする。
 そのやり取りを見ていた祐麒がボソッと呟く。
 「まったく、いい歳した、おばちゃんたちが何をしているんだか」
 祐麒にしてみれば軽い冗談だったのだろうが……。
 「祐巳」
 「うん、お姉ちゃん」
 「えっ?ちょ!ちょっと待て!!ただの冗談だろう?!」
 祐麒が、祐巳とお姉ちゃんの殺気を感じ逃げようと試みるが、いくら祐麒が男の子でも姉二人には逃げられなかった。
 「ま!まてってば!!蓉子姉ぇ!!祐巳!!」
 「いくわよ!!」
 「OK!!お姉ちゃん!!」
 暴れる祐麒を押さえつけ、そのまま持ち上げ。
 「「水野家秘儀!!ツープラトン!!」」
 激しい音と祐麒の悲鳴が響く。
 「あらあら、三人とも仲良しね」
 ついでにお母さんのノンビリした声も響いた。


 
 ――ポン。ポン。
 まさに快晴の空に、花火が上がる。
 「快晴なのはいいけど、暑くなりそうね」
 「そうだね」
 祐巳は桂さんに手伝ってもらいながら、来場者のチェックをしていた。
 「あっ、祐巳さん!!」
 祐巳がチケットのチェックをしていると、桂さんが祐巳のジャージのすそを引っ張って呼ぶ。
 「どうしたの桂さん?」
 祐巳が、後ろを向くとそこには祥子さまが立っていた。
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん。久しぶりね」
 祥子さまは優しい笑顔で、祐巳を見つめている。
 「ご、ごきげんよう、祥子さま」
 祐巳には挨拶するだけが精一杯だった。
 「あの〜、私らもいるんだけどなぁ?」
 「あっ!!紅薔薇さま!!白薔薇さまに黄薔薇さま!!」
 「まったく、祐巳ったら、恥ずかしいわよ」
 「……お姉ちゃん」
 祥子さまの後ろには、三人の薔薇さまとお姉ちゃんにお父さんとお母さんが続いていた。
 そればかりか、その横には白薔薇の蕾の聖さまに、黄薔薇の蕾の江利子さままでいた。
 これで黄薔薇の蕾の妹がいれば現山百合会勢ぞろいになるが、この状態でも大変なことで既にこちらに気がついた生徒たちが騒ぎ始めている。
 「祐巳さんヤバイよ」
 「う、うん」
 桂さんに言われて祐巳は急いでチケットをチェックする。
 祐巳のチケットは三枚、両親とお姉ちゃんの分。
 聖さまと江利子さまは三年生の名前が入ったチケット。どうやらファンの子が送ったものらしい。
 薔薇さま方は生徒会からの招待状。薔薇さまに体育祭のチケットを送るのは、例年のことで、送られた薔薇さま方はたとえ一時間でも来るのが約束事に成っている。
 来て何をするかは、その薔薇さまによって変わり。ただ、見学して帰られる人もいれば競技に参加される方もいるときく。
 そして、祥子さまのチケットは、やっぱり瞳子さんのチケットだった。
 「祐巳ちゃん、競技がんばってね」
 祥子さまはそう言ってくれるが、祐巳は苦笑いをするしかなかった。
 「あはは、すみません。私、生徒会なのでほとんど今日は裏方ですので」
 そう、一般生徒がほとんど出場する百メートル走でさえ出ないのだ。
 「そうなの?」
 祥子さまが何だか残念そうに呟く。祐巳は嬉しいのだが少し複雑な気分を感じていた。
 「でも午後の『花姫』には姫役で出ますよ」
 横から桂さんが嬉しそうに笑う。
 「『花姫』……そう、それは楽しみね」
 桂さんの言葉を聞いて、祥子さまの表情が明るく変わった。
 その笑顔に、祐巳は見とれてしまった。



 「まったく祐巳ったら」
 チケットのチェックをしている祐巳と別れた山百合会一行は、適当な見学場所を探し歩き回っていた。
 先ほどから、お姉ちゃんは祐巳の方を何度も振り返り心配そうに見ていて、その様子を祥子さまが見て「祐巳ちゃんなら大丈夫ですよ」と言っている。
 その祥子さまも、祐巳の方を何度も見ているのだが本人は気がついていない様子。
 そんな二人を薔薇さま方は楽しそうに、聖さまは興味なさそうに、江利子さまは全員の中で一番楽しそうに笑って見ていた。



 ――ポン。ポポン。
 空に体育祭開始の合図の花火が上がる。
 祐巳は生徒会委員としてプログラム運営の裏方の作業を行っていた。
 まずは一年生の徒競走。
 皆、一生懸命に入っている。その中で祐巳の目を引いた走りをする子がいた。
 「あの子、早いね」
 「どれ?……え〜と、赤いハチマキだから一年椿組よね?この子かな、有馬菜々さんって言うみたいよ」
 「へぇ〜」
 祐巳は感心しながら、その走る姿を見ていた。
 「さて、そろそろですか」
 一年の徒競走が終われば、二年生の借り物競争なのだが、属名『運試し』と呼ばれるその競技は、普通の借り物競争とは少し違っていた。
 スタートから走って途中に置かれた紙に書いてある品を借りてゴールを目指すのは変わらないが、問題はその紙の内容だ。
 借り物の紙は、その時に走る人数より多くバラまかれ、走者は好きな紙を選べる。しかも、途中交換もアリなのだ。なぜなら内容は、ペットボトルやクシなどといった普通のもの以外に、有りそうで無さそうなもの例えば着せ替え人形とかパソコンとかが書かれているからだ。しかも、点数は一位二位ではなく、紙に点数も書かれており。
 ゴールすればその点数が入る事に成っていて、難しい内容ほど点数が高いのだ。
 だからといって、時間制限があるので迂闊な物を選ぶとタイムオーバーで失格となる。
 ゆえに『運試し』と呼ばれているのだ。
 祐巳はその借り物の紙を撒く係り。紙の入った箱を持ち一回目の分を撒くと、トラックの横に座って待機する。
 ――パン!
 スタートの合図が成り、第一走者が走って来る。スタンドの声援の中、走ってきた生徒たちは悩みながら紙を選んでいく。
 「お〜お〜、悩んでいる、悩んでいる」
 迂闊な物は選べない、でも高得点は狙いたい。まさにジレンマ。
 祐巳の目の前に立った参加者は紙と睨めっこして投げ捨てた。どうやらこの紙は止めたようだ。
 「DVD持っている人〜!!」
 「カードゲームのレアカードお持ちの方!!!」
 手堅いものを選んだ選手が次々にゴールしていく中、運試しをおこなった選手たちはまだ探している。
 そして、タイムアップのホイッスル。
 運試しの選手たちは皆失格、だが、ゴールした方も手堅すぎて五点とか三点しか入らない。
 これでは盛り上がらない。
 祐巳は次の走者のための紙をバラまく。その途中、捨てられた紙の中身が見えた。交換できる以上、中身が見えようが見えまいがかまわないのだが、それはやっぱり開けたときの楽しみということで祐巳は折りなおす。
 「へぇ〜、自爆系かぁ」
 自爆系――いわゆる告白形の借り物、つまり内容は、貴女の好きな人とか、将来姉妹に成りたい生徒などがあり。この紙も内容は『今、貴女が気になる人』などと書かれていた。
 点数は五十点。確かに悩む内容だ。
 第二走者、第三走者となり。ついに『運試し』に勝った走者が現れた。
 手にしているのは携帯ゲーム機のようだ。
 点数は三十点と高得点。勿論、その瞬間そのチームはトップに躍り出て、応援席は盛り上がる。
 祐巳は次の走者のためにまた紙を撒き、走ってくる選手を見てその中に良く知る人物を見つけた。
 「あれは瞳子さん?」
 間違いなく瞳子さんだ。
 そして、瞳子さんが最初に拾った紙はあの自爆系だった。
 瞳子さんは内容を見て固まる。うん、いい顔だ。
 意地悪だなぁと思いながら祐巳は、瞳子さんの行動に注目する。
 瞳子さんは点数ボードを見ながら何か思案中。祐巳も点数ボードを見ると瞳子さんのチームである赤は最下位。
 瞳子さんは紙を握り締め、祐巳の方を見た。
 「うえ?」
 「祐巳さま!!来てください!!」
 視線が合い、祐巳は瞳子さんに連れられゴールを目指す。
 何が何だか分からない祐巳を連れ、瞳子さんはゴールした。
 「うえぇぇぇぇ?????」
 赤に五十点が入った。


 午前の競技も終わった休憩時間。
 祐巳は、両親とお姉ちゃんのところに昼食を食べに戻ったのだが……。
 「それにしても、ぷぷぷ」
 「本当に、素敵だったわ。私たちがいたときは自爆系に手を出す人はいなかったから」
 「本当、気になる人かぁ。紅薔薇家はしばらく安泰だね」
 いきなり笑われていた。
 「薔薇さま方……自爆系の突っ込みはルール違反ですよ」
 自爆系を使った生徒には、そのことを何も聞かないという暗黙のルールがある……はずなのだが?。
 祐巳は真っ赤な顔をしながらお母さんが作ってくれたお弁当を食べている。
 午前の競技が終わり、祐巳は皆のところに昼食を食べに来たのだが、何故か瞳子さんも連れて来られていて二人で並ばされた。しかも、祐巳のもう片方には祥子さま。
 「ほら、祐巳ちゃん。この卵焼き美味しいわよ」
 祥子さまは何故か先ほどから祐巳にいろいろおかずを渡してくる。
 「祐巳さま、こちらの方が」
 そして、瞳子さんまで?
 「祐巳、貴女コレ好物でしょう?」
 さらにお姉ちゃんまで加わって、祐巳の紙皿は山盛りのおかずでいっぱい。
 その様子を見て、薔薇さまや江利子さまに聖さままで笑っている。
 その上、周りを見渡せば薔薇さまに自爆系を披露した祐巳たちはやたらと目立っていて、周囲から笑われながら見られている。
 目立っていて恥ずかしいが、少し居心地の良い世界。だが、祐巳は……。
 「あ!!ここよー!!令!!」
 突然、江利子さまの声が響く。
 江利子さまは中等部からのお姉ちゃんの友人で、頭がよく美人なのだがときどきとんでもないことをして楽しまれ。
 祐巳にとっては困った人のイメージがある。
 その江利子さまが呼んだのは、スラッと背の高いショートの髪が良く似合う。江利子さまのプティ・スールの支倉令さまとおさげ髪の女の子だった。
 祐巳は、令さまに連れられてきた女の子を知っている。祐巳の同級生で、確か名前は島津由乃さん。何かの持病があるからと、体育祭の間中、救護用のテントの下で体育祭を見ていたのを記憶している。
 「ごきげんよう、皆さん。それにしても、この人数は何ですか?」
 令さまは江利子さまの横に座りながら、呆れた顔をする。さらにその横には由乃さんが座るが、令さまがその由乃さんの手を取りまさにお姫様のように接するが、当の由乃さんは令さまの手を退け、さっさと自分で座ってしまった。
 ……?
 祐巳は奇妙な違和感を、令さまと由乃さんに感じたが、それが何なのかと言われても何なのだろうとしかいえない。
 祐巳が、ジッと由乃さんを見ていたので、由乃さんが祐巳に気がつき。祐巳が笑顔で手を振ると、由乃さんはニッコリと笑った。



 「まったく、恥ずかしい」
 祐巳は顔を真っ赤にしながら、桂さんに愚痴を言っていた。
 薔薇さま方に言っても意味はなく。散々からかわれたのだが、同じようにからかわれた瞳子さんは、まったく気にしていないのは驚きだった。
 「祐巳さん、その話三度目だよ。それよりそろそろ午後の見せ場三年の『花姫』なんだから行こう」
 「……うん」
 祐巳はまだ何か言い足りない様子だったが、桂さんの言葉に頷く。
 午後の見せ場、それは三年全員の競技にして、三年生最後の中等部での体育祭の競技。
 『花姫』は、三つの種目が一つの種目として作られており。最初は三年生だけでの『舞』が始まる。三年生は皆それぞれ、足元まで隠れるチームカラーのフレア・スカートをはき『花』と呼ばれ。
 隣のチームの人と片手をつなぎ上に上げ。もう片方でスカートを摘むと音楽と共に観客の前に走り出していく。
 その最後尾からは、各チーム一人ずつ選ばれた『姫』が入場してくる。『姫』はフレア・スカートだけではなく上にもチームカラーの服を着ているのが特徴。見た目にはドレスにも見える。
 「さ、行きましょう。祐巳さん」
 「うん!」
 祐巳も隣の姫役の志摩子さんと手を取り、トラックへと走り出る。
 そのままそれぞれの色で集まったり、いろいろな色で混ざったりしながら最後は六色の花を作る。
 そして、ここからが第二幕。『戦い』
 いわゆる陣取りで『姫』を守りつつ相手の『姫』を奪うことが目的。戦い方は簡単で近づいてきた敵の前に立ち二人で踊る。踊った二人は、一度陣地に戻りまた出て行くのだ。
 一見、勝負がつかなそうに思えるが二つ以上のチームに狙われれば人数が足りず守りきれない。また、陣地を多く出てしまえば小回りが利き、足の速い生徒によって『姫』は奪われる。
 また、奪う方法も『花』が『姫』と踊ってから連れて行くので音楽が流れる間、トラックの全体で踊りが披露されている。
 音楽が終わるまで『姫』がいたチームには三十点が加算され、奪った『姫』一人につき十五点がさらに加算されるので、三年生は最上級生のプライドをかけ必死に走り回る。
 そうしているうちに、トラックの外では第三幕の準備が始まっていた。
 第三幕は『姫』『花』関係なく。チームも関係なく踊るのだ。だが、その相手は二年生かOGと決まっており。一年生と男性は参加できない。しかも、パートナー選びは早い者勝ちで決まるのだ。
 音楽がなり終わり、第二幕の勝敗が決定する。そして、三年生たちは目をつぶりその場にスカートを広げ跪く。
 「え〜と、祐巳はあそこね」
 「お姉さま」
 「あら、祥子も出るの?」
 「はい」
 「そう……でも、祐巳のパートナーは譲らないわよ。あの子のパートナーを務めるのはお姉ちゃんの私なのだから」
 「分かっています。ですから、その役は実力で取りにいきますわ」
 スタート地点に並ぶ二年生に混じって、一般参加の薔薇さま方や祥子さま、お姉ちゃんが並んでいる。
 そして、江利子さまが隣に立つ令さまに何か言ったのか、令さまは困り顔で祐巳たちの方を見ていた。そこには途中参加の由乃さんが跪いている。
 ホイッスルが鳴り、一斉に飛び出していく。
 祐巳たち三年生は音楽がなり始めるまで、パートナーが誰になるのか知らない。ただ、あぶれないように二年生が参加しているのでパートナーが目を開けたらいなかったなんてことは起こらないが、目を開けたとき、そこにいるのが誰なのか祐巳たちはドキドキしながらそのときを待っことになる。
 周囲からは「おお!!」とか「きゃ〜!!」とか聞こえてくる。観客席の人たちや一年生が声を上げているのだろう。
 しばらくして周囲の走る音が消え、そして、音楽が流れ始める。
 祐巳はゆっくりと出来るだけ優雅に立ち上がって、パートナーを見つめた。
 「あ……よろしくお願いします」
 祐巳は笑顔で微笑んだ。




 体育祭も終わり、学期末最後のテストがすむともうすぐ夏休み。
 祐巳は、炎天下の駅前を歩いていく。手には大きな封筒が一つ握られている。
 駅まで出てきたのは本屋に行くためだが、もう一つついでの用事があった。
 「祐巳ちゃん!!」
 「?」
 聞きなれた澄んだ声に祐巳は周囲を見渡す。祐巳はさっさと手にした封筒をポストに入れて涼しい本屋に入りたかったのだが。
 「ここよ」
 そう聞こえたかと思うと、目の前の黒い高級車から祥子さまが降りてくる。しかも、祥子さまは化粧をして綺麗な着物姿。
 普段、見慣れた制服姿よりも数段大人ぽい。
 「うわ〜、どうしたのですか?そんな綺麗な着物姿で」
 「えぇ、ちょっと、小笠原の会社の接待でね。本当に嫌になってしまうけど、お父様に頼まれたのもだから」
 「そうだったんですか……でも、本当に素敵なお姿ですよ」
 「ありがとう祐巳ちゃん。でもね……挨拶はまず、ごきげんよう」
 祐巳を注意する祥子さまだが、その表情はとても優しい。
 「あ!……ごきげんよう。祥子さま」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん。ところでこんなに暑い中どうしたの?」
 「え?あぁ、本を買いについでに、これを出しに来たんです」
 そう言って祐巳は少し戸惑いながら、手にした大き目の封筒を祥子さまに見せた。
 「そ……それは?」
 穏やかだった祥子さまの表情が変わる。
 「……外部の高校の受験の書類なんです。リリアンを離れようかと思って」
 祐巳は少し言いよどみながらも、祥子さまにはっきりと伝える。
 祐巳が持っていた封筒には『聖ミアトル女学園編入試験申し込み書』と書かれていた。
 そして、祐巳はその大きめの封筒を祥子の目の前でポストに投函する。
 ――コットン。
 ポストに落ちる封筒の軽い音が、祥子の耳に響いた。
 「祐巳ちゃん!!」
 祥子さまは思わず祐巳の腕を取っていた。
 「痛い!!祥子さま!?な、なんですか?!」
 思わず祥子さまの手に力が入る。
 祐巳はたまらずに祥子さまから逃げようと本能的に手を振り払い、青信号の横断歩道に飛び出した。
 キキィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 本当に、本当に軽い音が周囲に響き渡り。



 祥子の目の前には、青いトラックが止まっていた。
 



 


 言い訳
 ROM人さま、ネタ使わせてもらいました!!
 さて、体育祭の種目は『クゥ〜』の個人的記憶をアレンジしたものですので少し分かりにくいかも知れないので書き直すかも?
 また、願書の学園は『極上』と『ストパニ』両方で考えていたのですが、キーで先に『ストパニ』の方が出たので決定しました。
 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
 まだ、しばらく続きますのでお付き合いください。
                                 『クゥ〜』


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