【No:1545】→【これ】→???→【No:1546】 時系列ばらけてます。
クロスオーバーです。ネタバレ超注意。
乃梨子ちゃんにトンデモ電波話を聞かされた翌日、ではなく、数日後のこと。
私は先日の乃梨子ちゃんのことを相談するために昼休み、志摩子さんに同行して講堂の裏の彼女のお気に入りの場所に来ていっしょにお弁当を広げていた。
ちなみに何で翌日すぐに相談しなかったのかというと、翌日は薔薇の館で志摩子さんが由乃さんに襲われていたからだ。いや文字通り、寸分も違いなくその光景は志摩子さんが襲われているところだった。まあ早い話が私の目の前で志摩子さんは制服を脱がされてメイド服に着替えさせられていた訳だけど、由乃さんが言うには山百合会には萌え要素が足りないとか。
最近目に余る由乃さんの暴走振りだけど、令さまがあんな調子なので歯止めが効かず、もう一人の上級生たる私のお姉さまはどういう訳か非干渉を貫いていてもうどうにも止まらなかった。
そんな由乃さんに恐れをなした志摩子さんは翌日からお昼だけでも平穏に過ごしたくてここ最近薔薇の館で食べていたお弁当の場所を以前からのお気に入りのこの講堂の裏に戻していた。
志摩子さんに相談をしたいと思っていた祐巳がそれを知ったのが今日だったってわけ。
それで祐巳が「ご一緒して良いかしら」といったら志摩子さんは喜んで同意してくれたのだ。
というわけで、まわりに人が居ないことを確認して早速相談を持ちかけた。
「実は乃梨子ちゃんのことで相談が……」
そこで先日の乃梨子ちゃんが私になんかぶっ飛んだ話をしてくれたことを伝えた。
志摩子さんは穏やかな表情で私の話を聞いてくれて、話が終わってこう言った。
「そう。乃梨子がそんなことを」
「うん、ちょっと普通じゃないから心配でしょ?」
「もうそんな時局になってしまったのね」
「え?」
ちょっと志摩子さんの言った意味がわからなかった。
そして志摩子さんは急に引き締まった顔で祐巳を見て言った。
「祐巳さん、私もあなたにお話したいことがあります」
「えっ」
何?
「ここなら誰も来ませんから、今のうちに話しておきます」
そして、少し戸惑うように「信じてもらえないかもしれませんけど」と呟いたあと、こう続けた。
「私はこの時代の人間ではありません。もっとずっと未来から来ました」
「いつ、どの時間平面から来たかは言えません。言いたくても言えないんです。過去の人に未来のことを伝えるのは厳重に管理されていて、時空を航行する前に精神操作を受けて強制暗示にかからないといけないので、必要以上のことを言おうとすると自動的にブロックされてしまうんです。だからそのつもりで聞いてください」
あ、あのぅ……。
「時間と言う物は連続した流れのような物ではなく、時間ごとに区切られたブロックのような物なんです」
いきなり判らないんですけど。
「区切られているといってもそれは本当に小さな単位なので殆ど連続しているように見えるんですけど、そうね、アニメーションが沢山の書かれた絵を連続して見せることで絵が動いているように見える、あんな感じを想像してもらえば判りやすいと思うわ」
そして志摩子さんは、過去に戻った人間はそのアニメーションの絵の一枚に書かれた悪戯描きのようなもので基本的に未来に影響しないだとか判りやすいんだか判りにくいんだか良く判らない説明をしてくれた。
そして、
「私がこの時間平面に来た理由はね……」
そこで一息ついて志摩子さんは続けた。
「三年前、大きな時間振動が検出されたの。あ、この三年前って言うのは祐巳さんがいるこの時間での三年前ね。それで調査するために過去に飛んだ私たちは驚いたの。どうやってもそれより過去に戻れなかったから」
三年前? たしか乃梨子ちゃんも同じようなこと言ってたみたいだけど。
「そこに断層のようなものがあるっていうのが私たちの結論。でも原因はわからなかった。原因らしき物が判ったのは最近の事なの。あ、これはわたしが元居た時代の最近ね」
「あの、何だったの? その原因って」
もしかして? って思いがその質問を私にさせた。
「由乃さん」
志摩子さんは予想通りの答えをくれた。
「彼女は時間の歪みの真ん中にいたのよ。過去への道を閉ざしたのは間違いなく彼女。どうしてそう断定できるのかは聞かないで。禁則事項なの」
「由乃さんにそんなことできるとは思えないよ」
「私たちもそう思わなかったし、信じられなかったわ。一人の人間がどうやって時間平面に干渉なんて出来るのか。謎なんです。解明できていない。由乃さんもそれを自覚していない。私は彼女の周りで新たな時間の異変が起らないか観測する、ええと監視員みたいなものなんです」
と、そう言われても返す言葉なんで無い。
祐巳の表情を見ていた志摩子さんはふっと力を抜くように視線を地面に落として言った。
「信じてもらえないでしょうね。こんな話」
「あ、あの、何でそれを私に?」
私の問いに志摩子さんは再び顔を上げると体の向きを変え、真っ直ぐ私のほうを向き直って言った。
「あなたが、由乃さんに選ばれたから」
ごくり、と私の喉が鳴った。
「詳しくは禁則事項で言えない。でもあなたは由乃さんにとって重要な人。由乃さんの一挙手一投足には全て意味があるの」
「まって、だったら幼馴染の令さまは? 一緒にいるってことならお姉さま、祥子さまや乃梨子ちゃんだって」
志摩子さんもでしょ?
「あの人たちは私に極めて近い立場の存在です。こんな的確に集まってしまうなんて。多分皆、意図していなかったはず」
「志摩子さんはあの人たちが何者か知ってるの?」
「禁則事項です」
「由乃さんのすることを放っておいたらどうなっちゃうの?」
「禁則事項です」
「未来から来たんならどうなるか判りそうなのに」
「禁則事項です」
「私じゃなくて由乃さんに直接いえないの?」
「禁則事項です」
「……」
「ごめんなさい、いえないことが多いの。今の私はそんなに権限が無いんです」
志摩子さんは申し訳無さそうな悲しそうな顔をして俯いた。
「信じてくれなくてもいいです。でも知っておいて欲しい」
って前に似たようなことを言われたような気がする。でも……。
「ごめんなさいね。こんな話」
そんな顔されたら文句言えないよ。
「ううん、いいんだけど、一つだけ」
「答えられることなら」
「うん、乃梨子ちゃんのこと。志摩子さんの妹だよね? 知ってて姉妹になったの?」
「ええと、そうね……」
言葉を選んでいるようだった。言えない事があるのかな?
「乃梨子は、ただ近くに居たってだけ。山百合会に、由乃さんのいる山百合会(幹部)の皆さんに縁が出来て、それで成り行きのように姉妹になってしまったのだけど。まさかあんな……」
これにも由乃さんの無意識の力が働いていたということらしい。
志摩子さんは「この時代の人とは深く付き合うつもりがなかったから丁度良かったのかもしれないわ」と彼女にしては珍しい表情で苦笑した。
「あのね、志摩子さん」
「なあに?」
「その未来から来たとか言う話、私判らないから、保留でいい? 信じるとか信じないとか」
「それでいいわ。今は心のどこかに留めておいてくれれば。私は祐巳さんとはこれからも同じように接するから、祐巳さんも私とは普通に接して下さいね」
「うん」
とりあえずそう言ってもらえて私は安心した。
自分は未来人だって真顔で主張されて信じて欲しいって言われてもそう簡単にハイそうですかと信じられるものではないから。
ところで志摩子さんの話にはとっても引っかかることがあったような気がするのだけど色んな話があってどうにも思い出せなかった。
まあ思い出せないってことは小さなことなのだろう……。
放課後、薔薇の館に行ったら、令さまと乃梨子ちゃんしか居なかった。
乃梨子ちゃんはここ最近のお気に入りの窓際席でまたハードカバーの本を読みふけっていた。
一方、令さまはやる事が無いのか、手持ち無沙汰げに紅茶のカップの淵に指を這わせてそれを見つめていた。
「ごきげんよう、令さま、お茶のお代わりは……」
「あ、祐巳ちゃん、ごきげんよう。いいわ。それより」
「え?」
令さまは私を認めると席を立って祐巳の方に歩いてきた。
そしてすぐ目の前に立って、私の肩に手を置いて言った。
「お話があるんだけど、良いかな?」
「ええと、なんですか?」
「ここではちょっと」
そう言って令さまは振り向いて乃梨子ちゃんの方に視線を向けた。
なんだろう?
「乃梨子ちゃん、ちょっと出るけど、祥子が来たらすぐ戻るからって伝えてくれる?」
乃梨子ちゃんはハードカバー本に向けていた顔を上げ、こちらを見ると黙って頷いた。
というか、乃梨子ちゃん声ぐらいだそうよ?
そして、令さまは私を伴ってミルクホールまで移動した。
テーブルを挟んで令さまと私は向かい合って座っていた。
令さまは、席に落ち着いてからしばらくミルクティーの紙カップを指先で弄んでいた。まるで、何処から話したらいいのかを悩むように。
私はそんな令さまに言った。
「話って、由乃さんのことですか?」
令さまはそれを聞くとちょっと驚いたように目を見開いたあと、目を細めて微笑み、こう言った。
「もう、他の人からアプローチを受けているみたいだね」
私は頷きもせず、ただ令さまの方を見ていた。いや睨んでいたかもしれない。
令さまは微笑んだまま言った。
「何処まで知っているのかな?」
「由乃さんが普通の人じゃないってこと」
「それなら話が早いね。その通りなの」
これって何かの冗談? 今いる山百合会のメンバーの三人までが由乃さんをただの人間じゃないみたいに言い出すなんて。
「まず、令さま? あなたは何なんですか?」
乃梨子ちゃんは宇宙人、志摩子さんは未来人。由乃さんの話てたのはあと超能力者と異世界人だ。
「まさか、超能力者ですなんて言わないですよね?」
「先に言わないで欲しいな」
そう言ってカラカラと笑う令さま。私は真剣なんです。話によっては今後の身の振り方を考えないといけませんから。
私のそんな思いを知ってか知らずか令さまは続けた。
「ちょっと違うような気もするんだけど、そう。超能力者と呼ぶのが一番ふさわしいかな。そうなの。私は超能力者なのよ」
私は黙って令さまが買ってくれたココアに口をつけた。やっぱり自販機のココアは味が薄い。
「話は今から三年前。私も由乃も中等部の頃の話よ。私に突然超能力としか言いようのない能力が目覚めたの。最初はパニックだったわ。怖い思いもずいぶんした。しばらくして『機関』からお迎えが来て救われたけど、あのままだったら気が狂ってしまっていたかもしれない」
「気が狂って?」
一瞬、目の前の令さまが正気を失っているんじゃないかなんて思ってしまった。いやそう思っても仕方の無い話の内容なのだ。
「祐巳ちゃんは私の正気を疑う?」
「い、いえ」
顔に出てしまっていた。
「その可能性もあるかもしれないわ。でもね私たちは、私たちって言うのは『組織』の人たちは、ってことだけど、もっと畏怖すべき可能性を危惧しているのよ」
ここで令さまは自嘲するような笑みを浮べた。
元々美少年フェイスなだけに、なんかこう、サマになってるというか、普段もこれなら令さま格好良いのにな、なんて関係ないことを考えてしまった。
その令さまはこんなことを言った。
「祐巳ちゃんは世界がいつから存在したと思う?」
「え?」
なんか急に話が大きくなったというかいきなり宇宙ですか?
「ええと、すごく昔にビックバンという爆発から始まったとか……」
「そういう事になってるよね。でも私たちは一つの可能性として世界は三年前から始まったという仮説を捨てきれないでいるのよ」
私は令さまの顔をまじまじと見つめた。もしかして危ない宗教にはまってませんか?
もっとおかしなことを言い出したら逃げた方が良いかもしれない。
「あの、それはいくらなんでも無いと思います。だって私は幼稚舎からリリアンでちゃんと学校に通った記憶があるし、それに日本史で勉強している歴史はどうなるんですか?」
「祐巳ちゃんも含めた全人類が、それまでの記憶をもったまま、ある日突然世界に生まれてきたのでない、と、どうやって否定できる? 三年前にこだわることはないよ。いまからたった五分前に全宇宙があるべき姿をあらかじめ用意されて世界が生まれ、そしてそこから全てが始まったのではない、と否定できる論拠なんてこの世の何処にもないんだから」
え、ええと……。
「例えば、仮想現実空間を考えてみて、祐巳ちゃんが直接そういう情報を脳に送り込むシステムにつながれているとして、見ている映像、聞いている音、空気の匂い、テーブルを触った感触、飲み物の味まで全部与えられている情報だとしたら、あなたはそれが本物の現実でないと気付くことはないでしょ? 現実って言うものはそんな風に以外と曖昧で脆いものなのよ」
ダメだ。話が飛びすぎてる。私はここで話の引き戻しを試みた。
「そ、それはそうだと思うんですけど、その世界が三年前とか五分前とか、そういう話がどうやって由乃さんの話に結びつくんですか?」
「『機関』の偉い人たちは、この世界をある存在が見ている夢のようなものだと考えているの。私たちが、いや世界そのものがその存在にとって夢に過ぎないのでは、とね。そして夢だからその存在にとって私たちが現実と呼ぶ世界を創造したり改変したりすることなど児戯に等しいはず。こんなことのできる存在を私たちは知っているわ」
なんだか令さまがなにか別人に見えてきた。
この人は何を言っているのだろうって、話を聞いている自分とそれを冷静に見ておる自分が分離しているような感覚にさえ襲われてくる。
「世界を自らの意思で創造したり壊したりできる存在――、人間はそのような存在のことを『神』と定義しているわ」
マリアさまでもイエスさまでもなくて、そのお父さまたる神さまですか。
それが由乃さん?
令さま、こんな話、シスターに聞かれたら指導室に直行ですよ。
「だから『機関』の人たちは戦々恐々としているのよ。万が一、この世界が神の不信を買ったら神はあっさり世界を破壊して一から作り直そうとするかもしれないでしょ? 砂場に作った山が気に入らなかった子供みたいに。私は世間が矛盾に満ちているって言われていても、今の世界には愛着があるわ。だから『組織』には協力してるのよ」
由乃さん教かぁ。令さまだけならなんとなくわかる気がするけど『組織』ってなに?
上の人とか言ってたけど、もしかして大人が集まって由乃さんを信仰しているの?
「そう見えるかもしれないね。でも私たちは彼女を取り上げで祭り上げようなんで思っていない。由乃自身もそれを自覚していない。むしろ一生涯知らないまま平穏に生涯を送ってもらいたいってそう思っているのよ」
ここへ来てようやく令さまの表情が何時もの穏やかな感じに戻った。
「言ってみれば由乃は未完成の神よ。自在に世界を操れるようになっていない。でも未完成ながらその片鱗を見せるようにはなっているわ」
「どうしてそう言えるんですか?」
「祐巳ちゃんは何故由乃のまわりに私みたいな超能力者やあるいは志摩子や乃梨子ちゃんのような存在がいるか判る? 由乃がそう願ったからなのよ」
いつか教室で話していた由乃さんの言葉が脳裏に蘇る。
宇宙人、未来人、超能力者が居たら……。
「あ、でも、私は普通の人ですよ。お姉さまだって」
「そう、祥子のことは置いておいて、祐巳ちゃん。あなただけは私たちにも謎なのよ」
「え?」
「失礼だとは思ったけど、祐巳ちゃんのことはそういう視点から色々調べさせてもらったわ。断言するけどあなたは何一つ特別な力を持たない普通の人間よ」
そう断言されちゃうと、喜んで良いのか悲しんで良いのか微妙なのだけど。
「もしかしたら、祐巳ちゃんが世界の命運を握っているのかもしれないわ。だからこれは私たちからのお願い。由乃が世界に絶望してしまわないように注意して」
「そ、それだったら令さまの方が適任のような気がしますけど?」
従兄弟だし幼馴染だし、一番近くに一番長い間いるのは他ならぬ令さまだ。
「それが出来ればこんなこと頼まないよ。私はダメなの。初めから一緒にいただけで由乃が私を選んだ訳ではないわ。由乃にとって支倉令という人間は居るのが当たり前なの。だから現状維持しか出来ない。由乃が積極的に動き出したら私は無力だわ」
「でも、どうして私が?」
「難しく考えることはないわ。実のところ私たちもどうしたらいいのか判っていないのだから。ただ私たちの危惧は判って欲しい。組織の中には、由乃に積極的にアプローチしようとする過激な考えをもった人も居るわ。でも全体の意見としては軽々しく手を出すべきではないと考えているのよ」
「……」
「由乃を取り巻く環境は出来るだけ普通であって欲しい。だから由乃が選んだ普通の人の祐巳ちゃんにはある意味期待してるの」
期待といわれても。
「その、普通でいいんですよね?」
「そうよ。普通にお友達で居てくれれば」
話はそこまでだった。
令さまは「ちょっと長くなっちゃったね」と言い、
祥子さまが怒ってるといけないからと、席を立ち、私を促して一緒に薔薇の館へ戻った。
あれ? なにか忘れているような……。
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約10名(?)の続編をお待ちの皆さまお待たせしました。憂鬱シリーズ3本目です。
くどいようですが、引いてますけど続きを考えてるわけではありません。