【No:1529】→【No:1537】→【No:1544】の続き
==>1.由乃を選ぶ
2.祐巳を選ぶ
3.両方妹にする。
4.どちらも選ばない
5.???
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「どうなってるの?」
令は講堂に集まる大勢の生徒の姿に呆然とする。志摩子の友人だという二条乃
梨子と名乗った一年生に由乃と祐巳ちゃんが待っているからと講堂の舞台に連
れてこられた。
(ほぼ全校生徒がいるんじゃないの?)
まるで始業式とか式典の様に整然と椅子に腰掛けて何かを待っている。もしか
するときちんと学年順、クラス毎に分かれているかも知れない。
「さあ、令様中央へどうぞ」
「う、うん」
ステージの上には二つの椅子に由乃と祐巳が座って令の来るのを見ている。
傍らに志摩子が微笑を浮かべて立っている。反対側の袖には祥子と瞳子が控え
ている。
「皆様お待たせいたしました。黄薔薇様がいらっしゃいました」
志摩子がマイクにそう告げるとわーという歓声が上がる。膝が震えた。
(こんなんじゃ駄目よ。しっかりしろ支倉令)
令は一つ大きく深呼吸して、拳を叩いて気合を入れる。この馬鹿騒ぎの首謀者
は後でとっちめるとして、まずは自分の責任を果たして騒ぎを収めなければな
らない。令はゆっくりと二人の前に歩み寄る。目の前の二人が立ち上がるのに
合わせて乃梨子ちゃんがマイクを調整している。
「答えは出たの? 令ちゃ、令様」
どう切り出そうかと迷っていた令だが、由乃が飛び出してくれてほっとする。
「私が優柔不断なせいで二人には随分と迷惑をかけた。まずはそのことを謝る
よ。ごめん」
軽く頭を下げる。つられて二人も頭を下げたのが少し可笑しい。
「勝つことの意味、それ自体は一生かけて極めて行くことなんだと思う。だか
ら今はそれを言葉に出来ないけれど、一つはっきり分かったことがあるの」
「「はい」」
一度言葉を切って間を作った令に頷く二人。
「私は自分ひとりで戦えていなかった。何時も戦うことに言い訳のような理由
を必要としていた。それじゃ駄目なんだって貴女達に教えられて良く分かった
わ。ありがとう。でも私はまだまだ未熟な人間だからまた迷うかもしれない。
だから私の隣に居て欲しいのは寄りかかり合う存在じゃなくて、一緒に並んで
成長して行くことの出来る存在がいいの」
令は由乃の目を真っ直ぐ見た。
「一緒に行こう。私も由乃と並んで歩きたい。もう一度妹になって」
「はい」
由乃の首に緑石の綺麗なロザリオがかけられた。
「やっと分かってくれたんだね、令ちゃん」
「待たせてごめん、由乃」
二人は固く抱き合う。その目からは暖かいものが溢れていた。
「美しい姉妹愛を見せてくれた二人に拍手を」
志摩子の司会に観客が総立ちで拍手を送る。
「あ、あれ?」
たっぷり1分以上は続いたかと思われる拍手と歓声が落ち着いてきた頃、志摩子
の動揺した声が響いた。
「どうしたの?」
「祐巳さんがいない」
「え?」
「最後の締めを祐巳さんがする筈だったのに……」
言われてみるとステージの上から祐巳の姿が消えていた。
静まり返った講堂に何処からかザーッという音が聞こえてくる。窓を仰ぎ見れ
ば大粒の雨が叩きつけていた。
「逃げるんですか、祐巳様?」
階段を降りようとする祐巳の目の前に同じ女子高生とは思えないほど背の高い
女の子が立ちはだかった。祥子様よりも長そうな綺麗な黒髪。
「美人ね、貴女」
「な、何を仰ってるんですか」
女の子の頬が染まる。
「逃げるわけじゃないわよ。着替えに来たの。貴女、名前は?」
「一年椿組、細川可南子です」
「可南子ちゃんね。丁度良いわ、手伝って」
「え?」
「ほら、早く」
「は、はい」
静まり返ったステージに雅楽が流れてきた。
「何?」
背の高い女の子に手を引かれて巫女さんがステージに上がってきた。薄衣を頭
から被っているので誰かは分からない。
「「細川可南子」」
舞台の両脇で瞳子と乃梨子が同時に呟いた。
「「「「「祐巳(さん)(ちゃん)!」」」」」
ステージの中央に進み出た巫女さんは薄衣を可南子に手渡してゆっくりと舞い
始めた。すっと離れて行く可南子。
(あれは……)
日本舞踊を嗜む志摩子は色々な踊りを見てきた。あれは神社等で神様に奉納す
る神楽の一種じゃないかしらと思う。
舞い終えると祐巳はステージから客席に頭を下げる。戸惑いとも歓声とも取れ
る揃ったため息の後に拍手。
「志摩子さん」
ゆっくり身体を起こした祐巳は志摩子と向き合った。
「はい」
「ご覧のとおり私は巫女よ」
「ええ」
「リリアンはカトリックの学校だけれど、みんながみんなカトリックの家庭だ
というわけではないわ。私のように神社に関係していたり、お寺に関係してい
る生徒だって大勢居るの」
「……」
「なかには鎌倉の有名なお寺の子もいらっしゃるみたいね。そしてお家が小寓寺
の檀家だって生徒も結構居るわ」
「そんな…まさか」
「そう、貴女のお家がお寺だってことくらいみんな知ってるわ。大体、クラス
名簿に住所が書いてあるでしょう」
「……」
「そして志摩子さんが敬虔なクリスチャンだってこともみんな知っている。そ
のことに何の矛盾も問題も無いの」
「祐巳さん」
「だからね、白薔薇様になって? 志摩子さん。貴女の居場所はリリアン、そ
して山百合会よ」
「……」
志摩子は静かに頷いた。瞳は少し潤んでいる。
「会場の皆様。本来ならばきちんと補欠選挙を行うべきなのですが、時間があ
りません。この場で承認を取らせて頂きます。二年藤組藤堂志摩子さんを白薔
薇様として認める方は挙手を」
祐巳はぐるりと会場を見渡す様にした。
「結構。ありがとうございます。満場一致で可決しました。新しい白薔薇様に
拍手を」
割れんばかりの拍手。
「祐巳、私達を差し置いて何勝手なことやってるのよ」
「紅薔薇様は反対ですか?」
「そんなことはないけれど。こういうことはきちんと書類に残さなければ」
「では後始末お願いしますね」
「なっ」
「お姉さまの負けですわ」
「瞳子」
祐巳は乃梨子の腕を取った。
「それと、もう一つ。白薔薇様にはつぼみが必要ね」
「な、何を言ってるの。私と乃梨子は……」
「ただの友達? じゃあ私が乃梨子ちゃんを妹にしても構わないわね?」
「え……」
祐巳は何処からかロザリオを取り出して乃梨子の首にかけようとした。
「駄目、乃梨子は渡さない」
志摩子は奪うように乃梨子を抱きかかえた。
「どうして?」
「私には乃梨子が必要で、乃梨子には私が必要だからよ」
「志摩子さん……」
志摩子と乃梨子は見つめ合った。西洋人形と日本人形。見えない桜が舞うよう
な美しさ。
「皆様、美しい姉妹愛を見せてくれた新白薔薇姉妹にも惜しみない拍手を」
観客席で桂は今日は何度拍手させられるのだろうと思っていた。でもそれは少
しも嫌じゃなくて。学園祭に行われる舞台劇よりもずっと面白いことだった。
感動で涙の止まらない子もいる。
「これで思い残すことはないわ」
「いいえ」
「可南子ちゃん」
「まだ祐巳様ご自身のお気持ちが解決していません。そして私の気持ちも」
先ほどと同じように新白薔薇姉妹に全員の目が集中している隙に抜け出してき
た祐巳を可南子が抱きしめた。
「駄目だよ可南子ちゃん。可南子ちゃんの未来には私より相応しい人が居る」
「そんな人いません」
「いるよ。可南子ちゃんの生徒手帳の中の写真」
「……」
祐巳は緩んだ可南子の腕からすり抜けた。
「可南子ちゃんにだけ特別に見せてあげるよ。これが裏舞」
雨の中に飛び出して踊り始めた祐巳。その幻想的な光景を可南子は何時までも
見つめていた。