この作品には蓉子のグランスール、先々代紅薔薇さまがオリジナルキャラ同然で登場します。
マリみて本編でも詳しくは語られていない先々代。自分の中にだけあるその先々代のイメージを崩したくない方は、読まないほうが良いかも知れません(笑
彼女を一言で表すとしたら、どんな名称が似合うだろうか?
1本のほつれも無いのではと思わせるほどのまとまりを見せ、後頭部に艶やかな渦を巻くシニョンスタイル。
美しいが、どこか厳しさもうかがわせる、切れ長の瞳。
真一文字に結ばれた唇と、常に毅然とした立ち姿。
一部のスキも無く着こなしているのがリリアンの制服でなければ、「女教師」だとか「美人秘書」などといった印象であろう。話してみれば意外にざっくばらんな性格をしているのだが、その見た目から初対面の人間にはどこか堅いイメージを持たれがちである。
有名人である彼女は、リリアン瓦版でも記事になっており、その記事で彼女のプロフィールに書かれていた『 趣味:ジグソーパズル、身の回りの整理整頓、』という項目も、彼女のきっちりとしたお堅いイメージを際立たせていた。
実際、普段から彼女は様々なものをきちんと整理し、整然とした状態を作り出すのが良く目撃されてもいたから。
いわく「鉄の女」。
いわく「鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)」。
あるいは普段の彼女の働きぶりを見て、「将軍」だの「女帝」だのといった呼び名も、影で囁かれていた。
しかし、誰も表立ってはそんな呼び方などしない。なぜなら彼女には、すでに呼び名が存在しているから。
ゆえに、リリアンの子羊達は、ひとり残らず彼女をこう呼ぶ。
「紅薔薇さま」と。
4月。リリアンも新入生の入学式を迎えていた。
本来ならば、入学式を行なっている講堂には、新入生の姿しかないはずだが、講堂の後ろの方から新入生達を見守る在校生達がいた。
その人影は、リリアンの生徒会である山百合会と、数名の有志からなる一団だ。
彼女達が何故こんな所にいるかと言えば、要は雑用係である。入学式の終わった講堂で、新入生達の椅子や紅白の垂れ幕を片付けるために、彼女達はこうしてここに集まっているのだ。
「 蓉子 」
小さな声で呼ばれ、蓉子は声の主であるお姉さま、紅薔薇さまを見る。
「 あと数分で式も終わるわ。打ち合わせどおりにお願いね 」
「 はい 」
こちらも小さな声でうなずき、後ろにひかえる人影を見る。
「 大丈夫よ蓉子ちゃん。みんな手順は頭に入っているから 」
優しい声で白薔薇さまがそう言って微笑んでくれる。その後ろには、人手がいるので無理矢理連れてこられた聖のふてくされた顔も見える。
「 そうそう、面倒なことは手早く終わらせないとね 」
そう言って、つまらなそうに溜息をついたのは黄薔薇さま。その横にいる江利子も、同じように溜息をついていた。
( ふたりとも本当に雑用が嫌いなんだなぁ・・・ )
だが、つまらない雑用に気乗りしなくても、仕事はできるのが黄薔薇家のウリだ。蓉子も心配はしていない。
むしろ、何か面白いことが見つかれば、この二人は仕事そっちのけでその面白いことに集中しかねない。その意味では、今日は単調な片付けだけの仕事なので、黄薔薇姉妹も暴走しないだろう。
『 新入生、起立 』
1年の学年主任のアナウンスで、蓉子達に軽い緊張がはしる。
新入生の退場を見送りながら、紅薔薇さまが呟く。
「 それではみなさん、各自段取りどおりにお願いします 」
普段の人当たりの良さは影をひそめ、声すらも普段より低くなる。そんな彼女の声に、後ろに控えた片付けのために集まってくれた有志達の顔も引き締まる。
( ・・・影で女帝なんて呼ばれる訳だわ )
蓉子は心の中で溜息をつく。
彼女の普段の優しい顔をあまり知らない生徒達は、紅薔薇さまとしての顔しか知らないから、どうしても彼女に対して指導者のようなイメージしか持てない。
( 普段は親しみやすい人なんだけどな・・・ )
蓉子も、自分のお姉さまに対して厳しいイメージを持たれるのは、あまり嬉しくないようだ。
( ・・・・・・でも、こういう時のお姉さまも凛々しくて好きかも )
そんな妹バカなことを考えていると、新入生のいなくなった講堂に、紅薔薇さまの号令が矢継ぎ早に出され始めた。
「 まず、後ろ側のご父兄用のパイプ椅子から片付けて 」
「 白薔薇家は壇上の機材の片付けを 」
「 黄薔薇家は有志の人達と壇上の花を・・・ レンタルグリーンだから、校門のところまで運びだして、業者の方に渡して 」
「 ご父兄の出入りしていたところの清掃を・・・ 」
「 歓迎の言葉を書いた垂れ幕は・・・ 」
的確で素早い指示が次々と飛ぶ。しかも、彼女の視線は全体をくまなく見渡しているのか、手の空いた人間を見つけては次の行動を指示するので、人的な無駄が無い。
講堂は瞬く間に普段の姿を取り戻しつつあつた。
( さすがだなぁ )
有志の面々と共にパイプ椅子を運びながら、蓉子は舌を巻いていた。
蓉子も多少は自分の頭脳に自信がある。蓉子の頭の中にも、片付けの段取りはすべて入ってはいるのだ。
しかし、周りの状況を見て仕事を割り振るのはやはり、普段から指導者的な立場にいる紅薔薇さまにはまだまだ及ばないと思い知らされていた。
彼女が、戦場を統べるが如くよどみ無く指示を飛せば、普段は行動を共にしていないはずの有志達までもが、山百合会の面々とまるでひとつの生き物のように動き出し、講堂の中を素早く片付けてゆくさまは、まさに圧巻であった。
「 それじゃあ各自、機材等を運び出してちょうだい。それが終わったら、そのまま教室へ帰ってもらってかまわないわ 」
「 ・・・良いの? 」
紅薔薇さまの言葉に、白薔薇さまが不思議そうに問い返してきた。
「 でもまだ新入生の椅子とかが、かなり残ってるじゃない。大丈夫なの? 」
珍しく、黄薔薇さまも心配げな顔である。
「 大丈夫よ、後は私と蓉子でここの倉庫に片付けておくだけだから 」
講堂にある倉庫への扉を指しながら、余裕を持って答える紅薔薇さま。
「 でも・・・ 」
マイクやマイクスタンドを抱えたまま、白薔薇さまはまだ心配そうだ。
「 心配無いわ。むしろ、色々な物を決められた場所まで運ぶ時間を考えれば、あなた達のほうが教室に帰るのが遅くなるかも知れないわよ? 」
そこまで言われては、断る理由も無く。白薔薇、黄薔薇を先頭に、有志達も各々の荷物を抱えて講堂を後にした。
講堂には、ふたりだけが残される。
蓉子は講堂の扉からみんなを見送ると、そっと扉を閉じた。
「 ・・・・・・・・・行った? 」
「 ええ 」
いつのまにか隣に立っていた姉の問いかけに答えながら、蓉子は後ろ手に扉の鍵をかちゃりと掛けた。
「 これで、ふたりっきりね 」
「 はい、お姉さま 」
蓉子を見ながら、にやりと妖しい微笑みを浮かべる紅薔薇さま。
「 もう、邪魔者はいないわ 」
そう言いながら、髪に手をやり、ヘアピンを外してシニョンを解く。
「 白薔薇も黄薔薇もいない。ここは今、私達だけのもの・・・ 」
髪を解いた彼女は、普段とはまるで違う雰囲気だ。解けた髪がシニョンにしていた時のクセで波打ち、色気すら漂う。
「 ・・・もう我慢も限界よ 」
彼女はそう言うと、蓉子へと近付いてゆく。
「 お姉さま、はしたないですよ 」
クスクスと笑う蓉子へ、尚も近付き・・・
「 誰も見ていないわ 」
妖しく笑う。
「 うふふふふ・・・・ 」
妖しく。
「 うふふふふふふふふふふふふふふ・・・ 」
あやし・・・
「 うふふふふふふふふははははははははははははははは 」
・・・妖しくっつーか、怪しく。
「 お姉さま・・・ 」
溜息をつく蓉子に、口づけるほどに近付き・・・
「 始めるわよ、蓉子 」
そして、そのまま通り過ぎた。
「 イッツ! ショー・ターイム!! 」
普段の彼女からは想像もつかないほどハジけた顔で叫ぶと、全力で駆け出した。
「 おおぉぉぉぉぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
獣のような叫びと共に10mほど走ると、助走を生かして一気にジャンプ。
「 どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!! 」
どこのアマゾネスかと思わせるような気合と共に、見事なまでの飛び蹴りを繰り出した。
ど が し ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ん ! ! !
もしも、今の彼女をどこかの格闘技団体のスカウトが見ていれば、「是非ウチに来てリングに上がってくれ!」と言われそうな見事な飛び蹴りだった。
その威力は、先ほどまで新入生が座っていたパイプ椅子を、まるまる一列なぎ倒したほどだ。
「 あはははははははははは!! 」
ヤケに嬉しそうな高笑いと共に着地。そのまま間髪入れずに跳躍。
「 はあぁぁぁっ!! 」
空中でしなやかに体をひねり、反対側のパイプ椅子の列目がけ、プリーツの乱れなどお構いなしに、槍のようなローリング・ソバットを叩き込む。
ぐ わ っ し ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ん ! ! !
またもパイプ椅子の列をなぎ倒した彼女は、今度は振り向きざまにしゃがみ込み、立ち上がる勢いで下からパイプ椅子を豪快にひっくり返す。
「 だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
が ら が っ し ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ん ! ! !
まるでダンプにでも跳ね飛ばされたかの如く、縦に回転しながら吹っ飛んでゆくパイプ椅子。
「 まだまだぁぁぁぁぁ!! 」
そんな絶叫と共に、もはや「冬眠前に河で鮭を獲りまくるクマ」のような勢いで、次々とパイプ椅子を両手で跳ね飛ばしていった。
「 おらぁ!! (がしゃん!) おぅらぁ!!(がっしゃん!) ぅおらぁぁぁぁ!!(どがっしゃぁぁん!!) 」
パイプ椅子一列につき、ひとつの技。どうやら彼女のファイティング(?)スタイルは、そういうものらしい。
まるで台風のような彼女の暴れっぷりに、パイプ椅子の列は、次々と講堂の壁際目がけて吹っ飛んでゆく。まるで、講堂の中心に台風の目があるかのようだ。
一方、ひとり扉の前に取り残された蓉子はと言うと。
「 ・・・・・・さてと 」
好き放題暴れまくる姉の姿にも何故か特に動揺した様子も見せず、むしろ落ち着いて姉を観察していた。
「 そろそろ回収し始めますか 」
講堂の倉庫から、キャスター付きの大きな鉄のカゴを運び出し、ゴロゴロと音をたてながら押し始めた。
今だパイプ椅子と真剣勝負を繰り広げている姉にはかまわず、姉の攻撃で壁際まで吹き飛んで来たパイプ椅子をカゴに収納し始める。
時折聞こえる「 死ねぇぇぇぇ! 」とか「 砕け散れぇぇぇぇ! 」とか「 紅薔薇スペシャルアタァァァァック!! 」とかいった声には耳を貸さず、黙々とパイプ椅子を回収し続ける蓉子。
無理矢理好意的に解釈すれば、整然と並んだパイプ椅子を紅薔薇さまが壁際に集め、それを蓉子が回収してまわっているようにも見える。
それにしても、蓉子の落ち着きぶりからすると、どうやら姉の奇行は予測済みのものらしい。
( 床の小さな傷はワックスで誤魔化せるわね。壁のほうは、椅子が直撃してないから無傷ね )
いや、むしろ「慣れている」といったところか。
「 ・・・・・・・・・あ、これはダメね 」
時折、姉の攻撃により、お亡くなりになられたパイプ椅子だけをその場に残し、蓉子はほぼ全てのパイプ椅子を回収し終えていた。
回収したパイプ椅子を倉庫にしまうと、新たなカゴを運び出し、またゴロゴロと押しながら、今度はお亡くなりになられたパイプ椅子の回収を始めた。
ふと姉のほうに目をやると、パイプ椅子を完全撃破した彼女は、今度は壁際に張られた紅白の垂れ幕という新たな敵目がけて突進するところだった。
「 おうりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
奇声と共に垂れ幕をつかんだ彼女はそのまま走り出し、力まかせに引き剥がし始める。
「 ヌりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 」
引き剥がした垂れ幕に頭から包まれた彼女は、前が見えないためにすっ転び、垂れ幕もろともゴロゴロと転がってゆく。
それを見ていた蓉子は、「画鋲じゃなく両面テープで留めといて正解だったわね」などと、のんびり考えていた。
確かにあの勢いで画鋲といっしょに転がったら、タダでは済まなかっただろう。
垂れ幕からズボッと抜け出した紅薔薇さまは、さらに次の垂れ幕目がけて走り出した。
「 ぬぁぁぁぁぁ・・・ おおっ?! 」
今度は垂れ幕をつかんだ瞬間につまずき、垂れ幕を道連れに、派手に縦回転している。
( おや、白だわ )
紅薔薇さまのスカートがめくれ、秘密の花園を見てしまった蓉子だが、特に驚きもせず、色を確認するにとどまった。
もう見慣れているのかも知れない。
壊れたパイプ椅子も回収し終え、姉の引き剥がした垂れ幕を畳み始めた蓉子が尚も姉を観察していると、彼女の上半身には豪快にめくれ上がったスカートが巻きつき、なんだか朝顔の蕾みたいな状態で立ち上がってウロウロしていた。もはやパンツ丸出しである。
( ・・・・・・マヌケな姿だなぁ )
制服がワンピースなせいで、パンツどころかオヘソまで丸見えな紅薔薇さまの姿を見ても、蓉子の感想はその程度だ。
紅薔薇さまは、なにやら次の行動を起こそうとしていたが、やはり巻きついたスカートのせいで前が見えないらしく・・・
「 あ 」
ゴン!
壁にぶつかり、蓉子の見ている前で、再びひっくり返ってしまった。
( ・・・・・・・・・・・・・・・ブザマね )
蓉子があきれていると、朝顔の蕾はぷるぷると震え出した。
「 ムキャァァァァァァァァァァァッ!!! 」
壁にぶつけた頭の打ち所が悪かったのか、野生の猿みたいな叫びをあげながら巻きついたスカートを振り払う。
( ・・・なんか・・・・・・どんどん野生化してゆくような気が・・・ )
さらに次の垂れ幕に向けて走り出した姉を見ながら、溜息をつく蓉子。
次の獲物(垂れ幕)を引きずり落とし、ジャイアントスイングしている姿を見ながら、蓉子は姉と初めて出逢った日を思い出していた。
( いや、そう言えばあの時もすでに野生化してたっけ・・・ )
姉との出会いは、約1年前のこと。
その日、たまたまクラスの仕事で遅くなった蓉子は、もうほとんど人のいない校内を歩き、焼却炉にゴミを出しに来ていた。
そこで、見てしまったのだ。いらなくなった書類と思われる紙束を、「うひゃひゃひゃひゃ!」などという哄笑と共に、ビリビリと引き裂きながら焼却炉に叩き込んでいる紅薔薇の蕾の姿を。
それがただの生徒だったならば、奇行の一言で済ませられたかも知れないが、蓉子はそれが紅薔薇の蕾であると気付いてしまったのだ。
そして思った。有名人の、見てはいけない秘密を見てしまったと。
一瞬でヤバいと判断した蓉子は、すかさず反転して走り出そうとしたのだが、野生の感で蓉子に気付いた紅薔薇の蕾は、文武両道すぎるポテンシャルを遺憾なく発揮し、お互いに無言の追走劇を制すると、あっさりと蓉子に追いつき拘束したのだった。
その時蓉子は「消される」と思ったという。それほどの秘密を目撃してしまったのだから。
「 み、見てません! 私は何も見てません! 」
彼女に拘束されたまま必死で言い逃れをする蓉子に、彼女はこう言ったのだ。
「 こ・・・コレあげるから、今のは見なかったことにして! 」
と。自らのロザリオを差し出しながら。
「 ・・・・・・正気ですか? 」
蓉子は思わず問い返していた。
その後、ここでは人目につくかも知れないからと、無理矢理蓉子を(女子高生とは思えないような腕力で)薔薇の館へ引きずっていった紅薔薇の蕾は、そこで蓉子に全てをうちあけたのだった。
昔から、物や人がキチンと整理されてゆくのを見るのが大好きで、自ら率先して物を片したり並べたりしていたこと。
しかし、それと同じくらい、整理されたのもをブチ壊し、メチャメチャにするのが大好きなこと。
自分で整え自分で壊す。そんなひとり無限ループな生活を、飽きもせず繰り返していたこと。
( 難儀な人・・・ まるで、ジキル博士とハイド氏ね )
とりあえず消される心配は無さそうだと思った蓉子は、話を聞いて思わず彼女を生暖かい目で見ながら、そんなことを思っていた。
だが、冷静でいられたのはそこまでだった。
「 だからお願い! このことは秘密にして! 山百合会にこんな珍妙な生き物が生息してるなんて知られたら、他のメンバーに迷惑が・・・ ってゆーか他のメンバーから村八分だわ!! 」
「 そんな大げさな・・・ 」
たしかに珍妙な生き物かも知れないけれど。蓉子がこっそりそう思っていると、紅薔薇の蕾は蓉子の手を握り、さっきの話題をむしかえす。
「 コレあげるから! お願い! あのことは秘密にして! 」
銀色の、小さなロザリオ。リリアンでの姉妹の証し。それは本来、神聖な関係の象徴としての存在であり、決して口止め料としてあげるものではない。
ないはずだ。
「 だから、お気を確かにして下さいってば! もらえませんよロザリオなんて。それに、口止め料なんてもらわなくても、誰にも言ったりしませんから・・・ 」
「 嘘よぉぉぉぉぉぉぉ! そんなこと言って、後で言いふらして晒し者にする気なんだわぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
「 そんなことしません! 」
「 嫌ぁぁぁぁぁぁ! もうお終いよぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 」
「 話を聞いて下さい! 」
蓉子は「これは本当に紅薔薇の蕾か?」と疑いたくなった。
新入生歓迎会で、おメダイを渡してくれた薔薇さまの隣りに立っていた彼女を見たのが最初だが、あの時の彼女は毅然とした態度で立ち、薔薇さまにも引けを取らないほどの落ち着きを見せていたはずだ。その後も何度か校内で彼女の姿を見かけたが、いつも指導者的な立場で回りに指示を出したりしている姿しか記憶に無い。
そんな彼女のイメージが、どうしても今目の前で頭を抱えてあうあう言ってる人物とイコールにならない。
「 うぅぅぅ・・・ どうしてロザリオ受け取ってくれないのよぅ・・・ 」
「 だから、そんなもの無くても言いふらしたりしませんてば 」
泣きそうな顔で蓉子に問いかける彼女に、何度目かの溜息をつきながら答える蓉子。
ロザリオを差し出し、それを受け取ることを拒否される。本来なら、それは悲恋にも似て、儚くも美しいシーンだったりするのだろうが・・・
今の状況は、どう頑張っても「悪事を見逃してもらおうとして賄賂を差し出す小悪党と、それを拒否する正義感あふれる人間」程度にしか見えない。美しさなど、かけらも無かった。
「 口止め料なんていりませんよ。そりゃあ、貴方と私はお互いのことを良く知りませんけど、もう少し信用して下さい 」
だいたい、普段の彼女のイメージからすれば、たとえ蓉子が見たことをありのままに話したとしても、信じてもらえないだろう。
事実、蓉子も今まで持っていた彼女のイメージと、今の彼女のギャップを受け入れるのに苦悩しているのだから。
蓉子がそう説明しようとすると、彼女は聞き捨てならないことを言い出した。
「 だって・・・ 私がお姉さまからロザリオもらった時も、同じような状況だったし・・・ 」
「 ちょっと待て 」
思わず敬語を使うことも忘れ、蓉子は彼女に向き直る。
「 どういうことか説明しなさい 」
「 ・・・あの、なんか顔が怖いんですけど 」
「 説明 」
「 ・・・はい 」
蓉子の迫力に気圧さて語り出した彼女の話では、こういうことだったらしい。
ちょうど去年の今頃、今日と同じようなシチュエーション(家庭科室にあった古い布が廃棄処分になったので、率先してゴミ出しを引き受け、楽しく引き裂きながら焼却炉に投げこんでいたらしい)で、彼女は焼却炉の前で、まだ自分の姉になる前の、当時の紅薔薇の蕾と出逢った。
目撃されてしまった自分の本性を広めたくない彼女が「どうかこのことは内密に」と懇願すると、紅薔薇の蕾はロザリオを差し出し、こう言ったのだそうな。
『黙っていてほしければ、素直にコレを受け取りなさい』と。
その時の彼女は、相手が紅薔薇の蕾だと気付かず、うっかりロザリオを受け取ってしまったのだった。わが身かわいさに。
つまり、ロザリオを口止め料代わりに渡すのは、彼女の姉から受け継いだ伝統のようなものらしい。
彼女の説明を聞き、蓉子は薔薇の館の会議室に、がっくりと膝をついた。
( ロザリオが口止め料代わりって・・・ なんてイヤな伝統なのかしら )
途中からリリアンに通い始めたとはいえ、蓉子にもそれなりにロザリオに対する憧れというか神聖な物に対しての畏敬の念があった。
あったはずなのに。
蓉子は「サンタさんの姿を見ようと頑張って起きていたら、プレゼントを置きにきたお父さんを目撃してしまった子供」みたいにショックを受けていた。
いつの世も、真実は時として人を傷付けるものだったりするのだ。
( いやいやいや、仮にも紅薔薇の蕾よ? そんな人の弱みにつけこむようなこと・・・ そうよ、もしかしたらすでにこの人のことをどこかで見初めていて、焼却炉の一件はきっかけにすぎなかったのかも・・・ 口止め料なんていうのは照れ隠しで・・・ )
「 お姉さまは『初対面で弱みを握れたから、これは従順な妹をつくるチャンスだと思った』って言って… 」
「 人の夢を壊すなぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
なんとか自分の気持ちに折り合いをつけようとしていた蓉子の希望を、無残に打ち砕く紅薔薇の蕾。
彼女はキレた蓉子に怯えつつも、まだロザリオを手に持ち、そ〜っと動きながら蓉子の首に掛けるチャンスをうかがっている。
そんな彼女の動きをギロリとひとにらみで制し、溜息と共に蓉子は繰り返した。
「 ロザリオは受け取れません。それに、受け取らなくとも、貴方の秘密を人に話したりはしません 」
「 ・・・・・・・・・本当に? 」
「 本と・・・ だから、隙をついてロザリオを掛けようとしない! 」
またもやそ〜っとロザリオをかかげて近付いていた彼女を一喝して止めると、蓉子はそのままビスケット扉に向かって歩き出した。
「 それでは失礼します。ごきげんよう 」
反論の隙を与えずに出てゆく蓉子。もうこの人には係わるまいと心に誓いつつ、薔薇の館を後にしたのだった。
・・・が。
( ・・・結局、私が黙っていると信じてくれなかったこの人は、毎日私の様子を探りに1年の教室まで通い始めたのよね )
教室まで押しかけられては、クラスメイト達の手前、紅薔薇の蕾である彼女をムゲに追い返すこともできず、彼女が来るたびに少し会話をするようになった。
( そのうちに、この人が普段他の人には・・・私以外の人には見せない素顔を、なんだかほっとけなくなって・・・ )
つまりは、外堀を埋められたあげく、情にほだされたのだった。
( まあ、良いけどね。今となっては、他の人をお姉さまと呼ぶなんて考えられないしね )
まあ、世界はそれを愛と呼んだりするわけである。
そうして彼女の妹になった蓉子は、当時の紅薔薇さまと共に、彼女の「秘密」を守ることになったのだ。仲間であるはずの、白薔薇家や黄薔薇家からも。
蓉子が回想の世界から帰還すると、いつの間にか講堂の中が静かになっていた。
不思議に思い辺りを見回すと、垂れ幕の最後の一枚と共に、床の上に大の字になって横たわる紅薔薇さまの姿を発見した。
仰向けのままハァハァと息を荒げている彼女に近付いてみると、モノスゴイ満足気な顔の彼女と目が合った。
「 ・・・・・・気が済みましたか? 」
「 ええ、サイコーに楽しかったわ 」
笑顔でうなずく彼女。
「 壊れたパイプ椅子はひとまとめにしてあるので、後でいっしょに修理しましょう 」
そんな蓉子の言葉に親指をぐっと立て、さらに良い笑顔になる。
自分で整え自分で壊す。そして、自分で壊したものを自分でまた整える。そうやって彼女は、幸せな無限ループに自ら堕ちるのだ。
紅薔薇さまは笑顔で立ち上がったが、突然真面目な表情になり、蓉子を見つめた。
「 どうしました? お姉さま 」
「 今日、高等部に入学した人の中に、蓉子の妹になる子がいるのかも知れないのよね 」
「 ・・・そうですね 」
そう言われても、蓉子はまだ、自分が妹を持つということに実感が持てない。
「 それは良いことなのでしょうけど・・・ なんだか少し寂しいわね 」
寂しげな笑顔で言う彼女に、蓉子はドキっとした。
「 お姉さま・・・ 」
「 私は蓉子という妹ができて、とても幸せ 」
真正面からそんなセリフを言われ、蓉子は思わず赤くなる。
「 だから、蓉子にも妹をもってほしいのよ 」
優しい笑顔で言う彼女を見て、蓉子は「妹ができれば、私もこんなふうに誰かに優しく微笑みかけたりするのかしら?」などと思う。
( 妹・・・か )
考え込んでしまった蓉子の肩に手を置き、紅薔薇さまは励ますように言った。
「 だから、蓉子も一刻も早く、気になった子の弱みを握って・・・ 」
「 そんなことするかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! (どがしっ!) 」
姉ゆずりの見事なローリング・ソバットを繰り出し、紅薔薇さまをノックアウトする紅薔薇の蕾。
( 絶対に・・・ 絶対に阻止してみせるわ! ロザリオが口止め料なんて、イヤすぎる伝統は! )
気絶した紅薔薇さまをよそに、蓉子は拳を握りながら固く誓うのだった。
そして蓉子は、至極まっとうな手段で祥子という妹を得ることになる。
・・・が、しかし。この時、彼女はまだ知らなかった。
自分の妹と孫が、「その場の勢いでロザリオを渡そうとする」というイヤな伝統を、新たに作り上げるなんて。
紅薔薇の歩む道は、まさにいばらの道なのかも知れない。