【1524】 もう一度近くに居て欲しい存在  (琴吹 邑 2006-05-24 01:26:57)


 クリスマスの傷は癒えてなかった。
 だから私はいつも彼女のことを考えていた。
 あのとき彼女が現れていたら。 私はここにいないのに。
 たとえ彼女と死を選んだとしても、私は幸せだったんじゃないか。
 一度は閉ざされたはずのいいばらのもりに彼女と一緒に暮らすことが出来たら………。
 もし彼女が、二人きりのいばらの森に誘ってくれたなら、私は喜んでそこに行くのに。
 そして、そこで、誰にもじゃまされずに、二人きりで楽しく暮らすのだ。閉ざされた森の中で永遠に。
 例え、それが私の作り出した幻影の栞だとしても。
 そう、それが栞の幻想だとしても、永遠に………。





 冬休みが終わった。
 冬休みが終わったということは、学校が始まると言うことだ。
 正直、彼女のいない学校に、行きたいとは思わない。
 体調不良と言うことで、休んでしまおうか。彼女のいない学校など行く意味もないのだから。そう考えて、ふと、蓉子の怒った顔が浮かんだ。
 私はそれを頭をふって打ち消した。
 起きることも出来ず、かといって寝ることも出来ない中途半端な私は、ベッドの中で体を起こしたまま、ぼんやりとしていた。
 そろそろ準備しないといけない時間を部屋の掛け時計は指していた。
 ため息をついて本当に休んでしまおうかと思ったときに、チャイムがなった。
 こんな朝早くにお客さんだろうだろうかと考えていると、部屋のドアがノックされ母親が顔を出した。
「聖ちゃん。江利子さんが迎えに来られたわよ」
「江利子?」
「待たせちゃ悪いから、聖ちゃんも早く準備しなさいね」
 そう言って、母親はリビングに戻っていた。
 しょうがなく、私は学校に行く準備を始めた。
 それはいつもの時間より、ほんの少し遅い時間で、今から用意しても、十分間に合う時間だった。



「遅い。何分待たせるのよ」
「別に迎えにこいになんて行ってないけど」
「私だってね、朝早くから、来たくなかったわよ。でも、蓉子がどうせ、体調不良かなんかでずる休みするだろうから、引きずってでもつれてきてってね」

 彼女の考えそうなことだ。現に私は、学校を休むことを考えていたのだから。
 彼女には私の考えていることが筒抜けになっているようで、少し不機嫌になった。
 あの、お節介焼きめ。私はそう呟くと、靴をはき外に出た。
 空は綺麗に晴れていた。青い空に綿菓子みたいみたいな、雲がぽっかりと浮かんでる。
 とりあえず、雨は降りそうにない。
「いってきます」
 とりあえずそう、家の中に声を掛け、学校に向かった。



「こっちよ」
いつもの道に向かおうとすると、江利子がぜんぜん違う方へと歩き出した。
「道ぜんぜん違うけど」
 そう言おうと思ったが、江利子が道を間違えて、遅刻する分には、蓉子に怒られないだろう。そう思って黙って歩くことにした。
 江利子はずんずんと歩いていき、ハザードを出して止まっている白い車の前まで来ると、後部の扉をあけた。
「どうぞ」
 車でお迎えとは、私もずいぶんな身分になったもんだ。そう思いながら、車に乗り込む。
 奥に座り込んだところで江利子も車に乗り込んだ。

「お待ちどう。それじゃあ、学校までよろしくね」
「江利ちゃんのためなら、いつでもどこへでも」
 なんだこいつは? そう思っていると、それが顔に出ていたのか、兄貴よと一言で教えてくれた。
 ずいぶんとシスコンなお兄さんだと思ったが、さすがに本人がいる前で言うのは気が引けたので、黙っていた。
 学校につくまで、江利子とそのお兄さんの他愛もない会話を、聞いて過ごした。
 江利子のお兄さんはただのシスコンではなくシスコンを超越したシスコンだということがよくわかった。



 車を降り、どうもとだけ、江利子のお兄さんにお礼を行った。
 そして、二人で肩を並べて、校門をくぐる。
 しばらく歩いているとあの像がある分かれ道。
 そこで、じっと、こちらの方をみている人物がいたのに気がついた。
 像の前に立っていたのは、お姉さまと蓉子だった。
「ごきげんよう」
 私の顔をみるなり、二人はそう言った。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 江利子が像に手を合わせる。
 私は別にそんなことしたくなかったが、お姉さまがみている手前、像に手を合わせる。
 本当なら、この像に向かって言う言葉なんかない。
 でも、栞を奪ったこの像に、せっかくだから、もう一度栞といつでも暮らせる日をお願いしておく。
 例えそんな日は永遠に来ないと知っていても。
「それじゃあ、行きましょうか」
 お姉さまのその言葉に、みんな動き出した。
 そして栞のいない学園生活が幕をあけた。




 学校では、お姉さまや蓉子が私のことを事あるごとにかまってくれた。休み時間は、ほとんど毎時間と言っていいほど蓉子が私のクラスに顔を出し、放課後はお姉さまから山百合会の引継を受けていた。
 つまりそれは、私にとって、他のことを考える余地を与えないほどの忙しさだった。

「とりあえず、今日はここまでにしましょうか」
 その言葉に、私はほっとする。
 予算を組む際の注意事項や、生徒会役員の承認印の場所、今まで、つぼみとして覚えておくべきことを、全くしてこなかった私に、お姉さまはすべてを詰め込むように、本当に細かいことまで教えてくれた。
 それは、私がどれだけ、つぼみとしての作業をさぼっていたか実感させられると同時に、お姉さまが、もう少しで、卒業されると言うことも実感してしまう。
 もっとも、学校にいる間は忙しさに紛れて、そんなことを一秒たりとも思っている暇などないのだけれど。
 でも、駅でお姉さまや蓉子たちと別れ、一人になるとそういった想いが湧いてくる。



 お姉さまも栞もいなくなったリリアンは、全く想像できなかった。
 どれだけ、わたしが、お姉さまや栞に依存しているかわかる。
 でも、許されることならば、わたしは、ずっとお姉さまや、栞と楽しく過ごしていたかった。
 あの日から、ひとりで過ごしているときにはずっと考えていることだ。
 私と栞と楽しく暮らす。そんな愉快な日々が送れる世界。
 でも、そんな世界など、あるはずがない。栞が、お姉さまがずっとそばにいる世界なんて。
 あるとすれば、それは永遠に時が止まった世界だろう。時が止まった世界で、わたしは、栞と、永遠に仲良く暮らす。そんな世界を夢見ていた。
 もし、そんな世界があるなら、すべてをかなぐり捨てても、そっちの世界に行ってもいいのにと想いながら。
 でも、そんな世界は、ないのだ。永遠は存在しないのだから。
 そんな世界を夢見ながら、私は、布団の中に潜る、
 せめて夢の中だけは、そんな存在しない世界に浸っていようと。



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