【1536】 姉御期待していたのにあっさり完食  (七式 2006-05-26 20:19:33)


某月某日(土曜日)、今日の薔薇の館は大騒ぎだ。

放課後、お昼を食べに館へやって来た志摩子さんは、冷蔵庫
にしまって置いたはずの乃梨子ちゃん手作り弁当が無くなって
いることに気が付いた。

「乃梨子、お弁当の中身は何だったの?」
「そら豆ご飯に、メインは瀬戸内鰆(さわら)の西京焼き、あと
は菜の花のお浸しとか…」
物凄く気合の入ったメニューだ…ひょっとして徹夜?

志摩子さんは完全に茫然自失状態。目の焦点が合っていない。
好物だったんだ、志摩子さん。
乃梨子ちゃんが必死に慰めているが、当分帰ってこないだろう。
弁当よ、何処へ行った?

祐巳さんは瞳子ちゃんと外でお弁当食べてから来ると言っていた。
紅薔薇姉妹は運が良い。
早く菜々が来てくれないと、私一人じゃ居心地が悪過ぎる。

三十分ほど経過した。
ようやく菜々が来てくれた。友達と話し込んでいて遅れたん
だそうだ。はきはき喋る菜々はやっぱり可愛い。癒される。

これまでの事情を話すと、菜々の目の色が変わった。
ただし、これは余り良い傾向とは言えない。あの目は江利子
様と同じ目だ。でも可愛い。絶対素直な子に育てて見せる。

菜々は、鞄から黒ぶちメガネを取り出した。
「真実は常に一つ。」
意外とノリやすい性格だったんだね、ナナン君。

「鑑識班はまだ来ないんですか?」
いやいや、弁当一つで警察沙汰はちょっと。

「お姉さま、今日の正午頃は何をしていらっしゃいましたか?」
ひょっとして私、容疑者ですか?

室内を粗方調査し終えたナナン君は、窓枠の傷を気にしている。
「そうか、テグスを使ったんだな!」
またテグスなのかコ…ナナン。

更にナナン君は、床についた傷に注目している。
「レッドヘリング…誤誘導か。計画的な犯行ね!」
弁当一つに計画犯罪っすか?

最後にナナン君は、冷蔵庫の下に何か見つけたらしい。
「こ…これは…」
ちらっとしか見えなかったが、どうも何かの紙切れらしい。

「ネクスト・ナナンズ・ヒーント! れ・い・ぞ・う・こ」
二週続きなのかよ!
分かった。この後は世界まる見えだな。

完全に絶好調のナナン君は、颯爽と腕時計を私の方に向けた。
「プシュッ!プシュッ!」
え、私コゴロー?

どう考えたってラン姉ちゃん役だろ!と思いつつも、余りにガチ
なその目に負けて、私は手近な椅子に力無くヘタリ込んだ。
胸元のタイに向けて話しかけるナナン君。

ちょうど良く紅薔薇姉妹もやって来た。
当然二人は全く話が見えていない。
そして、そんな事はお構いなしに、私の後ろに立ったナナン君は
意外にも上手な腹話術で、勝手に推理ショーを開始した。
芸達者だったんだね、菜…ナナン君。

「由乃さん、ひょっとしてコゴロー?」
はいそこウルサイですよ祐巳さん!

「当初私たちは、密室と言う特異な現場の状況から、これが計画
的な犯行だと考え、捜査してきました。」

「しかし、それは間違いだったのです!」

「今回の事件は、あまりにも不幸な偶然が重なって起きてしまい
ました。そう、全ては偶然だったのです。そうですね、先代白薔
薇さまの佐藤聖様!」

「「「なんですって!」」」
室内の視線が一斉にビスケット扉の方へ集中する。
果たしてそこには、本当に聖様が立っていた。

「確かにその通りよ。さすが眠りのコゴローさんね。」
そう言いながら、明らかに口元がニヤけている。
目がちょっと涙ぐんでる。
江利子様に報告する気だな!二人して酒の肴にするつもりだな!
そうなんだな!

「おいナナン、アレをみなさんにお見せしろ。」
「うんっ、わかったよ、おっちゃん!」
一人二役か。さすが芸が細かいねナナン君。
聖様は声を押し殺しながらヒーヒー言ってる。今にも倒れそうだ。
もう好きにして…

そんな外野の視線など気にも留めず、ナナン君が差し出したのは、
さっき冷蔵庫の下から引っぱり出した1枚の紙切れだった。

「お腹が減ったんで、お弁当もらいます。ありがとね。 …聖」
はぁ?

「って訳なんだよねぇ。いやね、今月小遣い厳しくてさぁ。どう
しようかって思ってたら、冷蔵庫に美味しそうなお弁当が入って
たもんでね、つい食べちゃった。」

志摩子さんが、物凄く微妙な表情で聖様を見つめている。
乃梨子ちゃんは…瞳に黒い光が宿ったね。怖い!怖いよナナン君!

「でも、ちゃんと置き手紙はしてったんだよ。それに、中身が
何となく志摩子っぽかったし、いっかなぁって思ってさ。いやぁ
乃梨子ちゃんには悪い事しちゃったね。ごめん。」

志摩子さんが、「もう、しょうがないですね、お姉さま」って顔
で聖様を見つめている。
乃梨子ちゃんは…バットに釘を打ち付けてる。
良かったね、ナナン君。もうすぐ本当の事件を捜査できそうだよ。

「貴様ぁぁぁ!」
乃梨子ちゃんが完全にブチ切れてる。そりゃまぁお姉さまの為に
夜なべして作ったお弁当を、第三者に軽やかにゲットされたら怒り
もするわな。

その後、白薔薇さん家はみんなで仲良くルビコンを渡り、紅薔薇
さん家は姉妹仲良く優雅なティータイムを楽しんでいる。

私はまだお昼を食べてない事を思い出して、菜々と二人で遅めの
ランチをとることにした。



「あの、お姉さま、サンドイッチを作ってみたんですが…」
それは令ちゃんみたいに上手くは出来ていないけど、一生懸命が伝
わってくるような、丁寧なサンドイッチだった。
志摩子さんと乃梨子ちゃんには悪いけど、今日はとっても良い一日
になりそうです。


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