??→【No:1545】→【No:1549】→???→【No:1546】→【このへん】 時系列ばらけてます。
このSSは『涼宮ハルヒの憂鬱』とマリみてのクロスオーバーです。
ネタバレ警告!
このSSは盛大に原作のネタばらしをしています。
ネタ元はシリーズ5冊目『涼宮ハルヒの暴走』からです。
これはお願いですが、まだ未読でこれから読む予定がある、または読もうと思っている方は出来ればこのSSは読まないでください。
由乃さんが回りの人のあらゆる予定を廃して映画を撮影したのは夏休みのことだった。
もちろん由乃さんがはっちゃけ始めたのは今年度に入ってからだから、それまで彼女が大人しくしていたかというと、そんなワケはない。例えば、志摩子さんを文字通りウサギにして校内で妖しげなビラを配ったり、私とお姉さまの絆を揺るがす出来事をとんでもない事件を持ち込んで台無しにしてくれたりだとか、いや、まあこれは、なし崩しにお姉さまと和解できたから良かったんだけど。とにかく色々あったのだ。
そして夏休み。お姉さまの別荘にまで押しかけてきた由乃さんとその仲間達(私も数に入っているらしい)は私が別荘から帰った翌日から映画撮影を開始。それは二学期に向けて山百合会の仕事が忙しくなる前に主要なカットを全部撮り終えるためにとてつもないスケジュールで決行されたのだ。まあこの話はまた別に語ることになると思う。今回はその話ではなくてもうちょっと後、夏の終わりに経験したとてつもない体験についてだ。
それは夏休みの宿題を八月の前半に終えてしまおうという計画が、由乃さんの映画撮影によってもろくも崩れ去り、あれよという間に八月中旬からの山百合会の自主登校が始まってしまい、もはや夏休みとは呼べない日々を送りはじめた頃。
ある晩、弟の祐麒が花寺の学園祭に関して花寺の生徒会と山百合会の幹部とで話し合いを持てないかと私に聞いてきた。
祐麒曰く、もっと早く話すつもりだったけど、忘れていたとか。まあ、過密スケジュールで振り回された上に由乃さんに女にされたりとか滅多に出来ない経験をしてたから、そんな余裕は無くて当然なんだけど。
「嫌なこと思い出させるなよ」
私がその話題を出すと祐麒は嫌そうな顔をした。どうやら抹消したい記憶らしい。私としては女の祐麒も可愛かったから妹でも良かったかな、なんてあの時考えもしたのだけど。
「それはもう良いよ。本題に入っていいか?」
「本題っていうか相談でしょ?」
「そう。正式なオファーじゃないんだ。ただ休み中に一度話し合いが持てないかってこと」
どうも、前生徒会長の柏木さんが卒業しても祐麒はなにやら生徒会の為に走り回ってるようで、マメなのは良いけどあんまり下僕精神っていうの? そんなのばかりじゃお姉さんは将来が心配だぞ?
「大きなお世話だよ。で、祐巳から聞いといてくれないか?」
「あ、ちょっと待って……」
このとき、もしかしたらこれはいい機会なのかもしれないと、そう思ってしまったのが全ての始まりだったのかもしれない。
「じゃあ、大枠はそれでいいわね」
令さまが話をまとめるようにそう言った。
花寺生徒会の人と話し合いを持つ話について、私は令さまに相談したのだ。いや、あっちの話は抜き。今回は純粋に山百合会の薔薇さまとしての令さまに相談だった。
ところが、何処かで会いましょうって話になって約束の場所に行ってみたら何故か由乃さんもついてきていて、そればかりじゃなく、令さまが気を利かせて白薔薇さまである志摩子さんに声をかけてくれたのだけど、志摩子さんは乃梨子ちゃんを伴って現れたのだ。志摩子さん曰く「気づいたら一緒にいた」のだそうだ。
もういい。考えるのはよそう。
結局、お姉さま以外、山百合会メンバーが全員が集まってしまったのだ。そして、全員いわくつきの人物である。
「いまいち面白くないわ」
由乃さんが詰まらなそうに言う。
「由乃さん、面白くする為にするんじゃないんだから」
私がそういうと由乃さんはなにか言いたげに私をじっと見つめた。
「な、なに?」
「なんでもないわ」
何なのだろう? 前にも何回か由乃さんが同じように私のほうを見つめていた事があったけど、その時も私がそれを問うと「なんでもないわ」と言って見つめるのを中止した。でも由乃さんは何か言いたいことがあればハッキリ言う人だし、多分、言葉にする程のことではないのだろう。
それはともかく、今の話し合いで決まったことだけど、実は『男嫌いのお姉さまをどうやって花寺の人たちとのミーティングに参加させるか』という話だった。私がお姉さまの祥子さまでなく令さまに最初に相談を持ちかけた理由がこれである。
私が『いい機会』と思ったのはその『男嫌い』のところ。本番の学園祭までに少しでも男の人に慣れてもらおうという妹心あればこそだ。
で、あれこれ話し合った結果、まともに話しても非公式な話し合いでは不参加を表明する公算が高いお姉さまのこと。少々良心が痛むけど、だまし討ちで参加せざるを得ない状況に追い込むってことになった。
で、詳細は省くけど、そのシナリオには柏木さんが重要な登場人物としてノミネートされていて、
「じゃ、祐巳ちゃん、柏木さんに話しつけてきてね」
私が柏木さんに協力をお願いに行かなくてはならなくなってしまった。そんな殺生な。
「あれ?」
なんとなく変な違和感を感じだしたのは、祐麒と一緒に柏木さんの家へ行った時からだった。
「ん? どうしたんだ?」
「ううん、多分気のせい」
ここは旗本屋敷か北町奉行所か? てなくらい大きな柏木家の木造の門前に立った時だった。
その時、なんとなく、この大きな門構えを見たのが初めてじゃないような気がした。
「予想以上にでかいな」
でも祐麒の台詞で判るとおり、弟も初めて来たこの場所に私が来たことがあるはずも無い。いやもしかしたらこれだけ大きな家だから何かの拍子に通り過ぎて目にとまったことがあったのかも知れない。
口をぽかんと開けて門を見上げていた祐麒は、やがて私の心情も代弁するかのようにこう言った。
「俺、帰りたくなった」
私も間髪入れずに「私も」と口に出した。
というか、柏木さんの家が大きかった時点でシナリオは変更を余儀なくされ、この家の住人たる柏木さんにはお願いすることがなくなってしまっていた。
そして二人揃って回れ右をした時、またそれが来た。
『そりゃないよ、福沢姉弟』
でもそれは空耳だ。
「ん、祐巳どうした?」
何故なら、そんな声は聞こえてないと言う風に祐麒がそう言ったからだ。
祐麒は引き返そうと揃って決意したはずなのに歩き出そうとしない私に訝しげな視線を向けていた。
私はそんな祐麒を置いといて、恐る恐る振り返って門を見た。
「やあ、祐巳ちゃん、それからユキチも」
そのさわやか過ぎる笑顔と声。それとホストっぽい艶やかさ。
ギンナン王子、柏木優が門の扉に姿を現していた。門の内側に隠れていたのだろうか? あのまま立ち去ろうとしていたら間違いなく空耳に聞こえた台詞を言っていただろう。何故かそう思った。
「ご、ごきげんよう。柏木さん」
「ど、どうも、柏木先輩」
ぎこちなく振り返り挨拶する私たちは似たもの姉弟だ。いや自覚があるんだからほっといて。
結局、計画には全然関係なくなったのだけど、メープルパーラーのフルーツゼリーを手土産に柏木宅にお邪魔してアイスグリーンティーをご馳走になって帰るというよく判らないイベントをこなすことになってしまったのだ。
そんな柏木宅からの帰り道。バス停に着いてバスを待ちながら私は祐麒に話し掛けた。
「ねえ、祐麒、なんか最近こうやって一緒にバス待ってたこと無かったっけ?」
「あ、俺も今そう思ってた。でも心当たり無いんだよな」
「うん、私も」
なんなんだろう?
そうやってバスが来るまでバカみたいに二人で首をかしげていた。
帰ってから計画が変更を余儀なくされたことを令さまに伝えると、由乃さんが家に攻めてきた。
「もう、どうして令ちゃんにだけ伝えるのよ、そういう時こそ私の出番でしょ!」
どういう時なんだ。と、突っ込みたくなるけど、面倒くさくなりそうなので突っ込まない。
「で、どうするんだ?」
発言したのは我が弟の祐麒だ。家へやってきた由乃さんは家に上がって、私の部屋に入る前に当然のように祐麒の部屋の扉を叩き、いま私の部屋はプチ対策会議になっていた。
「どうしようか?」
「こういうのはどうかしら?」
そこで由乃さんが得意げに語った計画は、自主登校のリリアンの帰りに、花寺の誰かに祥子さんを襲わせて、そこへ颯爽と祐麒が現れて、お姉さまを助けるというベタな物だった。
「何で俺が? それ以前に祥子さんを誰が襲うんだよ?」
「ちょっと待って、祥子さまって男の人に近づくのもダメなのに襲われたりなんかしたら、失神しちゃうかも。それにヘタすると男嫌いが悪化するよ」
「だったら別に襲わなくても良いわよ。そこまで男がダメなんなら、道を聞くとかとにかく祥子さまを困らせればいいのよ」
「それでどうするの?」
「祐麒が助けるの。それを何回か繰り返せば慣れるんじゃない?」
「繰り返すって、毎回、祐麒が助けるの?」
「祥子さまが大丈夫な男の人って祐麒しかいないんでしょ?」
「でも、もともと祐麒は大丈夫なんだから慣れるもなにもないんじゃない?」
そんなので何に慣れろっていうんだ。
「じゃあ、襲う方のアプローチをだんだん強くするとか」
なんか由乃さんてきとうに言ってないかな?
私がグレードアップするアプローチとやらを想像しようとして失敗していると、祐麒が言った。
「それだと、男でピンチになったら俺が現れるっていうパターンを祥子さんが覚えるだけじゃないのか?」
「むぅ、そうか。それじゃ、祐麒が頼りになるって祥子さまが学習するだけか……」
学習って、なにか祥子さまを実験動物か何かみたいに言わないでほしい。
「というか、そんなに毎回祐麒が出てきたら祥子さまが気が付くでしょ?」
「だとすると抜本的に考え直す必要があるわね……」
結局、話は決まらず、新たな計画は翌日、祐麒の友達の小林君が家に涼みに来た時に決まった。それは山百合会のみんなが揃っているところで偶然を装って祐麒が現れ、お姉さまに声をかけるという比較的シンプルな内容だった。
計画当日、予定では祐麒たちがリリアン校門近くで待機し、祐麒がさも偶然会ったような振りでお姉さまに話し掛け、そして花寺の生徒会の人間が集まってることを伝えて「ちょっとお話しませんか?」と近くの喫茶店に誘う、という手はずだ。
でも私はみんなを裏切った。
お姉さまを騙しているのがどうしても耐えられなくて、お姉さまに計画をバラしてしまったのだ。
にもかかわらずお姉さまは花寺の人たちに会うと言い、計画が破綻したことを秘密にしたまま今日の仕事を終えて薔薇の館を出て、祐麒たちが待つ校門へと向かった。
先日志摩子さんが破壊した跡が生々しい銀杏並木を通り抜け、これは余談だけど銀杏の木は表向き根が腐ってて倒壊したことになっている。その割には鋭角で切断された切り株とかあるんだけど……。
まあそれはともかく。それらを通り過ぎ、校門が近くなってくるとその向こうに私と良く似た狸顔の祐麒が突っ立っているのが見えてきた。
そんな真中に立ってわざとらしいにも程があるが、その辺のボケっぷりは私にもしっかり同じ遺伝子が組み込まれているらしいからあまり文句は言えない。
先頭を歩いていたお姉さまは祐麒と会話できる距離まで近づくと緩やかに立ち止まった。
そして、その狸顔に向かって優雅に話しかけた。
「あら、祐麒さん、こんなところで奇遇ね?」
祐麒は台詞を先取りされたせいだろう、ぽかんとお姉さまの方に見とれていた。
「そうだわ、よろしければこれからお茶でもいかが? ちょうど今、生徒会のメンバーが揃っているのよ――、って続けようと思うのだけど、どうしましょうか?」
祐麒? ちょっと呆けすぎだよ?
そこまでいわれても祐麒は口を半開きにしたままお姉さまを見つめるばかり。
「祐麒さん?」
「あ、いえ、もう結構です。降参しました」
そう言って祐麒はお姉さまに頭を下げた。
騙す筈が騙されてしまった祐麒の心中は穏やかでないことだろう。許せ弟よ。
「酷い! 祐巳さんなんで黙ってたのよ!」
由乃さんが早速突っかかってきた。
「ええっと、敵を欺くにはまず味方からっていうでしょ?」
口を尖らせつつも由乃さんの顔は笑っていたから本気で怒っているのではないのだろう。どちらかと言うと思わぬハプニングを楽しんでいるようだ。
結果的に由乃さんをのけ者にしてたことに、一瞬令さまの「由乃さんを絶望させてはいけない」なんていう言葉がよぎったのだけど、令さまも微笑んでいるし心配はいらなそう。
と、その時、またあの感覚が襲ってきた。
ええと、何だっけ何か、ナニカッテナニ?
「ちーっす、花寺でーっす」
アア、コレダ。コノアトオネエサマハ……。
結局、お姉さまが花寺の面々の濃さに失神寸前になってしまい今回の計画は失敗に終わった。仕切り直しは、祥子さまの様子を鑑みて、二学期が始まってからということになった。
騙し返すってことで自信満々だっただけにちょっと落ち込んでしまわれたからだ。
でもあの時の強烈な既視感はなに?
私はお姉さまが倒れるところを、いや、<傍点>お姉さまが花寺の生徒会の人を見て失神しそうになるのを</傍点>見たことがある気がしたのだ。それは『見たことがある』という既視感事体まで何重にも重なったようななんとも表現しがたい感覚だった。
そういえはあの時の令さまの様子もちょっとおかしかった。祥子さまの介抱に駆けつけるでなく、由乃さんに急かされるまでちょっと驚いたように立ち尽くしていたのだ。
なんだろう。
私はなにか奥歯の隙間に何か挟まってるようなもどかしい感じがした。
自主登校が始まってから最初の土曜日。もちろん土日は登校もお休みなのだけど。
朝早くに由乃さんから浴衣を着てK駅に集合なんていう連絡があった。
「俺もか?」
「うん、着ていく? 浴衣」
私は床に広げた布の一つを祐麒に向かって広げてみせた。
「ってそれ女物じゃん」
「似合うと思うよ?」
「断る」
なんてことがあったけど、実は男物の浴衣もちゃんとあった。
「遅いわよ! お、祐麒も浴衣だ!」
駅前に集合したのは、由乃さん、令さま、志摩子さんに乃梨子ちゃん。福沢姉弟は最後だった。
「おっす。祐巳に脅されたからね」
「なにそれ?」
「面倒くさいっていうから、だったら私が女物を着せてあげるって言ったの」
「あ、それも見たかったわね」
「あのなー」
山百合会で一人だけ来ていないお姉さまは確か家の方で用事があって来れないと言ってた。というか別に山百合会のメンバーでって話じゃなかったし。
由乃さんが私と志摩子さんを誘って、ついでに祐麒も誘ったってところらしい。あと令さまは由乃さんの保護者だから。乃梨子ちゃんは志摩子さんが誘ったのかな?
「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「わ、令さま素敵です」
髪がベリーショートなのがいまいちかもしれないけどそれを差し引いても令さまの浴衣姿は素敵と言うか格好良かった。リリアンの制服を袴のように、なんて形容されちゃう令さまだけど、和服姿は女らしくて祐巳なんか比べ物にならないくらいサマになっていた。
「ねえ祐巳、私は?」
「綺麗。それって新しいの?」
「えへへ、今日のために買ったんだ」
パリッパリの新品の浴衣を見せびらかすように自慢げにその場でくるりと回ってみせる由乃さんだった。
それからお人形さんみたいに並んでいる志摩子さんと乃梨子ちゃん。もちろん『お人形』って形容は綺麗って意味だ。乃梨子ちゃんが着ている浴衣は志摩子さんが着付けたそうだ。でも、わざわざH市まで行って?って聞いたら、志摩子さんはなにか嫌なことを思い出したように引きつった笑い方をしてたけどなんだろう?
「じゃあ、揃ったところで出発よ!」
なにやら元気いっぱいな由乃さん。
行き先は近くの割と大きい神社の縁日だった。出店が参道沿いにずらっと並んでその中を浴衣の人や普通の普段着の人が行き交っている。
「やっぱ夏って言ったらお祭りよね!」
なにやらはしゃぐ由乃さんを見ながら令さまが言った。
「由乃はここへ来るの初めてなの」
「え?」
「去年の夏は手術前だったから」
「あ、そうか」
由乃さんがはっちゃけたのは今年度に入ってから。心臓病の手術をしたのは去年の秋の事だった。お友達とみんなでお祭りに行くってことが、多分由乃さんが今までやりたくて、でも出来なかったことの一つなのだろう。
由乃さんはあれもあれもと全部の出店を制覇する勢いでみんなを引っ張りまわした。元気にはしゃぎまわる由乃さんを見て嬉しいそうな令さまはいうまでもなく、金魚すくいに並々ならぬ興味を示した志摩子さんやヒーロー物のお面を買って始終頭に付けていた乃梨子ちゃんもそれなりに楽しんでたように見えた。
そして、夕方は花火大会。
よくもまあ、それだけはしゃぎまわれるなあと思う位、由乃さんは元気全開だった。
翌日はプール。海に行くという選択もあったが、一度行ってみたいという由乃さんの希望により、行き先は大きなことが有名な市民プールとなった。そこでは小学生以下の子供たちとその親ばかりがひしめく中に女子高生集団プラスワン(ワンは当然祐麒だ)がうろつくという珍しいのかどうなんだかよくわからない光景が展開された。
私はこんな混み合ったプールでどうやって楽しむんだなんて思っていたのだけど、そこは由乃さんのこと、その辺にいた子供たちをいつのまにか仲間に引き入れてビーチボールのぶつけ合いをしたりと昨日にも増して全開で暴れまわっていた。
でも、そんな中、私はなにかイベントがある度に、最初奥歯の隅に引っかかったような小さかった違和感がいつのまにか大きく膨らんでいることに気づくのだった。
そんな違和感が形になったのは、夏休みも残すところ一週間となった金曜日の夜だった。
夕食も終わり、お風呂を浴びて部屋でくつろいでいた時、弟の私を呼ぶ声が聞こえた。
「祐巳、電話」
そう言ってドアを開けて現れた祐麒は電話の子機を持っていた。
「もう、ノックしなさいよ」
「ドア開いてたじゃん」
開いていても一応ノックくらいするものでしょう? などと文句を言いつつ私は電話を受け取って耳に当てた。
「もしもし?」
『………ぅっく、………ひっく』
受話器からは、すすり泣く声? が聞こえてきた。
なにこれ、悪戯電話?
いや、そんな筈は無い。祐麒は私に電話って言って渡したのだ。
「だれ?」
『……たし、……ぅっく、……こです』
えーっと、知り合いの声を検索する。
該当しそうな声の持ち主は。
「もしかして、志摩子さん?」
『はい、わたし、……うっく』
「志摩子さんっ、ねえ、何かあったの?」
志摩子さんが泣きながら電話してくるなんて一大事だ。
と思ったら、そこでちょっと声が遠くなり、すぐに別の人の声が聞こえてきた。
『祐巳ちゃん、今からちょっと出られる?』
この声は。
「令さま? ですよね」
『そうよ。祐麒君と一緒なら大丈夫だよね』
「え?」
ドアの方を見ると祐麒はそこで待っているようだった。おそらく私が出る前に話を聞いたのだろう。なんだろう?
「は、はいあの?」
『重要な話があるから。場所は……』
M駅前で待ってるそうだ。
電話を切ってから祐麒に言った。
「祐麒、着替えるからそこ閉めて」
「おう、わかった」
急いで着替え、両親にはちょっと買い物にいくと言って祐麒と一緒に家を出た。
駅前の待ち合わせ場所には令さまと乃梨子ちゃん。二人に挟まれて志摩子さんが座り込んでいた。
「ごめんねこんな時間に呼び出して」
「何があったんですか? このメンバーってことは由乃さんがらみで何か緊急事態ですか?」
「いや緊急というか、志摩子がこの調子なんで」
「志摩子さんが?」
志摩子さんは座り込んだまま、電話に出た時みたいにしくしく泣いていた。
「あの、志摩子さん?」
「えぅっ、私、帰れなくなってしまいましたんです……」
「は?」
「あの、ですね、私、定期的に『禁則事項』を『禁則事項』て、『禁則事項』を報告して、ひっく、なのにいつもと同じに『禁則事項』したら『禁則事項』出来なんいです……」
放送禁止用語のアレみたいだと思った。
でも、こんな志摩子さんを見るのは初めてだ。よっぽど動揺しているのか幼児退行入っててちょっと可愛いかも。って、こら祐麒そんなだらしない顔で志摩子さんを見つめちゃダメでしょ。
どうも志摩子さんは未来に帰れないし連絡も取れないと言っているらしかった。
「あの、由乃さんの力でまた変な世界に閉じ込められてるとかですか?」
『禁則事項』を連発する志摩子さんは見ていて痛々しいので令さまに聞いた。
「違うの、由乃が新たな世界を創造したわけじゃない。由乃はね、世界を切り取ったのよ」
「へ?」
「八月十三日から八月二十七日までを。この世界には時間がこのたった二週間しかないのよ。だから二八日以降の自主登校も九月からの二学期も永遠に来ない世界なの」
何をいうかな?
令さまの口調はしっかりしている。由乃さんに直接攻撃されてるときは情けない顔してオロオロしてるのに、こういう話の時は妙に冷静なのは何でだろう。
「八月二十七日の二十四時ジャストに全てが一瞬でリセットされて八月十三日に戻るってプロセスらしいわ」
由乃さんがらみのこういう話は初めてじゃない。話はわかった。
いわゆるRPGみたいにそこまでの話が無かったことになってセーブポイントに戻っちゃうってこと?
「そうなの。どうやらセーブポイントは十三日の早朝あたりに設定されているみたいだわ」
いや話を合わせてくれなくても。
「えっと、全世界がリセットですか?」
「そう。記憶もなにもかも全てリセットよ。その二週間はなかったことになってまたやり直し」
えーっと、永遠に? つまり私のOK作戦も永遠に繰り返す? 永遠にお姉さまが花寺の人たちを見て失神を繰り返すの?
「そんなバカな」
「祐巳ちゃんは思い当たることない?」
「え? そ、そういえば……」
「私はあの祥子を花寺の生徒会メンバーに会わせる作戦以来、不定期に強烈な既視感を感じていたわ。つまりこそれはリセットからこぼれ落ちた記憶の残りカスみたいなものが私にそう感じさせていたってこと」
令さまもそうだったんだ。と言うことは祐麒も?
っと、見回すと祐麒が居ない。いやいた。
「あんた何やってるのよ?」
「え、いや志摩子さんが……」
いつのまにか祐麒はまだしくしくしている志摩子さんの隣に座って志摩子さんに胸を貸していた。
しっかり肩を抱いたりしてていやらしい。
「いやらしいってなんだよ。そんなつもりじゃないぞ」
「祐巳ちゃん、今は非常事態だから、少し志摩子は祐麒君に任せよう」
ちょっと納得いかないけど。まあそれで志摩子さんが落ち着くんなら。祐麒、それ以上のことしたらグーで殴るからね。
「どんなことだよ?」
「あんたは知らなくていいの!」
「祐巳ちゃん、続けて良いかな?」
「あ、はい」
「祐巳ちゃんも既視感を何回も感じてたと思うんだけど、どうもこれは特殊なことらしくて由乃に近しい人しか感じていないみたいなんだ」
「近い人だけ?」
「そう。だから世界中のほぼ全ての人はそんなことを感じないで何事も無かったように日々の暮らしを繰り返してる」
「由乃さんは?」
「由乃は完全に忘れているみたいだね。覚えていてもらっても困るんだけど」
そうなんだ。と思いつつ、私はさっきから棒みたいに突っ立ている乃梨子ちゃんに視線を向けた。
令さまは乃梨子ちゃんに聞いたって言ってたから。どうやってなんて考えたくないけど、対人類用インターフェースたる乃梨子ちゃんは何処まで知っているのだろう?
「乃梨子ちゃん、今まで何回くらい繰り返しているの? そのリセットを」
それに答えて乃梨子ちゃんはまるで山百合会で予算の数字を発表するみたいに答えてくれた。
「今回が三十六万六千三百六十一回目」
「はい?」
ええと、さんじゅうろくまんろくせんさんびゃくろくじゅういち?
数字で書くと366361。こっちの方が判りやすい。3がふたつに6がみっつ、1が一つ。
ほら親しみやすくなった。って私何考えてるんだろう。
余りにすっ飛んだ数字が出てきて思考がおかしくなってるみたい。
「同じ2週間を三十六万何千回なんて、もしループにとらわれていると自覚したまま記憶が蓄積してるとしたら、普通の人間の精神では持たないよね」
それはそうだ。二週間が三十六万でええと……。
「約一万五千年。人類の歴史より長い。私も話を聞いた時、気が遠くなったわ」
ま、まって、そんなこと言われると私まで気が遠くなってくる。
ええと、こういうときは乃梨子ちゃんに聞くに限る。
「それって、本当なの?」
「ほんとう」
乃梨子ちゃんはあっさり頷いた。
ということは、明日と明後日も由乃さんは何かやるつもりみたいだけど、それももう過去にやっていることで、それを気が遠くなるほど何回も繰り返しているってことなの?
「そうとは限らない」
「え?」
「三十六万六千三百六十一回のシーケンスで島津由乃のとった行動は必ずしも同じではない。そのためいくつかの分岐が見られる。そのうち小笠原祥子を花寺生徒会に会わせようとする計画を行わなかった回が十四回あった。計画が当初から最終計画通りだった回が六千四百八十五回、また最終的にミーティングを行った回は三万四千五百二十一回そのうち二万九千八百七回は小笠原祥子が体調不良のためミーティングを中断した。その後の島津由乃が行った場所は八月十九日で八通り、二十日が四通り、以降自主登校を拒否した日があったのは七万二千五百二十四回で、その時行った場所には十八通りの分岐がみられ」
「乃梨子ちゃん、乃梨子ちゃん!」
「なに?」
「もう、いいから」
記憶はリセットされちゃうのに何で乃梨子ちゃんはそんなに詳しいのって疑問はもう考える気力もない。
要は乃梨子ちゃんは見ていたのだ。その三十六万何千回っていう繰り返しを。
もう飽きるとか飽きないとか超越してる数字だと思う。乃梨子ちゃんはどんな気持ちでそんな膨大な回数を眺めていたのだろう。
「ええと」
ちょっと思考が麻痺してる。
でも一つだけ重要なことを思いついた。
「あの、由乃さんはなんでこんなことををしているの?」
それには令さまが答えた。
「由乃は夏休みを終わらしたくないと思っている。由乃の意識下にそう言う思いがある。だから終わらないんじゃないかな」
そんな理由? 27日というのは自主登校があって実質そこで夏休みは終わりだからか。
「由乃の中でなにかやり残したことがあると感じてるんだと思う。それが終わらないうちに新学期を迎えるわけにはいかない。そんな思いを抱えたまま27日の夜眠って」
朝起きると綺麗さっぱり時間を巻き戻しているってわけ?
にわかには信じがたい内容だけど、由乃さんならやりかねないって経験をしちゃってるんだよね。これまでに。
「じゃあ、志摩子さんが未来に帰れないっていうのは」
「存在しない未来には帰れないでしょ」
そりゃそうだ。
にしても、由乃さん。非常識度がだんだんランクアップしてない?
「でも、どうしたらいいんですか?」
「それは私が聞きたいくらいだわ。由乃の心残りなんて。乃梨子ちゃん判る?」
「わからない」
あっさりそう答えた。
「でも、なんで乃梨子ちゃんは繰り返していることを教えてくれなかったの?」
乃梨子ちゃんの黒い瞳が私を向いた。
「私の役割は観測だから」
そうですか。
乃梨子ちゃんは一緒にいるだけでいつでも基本的に無干渉を貫いていた。唯一の自発的行動は時々なんの前触れも無く距離も関係なく突然志摩子さんのそばに現れるということだ。志摩子さんの話では姉妹の契りをしたときの約束が関係しているとか。
まあ、それはいい。それよりも問題はこのまま由乃さんの心残りが判らないで明後日が終わってしまえばまた全てはリセットされて三十六万六千三百六十二回目に突入してしまうってことだ。
もう一つ聞いてみよう。
「ねえ乃梨子ちゃん、こうやって私たちが気付いたのって何回目くらいなの?」
既視感が無ければ気付かないはずだ。だから最初から気付いたとは思えない。
「三十五万八千八百七十一回目。八千七百六拾八回目まで次第に発覚する頻度が増加してそれ以降は毎回」
うわあ。
「じゃあ、ほとんど毎回こうして志摩子さんが泣いて、私と令さまが悩んで結局、リセットされてちゃってること?」
「そう」
簡単に答えてくれちゃって。でも乃梨子ちゃんもそんなに繰り返しばかり見ててうんざりしてるんじゃないかな? 表情が変わらないから良く判らないけど、もしかしたら。
「令さま、どうしよう?」
「どうしようにも、由乃の心残りが判らないことには」
そう言って令さまはお手上げのポーズをした。
「一つだけ手があるかもしれないな」
翌日二六日。炎天下サイクリングの終着地点である公園の木陰で休んでいる時に令さまが言った。
由乃さんは有り余る元気を持て余したのか、志摩子さんと令さまの手による手作り弁当を平らげたあと、一回りしてくると言ってサイクリングコースに消えていた。
家の場所の関係でコースの途中から参加した筈の志摩子さんは自転車に乗り慣れていなかったのか、すぐ近くの木陰でヘタっていた。乃梨子ちゃんはその隣で正座して本を広げている。それから私の前方に祐麒。そう、またこのメンバーだった。
「手って繰り返しを抜け出す方法ですか?」
「そうよ、祐巳ちゃん覚えてる? 由乃が祐巳ちゃんと二人だけの世界を創造しようとしたときの……」
ああ、そんな嫌なことを思い出させないで欲しい。
ほら、お弁当のカラの向こうで話を聞いている祐麒もなんかニヤニヤしてる。やっぱりあれを弟に話したのは失敗だったな。
「あの時、戻ってきた方法が使えるかもしれないよ」
「全力でお断りします。というか、この場合アフターケアなしですよね」
アフターケアというのはそれは夢だったとかいうオチのことだ。
「でもやってみる価値はあるんじゃないかな? ダメだったら無かったことになるわけだし」
「そういう問題じゃないですよ。とにかく却下です!」
「うーん、じゃあこうしよう。ぎりぎりまで頑張って、どうにもならなかったらやってみる」
「うー、それで上手くいっちゃったら私はどうなるんですか?」
「由乃と仲良くなれる?」
「冗談はやめてください。由乃さんとは今でも親友です。そんな妖しげな関係になんかなりたくないです」
なんて会話があって、でも何もしないで次のループに突入して何もかも忘れるよりは出来ることはやっておこうよと、結局押し切られ、リセットがかかる二十七日の深夜、私は由乃さんの所へ夜這いに行くことになってしまった。来なかったら迎えに行くって言ってたから令さまは本気だ。
そしてとうとう無限ループの最終日、八月二十七日が来てしまった。
昨日の話で「夏休み最後の日曜日だから各自やり残したことを精一杯満喫するように」と由乃さんが宣言したので今日は家でのんびりしている。
いや、まだ由乃さんの心残りが判明していないからこのまま行けば今晩全てがリセットされて三十六万六千三百六十二回目が始まってしまうのだけど。
「ねえ祐麒、なにか思い当たらない? 由乃さんの心残りって」
「………」
祐麒は私と良く似た顔でどこか真剣に考え込んでいた。
「うーん、なにか……祥子さまを祐麒たちに会わせるあの作戦かな? でも由乃さん結果にはあんまり拘ってなかったし……」
「祐巳、ちょっと黙っててくれるか」
「なによ? その言い方、せっかく推理してるのに」
「考えてるんだよ。いいから少し静かにしてくれ」
なんなのよ。最近の祐麒って。特に由乃さんに呼び捨てにされるようになったあたりから目立って生意気になってきた気がする。
なんかいつのまにか背も追い越されてるし、何処となく落ち着きまで見え隠れするようになってきて、なんか姉としては複雑だ。
「俺、ちょっと行ってくる!」
急にそう言って祐麒は立ち上がった。
「え? ちょっと、何処へ?」
「由乃の所!」
「ええ!?」
っと私がリアクションする前に祐麒は部屋から出て行ってしまった。
「ちょっと、祐麒何をする気なの?」
一旦自室に入って出て来た祐麒に私は聞いた。
「何って……判らないけど」
「判らない?」
「急ぐから!」
「ちょっと!」
その時、また来た。
例の強烈な既視感だ。いや、今までのとは比べ物にならないくらいそれは強烈だった。
こうして祐麒の後姿を見るのは何回目なんだろうか?
おそらく過去の私が強力に印象を刻みつけつづけたその光景。
気づかなければいけない。
何って言った?
祐麒は今何って言ったか?
「判らない」って?
違うもっと前。
部屋で思い立った時だ。
数え切れぬほどの回数、リセットされる直前まで考えぬいた結論。
そんなの判るわけない。
判るわけないけど直感した。これでいいんだって。
三十六万六千三百六十回分の過去の経験から出した私の結論。
あの時、さっき、祐麒は言った。
『由乃』の所へって。
「お……」
祐麒の背中に向かって私は叫んだ。
「お姉ちゃんは、そんなの許さないからね!」
エピローグ
「志摩子が焼けてるなんて……」
八月二十八日、薔薇の館の会議室に入ってお姉さまが言った言葉だ。
休み毎に由乃さんに振り回されて遊びまわった私はすっかり日焼けしてしまっていた。もちろん令さまと由乃さんも。志摩子さんは当初日焼け止め塗って頑張っていたみたいだけど、最後のサイクリングで日焼け止めが汗で流れてしまったのか帰る頃には顔や腕が赤くなっていて、あとはお姉さまの言葉通りだ。乃梨子ちゃんだけは何故か白いままだったけど。
「悔しいわね。私だけ仲間外れなんて」
お陰でお姉さまはご機嫌斜め。でも疲れるのは嫌、混んでるのは嫌って事あるごとに参加を断ったのはお姉さまなんですよ?
そんなお姉さまに、なにか機嫌を回復することはないかしらと思いつつ、つい由乃さんと目が合ってしまう。
「なあに祐巳?」
「え、ううん。えっとね」
それは昨日のこと。
あれから私は、「付いてくるなよ」という祐麒に無理やり付いて由乃さんのところへ行った。
呼び鈴を押して由乃さんを呼び出した祐麒は、私を振り切るように玄関に飛び込み言ったのだ。
「よ、由乃! お俺っ!」
「待ちなさい! お姉ちゃんそんなの許さないから!」
「祐巳は引っ込んでろ! これは俺だけの問題だ」
「そんな思いつきだけで、由乃さんを、由乃を傷付けたら私絶対許さない!」
「思い付きじゃねえ!」
「嘘っ、絶対ダメ! 由乃は私の親友なんだから!」
てな具合に、由乃さんの目の前で取っ組み合いの姉弟喧嘩を始めてしまった。
だって、祐麒はループを終わらすって理由だけのために私の親友の由乃さんに迫ろうとしてたんだから。
え? 本気だったんじゃないかって? そんなはずないじゃない。私は祐麒の姉だから判るのよ!
「ちょっと、落ち着きなさいよ。何の騒ぎなの?」
いつも周りを置いてきぼりにして暴走する由乃さんだけど、訪問していきなりハイテンションで姉弟喧嘩を始める私たちに、さすがにどう対処したらいいか判らないらしく、彼女は目を丸くして唖然としていた。
そして、騒ぎを聞きつけてやってきた令さまに仲裁というか拳骨で止められて、そのあと由乃さんの部屋で見たものは。
「ねえねえ、喧嘩の理由はいいからさ」
妙に機嫌が良い由乃さんだった。
「もう一回呼んで?」
「え、なに?」
「もう、判ってるでしょ?」
そう言いつつ何故か照れる由乃さんに私は訳がわからず、祐麒と目を見合わせたのだ。
そして、あの時と同じように何か期待した目で私をじっと見つめる由乃さん。
「祐巳?」
「あ、あの、“由乃”、昨日は突然お邪魔しちゃってごめんね」
それを聞いて由乃さんは猫のように目を細めて微笑むのだ。
そう。
由乃さんの心残りはこれ。
“夏休み中に、祐巳と(祐麒とも)呼び捨てで呼び合うようになりたい”
結局、昨日のあれは祐麒の勇み足だったってわけ。もちろん、それがきっかけにはなったけど。
考えてみれば四月にはっちゃけてから由乃さんは私の事をずっと『祐巳』と呼び捨てにしてきた。由乃さんから言われることはなかったけれど、あれは「私も呼び捨てで呼んで欲しい」と言うサインだったのかもしれない。おそらく他にも由乃さんなりに色々アプローチをしていたのだろう。というかそう考えると私にも思い当たることが結構あった。
由乃さんが私にそう呼ぶように強要しなかったのは、そう呼び合うに値する関係になりたいという想いが先にあったからなのだそうだ。
結局、祐麒との口論の時、無意識に呼び捨てにしていたことでも判る通り、私の方の素地も既に出来ていた。ただ私が鈍くてそれが判らなかっただけだった。
いや、私もそれで結構落ち込んだのだ。直接の原因は確かに由乃さんの妙な力だけど、それを人類の歴史より長い時間回してしまったのは結局私の鈍さが原因だったのだから。
私はあの晩、由乃さんの部屋に泊まった。令さまが帰らせてくれなかったから。
でも泊まっただけで、別に何もしなかったのに翌日の朝はあの終わらないループから抜け出していた。
いや私には判っていた。由乃さんの寝顔がこの上も無く満足した、幸せそうな寝顔だったから――。
「いいのよ。祐巳だったらいつでも歓迎だわ。今日、寄っていくんでしょ?」
うわあ、由乃さん、同性の私でもくらくらしちゃうくらい嬉しそうに微笑んでる。
「う、うん。あと四日しかないから」
私は八月の前半にやる予定だった宿題をまだ殆ど消化していなかった。
今日から四日間、自主登校の後は由乃さんの家へ行って残りの宿題を片付けるのだ。
心残りがあって新学期前にまたリセットされてしまわないためにも――。
逆行! エンドレス(完)
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あとがき
えっと、原作からネタを借りまくってます。元の作品を知らないで読んでくださる方もいるようなので、お願いと言うか、もし『面白い』と思っていただけたのなら半分は(大半かな)原作の魅力です。原作者に申し訳がたたないので是非、元となった小説も読まれてみてください。ただ、文体がマリみて好きの人にはどうかな?っていうものなので強制はいたしませんが。