「ちょっと可南子さん」
学園祭を数週間後に控えた、放課後の薔薇の館。
紅薔薇のつぼみ福沢祐巳の専属助っ人として、しばらく館に出入りすることになった、演劇部所属松平瞳子が、もう一人の助っ人である細川可南子に声をかけた。
「何かしら瞳子さん?」
相手を見ようともせず、涼しい声で答える可南子。
「ここからこっちは私の陣地ですから、何度も入るなと忠告したはずですが」
瞳子は、テーブルの上、指先で線を引くようなしぐさをした。
「聞いてませんよ、そんなこと一度も」
「言いました」
「言ってません」
「言いました」
「言ってません」
「言いました」
このやりとりを、止めようかどうかとオロオロしながら見ている祐巳を尻目に、苦笑いしながらも、我関せずとばかりに溜まった仕事を片付けてゆく山百合会関係者。
当然ながら、紅薔薇さま小笠原祥子と黄薔薇さま支倉令は言うに及ばず、白薔薇さま藤堂志摩子に黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇のつぼみ二条乃梨子とオールキャスト。
彼女らからすれば、瞳子と可南子の二人は、犬猿の仲のはずなのに、どうみても仲が良さそうにしか見えない。
心配そうにしているのは、乃梨子ぐらいなものだ。
「じゃぁ、何年何月何日何曜日何時何分何秒に言ったの?」
「今年の9月10日火曜日16時25分11秒に言いました」
「ウソね」
「ウソじゃありません」
「いいえ、ウソね」
「ウソじゃありませんってば」
「じゃぁ、命賭けられますか?」
「命は賭けられないですけど、一億万円賭けます」
「じゃぁ、一億万円下さい」
「あげません」
「やっぱりウソね」
「ウソじゃありません」
「ウソに決まってるわ」
「ウソじゃありませんわ」
まるで子供のような応酬に、さしもの乃梨子も脱力しっ放し。
「あ、コラ。空中も私の陣地です。入らないでくださいまし」
わざと大ぶりにして瞳子の制空領域に手を出しドリルに触れる可南子かと思えば、瞳子は瞳子で、わざと可南子の方に消しゴムのカスや折れたシャーペンの芯を吹き飛ばしたりなんかしたりして、妙に微笑ましい雰囲気の二人なのだった。
「くちゅん!」
可南子は、そのガタイと雰囲気からはあまり想像できない可愛いくしゃみを放った。
「って、ちょっと可南子さん」
「ぐす、何かしら瞳子さん」
鼻をすすりながら、答える可南子。
「いくらくしゃみとはいえ、唾液を飛ばすとは失礼ですわね。普通は、手で押えたり、ハンカチを添えたりするものでしょう?」
「失礼。急だったもので、間に合わなかったの」
「まったく…。しばらく私には触れないでくださいませ」
それぐらいは仕方がないだろ、と思いつつも、口出しはしない一同だったが、瞳子の次の一言で凍りついた。
「透明バリヤー!」
可南子と乃梨子以外は、ワケも分からず不思議そうな顔をしていた。