本作品は【No:1525】のBGNの様な作品です。それではどうぞ。
「…ご想像にお任せするわ。」
そう悔しそうに言うと、蔦子さんは新聞部の部室を出て行った。
「少し、言い過ぎたかしら。」
蔦子さんを追い詰めるつもりはなかった。
ただ、迷っている、若しくは躊躇している蔦子さんは蔦子さんらしくないなと思って。
そんな蔦子さんを見ていられなくて。
「ほんと、らしくない。」
その、らしくない蔦子さんは部室を出たところでお姉さまに捕まったらしく、立ち話をしているみたいだった。会話の内容までは聞こえないけれど。
私はため息をついた。
「…私も、ね。」
いつもだったら、やり込められるのは私なんだけど、と。
それに。
「あきらめ早すぎ。」
いつもだったら、記事になるような事は食らいついたら離さないのに、と。
まあ判断が間違ってたかどうかなんて、後にならないと分からないんだし。
今やれることをやっておこうと、私は机に向かった。
「予想はしていたけれど、やっぱり削っちゃうと少し寂しいかな。」
机の上のメモ帳をめくって、何番目かの名前に取り消しの二重線を引く。
「注目の新入生」と銘打たれたページの中にその名前はあった。
「一年菊組、内藤笙子さん…か。」
本当は彼女について、クラスと克美さまの実の妹ということ以外は調べていなかった。詳しいことについては今日情報が入る予定、だったのだけれど。
「空いた所に、何かいい記事はないかな。」
既に、私の中では二重線を引いた子の記事を書くことは無しになっていた。かと言って、新しい話題を調査するには時間が足りない。
次のかわら版に載せる為の記事を、メモ帳やファイルから探り始めた。
新年度始まって直ぐなのだから、先生についての記事は合わない。薔薇ファミリーについてはマリア祭前後の号で出す予定なので、こちらもボツ…と。
「部活動紹介でお茶を濁すのもなー…。んー。」
新入生に高等部を紹介する記事ということで、出来れば校舎についてとかがいいのだけれど、生憎と手持ちのメモやファイルには情報が足りないものや、前号などで使った記事ばかりであった。
「んー…、駄目だわ。」
ぺたん。私は机に突っ伏した。
蔦子さんじゃないけれど、今日は私の頭の回転も鈍くなっているようだった。
「何が駄目なの?」
丁度、そこへ私のお姉さまである、築山三奈子さまが入ってきた。
顔を上げると、メモ帳といくらかのプリントを持ったお姉さまが、いたずらっぽく笑っていた。
「あ、お姉さま。ごめんなさい、内藤笙子さんの記事は…。」
そう言えば、内藤笙子さんについての詳しい情報は、お姉さまが取りに行っていたのだったっけ。
上下関係が厳しいリリアンでは、情報収集に駆け回るのは下級生の仕事となっていて、三年生のお姉さま方がこういう仕事をすることは、まずない。
でも今回は、お姉さまが内藤笙子さんの情報を集めてくると言って出ていたのである。
だから、笙子さんについての記事は載せないことと集めてきた情報が無駄になってしまうことを謝らなければならない。
そのつもり、だったのに。
「ごめんね、真美。笙子さんは捕まらなくて、取材が出来なかったわ。」
目の前のお姉さまは、いたずらっぽい笑顔を崩しもせずにそう言った。
「えっ、だって、お姉さまっ。」
蔦子さんの頼みで、私がクラスと克美さまの実妹という情報を仕入れたついでに、綺麗な子だからと今年の注目の新入生の一人として記事にしよう、と決めたのが昨日。
その時に、じゃあ私が、とお姉さまが情報収集に出ていたのだけれど。
昨日と、今日の朝、放課後一時間、と十分に集める時間はあったはず。いや、お姉さまなら、たとえ今日の朝に記事にすることが決まっていたとしても、十分な情報を集めてくるはずなのである。
それに、取材が出来なかったと言うなら、お姉さまが今持っている資料と思しきプリントは何なのだろう。
そう疑問に思っていると、お姉さまは机にプリントを置くとにっこりと笑って、こう続けた。
「だからね、代わりと言っては何だけど、イチョウの中の桜の木あるでしょ?あれの記事を作ってきたわ。」
敵わない。
時には無茶な取材するけれど。時には暴走した企画を立てるけれど。
「あの桜、他の桜と違ってまだ満開じゃなかったわ。何か、いえ誰かを待っているのかも知れないわね。」
時には小説まがいの記事を書いたりするけれど。時には自分の記事を自賛しては次の記事が遅れたりするけれど。
「図書館の桜組についての伝説の他にも、桜についてのお話があったからいくつかプリントアウトしておいたわ。」
やっぱり、お姉さまはいつまでもお姉さまなんだな、と。
やっぱり、妹はいつまでも妹なんだな、と。
楽しそうな顔で記事を紹介するお姉さまを見ながら、そう思った。
これだけの記事、情報を集め、その中から目を惹くものを抜き出して纏めるとなると結構な時間がかかる。
多分、先程の笙子さんを捕まえられなかったと言ったのは単なる結果の話なのだと思う。お姉さまはこうなることを見越していたのだろう。それも蔦子さんが頼みに来たその一回だけで判断した、ということになる。
敵わない。
けれど、別段悔しいとか、そういった気持ちはない。むしろ、そんなお姉さまを誇らしいとさえ思った。
その時なぜか、一年前の光景が頭に浮かんだ。
そういえば、去年卒業なされたお姉さまのお姉さまや、お姉さまに憧れて部室のドアをノックしたんだっけ。
コン、コン。
思い出の音と現実の音とが重なる。誰かが尋ねてきたようだった。
「どちらさま?」
お姉さまが、プリントをめくる手を止め誰何の声をドアに飛ばす。
「新聞部に入部しに来たのですけれど…。」
恐る恐る、そんな表現がぴったりな風にドアを開けたのは、恐らくは一年生。真新しい制服に身を包んで、お姉さまと私とを交互に見つめていた。
「そう。それじゃ、これとこれとこれのコピーを五枚ずつお願いね。」
そう、素っ気無く答えたのはお姉さま。
新入部員が来たのだから、もっと嬉しがるかと思っていただけに、その反応は私にとって意外だった。
意外と言えば今来たばかりの新入部員に仕事を言いつけたこと。こっちは意外を通り越して、驚きだけれど。
「えっ、えっ、いいんですか。私が。」
ほら新入部員の子も流石にうろたえているし。
私が助け舟を出そうとすると、お姉さまはこちらを向くと自分の唇に人差し指を添えた。
任せて、若しくは、口出しするな、ということらしい。
思い出した。
そういえば、私が入部しようと始業式の日に部室に来たときに、お姉さまのお姉さまが同じように私に仕事を言いつけたんだっけ。
あの時は、こんな新入生になぜ、とも思ったけれど。おかげで直ぐに記事作成出来るようになったし、これは新聞部流の歓迎らしい。
「貴女は新聞部員でしょ。いいも悪いもないわ。」
そう言って、お姉さまはにっこり笑うと新入部員にプリントを渡した。
「あ、ありがとうございますっ。」
新入部員の子は、元気一杯の笑顔でそう応えた。こちらまで元気がわくような、そんな笑顔。
そうしてコピーに行こうとする彼女を、お姉さまが呼び止めた。
「あ、貴女。お名前は?」
彼女は慌てた様子で振り返り、元気な笑顔で答えた。
一年前の私と同じように。
「一年桃組、高知日出実です。宜しくお願いしますっ。」