クロスオーバーです。 何人が知っているんだろうか・・・・・。
シリンダーに357マグナム弾をこめる、5発まで装填して6発目は入れかけたが『ここは戦場ではない』と自分に言い聞かせる。 それでも拳銃(こんなもの)を持たなければ歩けない、悲しい性分といえる。
立ち上がりコルト・コンバットパイソンをプリーツスカートの中、太ももに着けたレッグホルスターに収めてから乱れがないか姿見の前まで行ってチェックする。
『セーラーカラー、よし』
『プリーツスカート、見た目でレッグホルスターの存在はわからない、まあ、いいだろう?』
『三つ編み、似合っているかどうかは別にして少し強めに結んでいる、いいことにしよう』
『この人物の性格、リポートを読んで把握済み。 病弱だったそうだから‥‥‥逆ベクトルにした方がいいか、私も楽だし、両親も気付かないって言う事は、たぶん大丈夫なんでしょうね。 はた迷惑で・・・体力なし? 没個性狙うよりはその方がバレる可能性は減るかな‥‥‥でも、体を動かす商売していた身としてはかなりきついかな、筋トレ増やさないとダメだわ、もっとも筋トレで補えるのなんて自分の職のほんの一部……まあいいか、3週間‥‥‥3週間だけ耐えればいい……その後は‥‥‥‥‥‥私の知ったこっちゃないわ!』
登校の時間が近づいてくる、スクールコートと鞄を取るために机に向かう。 二、三歩歩を進めたあと、フワリと少し体制を低くしたかと思うと、姿見に向き直り鏡の中の自分に向けて抜き放ったコンバット・パイソンを突きつける。
「今日から私が島津由乃よ!」
不敵な笑みを浮かべて鏡の中の自分にそう宣言するが、やがて片頬がヒクッとひきつり、溜息とともにコンバット・パイソンを持っている右手をだらりと下げる。
「……なんでこんなことになったんだろ‥‥‥」
天井辺りをのんきに漂っているかもしれない救い主を探して視線を泳がせる・・・・・・。
「じぃ〜ざぁす・・・・・・」
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・・・・・・
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血と炎と硝煙とにまみれた伝説があった。
狙った獲物は確実にしとめる暗殺と戦闘のプロフェッショナル。
ある者は誇り高き女戦士であるといい、ある者は血に餓えた女豹と呼んだ。
南米で中東で、アフリカや東欧等の紛争地帯、都市部での暗殺。 数限りない敵が血の海に沈んで行った。
彼女の名はジーザス、本名や経歴は誰も知らない。
数ヶ月前ジーザスは、とある組織が密輸した1トンものヘロインを強奪した。
その組織を中心に暴力団などの裏社会から警察や公安までがジーザスとヘロインを追い続ける、休み無い戦闘と逃亡の日々が続いていた。
そして・・・・・・その逃亡劇も終わりのときが来た。
夜の港湾地域に追い込まれた4tトラックが急ハンドルを切ったためにバランスを崩して横転した。
後ろから追って来た二、三十台の黒塗りのベンツ系改造車が猛スピードで突っ込んでくる。 横転したトラックから10m程のところでコンテナや重機も利用して、まず前衛の車がバリケードを作るようにドリフトさせて停車、後ろの車もそれに重ねて二重三重にバリケードを形成する。
拳銃や自動小銃などを手にしたヤクザやチンピラたちが次々と車から飛び出してきて、持っている銃器をトラックの近辺に向けて特に目標も定めずに乱射する。
ターン ダダダダダッ
不用意に姿勢を高くしていた4人ほどが瞬時に狙い撃ちされる。 それを見たヤクザ達はバリケードの陰に隠れる。
横転したトラックの燃料タンクから漏れた軽油に火が点く。 その炎の陰から長い黒髪をたなびかせて一人の女が姿を現した。 ガーゴイルのサングラス、実用一点張りのロングコート、黒のTシャツ、黒のストレッチフレアーパンツ。 しかし、その足元はハイヒールではなくジャングルブーツ、右手にはコルトM4A1カービン、左手のベレッタM92をヤクザ達に向けて不敵な笑みを浮かべている。
「う、撃て〜!!」
号令とともに再度一斉射撃が始まる、数百発の銃弾が襲い来る中、その女性は右手に少し屈みこみ海側へ逃れるそぶりを見せる、が、襲い来る銃弾はそれを許さなかった。 容赦ない銃弾の雨に貫かれてなすすべもなく舞う細い体、流れ弾が当たったのか横転したトラックが爆発を起こし爆風に煽られるまま女性の細い体は空中に飛ばされ海に落下する。
「やったか?!」
「やった、やったぞ!! 手ごたえがあった!!」
バリケードの間からワラワラと人影が出てくる。 止めとばかりに海中に弾を撃ち込む者もいる。
「ついにやったぞ! ジーザスを! あのジーザスを仕留めたぞ!!」
一度沈んだ体が浮かび上がってくる、波間に血で描かれた真っ赤な薔薇を咲かせた。
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「ジーザスは死んだ……」
沖合い500mの位置に停泊している何の変哲もないレジャーボートの上で、初老の女性が事の一部始終を見ていた。
「彼女の体は数十発もの銃弾を浴びて……その亡骸は東京湾に浮かんだ…」
双眼鏡を目から離し海面を静かに近づいて来た者に目を向ける。
「彼女の逃亡生活も今日で終わるわけね」
「そう、今日で終わったのよ。 あなたの仕掛けのおかげでね」
船縁に手を掛けて勢いよく海中から上がって来たのは、先ほどヤクザ達に蜂の巣にされたはずの女性、ジーザスだった。 コートやフレアパンツを脱ぎ捨てて黒いウェットスーツを着込んでいる。
「感謝してるわ、菫子のおばさま」
「お礼は、あんたの代わりにあそこで浮かんでいる娘に言った方がいいわね」
少し目を伏せてから、まだ火の手の上がっている埠頭の方を見やる。
「まるで双子のように瓜二つなんだもの簡単にはばれないわ。 本当に奇跡だわね、そんな死体が手に入るなんて」
「‥‥‥その娘、どうして死んだの?」
「かわいそうにねぇ‥‥‥‥生まれつき心臓が悪かったようね、ようやく手術をして経過も良かったらしいんだけど……院内感染であっさり死んでしまったらしい‥‥‥」
遠くの物を見るように目を細める菫子の視線を追って埠頭に目を向けるジーザスだが、何か引っかかる物を感じる。
ちらっとジーザスの方を見た菫子の口元ににやりとした笑みが浮かぶ。
「さあ、そろそろ行くかい。 事情はおいおい話したげるわ」
「?」
嫌な予感はしつつも、今回の仕掛けのおかげで助かったのも事実だし、ヘロインの隠し場所や細工はまだ聞いていない、いわば人質を取られているような物である。 不安ではあるがついて行くしかないだろう。
操舵席についた菫子は静かにレジャーボートを闇の中に進めた。
「そういえば、付き合い長いけど聞いてなかったわね。 なんでジーザス何て名のってるのよ?」
「私と戦った奴らはいつも最後に叫ぶからよ。 ”ジーザス(ちくしょう!)”ってね」
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「いぃやぁぁ〜〜〜〜〜〜!! 絶対いや!! そんなこと聞いてないわ!!」
「最初に話してたらあんたやらないだろう? ”敵をだますにはまず味方から”って古くから伝わってるのを実行しただけよ」
「私は降りるわよ! こんな馬鹿げた事に付き合いたくないわ!」
甲州街道を突っ走る車の中で事の次第を聞いたジーザスは猛反発した。 しかし、菫子は平気な顔をして車を転がす。
「大体すぐばれるわよ! 両親と同居? しかも学校に行っててクラスメートとか教師とか接触する人間が多すぎるわ!!」
「そこをうまくやらなきゃ。 心臓の手術をしたばかりの女子高生が失踪なんてのはマスコミが跳び付きやすいネタじゃない、組織の連中だってバカじゃないんだから警察の中の潜入者(スリーパー)から情報が流れる、顔写真なんてすぐ手に入るだろうね。 失踪したのがあんたそっくりの顔の女子高生とわかったら、まず真っ先に疑われるだろうね」
右車線のミニバンと大型トラックの間の車一台分の隙間に強引に割り込んで、さらに右の車線にクラクションを鳴らしながら突っ込んで、背後の車に急ブレーキを踏ませる。
「ってことは、あの死体が別人だって事がばれるのなんて時間の問題なんじゃないの?!」
「だから、重点的に胸の近辺に弾が当たるようにしなって言ったんだよ、そのとおりにしたんだろう? 当たってる弾の数も尋常じゃあないんだから、そうそうバレやしないさ」
「‥‥‥‥医者に‥‥‥」
「どっちの? 検死医は知らないけど、主治医だったらとっくにこっち側に抱き込んでるから大丈夫。 パスポートとビザの偽造に3週間、その間だけのサバイバルだと思えばいいだろう」
「・・・・・・3週間・・・・・」
「このレポート、え〜〜と、今日の午後には退院の予定だからね、それまでに頭に叩き込んでおきなよ」
「午後‥‥‥」
〜〜〜『 なりきるのよ ”島津由乃”に 』〜〜〜〜
「由乃、準備はできたの?」
病室のドアを開けて主治医の所に謝辞に行っていた由乃の母が入ってくる。 白のブラウス、ダークブラウンのジャケット、ベージュのタータンチェックのロングスカートに着替えた由乃(ジーザス)は満面の笑みを浮かべる。
「うん、もういいと思う。 どこか変なとこある?」
母の前でくるりと一回転してみせるとロングスカートが楽しげに舞う。
「そうね、いいんじゃないかしら。 さあ、行きましょう。 お父さん外で待っているわよ」
「は〜〜い」
荷物は粗方父が車に運んで行ってしまった、手近な荷物といえばトートバックに収めた物がわずかにあるだけである。
母に伴われて病院の玄関に向かう途中、一般外来の待合室の中に来院者に混じって知った顔を発見した。
『何やってんのよ、あのおばさん?!』
雑誌を読んでいるフリをしながらチラチラと由乃(ジーザス)の方を盗み見て肩を震わせている菫子。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
ギリッと奥歯をかみ締めながら菫子の方を睨み付ける、目に涙を溜めて笑っている菫子、よほどジーザスの由乃のコスプレが面白いらしい。
「どうかしたの由乃?」
人を殺しかねないような目つきで立ち止まって待合所のほうを睨んでいるジーザスに、由乃の母が声を掛ける。
「‥‥‥なんでもないの‥‥‥お父さん待ってるわ」
頬を引きつらせたままだったがきびすを返して玄関に向かう。
自動ドアが開き外の冷たい空気を感じる、戦いから開放されるための扉。
しかし、それは新たな戦いへと続く扉だった。