【1537】 たたみかけるような徹頭徹尾  (sarasa 2006-05-26 22:42:03)


「よ、由乃さん」
「ごきげんよう、祐巳さん」

泣きつかれた由乃さんを抱えるようにして送った次の朝。祐巳が学校に行く為
に寮の門を出ると由乃さんが立っていた。

「どうしたの?」
「一緒に行こうと思って迎えに来たの。迷惑?」
「ううん、そんなことない。嬉しいよ」
「良かった」

(わあ、由乃さんて笑うと凄く可愛い)

そう言えば由乃さんて美少女って言われてるんだよねと祐巳は思い出した。

「でも急にどうしたの? 遠回りじゃない?」
「別に大した距離じゃないわ。私ね、今日から祐巳さんのストーカーになった
からよろしくね」

(いや、よろしくって言われても)

「ははは」

祐巳はひきつりながらも笑うしかなかった。なんだかやらっれぱなしも少し悔
しい気がしたので由乃さんの手を握ってみた。

「ゆ、祐巳さん?」
「いいでしょ? 由乃さんのこと好きよ」
「どうして平気な顔でそういうことさらっと言えるかなぁ」

由乃さんの顔が少し赤い。

(うん、満足)

そうしてマリア様の前でお祈りする瞬間まで手を繋いでいた。



「今がチャンスかも」

昨日からの由乃さんと祐巳の行動によってリリアンの空気が変わった。攻撃的
な気配がなくなって当惑と混乱の視線。今なら自由に動けそうだと祐巳は判断
し、藤組の教室を訪ねた。

「へえ、志摩子さん何時もこんな所でお昼食べてるんだ」
「春と秋のお天気の良い日限定ね」

(志摩子さんも評判どおりの美少女よね)

ご飯を食べながら志摩子さんの顔を眺めていた。するとほんのりと志摩子さん
の頬が染まる。

「いやだ、そんなにじっと見て。私の顔に何かついているのかしら?」
「ご、ごめん。あんまり綺麗だから見惚れちゃって」
「え。…変な祐巳さん」
「えへへ」

照れ隠しにちょっと頭を掻く。

「それで、私に話って何かしら?」
「あのね、話したくなかったら別に構わないんだけど。もし良かったら聞かせ
てもらえないかなって思って」
「それは内容にもよると思うのだけれど」
「どうして志摩子さんは白薔薇様にならなかったの?」
「ああ、そのことね」
「駄目かな?」
「別に構わないわ。そうね、一つには私は佐藤聖様の妹になったのであって白
薔薇様の妹になったのではないこと。たまたまお姉さまが白薔薇様だったから
山百合会のお仕事をお手伝いをしただけ。だから積極的に白薔薇様になりたい
という気持ちがなかったこと。もう一つは二年生、今の三年生に相当する蟹名
静様が立候補なさったこと。学年を考えたら静様が白薔薇様になる方が自然だ
とそう思ったのよ」
「静様? お見掛けしたことないけれど」
「ええ、静様はイタリアへ留学なさってしまったの」
「そうなんだ」
「三つ目、これが最後なのだけれど。中身までは話せないけれど私には身軽で
いなければならない理由があるの」
「そう」
「どうして祐巳さんはこの話を?」
「えっと、あ、ちょっと待って」

祐巳は銀杏の後ろの人影に手招きをした。おずおずと近寄ってきた子はおかっ
ぱ頭の眼元の涼しげな賢そうな子。失礼ながら祐巳の頭の中にこけしとか市松
人形という単語が浮かんだ。

「ごきげんよう乃梨子」
「ごきげんよう志摩子さん」
「お邪魔じゃなかったですか?」
「いいえ全然。むしろ私の方がお邪魔虫かな。ごきげんよう乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう。えっと?」
「祐巳さんよ、乃梨子」
「ごきげんよう祐巳様」
「可愛い子ね。志摩子さんの妹?」
「いえ、違うの。乃梨子はその」
「友達だよね、志摩子さん」
「ええ、そう」
「へえ」

言われてみれば志摩子さんの手首からはロザリオがちらりと零れている。

「何の話をされてたんですか?」
「何だっけ?」
「祐巳さんたら」
「ごめん。あ、そうだ。それで志摩子さん、今からでも白薔薇様にならない?」
「え?」「ええっ?」

可愛らしく首を傾げたのが志摩子さん。大きく仰け反ったのが乃梨子ちゃん。

「それは無理ね。さっきも言ったけれど私は大きな責任を負うことの出来ない
理由があるの」
「志摩子さん」

乃梨子ちゃんが心配そうな顔をして、安心させるように志摩子さんが真っ直ぐ
乃梨子ちゃんの顔を見て微笑んだ。

「うん、無理にとは言わないけれど。少しだけでも考えてみて」
「分かったわ。でも期待はしないで欲しいの」
「それでいいよ。話は変わるけど、私ちょっと企んでることがあるんだけど、
二人とも手伝ってくれない?」
「「企み?」」

綺麗にハモった二人を見て姉妹じゃないのが不思議なくらいぴったりだと祐巳
は思った。



(志摩子さん達なら上手くやってくれそう。後は令様ね)

祐巳は薔薇の館にやって来た。

「祐巳、遅いわよ」
「すみません。紅薔薇様。あの、お姉さまは?」
「令は部活を見てから来るそうよ」
「そうですか」
「何処で何をしていたの?」
「ちょっと友達と話を」
「貴女、つぼみとしての自覚が足りないのではなくて?」
「すみません」

何やら祥子様は機嫌が悪いようだ。

「お姉さま、いい加減になさいまし。会議は黄薔薇様が来てから始めるのでしょう?
まだ雑談しかしてないじゃないですか」
「そう言うことじゃないわ。瞳子ちゃん。私は薔薇様として貴女達をきちんと
教育しなければならないの」
「いいえ、今のは八つ当たりとしか思えませんが。祐巳様をご心配なさるお気
持ちは分かりますけれど」
「何が言いたいのかしら?」
「呼び方です。令様さえ、未だ祐巳様を祐巳ちゃんと呼んでいらっしゃるのに、
何故お姉さまは呼び捨てですの?」
「それはその方が呼びやすいということなだけだわ」
「それでは、私には何故ちゃん付けですの?」
「それは…」
「祐巳様のほうが可愛いなら祐巳様を妹になさればいいじゃありませんか」
「怒るわよ」
「祥子お姉さまの馬鹿」

瞳子ちゃんは涙を溜めて走り出したので祐巳は扉の前に立ちはだかって瞳子ちゃん
を抱きとめた。

「駄目だよ瞳子ちゃん。一時的な感情で自棄になっちゃ」
「祐巳様?」
「祥子様がわがままで傲慢でヒステリーなのは何時ものことでしょう?」
「…」

瞳子ちゃんはしばらく考えてからこくんと頷いた。

「あの」
「何?」
「もう大丈夫ですから、離して貰えませんか」
「あ、ごめん」

ぱっと身体を離すと瞳子ちゃんの顔がほんのり赤い。

「祐巳ったら、私のことをそんな風に思っていたのね。瞳子ちゃんも何よ、自
分こそ祐巳の妹にしてもらった良いんだわ」

今度は祥子様がいじけ始めた。祐巳は苦笑して瞳子ちゃんの背中を押した。瞳
子ちゃんはちょっと振り返ってから頷いて祥子様の元に走りより、甘え始めた。

(私のことならもうすぐ気になさらずとも済むようになるわ)

祐巳は声には出さずに呟いた。するとドタドタと階段を上る音がする。

「ごめん、遅くなった」
「本当、遅いわよ令」
「つい一年生の指導に夢中になっちゃってね」

(さあ始めよう)

「紅薔薇様、今日の会議は中止にして頂けませんか?」
「別に急ぐ議題はないから良いけれど。どうして?」
「令様に大事なお話があります」
「な、何」

お姉さまと呼ばなかっただけでもの凄く令様は動揺している。大丈夫かなと少
し思ったけれど。

「これをお返しします。由乃さんの首にかけてあげてください」
「「「祐巳(ちゃん)(様)!!!」」」

首からロザリオを外して令様に差し出した。

しんと言う音が聞こえた様な気がした。

「…何故?」

やっとのことで令様が声を絞り出す。

「令様。『勝つ』って何ですか?」
「勝つ?」
「勝つと言うことの意味を教えてください」
「勝つことの意味…」




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