【No:1545】の世界。時系列は飛んでます。
クロスオーバーです。ネタバレ注意。
俺が、揃って狸顔と並び称される我が姉の祐巳から聞いたあの荒唐無稽な話を信じるようになった経緯をお話しようと思う。そう、俺は最初にあの話を聞かされた時、嫌な予感がしていたのだ。
思えば全ての始まりはあそこからだった。それは夏休みが始まったばかりのころ。学園祭の生徒会企画で花寺とリリアンが協力するってのは二校の伝統なわけだが、俺は祐巳からリリアンでやる劇以外に協力して欲しい事があるといわれてその相談に出かけたのだ。
呼ばれたのは俺一人。先になにやら話があったらしく祐巳は先に行っていた。
俺がその集合場所の喫茶店に付いたときそこに居たのは祐巳の他に4人。おかっぱ頭の少女は無愛想に「二条乃梨子」と名乗った。柔らかそうな巻き毛の見るからに美少女なのは藤堂志摩子さん、ちょっとぽわぽわした印象だが、見た目の美しさと立ち振る舞いの可愛さのギャップがなんとも良い。そして髪が短くて一見少年風なのは支倉令さん、この人は一つ学年が上だ。
そして、長い三つ編み、勝気な目、自己紹介の前に俺にいきなり「あんた宇宙人とか未来人じゃない? それとも超能力とか持ってない?」なんて荒唐無稽な質問をしてきたのがあいつだ。
俺はそこで島津由乃という人物に出会ったのだ。
事前に祐巳に訊いた話によると、島津由乃という人間は世界を自分の意志通りに変更する力を持っているという。そんなバカな話があるかと思ったが、祐巳はマジだった。
祐巳も最初は信じなかったそうだが、なんでも信じざるを得ないようなことを見聞きしてしまったんだそうだ。俺も祐巳と長い付き合いになるが、そのときの祐巳は嘘をついてるように見えなかった。だが話が余りに荒唐無稽だったから半信半疑だったのだ。
他にも祐巳はその由乃さんの周辺の人物について教えてくれた。これがまたぶっ飛んだ話だったのだ。
まず二条乃梨子というこれは祐巳の後輩に当たる一年生だが、彼女は宇宙人の手先なんだそうだ。『情報なんとか思念体』(祐巳の言葉そのまま)という宇宙的存在が地上に遣わした人型端末で人間じゃない。なんでもそんな端末が地上にいくつも潜伏していて祐巳はその一つに殺されそうになったことがあるそうだ。そのとき助けてくれたのがこの二条乃梨子でそのとき祐巳は彼女の超常現象としかいいようのない能力を目撃したとか。
次が巻き毛の美人、藤堂志摩子さん。彼女は祐巳と同学年だが、なんと遠い未来から来たタイムトラベラーだそうだ。宇宙人の次は未来人。いくらなんでもそりゃないだろと思ったのは祐巳も同じだったらしいが彼女と一緒に何回かタイムトラベルをしてきたそうだ。他にもう少し未来の、つまり数年成長した彼女にも会ったことがあるそうだ。
そして最後は美少年風美少女と言えばいいのか支倉令さん。彼女はリリアン学園の三年生だが、件の島津由乃の幼馴染だという支倉さんは超能力者だそうだ。祐巳の説明はわかりにくかったが、要約すると島津由乃の能力で生じるある空間を処理する能力を持っているということらしい。あと島津由乃の精神に一番精通しているのが彼女であるとか。
紹介は以上だが、その由乃さん(祐巳がそう呼ぶので以下そう表記する)はこれらの周りの人の属性には気付いていない。というか秘密にしているそうだ。なぜかというと由乃さんがそれら超常的存在が実際にあることを知ってしまうとこの世界が秩序を失って荒唐無稽な世界に変貌してしまう可能性があるからだそうだ。だから同様に彼女自身の能力についても彼女は自覚していないし、自覚させないようにしているとか。
で、そういう事情なのに何故彼女の周辺にそんな属性を持った人間(いや人間じゃないのもいるが)が集合しているのか言うとこれまた彼女の能力で由乃さんがそう望んだから集まってしまったんだそうだ。そんなアホな。
これが、俺が彼女らに会う前に、祐巳が真剣な顔して語ってくれたどうしようもないトンデモ話の概要である。
「で、俺に協力して欲しい事ってなんですか?」
「いやだ、祐麒君、同じ学年なんだから敬語はやめようよ。あ、令ちゃんのことは気にしなくて良いからね。学年上って言ったってわたしの幼馴染だし」
集まってる中で一番笑ってると思われる表情でそう俺に言ってきたのはもちろん由乃さんだ。
「そ、そうか? じゃあ協力って何すればいいんだ?」
「映画よ!」
「映画?」
「そうなの。由乃さんったら、山百合会主催で劇やってそれだけでも手一杯なのに学園祭までに映画撮って発表するって聞かないのよ」
祐巳は本当に困ったって顔をしていた。
「祐巳、まだそんなこと言ってるの? 成せばなる成さねばならぬ何事もっていってね、人間やる気になれば何でもできるものなのよ!」
そう宣言する由乃さんの横で支倉さんが苦笑しながらお手上げのポーズをするのが印象的だった。
そんな感じで始まった映画撮影は、由乃さんに命令された祐巳が姉(グランスール)の祥子さんにおねだりして入手した撮影編集機材を用いて地獄のような過密スケジュールのもと、遂行されたのだった。
ここで監督島津由乃の手による自主制作映画のストーリーを紹介しておこう。何故ならこれが俺のその後の運命を決める重要なキーとなったのだから。
この話の主役を勤める藤堂志摩子さん。彼女は一見普通の女学生だが、実は彼女は生徒達がピンチになると現れる噂の魔法少女シマコ、それが彼女の正体だったのだ。かといってこの話の中で彼女が何故この学園にいるのかは語られることはない。
さて舞台は女学園であるから男性の俺の出番なんて要らないのではないかと思うのだが、そこは監督の意向で男が絡まなきゃストーリーが詰まらないでしょってことで俺の出番となった。そんな俺の役どころは、宇宙人に追われてこの学園に逃げ込んだ少年だった。そこで少年は魔法少女シマコに出会い、彼女の提案でこの学園の学生に変装して身を隠すことになる。つまり女装だな。まあ予想はしてたから覚悟はしていたが、お陰で映画の撮影中殆ど女装して過ごすことになった。むしろ令さんにその役をしてもらった方が良かったのではないかと思ったが令さんには最後の決戦の時ピンチになったシマコを助けるという重要な役割がある。彼女は学園に潜入してシマコの採点をしていた先輩魔法使いだ。いきなり出てきた設定だが。
あと出てないのは二条さんだが彼女は少年を追って学園に潜入してくる宇宙人役だった。云い忘れたが最終決戦でシマコと戦うのも彼女だ。
とまあこんな具合のストーリーなのだが、撮影中全てのシナリオは由乃さんの頭の中にあり、殆ど気まぐれのように校内を駆けずり回って撮影をした。
だが、学園に潜入した後、少年は殆ど全部リリアンの制服を着て登場するため俺は撮影中ずっと女装している嵌めとなった。撮影場所の殆どが場所が女子校の中とあって男が着替える場所など無く、俺は撮影開始から終了までリリアンの制服のまま過ごしたのだ。いやこれは、男の俺には相当恥ずかしいことなのだが、こんなのはまだ序の口だった。
それは、藤堂志摩子さんが、魔法使いシマコに変身して魔法で俺を女にするシーンで起った。
前後関係は相変わらず監督の頭の中で見通しがつかないのだが、おそらく追い詰められたかなにかでバレそうになり、魔法を使ってそれを凌ぐといったところであろう。
志摩子さんが何回唱えても相変わらず恥ずかしそうに「ロサロサギガギガギガンティア〜」と唱えてから、着替えて変身後のシーン。
「じゃあ、志摩子さん呪文となえて」
「え?」
「呪文よ、呪文! 祐麒を女にする呪文」
ちなみに、撮影当初から俺は由乃さんに呼び捨てにされていた。
「あの、そんなの知りません」
「適当に考えればいいわよ。それっぽいのを。もう融通が利かないわね」
「あ、はい」
「じゃあ行くわよシーン、スタート!」
カメラマンは何故か祐巳だ。
数日前に俺は祐巳が深夜まで由乃さんに押し付けられた映画撮影に関する本を必死で読んでいるのを目撃していた。
「えーと、ロサロサギガギガ、祐麒さんが女になあれ!」
そこで志摩子さんは俺の方に向かってロザリオを巻きつけた手を高く掲げて何かを投げつけるように振った。魔法の力を俺に放つイメージだ。そのまま見るとどこか間抜けだが、後で特殊効果をつける前提である。
「おわあ、本当に女になっちまったぞ!」
と俺の台詞。
お世辞にも上手いと言えない演技だが、監督はそれ以上無理と判ってるのかはたまた見分ける目が無いのか大抵OKである。
ところがその直後、俺はカメラマンの祐巳の顔色が青ざめていることに気付いた。
「どうした? 祐巳、具合悪いのか?」
俺がそう言っても祐巳は妙に強張った顔で首を横に振るばかりだ。
変なやつだなと思っていると、今度は志摩子さんが監督にちょっと中断のサインを送って俺に話し掛けてきた。
「祐麒さん、あの……」
「なんですか?」
「言いにくいことなんですが、撮影中に驚かれてはいけないので」
「?」
そして俺の前で妙に挙動不審な志摩子さんは言った。
「まだ、胸パット入れてないですよね」
「え?」
そういえば表現上単なる女装の時は胸パットなしで撮っていた。これは女になったシーンでパットで胸を膨らませてその違いを出すためだ。
しかし、今、俺の着ているリリアンの制服の胸は何故か膨らんでいた。
いつの間に?
「ちょっと失礼」
そう言って志摩子さんは俺の胸に手を伸ばし、その膨らみを両手でわしづかみにした。
「ひゃうぅっ!」
ってなんだーーーっ!? 胸の触られた感触がっ!
「や、や、やめっ!」
志摩子さんは俺の胸(?)を掴んだまま吟味するように手をワキワキと動かしたのだ。
「ちょっと、何やってるのよ!」
由乃さんが監督席で怒鳴ってるが、レフ板を支えていた令さんが走り寄って宥めていた。
「性転換」
ようやく志摩子さんの妖しい手つきから開放されて、俺が胸を両手で抱えるようにして息を荒げていると、次のシーンのために待機していた二条さんが俺のところまで来てぼそっと囁いた。
「乃梨子、どういうことなの?」
「構成情報の変換が成されている。あなたの身体は遺伝子レベルから女性に転換された」
「なんだって?」
と驚いてみせたが、俺の胸は服の上からでもはっきり判るほど膨れ上がっている。間違いなく祐巳より大きい。
んなバカな。これは映画の撮影じゃなかったのか?
いつから志摩子さんが本当に魔法を使えるようになったんだ。
「おそらく、由乃がそう願ったからだね」
いつのまにか令さんまで近くに来ていた。
「まさか。魔法が?」
「この場合、このシーンの必要要素に限定的に作用したと考えた方がよさそうね。だから何でも無制限に魔法が使えるわけじゃないと思うわ」
マテや。たかだか素人映画の一シーンのためになんで性転換されなきゃならんのだ。
「ちょっといつまでやってるの!」
由乃さんがメガホンを振り回して叫んでいる。
「ここはそのまま撮影を進めましょう。撮影には支障ありませんから」
このままかよ? 俺はどうなる?
「乃梨子?」
「遺伝子レベルの構成情報の書換えは意識喪失を伴う。ここでは危険」
二条さんは淡々とそう語った。
「由乃、ごめん続けていいよ」
「もう、スケジュール詰まってるんだから早くしてよ!」
そんな訳でその日俺はリアルに女にされたまま撮影を続けたのだ。
そして撮影が終わってから俺は二条さんの家にお邪魔してその構成情報書換えってのをしてもらった。
だが、次の日、まだ少年が性転換させられたままのシーンの撮影が始まった時。
「祐麒、あんたまた女になってない?」
祐巳の何気ない一言に気がつくと、胸のパットが妙に盛り上がっていて、胸の感触がちょっと嫌な感じになっていた。もちろん下も『無かった』。
「由乃の祐麒への思念がそれだけ強いと言うことだね。彼女が『そうあるべき』と考えたことの影響があなたにいちばん強く現れてしまっているんだ」
令さん、説明は別に良いです。結局この一連のシーン撮り終わるまで男に戻れないってことでしょ?
そういうわけで二条さんからは『危険だから』と撮影が終わるまで構成情報の書換えをしてもらえず、三日間俺は女のままで過ごした。
他にも戦闘シーンで志摩子さんが本当にビームを出して銀杏の木を薙ぎ倒してしまったり、祐巳がゴロンタと呼ぶ猫が突然喋りだしたりとハプニングもあったが、俺はもはや驚かなかった。
そして撮影が終わる頃には、最初の半信半疑だった祐巳のトンデモ話を俺は信じざるを得ない状況に追い込まれていたって訳だ。
このようにして俺は祐巳の荒唐無稽な仲間たちを知るに及んだわけだが、それから、知っただけでなくしっかり仲間に組み入れられてしまっていることに気付くまでにはそう時間がかからなかった、ということだけはここに付記しておく。
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ヒネリもなく題名通りの話。