お人形が落ちていた。
頭の大きな、変な顔のお人形。どうやら頭の後ろに穴が開いているところから、そこに手を入れて動かすように成っているようだ。
「志摩子さ〜ん」
「あ、乃梨子」
待ち合わせ時間より少し送れて、薔薇の館に来た妹を見る。
スカートをパタパタ。
少しはしたないとも思うが注意するほどのことではない。
少しイタズラしてみようか?そんな気にもなる。
「乃梨子、ほ『よう!!俺はプッチャン、それ以上でもそれ以下でもねぇ!!』」
ただ、お人形を見せようとしただけの志摩子は固まった。
「もう、志摩子さんてば!!それ、どうしたの?」
志摩子は青い顔をして首を振る。
『いや、何、ちっと困っているところを助けられたのさ』
「ち、違うの乃梨子」
『いや〜、助かったぜ。鳥にイタズラされてこんなところまで来ちまうなんて、俺さまらしくもねぇ』
「へ〜そうなんだぁ。よろしくねプッチャン」
『おう!!で、アンタは?』
「私は乃梨子、志摩子さんの妹なの」
『そうかい、よろしくな。志摩子!!乃梨子!!』
「ぷっ、志摩子さん、上手い!!」
乃梨子の言葉に慌てて、手の人形を外そうとする志摩子だったが、まるで接着されているように離れない。
「どうしたの志摩子さん、祐巳さまたちが待っているよ」
『おう!!いこうぜ!!』
志摩子はプッチャンに引っ張られていく。
「ごきげんよう」
「ごき『よう!!俺はプッチャン、それ以上でもそれ以下でもない!!』」
ビスケット扉を開いてみれば、最初の挨拶がそれだった。
当然、部屋にいた祐巳さんと由乃さんは呆然としている。
「ぷ!!なに志摩子さん。今年もかくし芸する気なの?」
「もう、やだよ。志摩子さん最高!!」
祐巳さんと由乃さんは挨拶もなく笑っている。
「ち、違うのよ!!このお人形が勝手に喋って、それに手から離れないのよ!!」
ようやく言えた。本当のこと。
「あははは、もう、志摩子さんたら」
「本当、最高!!」
「志摩子さん、上手い!!」
だが、誰も信じてはくれない。
「本当なのよ!!信じて!!」
「はいはい、分かったわよ」
そう言って由乃さんはお人形の頭を掴むとスッポと、志摩子の手から引き抜く。
「取れるじゃない、もう、志摩子さん!!そういう時は取れないようにしておかないと」
笑う由乃さんの声、だが、志摩子には届いていなかった。人形が手から離れたことに、マリアさまに感謝していたのだ。
「はい、返すね」
――ずっぽ。
「え?」
また、志摩子の手に戻った。
『まったく、俺さまの顔を掴むとは!!俺さまのダンディーな顔が歪んだらどうしてくれるんだ?!』
「あはは、ごめん、ごめん」
「それにしても本当に上手いね。志摩子さんにそんな特技があるなんて知らなかったよ」
「上手いの分かったから、いいかげん座ったら?」
「あ、だったらお茶入れますね」
乃梨子がいつものように気を使ってくれる。本当に出来た妹だと思うが……。
『おう!!俺の分もな!!』
お人形はお茶が飲めるのか分からないが、自分の分も要求した。
志摩子は一瞬、自分の実家でお払い出来るか考え諦めた。
あの父だ、絶対にこの状況を楽しむことが目に見えている。
このまま一生取憑かれるのかしらと考えると流石に気が重い。いくら隣人を愛せよといわれても限度がある。
「……はぁ」
溜め息だってつきたくなる。
『どうした?溜め息をつくと幸せが逃げるぜ!!』
そう言って志摩子の頭をポンと叩く、お人形。
溜め息をついた志摩子を励まそうとしてくれているのかも知れないが、誰が原因か分かっているのだろうか?
志摩子が心の底からそう思っていると。階段を上がってくる音が聞こえる。
こんな姿、祥子さまにでも見られた日にはどんなお説教をされることか……。
「ごきげんよう」
祥子さまが笑顔で入ってくる。
『よう!!俺さまはプッチャン!!』
あぁ、もう最悪だ。
「あら、ごきげんよう。貴方がプッチャンさんね」
だが、祥子さまの態度は予想していたようなものではなかった。
『おう!!そうだぜ、綺麗な姉ちゃん』
「そう、それなら下で貴方の大事な人がお待ちかねよ」
『大事な人?』
志摩子はお人形に再び引っ張られ窓辺に寄る。
「あ!!プッチャン!!」
『おお、りの!!』
窓の下には、リリアンの生徒ではない学生たちが数人集まっていた。
「隠密さんの報告で来たらしいわ」
『そうかい、それはお世話になったな。それじゃ、あばよ。美人の姉ちゃん、志摩子』
そう言うとお人形は自分から離れていく。
「あ!奏さんによろしくね」
横で手を振る祥子さまの声を聞きながら、志摩子は安堵感とちょっと寂しさを感じていた。
本来の持ち主のところに戻ったお人形――プッチャンは楽しそうに帰っていった。
後日、この話を聞いた手芸部から差し入れが志摩子に届く。
そこには緑色のお人形と白黒模様のお人形と覆面がついた黒い服が置いてあった。