暑い、とテーブルに突っ伏したのは黄薔薇のつぼみたる島津由乃。
そうね、と応えたのは白薔薇さまたる藤堂志摩子。
一日で最も暑い時間帯、未だ二人しかいない部屋の中は日なたほどではないにしろ夏の名に相応しい気温を誇っており、
開け放った窓から時折訪れる来訪者だけがわずかばかりの涼を運んできてくれていた。
いいかげんセミの声には慣れてきたが、この暑さは慣れようがない。
糖分が気になりジュースを飲もうという気にもなれず、かと言って冷たい水では浴びる気にはなっても飲む気にはなれなかった。
はあ、と吐くため息までもが暑さを促進させる気がして、ますますやる気を削いだ。
「ごきげんよう、今日も暑いねー」
開け放ってあった扉から現れたのは、紅薔薇のつぼみたる福沢祐巳。
真白なハンカチで額をぬぐう少女は二人を少しだけ元気にさせたが、それでもやはり暑さはごまかしようがなかった。
「ごきげんよー……」
「ごきげんよう、祐巳さん」
返事をした二人を見れば、由乃はもはや動く体力もないといった雰囲気であり、一見涼しげな志摩子もやはり疲れているようで。
だが。
夏だねー、などと仰る祐巳はどこか楽しげで。
「どうしたの、祐巳さん」
「何かいいことでもあった?」
当然の如くいぶかしげな表情をする二人に、祐巳はやっぱり小さく笑うだけだった。
「アイスティーでも作るよ」
と、かばんを持ったまま流しに向かった祐巳は、お願い、と重なる声を背に受けお湯を沸かしはじめる。
グラスを棚から下ろし、氷を一杯まで入れて。
取り出したるはローズのフラワーフレーバーティー。
茶葉は人数分プラス1杯。
沸騰したてのお湯はいつもの半分。
蒸らしてる間にもう一つポットを用意して、移し変えていったん温度を下げる。
それからグラスに注げばアイスティーのできあがり。
「おまけに、っと」
さらにかばんがら取り出したのは食用ミニローズ。
ちょちょいとアイスティーの上に飾れば
「はーい、できたよー」
「わ、何これ!」
「すごい、きれい……」
突然目の前に現れた花畑に、暑さでにごった瞳が俄然輝きだす。
キン、と音を立てるグラスに咲くバラはなんとも涼やかで、ふわりと風に乗って漂う香りはとても爽やかで。
そこにあるだけですっかり暑さを忘れさせた。
「前に紅茶の入れ方を勉強してたときに見つけてね、昨日たまたま材料が手に入ったから作ってみようと思って」
そんな祐巳の声もまるで届いていない様子。
二人は花びらを避け、そっとグラスを口にしていた。
「「おいしい……」」
この世の天国に辿り着いたかのような二人の顔を、祐巳は嬉しそうに見ていた。
「ごきげんよう。……?」
二条乃梨子が薔薇の館を訪れるとともに視界に飛び込んだのは、3人の少女と3つの花束だった。
ごきげんよう、と声をそろえる上級生はこの暑さの中にも関わらず文字通りごきげんで、さらに首をひねることになった。
「暑かったでしょ。乃梨子ちゃんの分も作ってあげる」
「待って祐巳さん。私が作ってあげたいから、作り方教えてくれる?」
「あ、私も覚える!」
「分かった。じゃあ、二人ともこっちきて」
と、ぽつねんと一人取り残される乃梨子。
「……なに?」
わけも分からず立ち尽くしていると、窓からやや強い風が走って体温を奪っていった。
もう少し長く吹けばいいのに、とぼんやりと思いながらテーブルの上に目を移すと、バラの花が水をひいていくつか転がっていた。
夏だな、なんて思った。
あとがき
今年の夏はちょっとおしゃれに。