【1562】 白い火花貝殻の中に  (sarasa 2006-05-31 22:32:13)


「学校辞めちゃおうかな」

冬休みをさして面白くもなく過ごした聖はそう呟いた。栞との別離の後、お姉
さまと蓉子のケアのおかげでいくらか立ち直った。しかしそのほんの僅かな温
かみさえ容赦なく潰し凍らす母親とのケンカ。家にいるより百倍ましと学校に
来てみたものの教室に行く気は起きなくて敷地内をぶらぶらしていた。

(何処に行こう?)

授業中の図書館なら誰も居ないかと思ったら司書の先生がいた。図書委員のい
ない間をサポートしているのかと思ったけれど、よく考えたら逆で先生のいな
い昼休みと放課後を図書委員がサポートしているのだ。

(いっそ、退学になるような事件を起こしてやろうか)

窓ガラス割るなんてありきたりだし、人を殺すわけにもいかないし等と物騒な
ことを考えていると何時の間にか中等部の敷地に入り込んでいた。体育の授業
が終わったらしい一団が校庭から校舎へと戻って行く。一様に聖の方を訝しげ
に眺めて行くのが可笑しい。

(そうだ)

聖はあるアイデアを閃いた。

「ぎゃう」

目の前を通ったグループから適当に一人捕まえて攫って行く。

「あ、あの何を?」
「今から私は君を誘拐する」
「へ?」

突然のことに驚いてしまったのか無抵抗。聖が引っ張るままについて来る。そ
れでも何かを一生懸命考えているらしく表情がくるくる変わる。

(こ、この子面白い)

聖は当たりを引いたと思った。体格も小柄で扱いやすそうだし、直ぐ泣いちゃ
うような子も厄介だ。仏頂面を眺めているよりも弄って遊べる方が楽しい。

「分かっていないようだからもう一回言うと、君は私によって誘拐されました。
抵抗すると遠慮なく痛い目に合わせるからね」
「はい。よろしくお願いします」
「は?」

予想もしない返事に今度は聖が間抜けな声を出してしまう。

「ええと、上級生のお姉さまには絶対逆らっちゃいけないんですよね?」
「ああ」

上目遣いに聞かれてようやく納得する。この子は生活態度が凄くまじめなのだ。

「そうなんだけどね。でも悪いことに巻き込まれそうになったのなら抵抗した
方がいいよ」
「これ悪いことなんですか?」
「うん」
「悪いことはいけません。マリア様が見てらっしゃいます」
「ようやく調子が出てきた。こうじゃなくちゃ」
「え?」
「いや、こっちの話」
「ところで何処へ行くのですか?」
「さあ?」

言われてみて初めて気がついた。とりあえず誘拐してみたものの、この後どう
するか全く考えていない。普通の誘拐犯ならどうするだろう。

「そうだ、立て篭もりだ」
「え?」
「後は脅迫状も必要ね」

聖は生徒手帳を取り出してメモの頁を一枚破くとさらさらと書いて手近な生徒
に手渡した。

「これ、誰でもいいから先生に渡しておいて」
「はい」

これで後戻りは出来ない。聖はなんだか楽しくなってきた。

「ここがいいかな」

聖は放送室に入り込むと内側からロックした。ロックしてから無意味だと気が
ついた。職員室に鍵があるに決まっている。

「貴女、手伝って」
「はい」

誘拐された被害者が素直に犯人を手伝うというのも何か変だと聖は思った。

「貴女、緊張感ないわね」
「はぁ。高等部のお姉さまも緊張しているようには見えませんけれど?」
「違いない」

二人がかりで机やら何やらをドアの前に積み上げてバリケードを作った。


「静ね」
「そうですね」

聖は直ぐにでも先生方が駆けつけてきて大騒ぎになるものと思ったのだけれど。
あまりに待たされるので退屈になってきた。

「仕方ない、貴女で遊ぶか」
「へ?」

聖は中等部生を床に押し倒してみた。

「……」
「……」

何の反応もなく黙って聖のすることを待っている。胸を中心として身体の触れ
合っている部分が暖かい。顔の距離は5cmほど。僅かに頬を染めて瞳を見つめ
あう。静かなのでお互いの息遣いがはっきりと聞こえる。心臓の音すら聞こえそ
うだ。派手に騒いでくれるのを期待していたのだけれど、こうなってしまうと
聖にもどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

「……」
「……」

重なった同じ体勢のまま時が過ぎて行く。視界にあるのは瞳だけ。

(このまま時が止まってしまえばいいのに)



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