【1576】 暴れちゃうぞ♪  (翠 2006-06-03 22:28:25)


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校舎の外では、雨が降り続いている。
また、梅雨が始まった。

放課後になって、私は瞳子に話し掛けた。
「今日、瞳子は掃除当番だっけ?」
「ええ。ですので、少し遅れます。乃梨子さんはこのまま、すぐに行かれるのですか?」
「うん」
志摩子さんに早く会いたいし。
「では、遅れることをお姉さまに伝えておいてください」
「分かった」
荷物を纏めて、教室を出ようとした時、ふと足を止めた。
(あれ? 何か忘れているような……?)
しばらく考えてみたけれど、思い出せないので、大した事はないのだろうと、止めた足を進めた。


薔薇の館に着いて、中に入る。
二階に上がり、扉をノック。
開いて、ごきげんよう。
「あの……、どうしました?」
部屋の隅に集まっている、由乃さまたちに私は声をかけた。
すると、由乃さまが、
「ちょどいいところに来てくれたわね」
と、なんだかとても嬉しそうに話し掛けてくる。
(怪しい……)
私は警戒しながら、周囲の様子を探った。
部屋の隅には、由乃さま、菜々さん、可南子さんの姿。
机の所に、志摩子さんと祐巳さ……、祐巳さま?
そこにいた祐巳さまは、どよーん、と落ち込んでいるように見えた。
(暗い……)
思うと同時に、祐巳さまがこちらを向いた。
「なに? 乃梨子ちゃん、私が暗い? どこがどう暗いのか、説明して欲しいわね」
考えていることを読まれた上、いきなり絡まれた。
違う! と思った。
暗いのではない。これは、
(黒い……、そう、いつもより黒いんだ)
そう思うと、
「分かればいいのよ。次に私を見て暗いなんて思ったら、三ヶ月くらい動けなくしてやるわよ」
そのセリフと共に、滅茶苦茶怖い目で睨まれた。
どうやら、思うのさえ駄目らしい。非常に難しい気がするのは、私の気のせいだろうか? 
それはともかく、この時の私は、体が硬直して気が遠くなりかけていた。
ここまで怖くて、ドス黒い祐巳さまを見たのは、初めてだと思う。
私は恐怖した。
そして、そんな祐巳さまの前に、平然と椅子に腰掛けている志摩子さんを見て、凄い、と思った。
何が凄いって、志摩子さんは、自分の仕事『だけ』黙々とやっているのだ。
「乃梨子」
「は、はいっ!」
「何か文句でも?」
「いいえっ!」
危なかった。
別に文句はなかったのだけど、どうせなら私の分もやってくれればいいのに、と思ってしまった。
……とか、考えている今も、私の考えは志摩子さんには筒抜けなんだろうけど。
いちいち、突っ込むのは面倒なようなので、何も言ってはこない。
とりあえず、由乃さまたちの方に近寄る。
「あの、祐巳さまはいったい?」
「それが、さっぱり。今日はずっとあんな調子なのよ」
「それは最悪ですね」
つい、口に出してしまった。
「の、乃梨子ちゃん!」
慌てる由乃さま。
隣にいる可南子と菜々さんも同じように慌てている。
(はっ!? しまった! 私はなんてことをっ!)
「乃梨子ちゃん」
祐巳さまに名前を呼ばれた。
恐る恐る振り返る。
「はい。なんでしょう、祐巳さま?」
逆らってはダメだ。
何がなんだか分からないけれど、今は例えイヌと呼ばれようと、逆らってはダメだ。
「あの子。名前はなんていったっけ?」
どうやら、私を責めるわけではないらしい。
盛大に安堵の溜息を吐いた。
とりあえず、あの子と言われても分からなかったので尋ね返す。
「あの子、ですか……?」
誰のことだろう? と思った。
祐巳さまが、わざわざ私に話し掛けて、あの子、というからには私と同学年だと思われる。
「ええ。頭の左右に、ドリルだったか、バネだったか、チョココロネだったかを付けた、あの子よ」
(それって……)
この時点で、イヤな予感がした。
「そういえば、お姉さまはどこ? もしかして、今日もお姉さまはあの子と一緒なのかしら?」
「……」
この時点で、なんとなく読めてきた。
「それに、そっちの二人は誰よ?」
可南子と菜々さんを眺めながら祐巳さま。
全部本気で言っているようなので、私は、
どうやら祐巳さまは、記憶をどこかに置き忘れてきたようだ、と考えた。
「それにしても、鬱陶しい雨ね」
窓の方を向いて、降り続ける雨を眺めながら、「二人とも壊してやろうかしら」と続ける祐巳さま。
(黒いまま、記憶が一年前に戻ってる……)
可南子と菜々さんは、その頃はまだ館に出入りしてなかった。
というか、祐巳さまと出会ってなかった。
しかし、記憶が一年前に戻ってるなんて、いったい何故そんなことに……? 
(あ!)
乃梨子の脳裡に閃くものがあった。
そういえば、いつだったか、祐巳さまは言っていた。
『梅雨の雨は大嫌いなのよ』
まさか、あの一年前の出来事がトラウマになっていて、梅雨の雨がきっかけでこんな事に……?
だとしたら……。
と、瞳子ー! 今日はここに来ちゃだめー!
心の中で叫ぶと、狙っていたかのように扉が開いた。
「ごきげんよう、お姉さま」
当然、現われたのは瞳子だ。
他は全員揃っているし。
(展開早っ! タイミング悪っ!)
祐巳さまが、ゆらりと立ち上がった。
「瞳子ー! 逃げてーー!!!!」
「は?」
私が叫ぶと、瞳子が不思議そうに、こちらを向いた。
「こっちは向かなくていいからっ!」
今の祐巳さまに対して、背中を向けているという、あまりにも無防備な瞳子。
瞳子のすぐ後ろに、祐巳さまが立っている。
「ああ、思いだした。そうそう、瞳子ちゃんだったわね」
「は?」
驚く瞳子の首に、自分の腕を巻きつける祐巳さま。
「お姉さま?」
なぜだか、頬を赤く染める瞳子。
そんな事は関係無しに、祐巳さまは巻きつけた腕で瞳子の首を捻った。
グキ……。
瞳子の首から、なんだか嫌な音がした。
(む、惨い……)
ピクリとも動かなくなった瞳子の襟首を持って、ズルズルと引き摺る祐巳さま。
その方向には窓がある。
(ま、まさか、投げるつもりでは?)
いくらなんでもマズイ! そう思ったので、慌てて止めに入る。
「投げちゃダメです! と、瞳子は祐巳さまの妹ですよっ!」
祐巳さまの、腰の辺りに抱き付いて止めようとする私。
「何をバカなことを言ってるのかしら?」
冷たい目で見下ろしてくる祐巳さま。
「信じてくださいっ!」
もう必死だった。
「本当なのよっ! 祐巳さん!」
由乃さまが、私の援護射撃をしてくれた。
でも、そういうセリフは、もっとこちらに近寄ってから言って欲しい。
「由乃さんまで私をからかう気?」
バカにした目で、由乃さまの方を見る祐巳さま。
「祐巳さまっ! ダメです!」
由乃さまと同じように、離れた所に避難している菜々さんが叫ぶ。
「祐巳さまっ! お止めください!」
同じく可南子が叫ぶ……って、こら! あんたのお姉さまでしょうが! こっちに来て手伝えよ! 
そう思ったとき、祐巳さまが、可南子と菜々さんの二人に向けて言った。
「だから、あなたたちは誰よ?」
「まるで、桂さまのような扱いですね……」
「言わないで、菜々さん……」
がっくりと膝をつく二人。
(あのさ、二人とも。落ち込む暇があったら、早くこっちを手伝ってくれない?)


ようやく祐巳さまが元に戻った時には、瞳子はぐったりとしていた。
息はしていた。脈もあった。首も大丈夫なようだ。確認して、良かった、と一安心。
ああ、でも一つだけ。
不気味な事に、失神している瞳子は笑顔だった。
とても幸せそうな笑顔で、失神していた。
私には、すぐにその理由が分かった。
もちろん、可南子にだって分かっていただろう。
瞳子は、祐巳さまに触れられていたら、それだけで満足なのだ、きっと。


『祐巳さまが落ち着くまで我慢して』、と瞳子が薔薇の館に立ち入り禁止となって三日経った。
恐ろしい事に瞳子は、あの日の仕事が終わって、皆が帰宅する頃には復活していた。
頑丈にも程があると思う。

朝、私は溜息を吐きながら、教室の扉を開いた。
私より先に教室に来ていた瞳子は、自分の席に座って、しょんぼりとしていた。
あの薄気味悪い寝顔を見た時は、心配すべきなのか、バカにすべきなのか、大いに悩んだけれど、
やはり少し可哀相に思う。
だが……。
(ん? おかしいな?)
ふと気付いた。
落ち込んでいる瞳子から、クラスメートが離れている。
なんというか、みんな壁際に立って、遠巻きに瞳子を見て、避難しているようにしか見えない。
どうしたんだろう?  
私がそう思った時、いきなり瞳子が立ち上がって、
「もう我慢できませんっ!」
と、大声で叫んだ。
「瞳子!?」
「お姉さまに会いに行きます!」
まさか、ロザリオを返す気なのでは? と考え、瞳子を落ち着かせようと、声をかける。 
「瞳子、落ち着いて!」
「これが、落ち着いていられますかっ!」
「ロザリオを返すなんて、そんなのはダメだよ!」
「誰が、そんなことを言いましたか!」
キッ、と睨んでくる。
「え?」
「しばらく、お姉さまには近寄るな? 梅雨が明けたら元に戻る? ふざけるなっ、ですわ! 
 三日! 三日も我慢しました。これ以上はムリです。これ以上は寂しくて死んでしまいます! 
 乃梨子さんは、瞳子に死ねと? もう我慢できませんわっ!!」
「ええっと……」
(なんだか、非常に困った事態になりそうです。助けてください、志摩子さん)
今頃、自分の教室にいるであろう、志摩子さんに助けを求めてみたけれど、ダメだった。
まぁ、当然なんだけど。
……というか、聞こえていても助けてくれないんだろうなぁ、と思ってるし。
仕方ない。私がなんとかするしかないか、と瞳子の前に立ち塞がる。
「祐巳さまに、会わせるわけにはいかない。瞳子だって、また同じ目に遭いたくないでしょ?」
「投げられようが、締め落とされようが、骨を数本折れようが、姉妹を解消されようが、
 瞳子はお姉さまに会いに行きますっ! 邪魔するのなら、乃梨子さんでも叩き潰しますわよ!」
あー、なんだか妙な禁断症状みたいのが出ているようだ。
祐巳さま中毒? 傍迷惑な……、っていうかさ、頭は大丈夫だよね? 
「乃梨子さん、なにか?」
「ひぃぃ」
視線だけで人を殺せるんじゃないか、と思えるような瞳子がそこにいた。


梅雨の時期、祐巳さまと瞳子は、とことん機嫌が悪くなるらしい。
来年は気をつけよう、と心に刻んだ私は、現在瞳子と交戦中。


「お、落ち着いて、瞳子。ね? 今行くと、本当にマズイから「邪魔ですわ」って、うわぁっ!?」
セリフの途中で、迫ってきた瞳子のハリセンを間一髪のところで躱す。
(か、風切り音が尋常じゃないんだけど……)
「がんばれ、飛び道具の乃梨子さんっ!」
教室の端に避難している、クラスメートたちの熱い声援。
私は大声で怒鳴った。
「あんたらっ、見てないで助けろよっ!」
いやホント、あんなのに当たっちゃったら、死んじゃうかもしれないから……。


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