【1531】 美しく咲きほこる違う世界  (篠原 2006-05-25 02:37:58)


 沙貴さんの【No:1163】『見上げる狂い咲き』のラストをちょっといじってみた
【No:1233】『桜の木の下で花は幻想のままに絡み合う』のさらに裏バージョンの
【No:1294】『痛みを知るきっかけ花や散るらむ』のよりにもよって続きの
【No:1358】『彷徨う心花や散るらむ』とはまた別バージョンのお話。



 はらはら
 はらはら
 桜の花びらが舞っている。
 あれ?
 紫苑はぼんやりと流れる桜の花びらを見ていた。
 えーと………
 何だか、頭がすっきりしない。紫苑はゆっくりと首を左右に振った。
 ついで、自分が両手と両膝を地面に付いた四つん這い状態なことに気付いて、とりあえず立ち上がる。
 なぜ自分がこんな場所にいて、何をしていたのか………っていうかそもそもここって
「どこ?」
 あらためてあたりを見る。
 そこは丘の上だった。
 振り返れば桜の木が、今を盛りとばかりに満開の花を咲かせている。さきほどからひっきりなしに舞い散る花びらが、あたりを霞がかかったように見せていた。
「紫苑?」
 かすかな驚きを含んだ声に、紫苑は自分以外にも人がいたことにようやく気付いて振り向く。
 視線の先には二人の少女が寄り添うように立っていた。
 一人は長身の、一目で何かスポーツをやっているのだろうと思わせる少女。
 もう一人は対照的に小柄で華奢な、だが綺麗に切り揃えられたショートカットの黒髪と切れ長の目が、強い印象を与える少女だった。
 二人ともリリアンの制服を着ているが、少なくとも紫苑にはその顔に覚えがなかった。だが、名前を呼ばれたのだから向こうは紫苑を知っているのだろう。
「えーと」
 とりあえず、声をかけた方とおぼしき長身の少女を見る。どこかで見たことがあるような気もしたが、どうにも頭がぼうっとしてよくわからなかった。
「ああ、わからないよね。私、藤堂若菜です」
 苦笑して、長身の少女が名乗る。
 とうどうわかな……………どこかで聞いたような名だ。
「……………えっ!? 若ちゃんっ!?」
 霞がかかったようだった紫苑の頭の中が一瞬にしてクリアになる。
 同時に、思い出していた。あの桜の木の下で、消えたはずの若菜の姿を見て、紫苑は何も考えられずに若菜に近寄った。そして、たぶんそのまま桜の木に喰われたのだ。
 だがしかし、今はそんなことより。
「ええぇーっ!???」
 思わず若菜を指差して仰け反る紫苑。
 確かに若菜の面影がある。だが目の前で若菜を名乗った少女は、紫苑と同年代にしか見えなかった。どうやっても、一回りも上には見えない。
「若ちゃん、若いっ!」
「「……………」」
 なにやらひんやりとした視線をダブルで投げかけられて、紫苑は慌てた。
「え? いや、違うよ? 今のは別にギャグとかじゃなくて」
 今度は笑われた。

「なんかね、コッチに来たらこうなってたのよ」
 若菜は照れたように笑ってそう言った。
 それでは何の説明にもなっていなかったが、気にした様子もなく若菜はとなりの少女を紫苑に紹介した。
「それで、こちらが私がリリアンに通っていた頃、同じクラスだった桜さん」
「島崎桜です」
「あ、平坂紫苑です」
 おもわず挨拶を返す紫苑。そして納得する。
 ああ、つまりは。
「若ちゃんはその桜さんを追ってここに来たと」
「え? や、追ってきたというか気が付いたらココにいたというか……」
「若ちゃん、ね」
 焦る若菜に追い討ちをかけるように、桜がくすりと笑い、何故か若菜は顔を赤らめた。
「いや、勝手にそう呼ばれてるだけで」
 しどろもどろ。
 見ているぶんにはおもしろい光景だが、紫苑はちょっとおもしろくなかった。
 紫苑の苛立ちに呼応したわけではないだろうが、ざあと、桜の花びらが舞い散る。
「それで、ここっていったいなんなの?」
「え、えーと、あっ?」
 若菜が紫苑の後ろを見て、今度は驚いたような表情を見せる。
「?」
「きゃ」
 かわいい悲鳴に振り返ると、いつの間にやら先程の紫苑と同じ場所に、同じ姿勢の少女が一人。
「………何、やってんの?」
「!? お姉さまっ!!!」
 ガバッと顔を上げたのは紛れもなく、紫苑にとっては見慣れた妹の顔だった。
 紫苑の時より我に返るのが早いのは、たぶん紫苑の顔を見たからだと思う。
「って、あれ? え? ここは?」

 そしてまた。
「ええっ!? 若ちゃん、若いっ!」
「「「……………」」」
「え? えっ? 違いますよ。今のはギャグとかじゃなくてっ!」
「あーもう恥ずかしいヤツだな」
「姉妹ね」
 などというやりとりがあったりした後、あらためて状況整理が行われた。
 まず予想通り、若菜は桜の木の下で桜の姿を見かけ(ややこしい)、それを追ってここに来たという。
 この時、一緒にいた紫苑は桜の姿を見ていない。ただ、若菜が桜の木に喰われたように見えただけだ。
 それからしばらくして、紫苑が桜の木の下で若菜の姿を見かけるが、この時一緒だった妹はやはり若菜の姿は見ていないという。
 そして紫苑が妹の見ている前で桜の木に喰われ、ここに来る。
「そうでしたね。私の手を振り切って」
「う」
 ちょっと恨めしそうな目をして見上げてくる妹から目を逸らす。
「いや、驚いたってかさ、普通確かめようとするでしょ。っていうか自分だってこっち来てるじゃない。つーか随分早く来たよね、あんた」
 何故か早口になる紫苑だが。
「? 早い、ですか?」
「え? そりゃ早いでしょ。せいぜい1時間かそこらで追っかけてくるとは思わないよ」
 それを聞いて、妹は顔をしかめた。
「………お姉さまが消えてから、1週間くらい経ってますけど」
「ええっ!?」
 気がついたら2、3時間たっていたということならあるかもしれないが、1週間というのはさすがにありえない。
「待て! ちょっと待て、妹!」
「なんですかっ!? 姉!」
「うわっ、コイツかわいくねえ」
「私はあわせただけですがっ」
「いや、だってあんたの名前知らないし」
 ガーン という巨大な効果音を背後にしょって、よろめく姿はちょっとそそる。
「い、妹の名前知らないってどんな姉ですか。どう思いますか!? 若ちゃん!!」
「それは酷いわねぇ」
「若ちゃんにふるな! っていうかそれ、私のせいじゃないし。それこそ神(沙貴さん)のみぞ知るでしょ」
「【No:1358】のコメントで命名権は移譲されてるじゃないですか」
「じゃあ篠原のせいということで」
 責任転嫁である。
「「お前が言うな!!」」

「……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて」
「そんなことって」
 さらにショックを受ける妹をとりあえずは置いておいて、紫苑は若菜に聞いた。
「若ちゃんっ、ここに来てどれくらい?」
「………2、3時間、かな?」
 若菜が桜の木に喰われてから2週間くらいたっていたはずだ。
「時間の流れが違う?」
 ちょっと復活したらしい妹がポツリと呟くように言った。
「浦島太郎? 戻ったら何年もたってたり?」
「それ以前に、戻れるんですか? そもそもここはどこなんですか?」
 そうだった。
「それからもう一つ」
 今日の妹は饒舌だ。
「桜さん? は、いったいいつからココにいるんですか?」
 皆の視線を集めた桜は、静かに微笑んだ。
「………さあ? 忘れちゃった」
「何故若ちゃんとあなたはそんな姿なんですか?」
「さあ」
「あなたはどうしてここにいるんですか?」
「……………」
「あなたは誰?」
「桜」
 今度は即答。
「ここはどこ?」
「さあ」
「真面目に答えて!」
 桜は困ったように笑う。
「答えられる質問ならば」
「桜?」
 若菜の呼びかけに、桜はまた困ったような笑みを浮かべる。
「なんで私達はここに来ちゃったのかな」
「あなたたちがそう望んだから」
「望んでなんかない! 私はただお姉さまの姿が見えたから……」
「ちょっと落ち着きなさいって」
 妹をなだめる紫苑を横目に、若菜は再び桜に問いかける。
「私が、桜に会いたいと思ったから?」
 何故か桜は、少し哀しそうに微笑んだ。
「ねえ、戻る方法はあるの?」
 紫苑が横から口を挟む。
「可能性としては」
「どうすればいいの?」
「あなたたちは桜の木を通ってココに来た。桜の木は道を繋ぐから」
 紫苑は桜の木を見た。
「でも、誰もがココに来れるわけではない」
「別に来たくて来たわけじゃ………」
 言いかけて、紫苑は妹を見た。
「ねえ、桜の木の下に私の姿を見て、私のところに来ようとして、気付いたらココに来ていたの?」
「そうですけど、それが何か」
 つまりそれが望んでココに来たということか?
 と、いうことは。
「帰りたいと望めば、帰れる?」
 桜は黙って微笑んだ。

 わかってはいたことだけれど、それでも若菜は聞かずにはいられないことがあった。
「桜は? あなたも一緒に戻ってこれる?」
 その問いに、桜は黙ったまま首を横にふる。
 そうして、逆に若菜に問い返す。
「若菜は?」
「え?」
「戻りたい? ここに居たい?」
「!」
 若菜は桜の目を見て、固まった。
「………ここに居たいかっていわれたら、確かにそういう気持ちはあるけど……」
「若ちゃんっ!」
 紫苑の、悲鳴のような、どこか咎めるような声。
 桜と二人でずっとここに居られるのなら、それはとても幸せなことだと思えたけれど。
「でも、戻らなくちゃ」
 それはきっと逃避だから。
 生きていくって決めたのだから。
「そう」
 頷いて、桜は。
 とてもきれいな笑顔を見せた。
「ごめんね」
「ううん。よかった。若菜が若菜のままでいてくれて」
 膝を付いた若菜は、桜の体にそっと腕をまわす。
 桜は若菜の頭を抱え込むように、胸元に抱きしめた。
 若菜も桜を抱きしめて、そして泣く。とても、とても懐かしかった。
 いつのまにか若菜は元の姿に戻っていた。
 かつて、桜の後を追うという選択肢は、とても甘美なものに思えた。
 けれど、もしそうしていたら、桜は許してくれなかっただろうとも思う。
 だから、あの時決めたのだ。
「私は、ちゃんと生きていく」
「うん」
「生きて、いくから」
「うん」
 風が、吹いた。
 ざあ、と音を立てて、世界が桜色に染まっていく。
 若菜の腕の中の桜が、花びらになって散っていった。
「っ……………」
 しばらく同じ姿勢のままでいた若菜は、涙を拭って立ち上がった。
 そして紫苑達の方に向き直ると、少し照れたように笑った。
「さあ、帰りましょう」
 風が吹く。
 桜の花びらが、全てを覆い尽くしていく。
 3人の姿も、その視界も、想いさえも。



 銀杏並木の桜の木の下で、若菜と紫苑とその妹の3人が寄り添うように眠っている姿がちょっとした話題になり、リリアン瓦版に記事が載ったりしたのはまた後のお話。
 そしてまた、伝説に新たな一頁が加えられたりしたのは言うまでもない。


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