「「映画?」」
突然の祐巳のお誘いに、由乃と志摩子さんはすっとんきょんな声を張り上げてしまった。
目の前には、少し申し訳なさそうな祐巳さんの笑みがある。
「うん。祐麒が福引で当てたんだけど、いらないからってさ…ちょうど3枚あるし、どうかな?」
薔薇の館の2階。
今日の会議は特にすることがないからと早々と終わり、今は乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんが2人して
流しでコップを洗っており、机には由乃と志摩子さんと祐巳さんしか座っていなかった。
「へー、どんな映画なの?」
「うん、これ」
そういうと、祐巳さんはそろそろと3枚のチケットを由乃に渡した。
…って、なにコレ!?
「祐巳さん……」
「…まぁ」
志摩子さんも、思わず声を上げてしまっている。
無理も無い。その映画というのが――――『サチエドン対螺旋機獣ZZ』という、所謂B級の特撮モノだったからだ。
「祐巳さん…これはむしろ祐麒くんとかの方が好きそうだと思うんだけど?」
「そうかなー。けっこうおもしろそうだと思ったんだけどなー。瞳子も誘ったんだけど、露骨に嫌そうな顔して
いやに丁寧に断られたんだよねー」
私達は瞳子ちゃんの代わりかい。
と、思いつつも別に祐巳さんと遊びに行くのが嫌なわけではない。むしろ望むところだ。
けど、この日は―――
「あれ、なんですかそれ祐巳さま…じゃなくて、紅薔薇さま」
「……ッ!まだ持ってたんですか、お姉さま」
そこに、洗い物を終えた2人が戻ってきた。
興味深そうにチケットを見る乃梨子ちゃんと、チケットをみて、表情を曇らせる瞳子ちゃんだ。
瞳子ちゃんの言葉にあははと笑いながらなにか言っている祐巳さんに対して、乃梨子ちゃんは口を開いた。
「あ、紅薔薇さま。この日はダメです」
「え、な、なんで乃梨子ちゃんが?」
「…ごめんなさいね、祐巳さん。この日、乃梨子とお出かけする約束してたの…」
志摩子さんの言葉に、祐巳さんは明らかに落胆の表情をした。
まずい。このままではコッチも切り出しにくいじゃないか。
「あの…祐巳さん?」
「…どうしたの、由乃さん」
「その…私も悪いんだけど、その日菜々と遊ぶ約束してて…」
ガーン。
という大文字が祐巳さんの上にのしかかった。そんなイメージが見えた。
がっくりと項垂れる祐巳さんに、瞳子ちゃんが駆け寄るが、祐巳さんの表情はどこか暗い。
…多分、ほとんどの人に断られたのだろう。
そう思うと、心がチクリと痛んだ由乃だったが、菜々との約束も優先事項ではあるので、今回はそちらを
優先させてもらうことにした。
「はぁ…祐麒でも誘うかなー」
「申し訳ありません、お姉さま…瞳子も、習い事の用事がなければいけるのですが……」
瞳子ちゃんは祐巳さんラヴっぷりと、涙を見せるが、果たして本当に習い事なんてやっているのだろうか。
なんて勘ぐってしまう由乃だった。
そして、映画当日。
「…あ、志摩子さん。ごきげんよう」
「あら…ご、ごきげんよう。もしかして、由乃さんも?」
映画館の前に立っていた志摩子さんに、由乃は軽く挨拶をした。
『も』。ということは、志摩子さんもそうなのだろう……
「うん……菜々、剣道の練習試合が入ったみたいでね…」
昨日かかって来た電話で、菜々は丁重に謝りつつそう言っていた。
確かに数週間前からの約束を破られたのはいい気持ちではないけれど、それが剣道の試合なら仕方が無い。
そう考えて、由乃は今回は引くことにした。
…幸いにも、ドタキャンされた場合の、言い方は悪いが『保険』はあったのも、あっさりと引き下がった理由の
1つかもしれない。
「そうなの…私も、昨日突然乃梨子が風邪をひいたって連絡があって…」
「あぁ、そういえば、昨日乃梨子ちゃんちょっと変だったね。
…って、いいの?乃梨子ちゃんの所にいかなくて」
むしろ、ここにいないで乃梨子ちゃんのところにいるのが由乃の考えの中の志摩子さんなのであって。
そのことに、少し驚いていると、志摩子さんはふふふと笑った。
「菫子さんが必死で看病しているし、私にうつると乃梨子が嫌だから。って。だから今日は祐巳さんたちと遊んできなよ。って」
その事を、とても自慢げに、嬉しそうに語る志摩子さんに、苦笑を浮かべながら心の中で『ごちそうさまです』と呟いた。
「…けど、いいの?祐巳さんに何の連絡もいれてないんでしょう?」
「それは志摩子さんもでしょ?」
それはそうだけど…、と、心配そうな顔をする志摩子さんに、由乃はビッと人差し指を向けた。
「いい!?志摩子さん!仮にも親友である私達を『妹の代わり』にするような祐巳さんには、
一発ビシッ!っと驚かしてあげないといけないのよ!」
いつものイケイケ状態な由乃に微笑んでみせると、志摩子さんはチロッと舌を出しながら、
コッソリ。といった感じに由乃に耳打ちした。
「実は、私もそのつもりなの」
志摩子さんの答えに、由乃もまた、微笑んだ。
「あー。そういえば、3人でどこか遊びに行く。ってあまりなかったね」
「あら…そう言われればそうね。不思議だわ」
自分で言っておきながら、そういえばそうだ。と由乃は思考した。
由乃自身、姉である令ちゃんや、妹候補中の候補である菜々とは度々遊びに出かけるし、祐巳さんと遊びに行くことや、
ごくまれだが、志摩子さんと遊びにいくこともある。
だけど、『3人で』ということは、いままでには無かったと思う。
「でも、学園ではほとんど一緒にいたから、そう思わなかったんじゃないかしら」
「うーん…そうなのかなー。しまったなー。それだったらもっと3人で遊んでおくんだったなー」
志摩子さんの意見に、半分くらい納得しつつも、由乃は悔しさからか、頭をかきむしる。
それを見ながら、志摩子さんは笑みを見せながら、言った。
「大丈夫よ。私達はまだあと1年あるでしょ。それに、卒業したからこの関係が終わり。という事はないでしょう?」
志摩子さんの発言に、由乃は表情には出ないが、かなりの嬉しさをおぼえた。
が、無言でいる由乃を見て、志摩子さんは「もしかして、由乃さんは…」なんて呟きながら、心配そうな顔を見せる。
「いや!違う!うん。私もそう思ってたって!いやだなー志摩子さんは」
アハハハと大声を出しながら言うが、すぐに大勢の前でいることを思い出し、青信号の由乃も、思わず赤面してしまった。
そんな様子を見て、志摩子さんはまた、おかしそうに笑ったのだった。
「…それにしても、もし祐巳さんが気付かずに中に入ってたらどうしましょう…」
「あー、ありえなくもないかもしれない……
まぁ、その場合はさ、2人で遊べばいいんじゃない?」
アハハ。と笑う由乃と、それを聞いてうふふ。と笑う志摩子さん。
「…あれぇー!!し、し、志摩子さんと由乃さん!?」
そんな2人に、遠くの方から聞き覚えのある大声が聞こえた。
「…杞憂だったわね」
「そうね」
慌てて2人に向かって走ってくる祐巳さんを、微笑ましそうな視線で2人は見ていた。
そして、息も切れ切れに2人の前に来て、「ご、ご、ご、ご、ごきげんよう!」と、工事現場のような挨拶を
終えた祐巳さんの第一声は―――
「あー、しまったなー。由乃さんと志摩子さんが来るってわかってたら、もっと可愛い格好してきたのになー」
心底残念そうに言う祐巳さんに、2人は思わず噴出す。
「あ、なんで笑うの!?それより、来るのなら連絡してくれてもいいじゃん」
1人でコロコロと表情を変えていく親友を見て、2人は顔を見合わせて、嬉しそうな笑顔で、こう言った。
「「それは、祐巳さんの驚く顔が見たかったから」」「さー」「かしら?」
2人の言葉に、包み隠さずに怒ったような表情を見せる祐巳さんをみて、2人はさらに、笑った。
それを見て、祐巳さんもまた、思わず笑ってしまった。
こんな、どんなことにも笑い合える、そんな親友2人といつまでも仲良しでいられるように。
そんな事を考えながら、由乃は2人と一緒に映画館へと入っていく。
ちなみに、特撮映画『サチエドン対螺旋機獣ZZ』は、その登場した巨大ロボと怪獣、そして怪獣がさらった
姫様という図が、どこか『紅薔薇姉妹』のように見え、瞳子ちゃんが断ったのは、むしろそこなのでは。
そう考えてしまった、由乃と志摩子さんだった。とか。