【1552】 水野祐巳の北風  (クゥ〜 2006-05-29 02:04:25)


パラレル設定、水野祐巳。第五弾。

【No:1497】―【No:1507】―【No:1521】―【No:1532】―今回


 二学期。
 受験生である祐巳たち中等部三年生たちにとっては大事な時期のはずだが、高等部への進級がほぼ全員である祐巳の教室はいつもと変わらず少し騒がしい。
 リリアンのお嬢様とはいえ、年頃の女の子のお喋りは止まらない。その中で、祐巳は最近少し浮いていた。
 休み時間も教科書を開いて予習をしているのだ。
 「祐巳さん、最近がんばっているよね」
 祐巳に声をかけてきたのは、桂さんだった。
 「うん、一学期最後出て来れなかったからね」
 最近、祐巳がよく言っている言い訳。まだ、クラスメイトに祐巳が外部受験希望であることは伝えていない。
 別に悪いことをしているわけではないのだが、幼稚舎からの付き合いであるクラスメイトたちに何だか後ろめたさを感じているのも事実。
 「もう、取り戻していると思うけどな。ところで今日もお昼に中庭に行くでしょう?」
 「あぁ、うん。瞳子さんも来ると思うから」
 「最近、仲良いよね。瞳子さんと祐巳さん」
 「そうかな?」
 確かに祐巳と瞳子さんは今まで以上によく話すようになったと思う。夏休み前までは、たまに昼食を一緒に食べる程度で、廊下で顔を合わせても挨拶をするくらいだったが、最近では、ほぼ毎日昼食を一緒にとり。廊下で顔を合わせると他愛無いお喋りをするようになった。
 その理由としては、夏休み最後の日曜日に見に行った瞳子さんの舞台。祥子さまは来られていなかったようだが、祐巳を見つけた瞳子さんは嬉しそうに喜んでくれた。
 祐巳は、それがとても嬉しかったのを覚えている。
 そして、今日も桂さんと中庭で瞳子さんを待つ。
 考えてみれば、桂さんも瞳子さんと仲が良い。祐巳がそう言うと桂さんは笑った。
 「あ〜、それはないなぁ」
 「そうかな?」
 桂さんはテニス部でそれなりに活躍もしている。憧れる後輩もいるはずだ。
 「そうよ。でも、そんなこと言うなんて祐巳さんも分かっていないなぁ」
 桂さんの言葉に、祐巳は?マークを飛ばすしかない。
 桂さんはまた笑った。
 「楽しそうですね。祐巳さま、桂さま、ごきげんよう」
 「あ!瞳子さん。ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 「ところで、何をお話になっていたのです?とても楽しそうでしたが」
 「あ?いえ、瞳子さんも大変だと思ってね」
 桂さんの言葉に今度は瞳子さんまで?マークを飛ばしていた。その後は。いつものようなお喋りをしながらの昼食会。
 「ところで、お二人は修学旅行はどうでした?」
 瞳子さんは近づいてきた修学旅行の話を聞いてくる。
 「そういえば、今週の土曜日だっけ、二年生の修学旅行」
 リリアン中等部の修学旅行は、長崎を中心とした九州見学。
 「えぇ、そうですわ、それでいろいろとお二人の話をお聞きしたいと」
 「と、言われても……」
 修学旅行の想い出は確かにあるが、その多くは友人たちとのお喋りや買い物が殆どで、確かに行ったのだが観光した場所の想い出はあまり覚えていない。
 「そうね……あぁ、そうだ。オランダ坂」
 「オランダ坂?」
 桂さんの言葉に祐巳は思い出そうとするが、名前だけではなかなか出てこない。
 「ほら、ガラス細工屋さん」
 「あぁ、あそこか」
 ようやく祐巳も思い出す。
 「ガラス細工ですか?」
 「そうそう、小さなお店なんだけど、オランダ坂の途中にあってなかなか素敵なお店なのよ。そこにガラス製のキーホルダーを売っていてね」
 「そうそう。安いからつい買たのよね。あ、それとさ」
 一つのことを思い出すと、次々に修学旅行の想い出が甦ってくる。
 熊本城の天守閣まで上がったのはいいが疲れてしまったことや、オランダ村で食べたハズレのアイス。
 いつの間にか、桂さんと祐巳とで修学旅行の話で盛り上がる。
 「はぁ、楽しかったことはよく分かりましたわ」
 見れば瞳子さんは呆れ顔。
 「あはは、ごめんね」
 「私たちだけで盛り上がってしまった見たいね」
 「いえいえ、楽しかったことは分かりましたし、なにより参考になることも聞きましたから」
 瞳子さんはそう言って笑う。
 それから数日後、瞳子さんは修学旅行に旅立った。
 中等部の修学旅行は、高等部の行事に先駆けて行われる。これは高等部の行事に、中等部の先生方も応援として参加するためと、祐巳のように実の姉妹が中等部と高等部に別れているときのための配慮だ。
 中等部の二年生がいないというのは、リリアン全体から見れば、一学年がいないだけでしかないが、中等部校舎で考えれば、通常の三分の一がいないことになり。
 何かの用事で二年の学年を通ると、本当に静かで寂しさを感じてしまう。
 当然、中庭に行っても瞳子さんは来ないので、祐巳と桂さんだけでの昼食になるのだが、何故か会話がこのときだけ瞳子さんのことに成ってしまい二人して笑った。
 そして、二年のいない一週間は長いと思っていたが、過ぎてしまうと何だか簡単に時間は過ぎてしまったように感じる。
 「はい、祐巳さま、桂さま、おみやげです」
 一週間ぶりに、瞳子さんを入れての昼食。
 瞳子さんは嬉しそうに祐巳と桂さんに小さな紙袋を手渡した。
 「あ、ありがとう」
 「ありがとうね、瞳子さん、でも私まで貰っていいのかなぁ」
 「ええ、桂さまにもお世話に成っていますので」
 そういう瞳子さんに、何故かクスッと笑う桂さん。そして、祐巳と二人で瞳子さんのお土産を見る。
 「あ!これって」
 祐巳の方はガラス製の赤い花をモチーフにしたキーホルダー、桂さんは同じ形の青。
 「ええ、祐巳さまたちの話を聞いて探しましたの、同じ班の人たちも喜んでくれましたので」
 「それは良かった」
 祐巳は瞳子さんがくれたお土産を見ながら「ふふ」と嬉しそうに笑った。



 その夜、瞳子さんのお土産を楽しそうに見ていると、実の姉である蓉子が祐巳の部屋に来る。
 「なんだか楽しそうね」
 「うん、ところで、お姉ちゃんどうしたの?」
 「あぁ、これ」
 そう言って、お姉ちゃんが祐巳に差し出したのは一枚のチケット。
 今日はいろいろ貰う日だ。
 「あ、これって」
 それは高等部の体育祭のチケット。
 「今年も来るでしょう?」
 「え、あぁ、うん」
 お姉ちゃんの言葉に、祐巳は小さく呟く。去年も、お姉ちゃんにチケットを貰い応援に行ったのだが、ついうっかり、去年の黄薔薇さまを応援して、お姉ちゃんばかりか、今の紅薔薇さまに去年の紅薔薇さままで加わって文句を言われたことを思い出す。
 ……アレは怖かった。
 「よかった、祥子も喜ぶと思うわ」
 「え?祥子さま?」
 祐巳は、お姉ちゃんの言葉に敏感に反応してしまう。
 「そう、あの子。祐巳のお見舞いに行かなかったこと悔やんでいたから」
 「そうなの?」
 「えぇ、あ!でも応援は、お姉ちゃんのチームにしてね。祥子は今年敵だから」
 「あはは」
 どうやら、お姉ちゃんは去年のことをしっかり覚えていたようだ。
 「そうしないと、お姉さまにまた説教されるわよ」
 う〜ん、どうやら紅薔薇さまも根に持っているらしい。それは困った。
 「あ!そうだ、でも私、お昼からしかいけないや。日曜日は塾だ」
 祐巳は遅まきながら塾通いを始めていた。
 「そうね。でも、それでもいいわ。祥子に会ってあげて」
 会ってあげて?……でも、さっき、喜ぶって……。
 「う、うん」
 祐巳は、お姉ちゃんが祐巳を祥子さまに会わせようとしていることに気が付く。
 ……ちょうどいいかもね。
 せっかくだから祥子さまに会うことに決めた。



 高等部の体育祭の日は数日続いた晴天がそのまま続いていた。
 祐巳は塾の授業が終わると早々にリリアンへと向かう。どうも塾は好きになれない、その理由の大半は男性と同じ教室にいることへの慣れない環境。
 祐巳は制服ではなく私服だったので、校門の受付でお姉ちゃんのチケットを見せて中に入る。中に進むと、あちらこちらにジャージ姿の高等部の生徒たちが手にお弁当を持ってうろついていた。
 どうにか午後のプログラム前には来れたようだ。
 「さて、お姉ちゃんたちは何所にいるのかな?」
 一先ず闇雲に探しても仕方がないから薔薇の館の方に向かう。
 同じリリアンの敷地とはいえ、高等部を一人私服で歩くのは何だか恥ずかしい。
 「あれ?祐巳ちゃん」
 祐巳は、自分を呼び止める声に振り返る。
 そこには長い髪の良く似合う聖さまがいた、その隣にはやっぱり長い髪が良く似合う女性が一人。女性もジャージ姿なところを見ると高等部の人らしい。
 「ごきげんよう、聖さま、それと」
 「あぁ、この子は栞。それでこの子は祐巳ちゃん、蓉子の実の妹さん」
 聖さまは優しい笑顔で、祐巳を栞さまに紹介する。お姉ちゃんを通じて少しは知っている聖さまだったが、こんなふうに笑うのは始めてみた気がする。
 「ごきげんよう、栞さま」
 「ごきげんよう、祐巳さん」
 改めて挨拶をする。
 「ところで、お姉ちゃん知りませんか?」
 「蓉子?う〜ん、知らないなぁ」
 ぶっきらぼうな言い方に、祐巳はいつもの聖さまだと思った。
 「蓉子さまなら古い温室の方に薔薇さま方と向かったはずよ」
 蓉子さま?さまをお姉ちゃんに着けるということは、栞さまは一年ということになる。聖さまの妹候補なのだろうか?
 「へ〜、よく知っているね。栞」
 「さっき、江利子さまが言いに来たじゃない」
 「そうだっけ?」
 やっぱり、いつもの聖さまだ。さっきのは何だったのだろう?
 「そうですか、ありがとうございました」
 「あっ、温室は分かるのかしら?」
 「はい」
 祐巳は一礼して、聖さまと栞さまから離れ温室に向かう。お姉ちゃんたちは思ったより簡単に見つかった。
 温室の側の木陰で輪に成って昼食をとっていたが、流石にその姿は目立っていて周囲にいる生徒たちが教えてくれた感じになった。
 近づくと笑い声が聞こえてくる。
 見れば薔薇さま方にお姉ちゃんと江利子さま、令さまに由乃さんもいて少し驚いてしまう。そして、その横に、祥子さまと瞳子さん。
 祐巳は、予想はしていたといえ胸が痛む。だが、祐巳と祥子さまはただの先輩と後輩、お姉ちゃんのおかげで少し親しくなっただけの間柄。
 従姉妹である祥子さまと瞳子さんに嫉妬するなんてお門違いもいいところ。
 ただ、あの和やかな笑いの中に向かうのは少し躊躇われるのも事実で、祐巳がどうしようかと迷っていると向こうが祐巳に気がついてしまった。
 「おーい、祐巳ちゃ〜ん。こっちよ!!」
 白薔薇さまが祐巳を呼ぶ。
 そのおかげで今度は祐巳が目立ってしまい。仕方がないので、祐巳はそのまま薔薇さまたちの方に向かう。
 「ごきげんよう、皆さま」
 祐巳が挨拶すると、いっせいに挨拶が返ってくる。
 祐巳は、お姉ちゃんの隣に座ろうとするが、由乃さんがこちらにと言って場所を開けてしまった。当然、その横は祥子さまで……。
 心臓が飛び出るのではないかと思うほど、ドキドキと脈打っている。
 「ご、ごきげんよう、祥子さま」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
 祥子さまとこうしてまともに挨拶をしたのは、どのくらいぶりだろう?
 祐巳は祥子さまと挨拶できただけでもとても嬉しかった。だが、祥子さまは何処か暗い表情を見せてった。ついさっき祐巳が、遠くから見たときには瞳子さんと笑顔で笑っていたというのに。
 「あの、祐巳ちゃん、事故のことごめんなさい」
 「あ!いえ、あれは祥子さまの責任ではありませんので気になさらないでください」
 「それに、見舞いにも行かなくて」
 「それも仕方がないかと、事故を目の前で見て気が動転しない人なんてそうそう居ませんから」
 「そうそう、祐巳ちゃんの言うとおりだよ。祥子ちゃん」
 白薔薇さまが笑いながら祐巳と祥子さまの会話に入ってくる。正直言ってありがたい。
 「ですが……」
 祥子さまは薔薇さま方を見ながら困っている。
 「それに、お姉ちゃんから聞きました。祥子さまが救急車を呼んだり、病院まで付き添ってくれたこと。それだけで嬉しいのですから、それ以上謝られたら困ります」
 祐巳は祥子さまの謝罪をこれ以上聞きたくなかった。事故は祐巳の責任だし、こうして元気なのだから、それに祥子さまは謝るたびに表情が沈んでいくように見える。
 「祥子お姉さま、それ以上言っては、祐巳さまがお辛いですわ」
 祐巳がどうしようと困っていると今度は瞳子さんが助け舟を出してくれる。
 「そ、そうね」
 祥子さまは瞳子さんを見ながら笑う。
 その笑顔に、祐巳はまた少し嫉妬を感じるが、それ以上に笑った祥子さまを見れたことが嬉しい。
 「でも、私、お見舞いも快気祝いも上げていないわ」
 そこまで心配なされなくてもと思うが、それなら少し甘えてもいいかもしれない。
 「それでしたら何かジュースでも奢ってください。ここにくるまで何も飲んでいないので喉が渇いていて」
 「そんなことでいいの?」
 「祥子さま、喉が渇くのは辛いことですよ」
 祐巳が笑うと、今度は祥子さまも笑ってくれた」
 「それでは急がないと、休憩時間がそうないわよ」
 「それでは祐巳ちゃん、行きましょうか?」
 黄薔薇さまの言葉に祥子さまは急いで立ち上がり、祐巳も続きながら。
 「あの、祥子さま、瞳子さんの分も良いでしょうか?」
 祐巳は座っている瞳子さんの手を取る。
 「え?!祐巳さま」
 「そうね、いいわよ」
 いきなり祐巳に手を掴まれ驚いている瞳子さんを立ち上がらせると、祥子さまはアッサリと頷いた。
 「あ〜、それじゃ、祥子ちゃん。私、オレンジね」
 「私はイチゴミルク」
 「じゃ、 私は……」
 「薔薇さま方はご自分でお買いください」
 突然リクエストを始めた薔薇さま方に、そう言うと祥子さまは「行き来ましょう」と祐巳と瞳子さんを連れてその場を離れる。
 後ろでは薔薇さま方が、ケチ!!とか言いながら笑っていた。



 「いったね」
 「そうね」
 祐巳たちがミルクホールに向かった姿を見ながら、紅薔薇さまは呟き。白薔薇さまが答えた。
 「どう思う?」
 「あの、何を言っておられるのですか?」
 黄薔薇さまの問いに答えたのは、令さま。
 「ん?祥子ちゃんと祐巳ちゃんのこと」
 「祐巳と祥子のことですか?」
 「そう、蓉子ちゃんはどう見る?」
 「いえ、心配した割には簡単に話していたとしか」
 「江利子は?」
 「そうですね。祥子は嬉しそうでしたが」
 「うん、そう。祥子ちゃんはね。でも、問題は祐巳ちゃん」
 紅薔薇さまの話に薔薇さま以外は?マークを飛ばしている。
 だから……。
 「どこかでお節介をする必要があるかもね。あの二人の場合」
 紅薔薇さまの言葉に頷いたのは、二人の薔薇さまだけだった。



 祐巳は祥子さまと瞳子さんと一緒に、高等部のミルクホールに向かう。
 そろそろ生徒たちは戻り始めていたので意外に込んでいなく。祐巳たちは少し並んだだけで自販機の前に来る。
 「私はこれで」
 「それではこちらを」
 祐巳と瞳子さんのリクエストを聞き、祥子さまは小さな財布を取り出す。
 「あ!」
 「どうしたの、祐巳ちゃん?」
 祥子さまは自分の分は買わず、祐巳と瞳子さんにジュースを買った。
 「いえ、その財布についているキーホルダー」
 「あぁ、コレ?瞳子ちゃんの修学旅行のお土産なのよ」
 祥子さまは嬉しそうだ。一方の瞳子さんを見ると何だか照れている。
 祥子さまのキーホルダーは、瞳子さんが祐巳にくれたものと色も形も同じだった。
 「祐巳さまが素敵なお店を教えてくださったおかげですわ」
 祐巳がジッと見ていたせいか、瞳子さんは照れながら教えてくれた。
 「まぁ、そうだったの?瞳子ちゃんも、このキーホルダー気に入ったらしくって自分の分も買ったようなのよ」
 祥子さまは嬉しそうに教えてくれる。でも、そうなると祐巳のも入れて三人でお揃いに成ってしまう。
 「もう、瞳子さん、祥子さまや自分のお土産はもっといいものを買えばよかったのに」
 祐巳は照れている瞳子さんに囁く。
 「持っていけるお小遣いは決まっているのですから無理ですわ」
 何故か瞳子さんは今度は怒った感じで、祐巳に言う。
 確かにそうかもしれない。祐巳も去年お土産を買うときにいろいろ工夫していたことを思い出す。
 「そろそろ行きましょうか?」
 「あ、私はここでジュースを飲んでから行きますから」
 祐巳は祥子さまの言葉にそう言い返す。
 「それでしたら、私も」
 「あぁ、いいよ、いいよ。塾から速攻で来たから少しノンビリしたいだけだから」
 「え、でも」
 さらに気を使おうとする瞳子さんの背中を押して、先に行こうとする祥子さまの方に行かせる。
 「祥子さま、応援していますから頑張ってください」
 「ええ、頑張るわ」
 祐巳の声援に笑顔で答えてくれる祥子さま。
 「それでは祐巳さま」
 瞳子さんは何か不満そうな顔で祐巳を見る。
 祐巳は、ミルクホールから二人を見送り。祥子さまと瞳子さんはいい感じでミルクホールから出て行った。



 「祥子お姉さま、何だか嬉しそうですね」
 「そうかしら」
 瞳子さんは祥子さまの顔を見ながらそう言うが、祥子さまは明らかに嬉しそうだった。
 「まぁ、いいですけど……あら?」
 「どうしたの瞳子ちゃん」
 「いえ、何だか知っている人を見かけたもので、多分、気のせいですわ」
 「そうなの?」
 「はい」
 瞳子さんは、そう言いながら一度だけ、知り合いらしい人が歩いていった方を見た。その先はミルクホールだった。



 ミルクホール。
 さっきまでいた生徒たちはいなくなり。今は祐巳一人が、広いホールを占拠しているような感じ。
 外からはアナウンスが聞こえ、どうやら午後のプログラムが始まったようだ。
 祐巳は、祥子さまに買ってもらったジュースを飲みながらボ〜とガラス窓の外を眺めている。
 「ごきげんよう、ここ、よろしいかしら?」
 「え?」
 席はいっぱい空いている。わざわざ祐巳の側に座らなくてもと思いながら、祐巳は視線をガラス窓から外し。振り返る。
 「!?……静馬さま」
 「ごきげんよう、祐巳」
 そこに居たのは紛れもなく。夏休みに学校見学で出会ったミアトルの静馬さまだった。
 勿論、ミアトルの制服ではなく。私服なのだろうか、白いスーツ姿。
 「ど、ど、どうしてリリアンに?!」
 「あら、私にだってミアトル以外にも友人はいてよ。勿論、リリアンにもね。今回は、その友人に我侭を言ってチケットを貰ったの……祐巳と知り合ってリリアンはどんな所かしらと興味が湧いてね。まさか、その本人に会えるとは思いもよらなかったことだけど」
 そう言って、静馬さまは祐巳の頬を撫で、祐巳はそのまま目を閉じた。
 「マリアさまのお導きかしらね。祐巳」



 体育祭が終われば、今度は高等部の修学旅行。しかも行き先は海外のイタリア。
 祐麒なんか、花寺の高等部は東北のお寺めぐりだとぼやいていた。しかも、お寺に泊まっての修行もあるらしい。
 祐巳と祐麒は、朝早く起こされてお姉ちゃんのお見送り。
 「それじゃ、行ってくるからね。お土産期待してなさい」
 「うん、期待してる」
 「まぁ、向こうで羽を伸ばしすぎて食べ過ぎないようにな。イタリアといえば美味しいものが多いらしいから太って帰ってこ!!」
 祐麒が全部言い切らないうちに、お姉ちゃんの右ストレートが祐麒のお腹に入る。
 祐麒はそのまま崩れ、お姉ちゃんは笑顔で出て行った。
 「うぅ……なぜ?」
 「愚か者」
 呻く弟に祐巳は一言だけ言った。
 高等部の二年生が修学旅行に旅立っていないとしても、校舎の違う中等部はいつもと何も変わらない。ただ、祐巳の場合は家にお姉ちゃんが居ないので帰るとちょっと家が静かなので、居ないんだよなぁと感じることはある。
 いつもと変わらない日常。
 いつもと変わらない授業風景。ただ、今日は生徒だけとはいえ進路指導が入っていた。と言っても、その殆どが高等部への進学希望なわけで、出て行ったと思えばすぐに戻ってきた。
 だが、祐巳は先の希望願書に外部受験希望を入れていたので、他の生徒よりも長く先生と話していた。
 聞けば、中等部での外部受験は殆ど皆無とのこと。確かに両親の都合なのでリリアンを離れる生徒も居るらしいが、両親が海外赴任でもしない限りはやっぱり残るらしい。
 ようやく祐巳が教室に戻ると、遅かったことを桂さんに聞かれた。
 祐巳としては、ちょうどいい機会だと考え桂さんに外部受験の話を伝えると……。
 「な、なんで?!!」
 当然、驚かれた。しかも、祐巳と桂さんの話を聞いてクラスメイトが集まってくる。
 口々にどうしてだとか、何故今なのか聞かれた。挙句の果てにやめるように説得までした来るクラスメイトも居た。
 仕方ないので、祐巳は外部受験以外にもリリアンの進級試験を受けることを伝え、外部も内部も選択肢の一つだと話す。
 それでどうにかクラスメイトは落ち着いてくれたが、桂さんは怒っていた。
 どのくらい怒っていたかというと数日間話もしてくれなかった。当然、昼食も中庭に付き合うこともなく。四日目で、ようやく許してくれた。
 「それにしても祐巳さま、何をなさったのですか?」
 四日目、久々に祐巳と桂さんと瞳子さんの三人での中庭での昼食。ひたすら謝るべきですねとアドバイスしてくれた瞳子さんが、桂さんを見ながら祐巳を攻めていた。
 「祐巳さんが大事なことを教えてくれなかったのよ!!」
 まだ、少し怒り気味の桂さん。
 「はぁ、ですが、それは祐巳さまが考えてのことでしょう?なら、桂さまが怒っても仕方がないことだと思いますが?」
 「ほう」
 瞳子さんの話にどこか挑戦的な笑顔を見せる桂さん。
 「それじゃ言うけど、祐巳さんが隠していたことって外部受験希望ってことよ」
 「はぁ、外部受験希望?…………うえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!???」
 瞳子さんは叫ぶと、キッとした怒った様子で祐巳を睨みつける。
 「どういうことですか!!祐巳さま!!」
 完全に瞳子さんは怒っていた。なんだかさっき言っていたことと態度が違う?
 「ねぇ、信じられないでしょう?!」
 「はい!!まったく信じられません!!」
 いつの間にか、瞳子さんと桂さんが一緒に祐巳に怒ってくる。しかもその挙句、瞳子さんは「もう知りません!!」と言ってお弁当を片付け。
 「失礼しますわ!!ごきげんよう!!」
 瞳子さんは何故か怒ったまま、中庭から去っていってしまい。桂さんにも……。
 「まったく!!祐巳さんは何も分かっていないんだから!!」
 さらに怒られる始末。
 「いったい何なのよ〜」
 祐巳としては愚痴を零さずには居られなかった。



 祐巳が思っていた以上に、祐巳の外部受験の話は話題になり。いつの間にかクラス以外の同級生たちにも話が広まっていた。
 しかもあれ以来、瞳子さんは中庭に来なくなってしまい。いつの間にか中庭で食べる回数も減った。
 代わりに祐巳が入り浸り始めたのが図書館。
 外部受験の祐巳にとっては一番気楽な場所。
 祥子さまや薔薇さまに出会う可能性もあったが、学園祭前で忙しいのか今のところ出会ったことはない。
 お姉ちゃんも修学旅行から戻ると毎日のように学園祭の準備に忙しいようで、最近はまともに挨拶もしていない気がする。
 祐巳は一人、図書館で教科書を開いている時間。教科書の横には二枚のチケット。
 それは今週の日曜にある高等部の学園祭のチケットだった。
 一枚は、去年と同じようにお姉ちゃんからだが、もう一枚はなんと祥子さまからだった。
 祐巳はそれを見ながらどうしようと悩んでいた。
 悩む理由。
 それは祥子さまのことではない。祥子さまのことは、瞳子さんに任せることにした。二人のことを考えるとなんだか胸が痛むが、それでも体育祭でのことを思い出すと祐巳は必要ないことが良く分かる。
 問題は、静馬さま。
 あの時、まさか体育祭で会うとは思ってもいなかったし、静馬さまも驚いていた。だが、学園祭にも来られるようなことを言っておられた。はっきり言って、祐巳は静馬さまに苦手意識を持っている。
 「どうしよう」
 学園祭のことを考えると勉強が手に付かない。
 お姉ちゃんの話では、今年の山百合会の演劇は、お姉ちゃんが主役らしい。勿論、祥子さまも出るらしいので見に行きたい。
 「いってみようか」
 祐巳は、たとえ静馬さまが学園祭に来ても、高等部とはいえ不意打ちさえなければ静馬さまから逃げることは可能と判断した。
 それに長居をしなければいいのだ。
 「だとすれば、瞳子さんも誘ってみようかな」
 どうも瞳子さんは祐巳の外部受験のことを怒っているようだがせっかく親しくなったのだから、このままというのは目覚めが悪い。
 瞳子さんも、祥子さまからチケットを貰っているはずだろうから学園祭に行くはずだ。
 祐巳は瞳子さんを誘ってみることにした。
 問題は、瞳子さんが祐巳の誘いに乗ってくれるかだったが……あっさりと了解してくれた。
 「ええ、かまいませんわ。考えてみれば、私が祐巳さまの受験にどうこう言う立場ではありませんから」
 了解してくれたのだが、なんだか責めているようなモノの言い方だったのは気のせいだろうか?



 そして学園祭当日。
 祐巳と瞳子さんは校門の前で待ち合わせをして、高等部の方に歩いていく。
 流石に高等部。料理部のレストランや喫茶店、輪投げなどの出店に手芸部の着せ替え遊びなど。中等部なんか比べ物にならないほど華やかだ。
 だが、各出し物を見て回るのは後回し、まずは急いで体育館に高等部の演劇を見に行かなければいけない。これは瞳子さんが是非にと言ったのだが、瞳子さんの舞台を見て感動した祐巳としてもぜひ見たかった出し物である。
 ……。
 …………。
 「いや〜、よかった」
 「ええ、本当にですが……」
 「うん、あの歌姫さまが凄かった」
 高等部の演劇部の劇は確かにすばらしかった、だが、祐巳としてはその後の合唱部のコーラスに出てきた人の歌声がとても綺麗で、それは瞳子さんも同じだったようだ。
 祐巳と瞳子さんは一度席を離れ、更衣室の方に向かう。
 ――コンコン。
 ドアをノックして「どうぞ」の声が聞こえてから中に入る。
 「ごきげんよう、皆さま」
 「おお、祐巳ちゃんに瞳子ちゃんだぁ」
 更衣室の中には、次の山百合会の演劇のために準備をしている薔薇さまやお姉ちゃんたちがいた。
 「祐巳、どうしたの?」
 何かボロボロの服を着たお姉ちゃんがそこに居た。まぁ、あの役なら仕方がない格好か?
 「うん、本番前の陣中お見舞い」
 「お見舞いと言いながら、手ぶらみたいだね」
 そう言って茶化すのは白薔薇さま。
 「どうせ、今は何も口に入らないわ」
 「それでは後で何か差し入れますわ」
 黄薔薇さまの言葉に、瞳子さんがニッコリ答える。
 「祐巳ちゃん、来てくれたのね」
 祐巳が、その声に振り向くとそこには祥子さまがいた。祥子さまは優しい笑顔で、祐巳を見つめてくれる。
 そんな風に見つめられると、また、勘違いしてしまう。
 「ごきげんよう、祥子さま。演劇頑張ってくださいね」
 「ええ」
 「ちょっと祐巳、私が主役なんだけど?」
 微笑む祥子さまを見ていると、後ろで、お姉ちゃんが拗ねていた。
 更衣室に笑いが起こった。
 山百合会の演劇は、確かに演劇部の劇の後ではそれほど上手くないのは分かる。だが、それ以上に薔薇さまが登場するたびに黄色い声援が巻き起こり。
 その度に、横に居る瞳子さんが不機嫌になるのが祐巳は困った。
 そうこうしているうちに、山百合会の演劇も終わり。
 瞳子さんは、黄薔薇さまとの約束を果たすため急いで体育館を出て行こうとするので、祐巳もその後に続く。
 「もう、祐巳さままで来なくてよろしかったのですよ?」
 「いいから、いいから。アレだけの人数の飲み物だけでも大変だよ。荷物運びと思っていいから」
 「そ、それなら仕方ありませんわね」
 祐巳は、邪魔そうに扱う瞳子さんの後についてお店を回る。
 「ジュースと後は、何がいい?」
 「そうですね体力をかなり消耗しているはずのですので……」
 瞳子さんが、演劇に携わる者の立場で何を買うか考えていたときだった。
 「祐巳、見つけたわ」
 「ひゃぁ!!」
 いきなり抱きつかれた。
 「祐巳さま、どうかなさいました?!」
 瞳子さんが、祐巳の悲鳴に慌てて振り返り。祐巳も嫌な予感を覚えながら振り返った。
 「静馬さま!!」
 そこには予想通りの方がいた。
 「花園さま?!」
 「えっ?」
 「あら?松平さま、ごきげんよう」
 瞳子さんと静馬さまがお互いを見ている。どうやら二人は知り合いのようだ。
 「どうしてこちらに?」
 瞳子さんが静かに、静馬さまを睨んでいる。
 「それは祐巳に用があったから」
 「なっ!!祐巳さま!!どういうことですか?!」
 瞳子さんが周囲の目も気にせず叫ぶ。これはヤバイ。
 「瞳子さん、私、静馬さまと話があるから、コレお願い」
 祐巳は手にしたジュースの袋を無理やり瞳子さんに手渡し、静馬さまの手を取ってその場を離れる。後ろで、瞳子さんがまだ何か怒っているようだが、祐巳たちが居なくなれば騒がなくなるだろう。
 とにかく今、祐巳が思ったのは騒ぎを起こさないことだった。



 そして、祐巳が思ったとおり。祐巳たちが居なくなると、瞳子さんは騒ぐのを止め。その代わり、全速力で体育館へと走っていった。



 祐巳は、とにかく騒ぎを起こさないために人気の少ない古い温室の方に向った。
 「ここなら静かに話せます」
 祐巳は温室に静馬さまを連れ込むと、その手を放して向き直る。
 「本当、ここならいい逢引の場になりそうね」
 「また、そう言うことを!!その話なら、体育祭のときミルクホールでお断りしたはずです!!」
 「そうね、でも、あの時にまた学園祭でねとも私は言ったわよね。私ね、手に入れたいものはどんな手を使っても手に入れる趣味なのよ」
 「あまりいい趣味ではないかと」
 祐巳は全力で睨んでいるのに、静馬さまは涼しい顔で祐巳に近づいてくる。
 このままではミアトルのときやミルクホールのときと同じで捕まってしまう。そう思うのに、祐巳の体は動いてくれない。
 「祐巳ちゃん!!」
 「祐巳さま!!」
 「「あっ!!」」
 そこに飛び込んできたのは、祥子さまと瞳子さん。だが、祐巳はそのとき静馬さまの腕の中にいた。
 「あら、ごきげんよう。小笠原さま」
 「花園さま……これは?」
 祥子さまの声が震えている。
 「コレ?あぁ、小笠原さまのくださったチケットのおかげで、私の大事な蝶々さんを捕まえることが出来ましたわ」
 静馬さまの言葉に祥子さまは温室を何も言わずに飛び出してしまう。
 そして、残された瞳子さんが今まで見たこともない顔で祐巳を睨み。
 「今度こそ、愛想が付きましたわ!!祐巳さま!!祥子さまはあれほど祐巳さまのことが大好きだったのに!!高等部に上がったら妹にとも思ってくださったのに!!とっとと、ミアトルにでも行ってしまいなさいませ!!」
 瞳子さんはそう叫ぶと、祥子さまを追って温室を出て行った。
 残された祐巳は、静馬さまの腕の中で瞳子さんの言葉を噛み締めていた。


 温室の外からは、後夜祭への準備のアナウンスが流れている。


 「どうしましょう?」
 「修羅場ね」
 「楽しまないの……」
 「そうはいっても迂闊に手は出せないわよ?」
 「分かっているわ……あ〜、江利子ちゃん、令ちゃん、もう少し蓉子を抑えていてね」
 温室の影でこそこそする人たちがいた。







 言い訳。
 まず、話を収束させようとして、さらにズタズタにしてしまった……。
 祥子さまに瞳子まで加わって、この後ってイベント少ないというのに……。
 まぁ、今回の話はここまでとして、次に気になったコメントの回答をしたいと思います。
 1、祐巳の事故。
   これはそれほど大事故にする必要がなかったのは、あくまで祥子さまと祐巳の距離を開かせるのが目的でしたので軽い事故にしました。
 2、ストパニ。
   最初は『極上』を考えていました。あくまで祐巳の受験と外部がそろえばよかったので、そんなに強調もする必要は考えていなかったのですが『ストパニ』のキーを見つけ。それならと『ストパニ』に話を変えました。
   これは以外に正解。
   『極上』では絡まなかったであろう外部校の話が『静馬さま』という動かしやすいキャラのおかげで話に絡む絡む(笑
   絡みすぎてさらに混乱を呼んでしまいました……。
   ちなみにこの静馬さまはコミックベースです。アニメ版とはギャップが大きいのでその辺は了承してください。

                                    『クゥ〜』


一つ戻る   一つ進む